プリクラと不審な敦美
連れてこられたのはプリクラコーナー。これもまたやったことないわね。クラスの女子が話題にしているのは聞いたことあるけど。
「プリ手帳に唯ちゃんのシール、まだ貼ってないんだよね」
手帳には他のクラスメイトと一緒に写っているシールが所狭しと貼られていた。そもそも私はその類の手帳すら持っていないのだが。
当惑しているうちに、流れに任されるまま筐体の内部に連行された。これ、証明写真を撮るのと同じ感じでいいのよね。加工がどうのこうの言ってるけど。
「ほら、表情硬いぞ、笑って、笑って」
「いきなり笑えたって、そうもいかないわよ」
っていうか、近いし。友美の頬が密着しそうな距離にある。そんな状況で笑えるか!
シャッター音が鳴り、能面な私が映し出された。
「あー、これはこれで味があるけど、やっぱ物足りないな」
自分でもそう思う。私、ここまで写真写り悪かったかしら。卒業アルバムの集合写真の時の顔になっているし。
間髪入れずに二回目の撮影が始まる。笑えと言われても、どうすりゃいいのよ。面白いことを思い浮かべる。夏目漱石とかは面白いのベクトルが違うだろうし。
「ひゃぁん!」
ごちゃごちゃ考えていると、いきなり脇を突かれるものだから、変な声が出てしまった。
「何すんのよ、友美!」
「表情、やっぱ硬いからほぐそうと思って」
悪気無さそうに微笑んでいる。そして、なおも「ほれほれ」と突いてくる。まったく、この子は!
「お返しよ!」
「あー、ちょっと、マジで弱いからやめてよ」
「やめるか!」
撮影が開始しようとしているにも関わらず、私たちは脇を攻撃し合った。その内、パシャリとシャッターが切られる。え、まさか。瞬間、私は我に返る。
一体、どんな写真が撮られたのか。シュレディンガーの猫が入っている箱を開ける心地で、恐る恐る撮影結果を確認する。
「おー、さっきより格段にいいじゃん」
写されていたのは、無邪気に笑い合う二人。素人目でも、青春の一ページを切り取ったような微笑ましさが伝わってくる。
「ま、まあ、悪くないんじゃない」
「もう、素直じゃないんだから。ほら、加工するよ。こっからが楽しいんだから」
「額に肉とか書くんじゃないでしょうね」
照明とかを弄って、更に可愛くするらしい。よく分からないけど。本当に額に肉の落書きをやりだしたので、チョップで阻止しておいた。
そうこうしているうちに、私の初めてのプリクラ写真ができあがった。友美とのツーショット。
「これ、墓まで持って行っていいかしら」
あるいは、遺影にするとか。
「唯ちゃんも冗談言うことあるんだね」
割と真面目に思ったのだけれど。道中、文具屋に寄って筆記用具と一緒に手帳を買っておいた。純白のページの初めてを飾る二人の写真。私はそれを大事そうに抱えるのだった。
空腹を訴える友美とフードコートを訪れる。友美は迷うことなく、長崎ちゃんぽんのチェーン店の大盛を注文していた。
「友美は意外と大食いなわりに太らないのよね。その理由が分かった気がするわ」
一日分の野菜が取れると謳うメニューを頼んだものの、案外量が多くてギブアップ寸前だった。なーんか、友美が物欲しそうに視線を送ってくるものだから、野菜をおすそ分けしておく。
そして、ここでようやく、本来の目的に取り掛かる。とはいえ、そう都合よくレアカードが入っているわけはなく、空振りに等しかった。まあ、デッキは強化できなかったものの、それとは別の収穫があったから良しとしよう。
「このカードとか、あっちゃん喜びそうだな」
「でも、あの子が使うのってディーラーのデッキなんじゃない。それだとクラスが違うわよ。ウィザードのカードなんて使うのかしら」
「いいや、そうとも限らないよ」
含みのある言い方ね。そういえば、敦美はどうしているのかしら。友美とバトルして以降、めっきりと姿を見ない。大会まで時間が無いというのに。私は紙コップの水をゆっくり嚥下する。
目的も果たしたし、そろそろ帰ろうか。そう思いつつ、フードコートを後にする。
「あれ? やっぱりあっちゃんじゃない。こんなとこで会うなんて偶然じゃん」
唐突に、友美がそんなことを言い出す。まさか、こんなところで知人に会うなんて、偶然にしては出来すぎじゃない。
半信半疑のまま、友美が指差した先を確認する。と、本当に敦美だった。ツインテールを揺らし、店内を疾走している。
小学生じゃあるまいし、何をやってるのやら。呆れるも、どうにも様子が変だ。そうよ。訳もないのに商業施設でランニングするかしら。それに、どうにも切羽詰まっているような。
「救援! 助けてほしい」
私たちとすれ違いざま、敦美がそんな声を漏らす。呼びかけようとする暇も与えず、彼女はそのまま通り過ぎていく。これは明らかにタダ事ではない。
「行くよ、唯ちゃん」
こういう状況での友美は即断即決だった。どうやら、疲れたって嘆いている場合じゃ無さそうね。友美が駆けだすのに負けじと、私もギアを上げるのだった。
敦美は店外に出るや、近くにある公園へと向かっていく。一体、公園にいかな用事があるのか。
いや、誰かを追いかけているようにも思える。彼女よりも更に先導しているのは、派手な格好をした女子三人組だ。
どうやら、その少女たちを追っているようである。鬼ごっこの更に鬼ごっこをしているという滑稽な様相だが、私たちはいたって真剣である。
「友美、敦美が追っている人たちに見覚えある?」
「うーん、どっかで見たことある顔なんだよね。またドッペルヨノ〇ールかもしれないし」
冗談を言えるだけの体力があるのが羨ましい。
果てのないマラソンをされたらひとたまりも無かったが、敦美と少女たちは公園の中央広場で立ち止まった。
「敦美!」
「あっちゃん!」
私たちが呼び掛けると、敦美は驚愕を露わに振り返る。すると、派手な格好の少女が舌打ちをした。
「あー、面倒なことになった」
どうにも友好的では無さそうなのは明白だ。息切れとは別の理由で胸が苦しくなる。
カード紹介
フュージョニック・サイン
エマージェンシーカード
コスト6以上のミラクルフュージョン能力を使う際に発動できる。
その能力で支払うPPを3少なくする。