デュエバのバイブル、コ〇コ〇コミック
放課後の図書室は私にとって安寧の時だ。教室での喧騒から解放され、ゆっくりと空想の世界に浸ることができる。これでコーヒーでもあれば完璧だけど、そんなものを持ち込んだのを先生にバレたら、後が面倒だ。
それに、ここ最近はコーヒーブレイクなんて優雅に決める暇もない。私の予想だと、後数十秒後に嵐がやってくる。
「開け、召喚の門よ」
「今度は何よ」
「ドラゴンのフォロワーを引っ張ってこれる2コストのフォロワーだよ」
「どりあえず、デュエバのキャラじゃないわね」
呆れている私をよそに、立ててはいけない音を立てて扉を開いたのは友美だった。相変わらず、犬のしっぽみたいに髪の毛を揺らしている。それにしても、この扉はなかなか壊れないわね。学校の備品の耐久力を侮っていたわ。
友美がここにやって来たということは、用件は一つだろう。
「今日もやるよ、唯ちゃん」
「まったく、仕方ないわね」
私は読みかけの文庫本を閉じ、鞄の奥底に潜ませていたカードの束を取り出す。こんなものを堂々と持ち込んでいる辺り、私も大概だと思うわ。ここでコーヒーを飲むのが可愛いぐらいね。
互いにデッキをセットし、カード5枚を初期手札にする。そして、友美の先行でバトルが開始された。
「今日は幸先いいよ。コボルトを召喚」
「1コストのサーバントを出されたぐらいで、どうということはない。と、言いたいけど、あなたのデッキだと厄介ね」
「へへ、分かってるじゃん」
友美のデッキはお得意のアグロビースト。1ターン目からサーバントを繰り出されては、後の展開が苦しくなる。
案の定、矢継ぎ早にプレイされるサーバントに、私は防戦一方となる。まあ、やられっぱなしではいられないけど。
「クルミブレイクドールを召喚」
「ああ、前にあたしが使ってたカードじゃん」
「案外、このカード使い勝手いいのよね。俊敏なる隼を破壊」
隼の速攻のせいで余計に体力を削られていたけど、これでお返ししてやったわ。
とはいえ、友美が優位なのは変わらない。結局、ジューオの召喚を許し、一斉攻撃で私の体力は削り取られるのだった。
「何故なの。あの時は勝ったのに」
「昨日も勝ってたじゃん。あたしも、そう何度も負けてられないよ」
腕まくりをする友美に、私は頭を抱える。カードショップの大会の決勝戦という大舞台で大金星を果たし、乗りに乗る。なんて、甘い展開は起きるわけはなく、友美とは勝っては負けてを繰り返している。全く勝てなかった頃からすると前進はしているのでしょうけど。
私がデッキの中身と睨めっこしていると、友美は無遠慮に隣に座る。否応にも、彼女の髪の毛の香りが鼻腔をくすぐる。シャンプーとか気にして無さそうだけど、案外いいブランド使ってるんじゃないかしら。まあ、本人に訊ねたところで、「シャンプー? 頭洗えれば別にいいじゃん」とか答えそうだ。試しに聞いてみようかしら。
「友美。あなた、シャンプーはどこのブランド使ってるの」
「シャンプー? 水を被ると猫になるやつ?」
「ああ、うん、何でもないわ」
この手の話題でまともな回答を期待した私がバカだった。
それにしても、さっきから熱心に何か読んでるわね。辞典にしては薄いけど、小説にしては分厚い。どうやら、漫画雑誌みたいな。
「友美。さすがに、堂々と漫画雑誌を持ち込むのはどうかと思うわよ」
「ふふふ、分かってないな。コ〇コ〇コミックは全デュエバプレイヤーのバイブルだよ。唯ちゃんも読む? ヤベエGちゃんの最新話」
「明らかにデュエバとは関係ないわよね」
毎回登場人物が死亡することで有名な、奇怪な行動をする老人が主人公のギャグマンガが、どうデュエバと関係するというのか。
