山田先輩
昔話が長くなってしまったが、パック集めに戻ろう。コンビニが駄目ならスーパーだ。それも、ショッピングモール。自転車で向かうには骨が折れるというか、小学生の頃は親に連れられて車でしか行ったことがなかった。一応、運動部に所属しているとはいえ、体力に自信があるわけではない。
でも、このくらいの苦労を積まなければ、楯列君に勝てる気はしない。実のところ、電車を使えば楽に行けるのだが、数駅分の電車賃を払うくらいなら、1パックでも多く確保したい。
バヤリースが恋しくなるくらいには自転車を飛ばし、ようやくショッピングモールにたどり着いた。これで転売ヤーに枯らされていたなら恨む。
休日ということもあり、店内は買い物客でごった返していた。人の波にもまれながらも、できるだけ駆け足でおもちゃ売り場に直行する。ろくに行ったことのない店なのに、そんなに迷わなかったのは運命というものかもしれない。
結論から言うと、天国と地獄が同時に訪れた。
「歓喜。ようやく手に入れた」
早期に購入制限を科していたのだろう。3パックまでだったが、ようやく新弾を確保することができた。居てもたってもいられず、わたしはフードコートに直行した。家に持ち帰ってもいいが、早く開封したかったのだ。
呼吸をするようにパックを開けていく。早々レアカードは出ない。と、思いきや、
「幸運! フォーチュラーのレア!」
さすがに右京や左京ではなかったものの、環境デッキには必須レベルの一枚だ。これで更にデッキを強化できる。
とはいえ、これで戦うつもりは無い。そう考えると、ディーラーのレアカードの方を引き当てた方が有益だったかもしれない。尤も、新弾にはディーラーの強化になりそうなカードは収録されていないのだけれど。
パックも入手できたことだし、ここに用事は無い。帰宅までの道中、コンビニを巡りながらダメ押しするとしよう。デッキを吟味しようとカードを広げていたので、それを片付けるべく腰を浮かす。まさに、その時だった。
「あっれー、敦美じゃん。こんなところで会うなんてねー」
全身が凍り付く。なんで、どうして。よりによって、こんなところで。
壊れかけのブリキ人形のように、わたしは首を動かす。制服をいつも着崩していることから容易に想像できたが、私服もまた派手だ。取り巻きと一緒に意地の悪い笑みを覗かせている。
「山田、先輩」
山田美沙。わたしのバスケ部の先輩にして天敵。
「なーにー、お母さんとお出かけ? って、そんな年でもないか。中学にもなってそんなことやってたらマザコンかっての」
「それなー」
「ひょっとして、ぼっち飯? そんな寂しいことしてないで、遊ばない」
無遠慮に肩に手を回される。化粧水の臭いが鼻腔を突く。言葉を紡ごうにも、歯が震える。
一体、いつからだろう。やけにしつこくわたしに絡んで来るのは。確か、部活の後片付けの時だったか。
その日、偶然楯並君と鉢合わせしたわたしは、しばらく一緒に話し込んでいた。もちろん、部活の話題ではない。
「最近、デュエバで強力なコンボが発見されたんだぜ!」
なんて言うものだから、聞かない方が野暮だろう。
そして、話に夢中になって感づかなかったのだが、その様子を山田先輩が目撃していたらしいのだ。楯列君と別れるや、先輩はグイと仁王立ちしてきた。
「各務さんだったわよね。楯列君と何を話してたの? 後片付けもせずに」
「いえ、何も」
とんだ言いがかりだ。別に話していたところで支障はないだろうし、そもそもきちんと後片付けは済ませてある。
「何もってことないじゃない。あんだけくっちゃべっておいて。前から思ってたけど、あんた生意気なのよね」
そこで文句の一言でもぶつけられれば良かったのだが、喉の奥が締め付けられて言葉の一つも出てこなかった。第一、ぶつけたところでロクなことにならない。
