唯VS勝 狙われたヴァルキリアス
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恐れていた展開になっちゃった。あの時、唯ちゃんを避けた理由は色々とある。けれども、唯ちゃんと勝を闘わせたくなかった最大の理由はこれだ。
もし、カードを取り返すなんてことを提案したら、あの手の輩の事だから「代わりにカードをよこせ」って言ってくる。それに応じて負けた場合、唯ちゃんが失うカードは明白だ。
あのカードは唯ちゃんにとってお気に入りというのは傍から見ても分かる。それが奪われたら。
デュエバは、せっかく唯ちゃんと繋がり合うことができた、貴重な線だ。こんなところで切らせるわけにはいかない。
このバトルだって、本当ならあたしが挑みたいよ。そんな思いもあってか、さっきの準決勝も速攻で決めてきたんだから。でも、クジ運だけは、いかに実力があっても、どうにも操作することはできない。あたしにできることは、「勝て」と激励して応えてくれた唯ちゃんを信じることだ。
あたしは無意識のうちにあっちゃんの手を握る。彼女が見上げてきたが、それ以上は言及することはなかった。ただ、為されるがままに手を繋いでもらっている。それがありがたかった。
唯ちゃんの先行で進んだバトル。砲撃手カノン、盾持ち傭兵と矢継ぎ早にサーバントを出していくも、体力300以下を破壊できるショックで傭兵を破壊されてしまう。そのうえ、勝は魔導書の解読で手札補充する余裕ぶりだ。まだ勝負は始まったばかりとはいえ、あたしは既に居てもたってもいられなくなる。頑張って、頑張ってよ、唯ちゃん。
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「仮面の狂戦士を召喚。カノンでプレイヤーを攻撃」
相手は防戦一方。攻撃力500のサーバントの召喚に成功したうえ、先制でダメージを与えることもできた。どう考えても私が優勢なのに、不気味なほど落ち着いている。
「狂戦士か。なら、こいつで十分だな。人食いシールドを召喚」
「そのカードは」
人面の模様が描かれた盾の化け物のサーバント。コスト2で攻撃力、体力共に400のデコイ。強力な能力値を持っているものの、デメリットもあるカード。友美との練習戦で使いこなすのに苦戦した代物だ。
「確か、そのカードはプレイヤーを直接攻撃できないはず。時間稼ぎってわけ」
「ほざいてろ。俺は残りのPPで魔法カード呆然を発動」
「嫌なカードを使ってくるわね」
強がってはみたものの、正直本当に嫌なカードだった。
コスト2の魔法カード呆然。その効果は、相手の手札を1枚ランダムに捨てさせる。
「ちょうど真ん中のカードを捨ててもらおうか」
私は舌打ちをこぼす。インチキなんてしてないでしょうね。私がしぶしぶ墓地に置いたカード。それは戦場の女神ヴァルキリアスだった。
会場からどよめきが起こる。さもありなん。明らかな切り札カードを失ったのだ。勝としても、思わぬカードを指定した自覚があるのだろう。へたくそな口笛を披露する。
「まさか、ヴァルキリアスなんて入ってるとはな。ウォーリアは使わないが、そいつは売ればレアカードを買う足しにはできる。よし、決まった。俺が勝ったら、ヴァルキリアスをもらう」
高らかに宣言する。このカードを狙われることは覚悟していた。でも、面と向かって指名されると、墓地に置かれた相棒に目を離せなくなる。
おまけに、売るですって。ふざけるんじゃないわ。そんな目的のために、ヴァルキリアスは渡せない。
「へえ、まだやるかよ。ヴァルキリアスがいないウォーリアなんて雑魚当然なのにな」
「そう思うかしら」
私が絶望しているとでも思ったのだろう。優越感に浸っていた勝の眉が寄る。以前の私なら、ここでサレンダーしてもおかしくなかった。でも、今の私は違う。敦美。そして、友美。あなたたちの力、借りさせてもらうわ。私は真正面から勝に向き直る。そして、勢いよく山札からカードを引いた。
「私のターン。コスト4を支払い、ハーモニー・ブレーメンズを召喚する」
「クラスビーストだと。しかも、そいつは」
「さすがに。このカードの効果は知っているみたいね」
私はしたり顔を披露する。ちらりと観客席を確認すると、友美が密かに拍手を送っていた。
ロバに犬に猫にニワトリ。童話「ブレーメンの音楽隊」をモチーフにしているだけあり、にぎやかなイラストのカードだ。これこそ、敦美より託された新たなキーカードでもある。
「ブレーメンズの効果発動。山札より任意のサーバントを1枚選び手札に加える。私が加えるのはもちろん、戦場の女神ヴァルキリアス」
サーバントカードであれば何でも確実に手札に加えられる。ターンの初めに、どのカードが手札に加わるか分からないカードゲームにおいて、インチキとも言える効果だろう。
「全国大会レベルなら、3積み余裕のレアカードね。うちでも2200円で売ってるわよ」
芽衣がさりげなくショーケースを指し示す。商魂たくましい女だ。せっかく、手札から消したカードを復活させられたのだ。勝が苦虫を噛み潰しているのも当然である。
それに、私のターンはまだ終わったわけではない。
「砲撃手カノンで攻撃。標的は人食いシールド」
「ちぇっ、引っ掛からなかったかよ」
体力が400もあるから、狂戦士で攻撃したいところである。でも、人食いシールドには致命的な弱点がある。それは、「バトルした際、その勝敗に関わらず破壊される」というものだ。
通常のバトルの処理により、カノンは一方的に破壊されてしまう。だが、ここでシールドが持つ能力も発動。カノンと交戦したことで自爆してしまう。
これは友美から教えてもらったプレイだ。
「人食いシールドは体力が高いけど、焦ってこっちの強力なサーバントをぶつけちゃダメなんだ。バトルした途端に自滅しちゃうから、あえて雑魚をぶつけるのがコツだよ」
練習試合の時に彼女と交わした言葉がよみがえる。これにより、私の場には狂戦士が残った。
「仮面の狂戦士でプレイヤーを攻撃」
先のターンの攻撃も合わせ、勝の残り体力は1300。これなら、ヴァルキリアスを出すまでもないかしら。
カード紹介
ハーモニー・ブレーメンズ
クラス:ビースト ランク1 コスト4
攻撃力300 体力400
このカードが場に出た時、山札を見る。その中からサーバントカードを1枚選び、相手に見せてから手札に加えてもよい。その後、山札をシャッフルする。
補足
勝とのバトルのために、敦美が唯と友美に託したカード。
サーバントであればクラスやランクに関係なく任意のカードを手札に加えられるので、唯のヴァルキリアスウォーリアのように、特定のカードを軸にしているデッキにはクラス関係なく採用されることがある。