プロキシと模擬戦
「実を言うと、あたし、ちょうど練習相手が欲しかったんだ。唯ちゃん、デッキ持ってきているよね」
「もちろん。なんて、返せるのは、本当はいけないのだけれど」
でも、鞄にカードを仕込ませているのは事実だ。無論、友美も準備万端。
いや、どこかおかしい。友美が持ってきているのは厚紙の束だ。100均で買えそうな代物を、本物のカードそっくりに切りそろえてある。
私の視線に気づいたのだろう。友美はどや顔で説明してきた。
「どうやら、これが気になっているようだね。これは、プロキシというものだよ」
「プロ。新種の元素かしら」
「違う、違う。プロキシは、仮のカードというのかな。新弾が出る前に、持っていないカードを自分で作ってデッキ組んで、試運転する時とかに使うやつだよ」
「要するに、本物のカードのコピーってこと。犯罪じゃない」
「もちろん、公式大会で使ったら反則だよ。あくまで練習で使うだけだから大丈夫だって。それに、唯ちゃん、アンデットのカードなんて持ってないでしょ。あたしも、あれのガチデッキ組めるぐらいカード集めてないからさ。勝に勝つのなら、実際にアンデットのデッキを相手にした方がいいでしょ」
なるほど。一理あるというか、最適な方法だ。想定の相手が使うデッキそのものと戦うことができるのなら、これ以上の練習はない。
厚紙には、本物のカードを模してコストや攻撃力、体力、そして持っている能力が記載されている。バトルをするだけなら、これだけの情報量で十分だ。
だが、彼女のプロキシには、懇切丁寧に一枚一枚イラストが描かれていた。筆跡からして手描きの可能性が高い。
「もしかして、これ全部あなたが描いたの?」
「そうだよ。おかげで徹夜しかけたし」
「まさか、勝とのバトルの翌日に元気が無かったのって、そのせいもあったりする?」
「ああ、そうかも。あの日からプロキシ作り始めたし」
それを聞くと、尚更バカバカしくなってくる。まあ、彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「これさ。一枚作って、あとはコピー取れば早くない」
「唯ちゃん」
いきなり肩を鷲掴みにされた。え、まさか。
「天才か」
そんなはずはないと思ったけど、同一カードまで一から手描きしてたわけ。涙ぐましさに眩暈すら覚える。
そんな努力の結晶ではあるが、どうしても聞いておきたいことがあった。
「この、ア〇パンマンに出て来そうな骸骨は何なの」
「失礼な。邪獄将軍ヘクタリオンだよ」
胸を張るが、ヘクタリオンは骸骨の仮面を被り、騎乗している鎧武者だったはず。骸骨ぐらいしか類似点が見当たらない。
さすがに、友美も私が言わんとしていることを察したのだろう。おもむろに、ノートをちぎって私によこしてきた。
「そこまで言うなら、唯ちゃんもなんか描いてみせてよ。そうだな、キラーインプとか」
「知らないわよ、それ」
「これだよ、これ」
「ば〇きんまんじゃない」
「ばいき〇まんじゃない。参考にするなら、こっちか」
自分で描いたプロキシを引っ込め、スマホで検索した画面を見せてきた。スプーンのような武器を持った小悪魔のサーバントだった。コスト3で相手と必ず相討ちできるキラーの能力持ち。あいつのデッキに含まれていてもおかしくないわね。
美術の授業以外で絵なんて描く機会はない。まして、悪魔の絵なんて描くのは初めてだ。まあ、この手本を模写すればいいわけね。ボールペンを握り、さらさらと筆を走らせていく。
体感で五分ぐらい経過しただろうか。ペンを置くと、友美は「ほへー」と声を上げた。
「唯ちゃん、上手くね。そういえば、美術も成績良かったよね」
「手本通り描けばいいだけでしょ。別に難しくないわ」
「いや、難しいんだって。あ、ねえねえ、せっかくだからテ〇パゴス描いてよ」
「目的が食い違ってるわよ」
目を輝かせて迫る友美を、私は片手で制止した。何が悲しくてポケ〇ンを描かないといけないのか。
とりあえず、アンデットのデッキと戦うのが初めてということで、私がまずバトルすることにした。ビースト以外のデッキを使う友美と戦うのも初めてだ。
「フフフ。アンデットはとっても嫌らしいデッキだからね。泣いてもしらないよ」
「卑猥な言い方するんじゃないわよ」
