不服!
芽衣姉ちゃんは、しばし難しい顔をしながら唸っていた。リズムよく指で机を叩くものだから、あたしは足踏みで呼応する。そんなに焦らしてどうしたのさ。そのうち、飛び上がって床を鳴らしそうだった。
やがて、深く息をつくと、背筋を伸ばして向き直った。
「本当なら、唯ちゃんから話をすべきことだと思うんだけどね。でも、あの子のことだから、いつまで経っても教えてくれないでしょ。付き合い長いわけじゃないけど、そういう子だってのは察しがつくよ。だから、まあ、私が話したってのは内密にというのは無理だよね」
「いいからさ。早く教えてよ」
せっつかれて、またカードをバラバラにされては堪らんと思ったのだろう。芽衣姉ちゃんは口を開いた。
それを聞き、あたしは茫然としていた。そりゃそうだよ。まさか、唯ちゃんがこの前の勝とのバトルのことを聞いていたなんて。
「じゃあ、まさか、唯ちゃんが大会に出ようとしているのって」
「勝からカードを取り返して、元鞘を納めようとしているんでしょうね。確かに、そうすれば万事解決ではあるし、あの子じゃなくても考えそうなことだわ」
あたしだって、最も手っ取り早い解決方法がそれだというのは理解できる。でも。だからって、納得できるわけはない。
だって、これは、あたしとあいつとの問題だ。唯ちゃんには本来関係ないはず。それに、本当ならあたしが勝たないといけないんだ。だって、そうしなきゃ、あの人にはとても。
そう考えると、体中が熱くなってきた。前から思ってたけど、唯ちゃんって、そういう所あるんだよ。まあ、そういう子なんだって受け流していたけど、今度という今度は話が違う。
「ねえ、唯ちゃんがどこに行ったか知らない?」
「それは、私が知ることじゃないよ」
つい、声を荒げてしまったのか、芽衣姉ちゃんがのけぞっていた。ここで喚いても仕方ない。でも、居ても経ってもいられない。あたしは、すぐにでも店を出ようとする。
「不服!」
そんなあたしの足を止めたのは、対戦テーブルから響いた声だった。バァンという乾いた音とともに、一人の少女が立ち上がる。両手を机の上に置き、重心を預けていた。
「不服! 不服! 不服! 不服!」
彼女のこんな叫びは聞いたことが無い。あたしたちしかいない店内にその声が響き渡る。
「どうしたんだよ、あっちゃん」
体を震わせている彼女に寄り添おうとする。勢いよく振り向かれ、その剣幕にあたしはたたらを踏む。
「不服! 今回の件はわたしが不甲斐ないのが原因。なのに、友美に嫌な思いをさせた。それだけじゃない。友美の友達にも」
「あっちゃん」
考えてみればそうだよ。今回、最も被害を受けているのはあっちゃんじゃないか。単にカードを奪われただけじゃない。もし、あたしたちに迷惑をかけたことに責任を感じているのだとしたら。
「不解。なに、してる」
当惑するのも無理ないかもね。だって、あたしはあっちゃんに肩から抱きついたのだから。
「気にするな。と、いうのは無理かもしれないけど、そんなに気負う必要ないよ。だって、あたしだって、あの勝という奴に散々コケにされたんだから。被害者というなら同じだよ。それに、ああいう子は、きちんとおきゅうと吸わないといけないからさ」
「訂正。お灸を据えないといけない。むしろ、おきゅうとなんてのを何故知っている」
「前に県民ショーでやってた」
あっけらかんと胸を張ると、あっちゃんは吹き出した。芽衣姉ちゃんも、口元を押さえて笑いをこらえている。
「ええー、おかしなこと言ったかな」
「喝采。友美がいるとシリアスにならない」
「本当よね。いや、でも、それが友ちゃんの言いところ、だから、さ」
遂には堪えきれずに大笑いしている。もう、芽衣姉ちゃん、そんなに笑わなくていいのに。頬を膨らませていると、芽衣姉ちゃんは笑いすぎて流した涙を指で拭った。
「まあ、だからこそ、唯ちゃんときちんと話をつけられるんじゃない? こうなっちゃったら、あの子も、もう無関係じゃないでしょ」
そう言われたら、ぐうの音も出ない。あっちゃんもグッと顎を上げている。
「申請。わたしもできることがあるなら、協力する。バトルで敵わなくとも、アドバイスなら任せてほしい」
「助かるよ。あっちゃん、カードに詳しいからさ。きっと、勝の攻略法だって見つかるはずさ。よーし、そうと決まれば、やることは一つだ」
あたしは高々と人差し指を掲げる。首を傾げている二人に、にんまりと笑って見せた。
「迎えに行ってくるよ、唯ちゃんを」
カード紹介
強襲する荒熊
クラス:ビースト ランク1 コスト3
攻撃力200 体力200
このカードが場に出た時、相手の体力X以下のサーバントを1体破壊する。Xは自分の場のサーバントの数×100である。