友美の目的
そうして取り出したるは、一枚のチラシだった。いや、雑誌の切り抜きだろうか。いかにも小学生男子が好みそうな装丁である。
既視感のある怪物や美少女キャラのイラストと共に、デカデカとポップが踊る。
「デュエル・ザ・バース、チャンピオンシップ開催。いわゆる、全国大会みたいなものかしら」
友美は無言で首肯する。デュエバの大会の中でも最大規模のものであるらしい。全国各地の猛者が集い、実質上の最強プレイヤーを決める。
このゲームが人気というのは知っていたけど、よもや全国レベルの大会が開かれるなんて。唐突に、こんなものを差し出してきたということは。
「まさか、私にこれに出てほしいというんじゃ」
「そのまさかだよ。それも、団体戦に」
どうやら、個人戦と団体戦の二つの部門があるらしい。団体戦は五人一組でチームを組む。まるで、部活動の試合みたいね。
呑気な感想を抱くくらいには、友美が深刻になっている訳が分からなかった。大会に出たいから強いプレイヤーを集めたいという理屈は理解できる。でも、それで、どうして私なのか。それに、どうして、この大会に拘るのか。
「ここを見てほしいんだけど」
友美が指差した先には、五人のチームメンバーの写真があった。昨年度の大会の優勝チームらしい。一瞥しただけでは、私たちと同じ中学生の集団にしか見えない。おまけに、チーム全員が女子というのも際立っていた。
いや、よく観察すると、友美はチーム全体を指し示しているのではない。その中でも一点に爪先が止まっている。
朗らかな笑みを浮かべる女性選手。友美に似て人懐っこい印象を受け、このチラシで紹介されていなければ、特定分野の達人だとは思えない。
「この人がどうかしたの」
単刀直入に訊ねると、友美は一呼吸置いて答えた。
「皇茜ちゃん。あたしがデュエバを始めるきっかけとなった人」
いかにも因果がありそうな返答に、私は開いた口が塞がらなかった。
友美は唐突に天を仰ぐ。寂寞さえ感じる姿に、数刻前と同一人物とは思えなかった。
「あたしさ、昔はいじめられっ子だったんだ」
今の姿からすると、到底信じられぬ激白だった。どう返したらいいか、皆目見当がつかない。
「正直、毎日がつらかったな。学校なんて、爆破されればいいとか思ってた。でも、そんな時に救ってくれたのが茜ちゃんだったんだ。彼女、あたしを苛めてた子に何て言ったと思う? 『ボクとデュエバでバトルして勝てないようじゃ、文句は言わせないよ』だよ」
その当時のことを思い出したのだろうか。友美は失笑を漏らす。それは、今の友美であれば言い放っても違和感のないセリフだった。そして、写真の人物も、確かにその手のセリフを吐きそうな雰囲気はある。
「茜ちゃんと一緒に遊ぶようになってから、あたしを苛めてた子たちも遠ざかっていった。あの時は本当に楽しかったな」
懐かしむようにつぶやく。友美をして、そう言わせる人物だ。一体、いかな豪傑なのだろうか。
「結局、茜ちゃんとは親の仕事の都合で離ればなれになったんだ。まだ、小学生でスマホを持ってなかったから、お互いに連絡先は分からず終い。確か、関東の方に引っ越したって言ってたから、会うのは難しいと思ってた」
私たちが住んでいる東海とは遠いようで近い。財力のある大人ならともかく、中学生の私たちがおいそれと会えるような距離ではない。
「だから、芽衣姉ちゃんからこのチラシを貰った時は、奇跡かと思ったよ。去年の優勝チームということは、今年も出場してくるかもしれないじゃん」
浮足立っているというか、実際に足踏みをしている。ここまで話されれば彼女の魂胆は推測できる。
「要するに、その茜ちゃんにもう一度会いたい。そのきっかけとなり得る、全国大会を目指しているということね」
「正解だよ」
ビシリと指鉄砲を繰り出す。腑に落ちたものの、二つ返事で関われる案件ではなかった。
ゲームの全国大会を目指すなど、荒唐無稽にも程がある。そのレベルの大会となると、先に戦った勝以上の強敵がゴロゴロと居るのだろう。そんな連中に勝たないといけないとなると、どれほど練習を積み上げないといけないのか。そんな時間があるなら、勉強や読書に費やした方が有意義である。
以前の私なら、議論の余地なく一笑に付していただろう。今だって、こんな案件に関わるべきではないと頭では分かっている。
でも、意気揚々と語る友美を前に、私は揺れに揺れていた。彼女は私に全く新しい世界を見せてくれた。それは、一人で黙々とページをめくっていては眺めなかったものだ。
もし、彼女とこれからも一緒にいたなら、どんな景色が拝めるだろうか。それに、胸の中から脈打つ、血沸き肉躍る高揚。それは今まで感じたことのない代物だった。
自然と、私はチラシに釘付けになる。そんな私の顔を友美が覗き込んでくる。なまじ鼻梁が整っているために、吐息を漏らしそうになる。
「で、どうかな。協力してくれると嬉しいんだけど」
「そ、そうね」
思案する素振りをする。気を許すと、言葉が勝手に飛び出しそうだった。それを必死に堪えていたのは、せめてもの抵抗だろう。
まあ、無駄なあがきはいつまでも続くものでもない。
「ま、まあ、考えてあげても、いいわよ」
たどたどしく返事すると、友美は満面の笑みを浮かべる。
「本当! ありがと、唯ちゃん」
「ちょ、危ないって」
いきなり抱きついてきた。私たちの体重を支える椅子の足があまりに心もとない。物理的な意味だけでなく。
「考えてあげてもいいってだけよ。そう、あくまでも」
「唯ちゃん。それはツンデレって言うんだよ」
「うるさい!」
クププと口元に手を当てる友美に、私は拳を振り上げた。まったく、この子は。でも、まあ、退屈はしないわね。それにしても、胸の早鐘はいつまで続いているのかしら。不整脈になりそうだから、早く静まってほしいのだけれど。
「さて、勝負の途中だったね。今度は負けないから」
「こっちのセリフ。せいぜい、ほえ面をかかせてあげるわ」
互いに手札を持ち直す。私たちの勝負はまだまだ始まったばかり。デッキの残り枚数も潤沢。それが尽きる未来は、どうやら見通すことはできなさそうだ。
ご愛読ありがとうございます。
次回から新章に突入します。宣言、次はわたしが主役。