友美の思惑
椅子の背に全体重を預け、しばらく動くことができなかった。未だに実感がない。夢幻ではないだろうか。
すると、私の前に手が差し出された。朗らかに破顔する友美。
「ほら、握手、握手。勝負の後のお約束だよ」
衆目の中、正直照れ臭い。手汗とか、すごいだろうし。ジーンズに手を伸ばしかけたが、思いとどまり、そのまま友美の手を握る。
手のひらから彼女の熱が伝わってくる。ずっと握っていたかった。我に返ったのは、「ちょ、痛いよ」という友美のおどけた声だった。
手を離した途端、ビシリと喉元を指差された。その勢いに、私はたじろぐ。
「今日は負けちゃったけど、通算だとあたしが勝ってるからね。それに、次は負けないから」
「負け惜しみ? 私だって、負けるつもりはないわよ」
売り言葉に買い言葉。火花を散らしていると、芽衣が一枚のカードを差し出してきた。
「お疲れさん。ほら、勝者にはご褒美だよ」
そう言われ、一枚のカードを差し出される。イラストの右下に王冠のようなマークが刻印されている。
「いいな。公式大会優勝者がもらえる、特別なプロモカードじゃん」
友美が物欲しそうに身を乗り出す。あげないわよ。ご褒美なんてもらったの、いつ以来かしら。ただの紙切れでしかないはずのそれは、満点の答案用紙よりよほど価値がある気がした。
「宣告。次はわたしが、それをもらう」
唐突に、敦美が吠え掛かって来た。すると、芽衣が彼女の髪をくしゃくしゃと鷲掴みにする。
「おお、あっちゃんも触発されたか。うんうん、そうやって、ライバルが増えていくのはいいことだよ」
「停止。せっかく、セットしたのに、やめる」
本当にやめておいた方がいい。三つ編みツインテールはセットするの時間かかりそうだから。
「よーし、唯ちゃん。リベンジのバトルだ」
「さっき戦ったばかりなのに、もうバトルするわけ」
「勝負。今度はわたしの番」
「お前ら、バトルするなら俺らも混ぜろ」
興奮冷めやらぬまま、次なる試合が始まろうとする。その熱気に当てられてか、大会に参加していた男子たちも参戦しようとする。
こうして、芽衣の「夕焼け小焼けのメロディーが鳴ったから帰りなさいよ」という、保護者としての警鐘が鳴らされるまで、私たちの熱戦は続いたのだった。
ヘクタリオンのカード強奪事件が一件落着し、数日が経過した。ここのところ、静かな日々を過ごしている。どうということはない。友美が部活の助っ人で引っ張りだこになっているからだ。
彼女が不在ならば、私のやることは変わらない。図書室にこもって課題を済ませ、読書に勤しむだけだ。最近、ドラマ化したとかで話題の推理小説。トリックに難があるものの、登場人物の掛け合いは面白いわね。無駄に元気のいい被害者が出てきたのには笑ってしまったわ。どこかの誰かさんみたいで。
窓から流れるそよ風を頬で感じ、ページをめくっていく。穏やかな時間は、騒音により打ち砕かれた。
「開け、死の門よ!」
だから、ドアが立ててはいけない音を立てているってば。
「本当に騒々しいわね。あなた」
「あれ、スルーか。そんなことすると、深淵の〇佐とかスピリッ〇イーターとか一緒に並べるぞ」
「だから、元ネタが分からないわよ」
「本格スマホ向けイースポーツだよ」
余計に分からないわ。
「最近、御無沙汰だったわね」
私は読みかけの本を畳む。友美は弁明するように頭の後ろを掻く。
「部活の助っ人で忙しかったからね。ごめんよ、構ってあげられなくて」
「別に平気よ。いつものことだし」
「んもう、強がり言って」
この、この、とほっぺを突いてくる。ハエでも払うかのように払いのけると、代わりにある物を目の前に突き付けてきた。
どうということはない。デュエバのカードだ。
「やる?」
「無論よ」
