このところ、唯ちゃんが変だ
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このところ、唯ちゃんが変だ。ああ、唯ちゃんってのは、あたしのクラスメイト。すっごく頭が良くて運動もできるんだけど、いつも一人でいるの。十分変じゃないかって。いや、クラスに一人ぐらいはいるでしょ、そういう子。それだけなら、別にあたしも気にしたりしない。
最近、どうにか唯ちゃんと話せるきっかけを作ることができたんだけど、なーんかまた、疎遠になっている気がする。今日だって、挨拶したら素っ気ない返答をするだけだったし。いや、唯ちゃんは普段、そんなもんか。もっと変だったのは放課後のこと。
唯ちゃんは、大抵放課後は図書室に居る。そこでいつも勉強したり、本を読んだりしてるってのは事前リサーチ済みだ。抜かりないでしょ、褒めてくれ。
けれども、この数日、図書室に彼女の姿は無いのだ。他に行きそうな場所と言っても思い当たらないし。うーん、参ったな。唯ちゃんって、本当に優等生ということぐらいしか印象が無いんだよ。もっと自分の事話してくれてもいいのに。と、言っても、こっそりバトルするぐらいしか付き合ってないからな。
本当に困った。私の目的のためには唯ちゃんの力が必要なのに。練習相手だけなら、田中とかでも事足りる。彼もそこそこ強いからね。でも、なんだか物足りない。あいつに勝つためには、もっと力をつける必要がある。
今まで、店の大会とかで多くの相手と戦った。もちろん、敗北を喫した強敵もいた。けれども、戦ってあそこまで心躍った相手は、あの子しかいない。もしかしたら、もう一度バトルしたら、私の壁を破れるかもしれないのだ。
「んもう、どこ行ったんだよ、唯ちゃん!」
無人の図書室で地団太を踏む。田中は、今は野球部か。他にデュエバの相手をしてくれそうな相手を思い浮かべるけど、誰もかれも部活の真っ最中。まあ、本来はそれが普通なんだろうけどね。
「仕方ない、高野商店へ行こう」
そう独り言ちる。あそこなら、芽衣さんがいる。少なくとも、練習相手にはなってくれるはずだ。思い立ったが吉祥寺。あたしは校庭へと飛び出すと、そのまま自転車を飛ばすのだった。
「たのもー!」
制服のまま高野商店へ突撃する。流石に、私以外にお客さんはいないか。と、思ったけど。
「静寂。うるさい」
「あっちゃんじゃん。来てたんだ」
あっちゃんこと、各務敦美がテーブルにファイルを広げていた。相変わらずすごいコレクションだ。あたしも、それなりにカード持ってる自信はあるけど、彼女には及ばない。
「おお、友ちゃん、いらっしゃい」
カウンターでグビグビとメロンソーダを飲んでいるのは芽衣姉ちゃん。相変わらず、それ好きだね。
「いらっしゃったよ、芽衣姉ちゃん。新カード、入ってない?」
「うーん、友ちゃんが好きそうなカードは無いかな。と、いうか、今日はデュエバは買い取ってないし。ピカ〇ュウのレアカードならあるわよ」
「どうせお高いんでしょ」
万単位を突破するピ〇チュウに惹かれないわけではないけど、私の目当てはソレじゃない。
「ねえねえ、芽衣姉ちゃん、バトルしようぜ」
「いきなりマサラタウンの少年みたいなこと言うね。やってあげたいけど、私も片付けなきゃいけない仕事あるのよ。サボってばっかだと、親父がうるさいからさ」
言いながら、芽衣姉ちゃんはバックヤードを指差す。ああ、あの親父さんか。怒ると怖いんだよね。あの事件の時に店に居たら、確実に10万ボルトを落としていただろう。
「うーん。じゃあ、あっちゃん、バトルする?」
「拒否。わたしでは相手にならない」
こちらに顔を向けずにカードを眺めているものだから、あたしはお手上げのポーズを取る。彼女もまた、いつも通りと言えた。
でも、どことなく元気がない。やっぱり、あの件のせいだろうか。さっきからずっと、ヘクタリオンのカードを前にため息をついている。本来なら、もう1枚あの中に納まっていたはずだ。
あっちゃんのためにも、あたしはもっと修業が必要だ。そわそわと店内を歩き回っていると、芽衣姉ちゃんがぽつりとつぶやく。
「そういえば、少し前に唯ちゃんが来てたわよ。なーんか、友ちゃんと似たようなこと言ってたわね」
「唯ちゃんが!?」
思い切りカウンターに体当たりしてしまったものだから、積み上げていたカードを崩しそうになる。当然、芽衣姉ちゃんから「しっしっ」と手で払われる。
「デュエバの練習試合をしたいって言ってたけど、私は忙しくて手が放せないって言ったら、残念そうに店を出ていったわね」
「唯ちゃんがバトルをしたがってた?」
あたしは不思議そうに首を傾げる。芽衣姉ちゃんは、天を仰ぎながら続ける。
「今度の休みに開かれるデュエバの大会に出るみたいだからさ。そのためじゃない」
「ええ! あの大会に出るつもりなの! あたしが誘おうと思ってたのに」
デコピンされた。せっかく積み上げていたカードを崩してしまったから仕方ない。
でも、ますます変だ。唯ちゃんって、あまりデュエバに乗り気じゃなかったはずなのに。全力で負かしちゃったうえ、あんなことがあった後だから顔を合わせずらかったけど、一体どうしたって言うんだ。
あたしがアワアワしていると、芽衣姉ちゃんは口をすぼめながらカードをかき集めていた。やがて、カードを整い直すと腕組をする。
「もしかして、唯ちゃんから聞いてない? どうして彼女が大会に出ようとしているのか」
「聞いてないっていうか、全然話せてないよ。一体、どうしたら唯ちゃんが大会に出ることになるのさ」
意味が分からず、またカードを崩しそうになる。今度は張り手で止められた。殴るときはグーよりもパーの方が痛いってどっかの漫画に描いてあった気がするけど本当だった。
カード紹介
大参謀ジャスミン
クラス:ウォーリア ランク1 コスト7
攻撃力500 体力500
このカードが場に出た時、カードを2枚引く。その後、使用済みのエマージェンシーカードを1枚セットし直す。