唐突に友美は咳払いすると、ページを巻き戻す。冒頭の最新のおもちゃやゲームを紹介している記事のようだ。
「まあ、Gちゃんはさておき、教えたかったのはこれだよ、これ」
それは、デュエバの最新拡張パックについてのページだった。仰々しいドラゴンのイラストとともに、「これが新能力ミラクル・フュージョンだ!」との見出しが躍る。
「ミラクル・フュージョン。また、よく分からないのが出てきたわね」
「これ、すごいよね。ゲームから除外されてさえいなければ、特殊召喚して、そのまま融合できる。デュエバの漫画の極炎氷龍アルティメシアの登場シーンとかかっこよかったし」
小学生みたいな感想を漏らしながら椅子を揺らす。そのまま倒れそうで怖い。
確か、悪の組織の幹部が繰り出すカードによって絶体絶命の時に、極炎龍アルティブレイズのミラクル・フュージョンを発動。アルティメシアへと融合して逆転。そんな、少年漫画ではありがちの展開じゃなかったかしら。
私が腑に落ちない顔をしていると、友美はグイと近寄って来た。近い、近い。
「もう、融合はカードゲームのロマンなんだよ。Eヒーローとか、ゴッドとか、フラムグラスとか」
「ああ、そう」
力説されても乾いた返事しかできない。
「うーん、エクスブ〇モンとステ〇ングモンって言った方が伝わるかな」
「余計に分からないっていうか、すごいのは分かったから変に悩まないでいいわよ」
そう、あれだわ、あれ。酸素と水素を混ぜると水になるようなやつだわ。そういうことでしょ、友美。
彼女のオタク話に永遠に付き合っても疲れるだけなので、話題を変えることにした。
「そういえば、全国大会に出るためのメンバーは見つかったの? 私が協力するとしても、あと3人必要なはずよ」
すると、友美はポンと私の肩に手を置いた。
「唯ちゃん。それは聞かないお約束だよ」
「芳しくないのね」
心中察するわ。
「あなたがいつも遊んでいる、あの男子はどうなのよ」
「田中のこと? あいつ、そんなにデュエバ強くないからな。多分、唯ちゃんだったら、楽に勝てると思うよ」
そこまで過小評価されてるなんて、ろくに話したことないけど同情してあげるわ。それに、女子二人の中に男子一人を入れても居心地悪いだけだろうし。彼を誘うなら、最低でももう一人ぐらい男子を入れないとバランスが取れない。そして、それはただでさえ高いハードルを余計に高くする行為だ。
そうなると、目星が付けられる人物は一人。
「敦美はどうなのよ」
「あっちゃんか。誘ってはいるんだけど、なかなかいい返事がもらえないんだよ」
友美は机に顎を乗せる。ゆるい感じのマスコットキャラみたいで、なんか可愛い。
各務敦美。カードショップ高野商店で出会ったカードコレクターの少女。ヘクタリオン強奪事件を通して気の置けない仲となった。
確か、バトルは二の次で、カードを集めることに情熱を注いでいたはず。ならば、強豪の集う全国大会はお門違いということだろうか。
しかし、彼女以外の人選など思いつかない。現状では、彼女をチームに引き入れるのが最適解ではある。
私が顎をさすっていると、友美が「そういえば」と、唐突に上半身を起こす。
「あっちゃんと言えば、この前、妙なことがあったんだ」
「妙なこと?」
相槌を打つと、友美はいつになく真剣に私の顔を覗き込んでくる。そして、人差し指を立てて語りだした。
新章開幕ついでに、マニアックな小ネタ紹介
「開け、召喚の門よ」
シャ〇バのドラゴサモ〇ー。
2コストでランダムにドラゴンのフォロワーを手札に加える。前環境でもトップだったランプドラゴンが、このカードを加えただけで次環境でも渡り合えると、あの時代のドラネクが頭おかしいと思い知らせた一枚でもある。