唯ちゃんじゃないとダメなんだよ!
♢
週も中ほどを過ぎ、運命の日が近づいてきた。あれから、足しげく高野商店に通っているが、これといった突破口は見つかっていない。良さそうなカードは売っているものの、どれを買えばいいのか皆目見当がつかないのだ。加えて、練習試合をしようにも、芽衣は忙殺されてばかり。仕方なしに、すぐさま自宅に戻る。そんな日々だった。
それで、今日はというと、趣向を変えて図書室にこもっていた。前までのルーティンに戻っただけだから、別に趣向は変えていないのかもしれない。でも、ショップに赴いても収穫は望めそうにないのだ。なら、いつもの場所で思案を巡らせた方が得策でしょ。
とはいえ、いつまでもカードと向き合ってばかりでは息が詰まる。ふとした拍子に視線がぶつかった漱石でも読もうかしら。そう思って、椅子から腰を浮かす。
「やーっと見つけたぞ、唯ちゃん!」
ドバーンと、扉が立ててはいけない音を立てる。破壊されていないのが奇跡だ。
私が漱石の本を取り落していると、友美が荒い息をしながら入り口で前傾姿勢で大股を広げていた。持久走でもしてきたのかというぐらい汗だくである。
私が当惑しているのをよそに、ズカズカと歩み寄ってくる。ただならぬ気配に、私は腰を浮かし、ジリジリと退避する。とはいえ、逃げ場はない。私の進行、いや、退行方向にあるのは柱だ。
やがて、私の背が柱にぶつかる。同時、友美の手が壁にぶつけられた。急接近してきた彼女の息遣いが如実に感じられる。いつもの愛嬌のある表情はどこへやら。鬼気迫る顔に、私は生唾を呑む。
「本当に探したんだからね。いっつも、黙ってどっか行っちゃうんだから」
「犬や猫みたいな言い方しないでもらえるかしら。それで、用でもあるの」
彼女の切迫に屈するのも癪なので、素っ気ない態度をとっておいた。しかし、友美は離れようとしない。むしろ、鼻筋を更に近づけようとする気配すらある。
「唯ちゃんと話をしに来たんだよ」
「別に、話すことなんてないでしょ」
いや、本当なら私だって話したい。事情は把握しているけど、どうしていきなりシラッとした素振りを見せたのか。そもそも、なんで、あのことを話してくれなかったのか。
「あるよ。大ありだよ。そりゃ、あたしの方から避けてたことはあるよ。でも、だからって、唯ちゃんの方からずっと無視することないじゃん」
「私とあなたは、そういうもんでしょ。ちょっと、カードで遊んだというだけで」
「一度遊んだら、もう友達なんだよ!」
意味が分からなさすぎる理論だ。頭が痛くなってくる。ここは、さっさと本筋を解決しておいた方がよさそうだ。
「あなたの要件はあれでしょ。勝とかいう奴とのバトルのこと。あれなら、私が解決しようと思ってたのに」
「意味分かんないよ! だって、あれはあたしたちの問題で唯ちゃんは関係ないじゃん。それに、口出すなら、きちんと言ってくれなきゃ」
「そもそも、話そうとしても、避けてたのはあなたでしょ」
「それはごめんってば。っていうか、唯ちゃんは前からじゃん。何でも自分でできますって顔してさ。少しはあたしたちを頼ってくれてもいいし、むしろ頼ってよ」
「別に、それはいいでしょ」
どうして、私の信条の話になるのよ。必要性のないことをわざわざやる意味が分からないわ。
「第一、どうして、こうも私に絡むのよ。カードゲームやりたいだけなら、クラスの男子とかがいくらでも相手になるだろうし」
「単にカードやるだけなら、田中とかでも問題ないよ。でも、あたしは唯ちゃんとやりたかったの」
「前に言ってた、頭良さそうだから、カードゲームも得意そうだという話? なら、委員長でもいいじゃないの」
亜子も私に次いで成績上位者だ。絶対にやらないだろうが、デュエバならすんなりとルールを理解して、それなりに戦えそうではある。
しかし、友美は首を振る。
「唯ちゃんじゃ、唯ちゃんじゃないと、ダメなんだよ!」
大声でそんなことを叫ばれたものだから、私は喉を詰まらせる。本当に、誰もいない放課後の図書室で良かったと思う。
「ずっと、唯ちゃんと友達になりたかったんだよ。でも、全然話してくれないからさ。どんなアニメ見るかも分からないし、好きな食べ物も分からないし、休みにどんな服着るかも分からないし、いつもどんな歌聞くかも分からないし、部活動も入ってないし、勉強も全部できちゃうし。
だから、デュエバだったら、分かり合えると思ったんじゃん。どんな相手でも、バトルすれば、大抵分かり合えるからさ」
それは、まぎれもない彼女の本心なのだろう。最後はとんでも理論だけど、私と友達になりたいという気持ちに嘘偽りがないというのは伝わってくる。
友達、か。正直、煩わしいものとしか思っていなかった。誰かと歩調を合わせるぐらいなら、自己解決した方がよほど効率的。時間の無駄にしかならない。
でも、友美と一緒にデュエバをやったあの瞬間。言い知れない高揚感に酔ったのは確かなのだ。第一、なんで私は、こんな無益なことに首を突っ込んでいるのだろうか。吹っ切れてみると、こみあげてくるのは。
クックッと私は笑いを漏らす。
「なにがおかしいのさ」
心外と、友美はずいと顔を近づける。でも、溢れた気持ちは止められない。
遂には、私は大声で笑いだした。くだらない。本当にくだらない。でも、心底楽しい。こんな気持ちになったのは初めてだ。
「ねえ、本当に意味分かんないよ。あたし、ふざけているつもりないし。流石に怒るよ」
「ごめんなさい。でも、不毛なことで言い争いしてるなって」
「どういうこと?」
「だって、私とあなたが言い争う必要ないでしょ。そもそも、最終的な目標として、勝を倒すということは同じなわけだし。むしろ、協力し合うべきだと思わない」
付きものが取れた。そんなポカンとした顔を浮かべる友美。それがおかしいものだから、私は更に笑い転げる。ああ、お腹痛い。ここまで笑ったの初めてかも。
友美はしばし呆気に取られていた。それが普通の反応だろう。ようやく笑いが収まり、私は腹に手を添える。
すると、友美はクックッと肩を揺らし始めた。私の笑いが伝播したとでも言いたげに、彼女は大口を開ける。そのけたたましい大笑いに、私はすっかり平生を取り戻していた。
「そうだよね。別に喧嘩する必要ないのに。ああ、おかしい」
バシバシと机を叩く。拳が痛くないのか心配になるぐらいだ。まさか、私もあんな調子で笑っていたのだろうか。鏡を出されたみたいで、急に恥ずかしくなる。
ひとしきり笑い転げた友美は、瞼ににじんだ涙をぬぐう。そして、笑い疲れたのか、無遠慮に椅子に背中を預けた。
「ここで私たちが言い争っても仕方ないのは確かよね。あの大会はトーナメント方式。どちらがあいつと戦うかはまだ分からないわけだし」
「ああ、そっか。そういう問題もあるか。やっぱ、唯ちゃん頭いいね」
破顔されるが、私もつい先刻思い至ったことだ。下手したら、決勝まで戦う機会が無いことだってあり得る。ならば、どちらが戦ってもいいように、なおさら協力し合うべきなのだ。
カード紹介
クイックシールド
エマージェンシーカード
対象のサーバント1体は「デコイ」能力を持つ。
(相手が攻撃を宣言した際にこのカードを発動した場合、その攻撃対象を変更させてもよい)