唯VS勝 ゴミなんかじゃない!
漆黒の駿馬にまたがる鎧武者。ランク2にしては、攻撃力400、体力500と控えめな性能だ。けれども、あいつの真価は別にあることは重々承知だ。
「ヘクタリオンの効果発動! 俺の墓地のカードを4枚バトルゾーンに置く。それらはヘクタリオン・トルーパーとして扱う」
攻撃力400、体力200。そして、デコイ、突撃、キラーとこれでもかと能力を詰め込んだトークンサーバントだ。それが一気に4体も展開される。
先に切り札を出されたことで狼狽を隠しきることはできなかった。そして、当然のことながらこれで終わるわけもない。
「ヘクタリオンはランク2だから速攻攻撃できる。プレイヤーに攻撃だ!」
私の体力は1600。勝とほぼ横並びとはいえ、絶望的状況である。
「どうだ。こいつらを処理することなんてできないだろ。次のターンで一気に決めてやる」
愉悦に浸る勝。ヴァルキリアスを召喚できるとはいえ、この状況で出してもトルーパーを1体倒すのが関の山。相手にターンが渡れば、一気に体力を削られてしまう。
とはいえ、勝利の女神は私に恩恵を授けていた。まさに今ではないか。このカードを使うのは。
「私のターン。チアリーダー・エルナを召喚」
ポンポンを装備したチアリーダー姿のサーバント。いかにもオタク受けしそうなそのカードは、一見すると状況を一変できるとは思えなかった。
それは勝も承知なのか鼻で笑い飛ばす。
「他のサーバントのスタッツを上げるやつだろ。それを出すしか無いなんて、相当手札が悪いみたいだな。素直にサレンダーしたらどうだ?」
「いい気になれるのは今のうちよ。このカードをプレイした目的は他にある。ランクアップ、薙刀の覇者アヤメ!」
「ゲッ、そいつを持ってたのかよ」
余裕をかましていたのが一転。勝は食い入るように前かがみになる。友美もまた、「いいぞー」と歓声をあげた。
「アヤメの効果発動! 体力200以下のサーバントをすべて破壊する。よって、ヘクタリオン・トルーパーは全滅よ」
「ヘクタリオンに対する最大のメタカード、アヤメ。このタイミングまで温存していたなんてやるわね」
芽衣が感心する。まさか、一瞬で臣下がやられるとは思ってもいなかったのだろう。口元を歪める勝に対し、私は追撃を加える。
「バトルよ。アヤメでヘクタリオンを攻撃」
「スタッツは互角。相討ちにしかならないぜ」
「いや、違うわ。ランクアップ元になったエルナの効果を発動。ランク2以上のサーバントの下にこのカードがある場合、ランクアップ先のサーバントの攻撃力と体力を100ずつ上昇させる。よって、アヤメは攻撃力600、体力500よ」
ヘクタリオンは攻撃力400に体力は500。両者がバトルした場合、一方的にアヤメが勝つ。
ギャラリーがどよめく中、私は背もたれに体を預ける。ヘクタリオンは対抗策を用意できなければ、そのまま勝敗を左右するほど強力なカードだ。それをほぼ無傷で対処できたのは大きい。
「ちくしょう!」
突如、勝が大声をあげ、机を叩いた。猛犬のような唸りに、思わず及び腰になる。
「あーあ。強いっていうからデッキに入れたのによ。こんなにあっさりやられるなんて、拍子抜け、クソ雑魚じゃねえか。こんなゴミ、デッキに入れるんじゃなかったぜ」
「ゴミ、ですって」
聞き捨てならないセリフだった。そのカードは敦美から無理やり手に入れたもの。それを、そんな言い草で切り捨てるなんて。
しかし、勝は悪びれる様子もなく続ける。
「ゴミをゴミといって悪いかよ。使えねえ、弱いカードなんて、みんなゴミだぜ」
「そんなこと」
そこで、私は言い淀んでしまう。悔しきかな。勝の言葉に共感を覚えてしまったのだ。
私は勉強も運動も人よりできる自負がある。他人に迎合するなんて、時間の無駄だと思っていた。ゴミ。そこまでいかなくとも、他人なんて取るに足らない存在のはずだった。
でも、だとしたら、どうしてこんなにむかっ腹が立っているのだろう。それも、たかがカード一枚のために。いや、勝の手元にあるあのカード。あれはただのカードではない。
私は敦美を一瞥する。友美の後ろに隠れているが、その視線はまっすぐに勝を捉えていた。震わせている体は恐慌か闘争か。どちらにせよ、私が代弁者となる他ない。
「前言撤回しなさい」
言葉に迷いが生じたことを払拭せんと、私ははっきりと告げた。
「あなたの持つそのカードはゴミなんかじゃない。私の友達の大切なカードよ」
「唯」
ぽつりと敦美の口から漏れた呼びかけに、私はウインクで応じる。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
ターンが回った途端、勝は一枚のカードを叩きつける。鎖でがんじがらめに縛られた悪魔が描かれている。SR。アスタロト以外にも隠し持っていたなんて。
「ギルティー・デーモンを召喚。こいつでアヤメを破壊だ」
場に出た時にサーバントを破壊できる能力。しかも、それだけに留まらなかった。
「そして、追加効果発動! 破壊したサーバントの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与える。くらえ、600ダメージだ」
私の残り体力は1000。おまけに、ギルティー・デーモンの攻撃力は600だ。一気に形成を覆してくるなんて、やはり一筋縄ではいかないわね。
ギルティー・デーモンを倒せるのはあのカードしかない。今こそ、活躍の時。私はすっと手を伸ばす。だが、ふと思いとどまった。
相手の場にはエマージェンシーカードが健在だ。もし、あのカードを温存していたとしたら。場をがら空きのままターンを回してしまったら、それこそ致命傷になりかねない。
ならば、これの出番か。力を借りるわよ、敦美。
カード紹介
邪獄将軍ヘクタリオン
クラス:アンデット ランク2 コスト7
攻撃力400 体力500
このカードが場に出た時、墓地のカードを4枚まで裏向きにしてバトルゾーンに出してもよい。それらは場を離れるまで以下のトークン・サーバントとして扱われる。
ヘクタリオン・トルーパー
クラス:アンデット ランク1 コスト4
攻撃力400 体力200
突撃
キラー
デコイ
余談
察しのいい人は気づいたかもしれませんが、このカードはシャドバの魔将軍ヘクターをオマージュしたものになっています。