楯並豪、見参
両手を机の上に付き、前かがみになる敦美。一方の友美も浮かない顔だった。せっかく、新カードを活躍させたのにも関わらず、だ。
誰しも口を開けずにいる。こういう時って労えばいいのかしら。このところ、国語の難問よりもはるかに難しい問題にぶち当たって困る。
「えっと、友美」
とりあえず、声をかける。彼女だからこそ、無言のままで居られるのが辛辣だった。
「許容。好きにするといい」
自暴自棄を絵に描いたように、敦美は出入り口を指差す。
「勝負は勝負だもんね。そうさせてもらうよ」
そそくさとカードを片付けると、友美は脇目も振らず出ていこうとする。
「友美!」
私は、慌てて後を追う。じっと俯いたままの敦美が見えざる手を伸ばしているかのようだった。それが私の後ろ髪を掴む。そんな妄想に囚われたものの、私は大きく首を振った。
店の外で、友美は自転車を引いたまま立ち尽くしていた。私は隣に並ぶ。
「いいの? 敦美をあのままにして」
「仕方ないよ。あっちゃんが決めたことだもん。それに」
グイッと顔を迫られる。だから、唐突にそういうことをしないでほしい。心臓に悪いから。
「尚更、豪に会わないと、だよ」
「どういうこと」
「もう、鈍いんだから。あっちゃんと豪は同じ中学かも、でしょ」
そう指摘され、ようやく友美の思惑を理解した。同時に、何故、敦美が唐突に勝負を挑んできたか。
「あなた、本当にお節介ね」
「それが風見友美なのだよ」
フフンと胸を張る。最近、スポーツブラを新調したんだと自慢していたが、それで収まるのが悲しいところ。いや、私も人の事言えないわね。別に、スポブラ付けてるわけじゃないわよ。
話が逸れたけど、
「よーし、全裸急げだー」
「善は急げよ。それだと犯罪者でしょ」
相も変わらずバカなことを言って自転車を全力で走らせる友美を、私もまた全力で追うのだった。
下調べした通り、目的地のおもちゃのマーチは大通り沿いの分かりやすい位置にある。よほどの馬鹿か方向音痴でない限り迷うことはないだろう。友美の場合は、馬鹿の一つ覚えみたいに車と競争していたら、いつの間にか到着したといった呈だけど。それにしても、この子の体力異次元でしょ。やっと追いついた時には息も絶え絶えになってしまったわ。
「おお、唯ちゃん、遅いぞ。うーん、これは今度鍛える必要があるな。ボウリングでも行く?」
「ありがたいけど、まずは当初の目的を果たしましょう」
これは今度、ボウリングの練習をする必要がある。それはさておき、同じおもちゃ屋でも高野商店とは雲泥の差だった。年季は入っているのだが、まず階数からして違う。二階建てなんて、芽衣の部屋までもが売り場として活用されているようなものじゃない。これは、彼女が露骨に嫉妬していたのも納得だわ。
「頼もー!」
圧倒されていると、友美が勝手に入室してしまう。幸いというか、扉は自動ドアだ。ここでも高野商店は負けている。
おもちゃのマーチと冠している通り、カードを専門に売っているわけではないようだ。戦隊モノの変身アイテムにシル〇ニアファミリーの人形。ガン〇ムのプラモデルなんかも取り扱っている。
「すごい! ライダーの新作ベルトだ」
「あなたのことだから、プ〇キュアの変身アイテムに食いつくと思ったわ」
「チチチ、時代は多様性だよ」
友美から多様性という単語を聞くとは思わなかった。そういえば、前に福士蒼汰がどうとか話していたわね。って、寄り道している場合じゃないわ。
目当てのカード売り場は二階に展開されているようだった。博物館顔負けのショーケースには、これでもかとレアカードが陳列されている。眺めているだけでも圧倒されそうである。
そして、敷地の奥にデュエルスペースがあり、そこで少年同士がバトルの最中だった。
「俺のターンだぜ! ヴァルヘイズドラゴンでプレイヤーを攻撃! この時、エマージェンシーカード、ゲリラ・トルネード発動。デコイ持ちの地獄の番人を手札に戻すぜ!」
「くっそ、負けた」
ちょうど、決着がついたところだった。ドラゴンで攻撃したのは髪を逆立てた快活そうな少年。豪とは別方向でがっしりと体格。雰囲気から上級生っぽいことが伝わってくる。ジャケットに半そでシャツ、グローブと、つい先日、どこかで目にした覚えのある恰好をしている。
はて、どこかと考えを巡らせたところで、はたと思い当たった。そう、アニメ版のデュエバ。あれの主人公のショウマにそっくりなのだ。それでなくとも、コ〇コ〇コミックのホビー漫画に出演していても違和感がない。
二人そろって近くで棒立ちしていると、少年の方から感づいたようだった。
「お、見ない顔だな。しかも、女子二人組なんて珍しい。お前らもデュエバやるのか?」
「そうだよ。よく、分かったね」
「まあな。俺ぐらいになると、オーラで分かるんだ!」
へへへと、鼻をこする。オーラで分かるってどういうことよ。別に、スーパーなサイヤな人みたいなのは出してないわよ。
見るからに、関わると面倒しか無さそうな人だ。こういう輩とは、最低限のやり取りをしてさっさと退散するに限る。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「おう! なんでも聞いてくれ」
いちいち暑苦しい。胸を叩かなくても、そんなに大したことを尋ねるつもりはないわよ。
「私たち、楯並豪という人を探してるんだけど」
「俺だな!」
「そう、俺。え? 俺?」
間抜けにも聞き直してしまった。えっと、聞き間違いじゃないわよね。
「もしかして、君が豪君?」
「そうだぜ! そんで、俺に用か?」
ああ、最悪だ。嫌が上でも関わらなくてはならないではないか。
カード紹介
ワイルド・カウボーイ
クラス:ウォーリア ランク1 コスト3
攻撃力300 体力200
このカードが場に出た時、相手のエマージェンシーカードを裏向きのまま1枚選び、それを破壊する。