友美の逆鱗
つかつかと友美の前に立ちふさがると、ずいと顔を近づけた。
「あんた、本当に何なの? 調子に乗ってると、こっちにも考えあるから」
「そうそう、逆らわない方がいいよ。美沙、怒ると怖いから」
取り巻きの先輩が野次を入れる。その通りだ。
この前も、シュート練習の時に手元が狂い、山田先輩に誤ってボールをぶつけてしまったことがあった。「わざとじゃない」と謝ったものの、お冠は収まらなかった。
結局、その日は下校時間が過ぎ、先生に注意されるギリギリまで筋トレをやらされた。その次の日、筋肉痛で喘いでいる中をランニングさせられて、ようやく地獄から解放された覚えがある。
そもそも、あの威圧。普段から素行が悪いという前評判も合わさり、メンチ切りに対抗できる者なぞ皆無だった。
ただ、先輩は一つだけ計算違いをしていたようだ。友美には先輩の前評判というカードは通じない。
「はあ? こっちにも考えあるんだけど」
先輩は喉を詰まらせる。まさか、反撃されるとは思ってもみなかったのだろう。それに、友美のあんな声は聞いたことが無かった。隣にいた唯は完全に威圧に呑まれている。
バスケ部らしい高身長の先輩に対し、友美の背丈は平均以下。でも、この瞬間だけは、その体格差は逆転していた。蛇がカエルを捕食しようとしたら、カエルがミカエル(天使)に進化した。そんな、ゲームでしかありえない光景が具現化していたのだ。
とはいえ、そう簡単に引き下がる先輩ではない。これ見よがしにため息をつく、表情を崩した。
「ああ、はいはい。本気になるなっての。そんなにカード返して欲しけりゃ返してやるよ。ほーれ」
取り巻きに合図を送る。すると、次の瞬間。手にしていたカードを投げる素振りをしたのだ。
射程先にあるのは池。紙製のカードが水没でもしたら、もはや修復は不可能。文字通り、水泡に帰す。
心臓を大きく抉られたように、わたしは動きを止める。やめて! 絶叫は胸の内だけで響く。ああ、喉の奥から叫べたら、どれだけいいか。
そんなわたしの咆哮は無意識のうちに伝播した。取り巻きの動作に合わせ、友美が勢いよくダッシュしたのだ。
間違いなく、放り投げられるであろうカードをキャッチしようとしている。しかし、実際にカードが投げられることはなかった。あくまで、放り投げる「フリ」をしただけだ。
なのに、全力で突っ込んでいったらどうなるか。急発進した乗用車は急には止まれない。それは友美も同様。勢いを殺しきれず、まっすぐに池へと突貫していった。
ザッパーン! 派手な音とともに、友美が水没する。青白い顔をした唯の手を借り、友美はどうにか生還を果たした。
わなわなと口を震わせるだけのわたし。対し、山田先輩はしばし口を弛緩させていた。が、クックッと肩を揺らす。
「ハーハハ! 馬鹿じゃん、馬鹿じゃん、あいつ! いくら何でも本当にカードを投げるわけないっての! え、何、そんなおもちゃにマジになっちゃってるの? イミフなんですけど」
豪快に笑い転げる山田先輩。カードは無事だった反面、友美は悲惨な有様だった。全身ずぶ濡れなのは言わずもがな。水底に溜まっていた泥まで被ったのか、見るからにおしゃれな服がみすぼらしい浮浪者のソレになってしまっていた。
「大丈夫、友美」
唯が心配そうに声をかける。友美は無言を貫いている。その眼差しは迷いなく山田先輩を捉えていた。
そのまま、ゆっくり、しっかりとした足取りで先輩のところまで接近していく。異様な雰囲気に取り巻きは怖気づいている。でも、山田先輩の高飛車な態度は変わらない。
「あー、ごめんごめん。急に風が吹いたからさー。私のせいじゃないっての。ほんと、ごめんって」
口では謝ってはいるけど、お茶らけているのは明白だ。すると、友美は何を考えたか、いきなり笑顔を覗かせた。
「そうだよね。本気でカードを投げ捨てるわけないよねー。いや、まいった、まいった。困った風だよねー」
「そうそう、風のせい。分かったなら、とっとと帰りな、ほらほら」
友美の調子に合わせるように、シッシッと手を振る。すると、弛緩した動きだった友美が、急速に山田先輩の懐に潜り込んだ。バスケのフェイントだとしても、中学生の域を超えている。
そんな神業を以て、友美は山田先輩が履いていたスカートをまくり上げた。
その場の全員に、着ている服装に負けず劣らずに派手な下着がお披露目される。一瞬、自分がされたことが理解できなかったのだろう。先輩は唖然としていた。が、我に返るや、けたたましい悲鳴を上げた。
同情するつもりはないが、少なくともこの場に男性が居なかったのが不幸中の幸いだった。だが、事前情報も無しにあんなことをされ、女子として黙っていられるわけはなかった。
「この、何してんのよ、あんた!」
「そんな本気で怒らないでよ。風のせいだよ、風のせい。いやー、今日の風はいたずらだねー」
涼しい顔で友美は言ってのける。あまりの呑気さは、火に油を注ぐ結果となる。
「あんた、本当にいい加減にしなよ。もう、他校の生徒だとか関係ねぇから」
「それはこっちのセリフだけど」
底冷えするような物言い。燃え盛る炎を一瞬で鎮火させた絶対零度。本当に、あの友美が発したものだろうか。
「あのカードは、あっちゃんが大切に集めたものなの。あなたが粗末に扱っていいものじゃない。まして、投げ捨てようとか、問題外だよ。もし、またカードを捨てようとかするなら、今度はスカートめくるだけじゃ済まないから」
助けを乞うように、山田先輩は取り巻きに視線を送る。しかし、二人そろってすくみ上っていた。当然だ。彼女をよく知るわたしたちですら、凍てついていたのだから。
山田先輩は大げさに舌打ちをすると、取り巻きに命令して、前に進み出させた。わたしの前までやってきた取り巻きはカードを差し出す。
「そんなに返して欲しけりゃ返してやんよ。そんなおもちゃ、本気でどうこうしようとか思ってたわけじゃないし。あー、気分悪い。さっさと行こ」
興味を失った。そんな児戯の果てのように、山田先輩は両腕を広げながら去っていく。当惑していた取り巻きたちも、遅れまいと彼女に従っていった。
カード紹介
邪龍の呪い
魔法カード コスト2
体力300以下の相手サーバント1体を破壊する。
墓地にコスト6以上のクラス:レジェンダリーのサーバントが3枚以上あるなら、体力に関係なく相手サーバント1体を破壊する。5枚以上なら、更に相手プレイヤーに400ダメージを与える。