相手の考えを読もう
「おう、大会は明日だよ。どうしたんだい」
「秘密の特訓」
来店一番、阿吽の呼吸の如く、友美と芽衣は挨拶を交わす。私と視線が合った芽衣はウィンクを送って来た。固まっていると、つかつかと歩み寄ってくる。
「うまく仲直りできたみたいだね。お姉さん、嬉しいよ」
「べ、別に」
耳元でそう囁かれ、私は背筋が強張る。芽衣は妖艶に口元を隠している。この人、分かってやってるんじゃないでしょうね。
「ほら、唯ちゃん。早くやろうよ」
テーブルを陣取った友美が手招きしている。既に例のプロキシが広げられていた。
「へえ、アンデットデッキのプロキシか。イラストまで描いてあるなんて凝ってるじゃん」
「でしょ、でしょ」
「よく描けてるわよ。このばいきん〇んとか」
「だから、ばいきんま〇じゃないって」
キラーインプのカードだっけ。あれ、どう見ても〇いきんまんよね。
デッキを交換し合いながら、試合を繰り返す。同じデッキと何度も戦っているだけあり、徐々にコツが掴めてきた。それでも、まだ一勝もできていないのが口惜しい。
「うーん。どうして勝てないのかしら」
「性悪な考え方だけど、カードゲームは相手がされて嫌なことを仕掛けていくのがコツだったりするのよ。例えば、さっき使命決闘のカードを持て余してたけど、仮に友ちゃんがアスタロトを持っていたら、それを引きずり出して疑似ハンデスできたでしょ」
「でも、こっちもいいサーバントを持ってなかったですし」
「ケースバイケースね。結局、アスタロトの全体除去を受けて負けてたでしょ」
つまりは、将棋とか同じく、相手の考えを読んで最善手を取るのが重要というわけだ。相手の考え、ね。
「お腹減った、とか考えてたりしない?」
「いきなりなんだよ、唯ちゃん。ビッグマック食べた後でそれは無いよ」
ケラケラと友美に一蹴される。あの子が考えそうなことって、それだと思ったけど。
「もう、芽衣姉ちゃんに言われたからって、私の考えを読もうなんて、お茶目さんなんだから」
「どうして分かるのよ」
あんた、エスパー?
「さあ、どうしてでしょうね、フフフのフ」
得意げに胸を反らす。これで私より発育していたら手が出るところだった。
「ちなみに、私が考えてるのは、喉乾いたからコーラでも飲みたいな、でした」
案外惜しかった。そして、高野商店に150円の売り上げが発生した。
友美の水分補給が終わった頃、新たな来客が現れた。しかも、身の丈に合わない大荷物を携えている。
「疲弊。疲れた」
どっかと荷物を下ろしたのは三つ編みツインテールの少女だった。芽衣からバヤリースを受け取ると、一気に飲み干している。
「生還。生き返った」
「さっきから小泉進次郎みたいになってるけど、本当に大丈夫?」
「無論。想像以上の大荷物だった」
「あっちゃん、それ何が入ってるの」
友美がハンドバッグやリュックの群れを指差す。私もまた気になっていたところだ。
敦美が封を開けると、カードファイルやケースがぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。外見からでも、相当重そうというのが分かる。
「あっちゃん、まさか引退品を売りに来たんじゃないでしょうね。うちとしては助かるけど、早まっちゃダメよ」
「そうだぞ、あっちゃん。考え直すんだ」
戦慄する芽衣と友美。ビルの屋上から飛び降りようとする人と対面しているみたいになっているのは気のせいではあるまい。
しかし、敦美はフルフルと首を横に振る。
「否定。売却目的ではない。わたしも友美たちの力になりたくて来た」
そう言うや、机の上にファイルやケースを並べていく。一台分占拠したところで敦美は「フー」と額の汗をぬぐった。
「贈呈。わたしが持つカードをすべて持ってきた。友美に唯」
力強く呼び掛けられ、私はつい返事をしてしまう。友美も同様に背筋を伸ばしている。
「増援。このカードを使ってデッキを強化してほしい」
「いいの!? あっちゃんが大事に集めたカードでしょ。それをただで使うなんて」
「不問。わたしも勝つために協力したい。でも、わたしはバトルが弱い。直接戦っても勝つ見込みはない。だから、こうするしかない」
言いながら、敦美は拳を強く握る。
「遺憾。今回の件は、わたしが不甲斐ないのが原因。わたしがバトルして勝てば、こんな問題にはならなかった。だから」
「違うよ」
机を平手で叩き、友美が割り込む。敦美は目を点にしていた。
「悪いのは、無理やりカードをトレードした勝だよ。あっちゃんは何も悪くない。だから、そんなに自分を責めないでよ」
「感謝。友美」
しばし言葉を研ぎらせる敦美。やがて、目元を腕で拭うと、改めて私たちに向き直った。
「始末。カードを使ってほしいのはわたしの本心でもある。二人には全力でバトルしてほしい」
「ありがたく使わせてもらえば」
後押ししたのは芽衣だった。敦美の肩に手を置いて続ける。
「あっちゃんのコレクションがあれば、全国大会で使われているレベルのデッキを組むことも可能だわ。あいつに本気で勝ちたいのなら、彼女の力を借りるべきよ」
「でも、本当にいいの」
「快諾。カードなら、また集め直せばいい」
「本人もこう言ってることだしさ。正直、あの少年は一度鼻面を折っておきたかったのよ。度々問題を起こすんだから」
「芽衣さん。私怨入ってますよね」
私がジト目を送る横で、芽衣はシャドーボクシングをしていた。
カード紹介
俊敏なる隼
クラス:ビースト ランク1 コスト3
攻撃力200 体力200
速攻(このサーバントは場に出たターンでも攻撃できる。相手プレイヤーを攻撃対象にしてもよい)