「卑猥じゃないもん。唯ちゃんのエッチ!」
「なんで私がエロいことになってるのよ」
練習試合のはずだけど、こうやってバカ話をやっていると、心が揚がってくる。シャッフルしたデッキを置き、さっそくバトル開始だ。
嫌らしいデッキと言う前口上は嘘ではなく、こちらがサーバントを出しても、すぐに除去魔法でやられてしまう。ろくに体力を削ることができないまま、ターンだけが過ぎていく。
「どうだ、アンデットの実力は」
「あなた、こういうねちっこい戦いもできたのね」
「嫌な女みたいに言わないでくれる!?」
ともあれ、友美の意外な一面を垣間見たのは確かだ。攻撃一辺倒で突っ込んでくるかと思いきや、ランク2のアヤメを出そうとしたタイミングで手札破壊を打ってくるみたいな頭脳プレーも披露する。
そして、10ターンを経過した頃だろうか。
「これで終わりだよ。大悪魔アスタリウスを召喚。恨みがましい亡霊の能力発動。このカードが破壊された時、相手に400ダメージ」
「もう。その効果があるから、わざと倒さないようにしていたのに」
憤慨するも、私の残り体力は、そのコンボによりちょうど削られる。初対戦というのを加味しても完敗だった。
「コンデットは、こういうコンボもできるから注意が必要なんだよ」
「前から気になってたけど、そのコンデットとか、アグビーとか言うのは何なの」
「デッキの略称だよ。コントロールアンデットだから、コンデット」
うまいこと考えるのね。なんて、感心したところで悔しさが紛れるわけはなかった。
「もう一回、もう一回勝負よ」
「うん、望むところだ」
再度バトルを仕掛けるも、同じようにうまいことサーバントを展開できず、あれよという間に体力を削られてしまう。模擬試合とはいえ、こうも勝てないとイライラするわね。
頭を抱えていると、友美がプロキシデッキを差し出してきた。
「気分転換に、このデッキ使ってみたら。自分でデッキ動かせば、相手する時の対策にもなると思うよ。それに、あたしも、そろそろビーストのデッキ使いたいし」
本音は後者の方じゃないの。でも、全く使ったことのないデッキで戦うのは、確かに練習にはなりそうだ。
友美の見よう見まねで魔法カードを駆使し、彼女が出して来る小型サーバントをやっつけていく。だが、
「狼の群れ長、そしてコボルト召喚」
「いきなり3体なんて、どうしようもないじゃない」
友美のカードを出すペースが速すぎて、処理が追いつかない。サイトに速攻系のデッキが苦手と書かれていたのは嘘ではないかもしれない。
結局、ジューオを引かれたことで、私の体力は0へと尽きるのだった。
「惜しかったね。ジューオを出す前に死霧の猛襲を出されていたら苦しかったよ」
「引けなかったからしょうがないじゃない」
「ああ、唯ちゃん、手札にデコイ持ちのサーバント残してるじゃん。なんか、除去魔法を使おうと必死になってるみたいだけど、こっちの体力400のサーバント出されていた方が厄介だったよ」
指摘されて、なるほどと首肯する。バトルした途端に破壊されるというデメリット持ちだったから敬遠したのだが、これをプレイしていたら流れは変わっていたかもしれない。
こうして、友美と会話しながらバトルすると、自分では思いつかなかったプレイを教えてくれたりして勉強になる。意固地になっていたら、得られなかった経験だ。ただ、一向に勝つことができないのはいただけない。
躍起になってバトルしているうちに、下校を促すアナウンスが流れてきた。先生の見回りが始まってしまっては、さすがにゲームを続けることはできない。
「もうちょっとやりたかったけど、ここでお開きかな。そうだ、唯ちゃん、土曜日に高野商店においでよ。そこで最後の追い込みだ」
「ええ、望むところよ」
友美が小指を伸ばして来る。指切りげんまんというやつか。私は頬を緩ませ、彼女の指に自身の指を絡ませる。ほんのりと伝わる熱が心地よかった。
カード紹介
キラーインプ
クラス:アンデット ランク1 コスト3
攻撃力200 体力100
キラー(このサーバントとバトルしたサーバントは勝敗に関わらず破壊される)
補足
カードイラストが某人気アニメのキャラクターに似ていることから、ファンからは「ば〇きんまん」という愛称で呼ばれている。