山田先輩は「校則? 何それおいしいの?」みたいな素行で有名なうえ、単純にバスケの技量や体力差でわたしの上位互換だ。そのうえ、厄介なのは、
「どうしたん、美沙」
いつも一緒にいる彼女の友人だ。こうなっては、ブン回ったアグロビーストを相手にしているのと同じ。選択肢はサレンダーしかない。
そこからは、今のような関係性が始まった。どうして、彼女の琴線に触れてしまったのか見当がつかない。そんなことを考えるよりも、現在進行形で迎えている窮地を脱する方が急務だ。
しかし、策を巡らせるよりも先に、山田先輩は目撃されてはマズイものを捉えてしまった。
「あんたこれ、カード? 小学生とかが遊んでるやつじゃん。こんなんやってんだ」
無遠慮にカードを拾い上げる。そんな汚い手で触れないで! 大声を張り上げられればどんなに良かったか。でも、「え、あ」とカオ〇シのような声しか出ない。
早く、去ってよ、疫病神! 心の中で悪態を突きまくる。でも、事態は最悪の方向に転がり込んでいった。山田先輩は嗜虐的な笑みを浮かべると、何を思ったのかカードをかき集めたのだ。
「ねえ、知ってる? トレカってね、男の子の遊びなんだよ。女の子のあんたが遊んでちゃおかしいでしょ」
「そんなこと! ない」
言葉は尻すぼみになる。とんだ偏見だ。女の子がカードゲームをやって悪いか。
反論なぞ許さないというように、山田先輩は畳みかける。
「第一、こんな子供の遊びやってる暇あったら、足引っ張らないようにバスケの練習しろっての」
「それなー」
「言えてるし」
取り巻きも便乗してクスクス笑う。汚い手でべたべたとカードを触る。体に害虫が這いずり回っているようで虫唾が走る。
そして、遂に、恐れていた行為に走った。わたしが「あっ」と声を発する間に、山田先輩は勝手にカードをかき集めたのだ。
「ってことで、これは私が没収しておくから。きちんと勉強しないとゲーム没収されるっしょ。あんたもバスケ真面目にやんないから、罰ゲームな」
「うわ、うまいこと言う。美沙、マジ天才」
ゲラゲラと仲間内で笑い転げる。冗談ではなかった。グッと唇をかみしめる。
「返却! 返して!」
自分でも信じられない声が出た。幾多の人が振り返る。衆目を集めたことでまずいと思ったのだろうか。
「何なん、そのしゃべり方? ふざけてんの?」
お茶らけた口調とは一転。底冷えする威圧だった。
こういう時、静香だったら、毅然と言い返すのだろう。でも、わたしにはできなかった。勝ち誇ったように鼻を鳴らした先輩は取り上げたカードを掲げる。
「まあ、私も鬼じゃないし。少しぐらいならトレーニングに付き合ってもいいわよ。まずは、ランニングね。これ、欲しかったら、追いついてみなさい」
言うが早いか、人々でごった返す店内を小走りで駆けていく。わたしも慌てて後を追う。
腐ってもバスケ部員だ。試合でブロックされることを想定しているのだろう。右、左と巧みに買い物客を交わしていく。流石に、店内を全力疾走するような分別無しではないことが救いだった。相手も、そんなことをしたら店員に見つかって思惑がおじゃんとわきまえているのだろう。だからこそ、追いつけてはいるのだが、障害物が消え去る店外が正念場だ。
どうにか打開策は無いものか。すると、思わぬ方向から救世主が舞い降りた。
「あれ? やっぱりあっちゃんじゃない。こんなとこで会うなんて偶然じゃん」
間の抜けた声。まさかと振り向く。考えている暇はない。一か八かの賭けにかける。
「救援! 助けてほしい」
そんな一言で伝わっただろうか。でも、気にしている余裕はない。エスカレーターを下り切り、そして、恐れていた店外へと先輩は足を踏み出した。
カード紹介
爆弾技巧師
クラス:ウォーリア ランク1 コスト2
攻撃力200 体力100
このカードが破壊された時、体力300以下の相手サーバントを1体選び、破壊する。