ごく当たり前に鞄からカードを取り出せている。私も大概だな。
ウォーリアVSビースト。もはや、手が覚えているかのようにカードを出していく。このまま普通にゲームに興じてもいい。実際、友美は端から、そんなつもりだろう。
手札にはメタカードのアヤメを引き込めている。対し、友美は思うようにサーバントを展開できていないようだ。優勢だから気分がいい。そういうわけでもないのだが、ずっと尋ねてみたかったことを訊いてみることにした。
「あのさ、友美」
「おお、名前呼びか。珍しいね」
「そうかしら?」
「唯ちゃんって、あたしを呼ぶとき、大抵風見さんじゃん。まあ、友美でいいよ。今更、よそよそしい呼び方されても困るし」
そう言いつつ、荒熊の召喚時効果でこちらのサーバントを破壊してくる。ペースに呑まれてなるものか。私はターン開始時のドローと共に切り出す。
「改めて聞くけど、どうして私をデュエバに誘ったの?」
「言ったじゃん。唯ちゃんと友達になりたいからだって」
「それとは別に理由があるわよね」
友美の眉根がピクリと動いた。分かりやすい奴だ。砲撃手カノンをプラスパワー効果を付与して召喚し、私は畳みかける。
「一緒にカードゲームがやりたいだけなら、私でなくてもいいじゃない。いつも一緒にいる男子とか」
「田中のこと? あいつとは、そんなんじゃないよ」
一瞬口ごもったのが気に食わない。いや、それはどうでもいいか。
「頭がいいからカードゲームも得意そうとか言ってたわよね。なら、委員長でもいいんじゃないの。亜子もまた、成績上位よ」
「へー、名前呼び。って、ああ、うん。委員長か。委員長は、唯ちゃんよりも話通じなさそうじゃん。なーんか、あたしのこと嫌ってるみたいだし」
「犬猿の仲っぽいわね。友美にも、そういう相手居たわけだ」
「みんなと仲良くなりたいけど、苦手な相手ぐらいいるよ。勝みたいなやつとか」
あのガキ大将は別だろう。友達になってくれと土下座されても許容しない自信がある。
「頭の良し悪しは、この際どうでもいいわ。そう、単に楽しみたいだけなら、別に誰でもいいのよ。わざわざ、私に声をかけた。そこには何らかの目的があるんじゃない」
「さあ、どうだろうね」
へたくそすぎるというか、まともに鳴らせていない口笛を吹く。さりとて、荒熊で攻撃して、きっちりとカノンを処理してきているのだから侮れない。
「そうね。単純な推察でいくなら、強い相手を仲間にしたかった。学校の成績上位者ならカードゲームも強いだろうという短絡的思考だけど、あながち間違いじゃないでしょ」
言いつつ、タイタロスを場に出す。ジューオを出す下準備が出来ていない中、大型のデコイはきついはず。それに、私の言葉を受けて、しばし沈黙が続いている。それは、手札と相談しているのか。それとも。
カーンと小気味よい音が響いた。校庭で練習試合をしていた野球部でホームランでも飛び出したのだろう。窓は締め切っているのだが、喝采が漏れ聞こえてくる。
「やっぱり、流石だね、唯ちゃん」
友美はぼそりと呟く。その様は空想の世界で幾度か体感した。ミステリー小説のラストシーンで似たようなセリフを吐いた人物がごまんと居た。
「やっぱ、いつも本読んでるからかな」
「私の推理が当たったという認識でいいのかしら」
こちとら、伊達に推理小説読んでないのよ。得意げに胸を張っていると、友美は鞄を漁りだした。
マニアックな小ネタ解説
「開け、死の門よ」
シャド〇バースのレジェンドレアカード「骸の〇」を召喚した際に流れるボイス。
場のカード4枚を破壊することで無償召喚できる。実装当初はネタ扱いされていたのだが、後にこの効果を利用してコストを踏み倒せるフォロワー(深〇の大佐とスピリット・〇-ター)が登場し、環境の最上位デッキに成り上がる。