友美VS勝 蹂躙
「謝罪。あたしの揉め事に友美を巻き込んでしまった。本当なら、あたしが解決すべき問題」
「あっちゃんが気にすることないよ。あたしとの仲じゃん。あたし、みんなと友達になりたいと思ってるからさ。それを邪魔するなら、黙ってられないっての」
ウィンクすると、友ちゃんはデッキをシャッフルする。勝もまた、大胆不敵にそれに応じている。互いにカードをセットし、友ちゃんの先行で開戦する。
友ちゃんの使うデッキが攻めだとしたら、勝のデッキは守りだった。低コストの除去魔法を駆使し、友ちゃんのサーバントを着実に処理していく。それでも、彼女の猛攻は止まらない。あれよと言う間に場にサーバントを並べていく。
序盤は友ちゃんのペースと言っていいだろう。でも、勝の使っているデッキが気がかりだった。彼の使うクラスはアンデット。幽霊や悪魔といった、いかにも悪者然としたカードが多いクラスだ。別に、カードイラストは問題ではない。
「アンデットクラスでコントロール戦法。まさか、あのデッキは」
デュエバの対戦環境はある程度把握しているつもりだ。だからこそ、私は一抹の不安を抱えるのだった。
勝負が動いたのは5ターン目。友ちゃんの場には3体のサーバント。ここでジューオを出せば、リーサルとはいかないものの、致命傷を与えることができる。返しのターンでジューオの処理に躍起になってくれれば、そこが大きな隙となる。
しかし、そんな思惑は勝もお見通しだった。
「アグロビースト。最近の大会でよく当たるガチデッキか。だからこそ、簡単に対策できるんだよな。魔法カード死霧の猛襲発動」
「しまった」
友ちゃんが声を漏らす。濃霧に包まれ、苦悶の表情を浮かべる人々が描かれた魔法カードだ。私もまた、「あぁ」と声にならない嘆息を吐いた。
「俺の墓地からカードを2枚、ゲームから除外する。この効果によって除外した枚数×100の体力以下のお前のサーバントをすべて破壊」
効果対象となるのは体力200以下。つまり、友ちゃんの場のサーバントすべてだ。絶妙なタイミングでサーバントを全滅させられ、作戦は振り出しに戻る。
「アグビーなんて、全体除去で簡単にメタれるっつーの。スカルバードでプレイヤーを攻撃」
「遺憾。ジューオを出せていれば、圧倒的に有利だった」
「まだまだ。勝負はこれからだよ」
未だ、友ちゃんの戦意は失われていない。彼女のデッキは長期戦に持ち込まれても逆転できるだけの地力がある。
しかし、勝負を決定づける局面が訪れてしまった。
「私のターン! アマゾネス・クイーンを召喚。効果により2体のサーバントを場に出す」
「ガチャは外れか」
「いいや。その内の1体は狼の群れ長。効果により、もう1体場に出す」
「おお、いいぞ」
思わず、私は歓声をあげた。これで、場のサーバントは4体。PPも溜まっているので、頭数を増やしてジューオの打点を伸ばすこともできる。それに、友ちゃんのしたり顔。十中八九、手札にジューオを温存している。
次のターンで終わる。趨勢は決したかと思われた局面。勝はたった1枚のカードでひっくり返した。
「万物を蹂躙せよ、破滅の悪魔。大悪魔アスタロトを召喚」
「そ、そのカードは」
友ちゃんと共に、私も絶句する。アンデットクラスでも最強クラスの一枚。髑髏の錫杖を構えた老獪な大悪魔が顕現した。
「アスタロトの効果発動。こいつ以外のすべてのサーバントを破壊する」
せっかく展開したサーバントが一瞬にして無に帰した。そして、勝の猛攻はそれだけに留まらないことは、抜けた犬歯を剥き出しにしていることからも察せられた。
「俺の場のスカルバードも破壊されるが、ここで効果発動。スカルバードは破壊された時に相手の手札を1枚捨てさせることができる。そうだな」
舌なめずりするように、友ちゃんの手札を眺めまわす。友ちゃんはとある一枚のカードに指をかける。それが最大の悪手だった。鼻で笑った勝は、まっすぐに指を突き出した。
「その一番右のカードを捨てろ」
愕然とする友ちゃん。さもありなん。指定されたカードは「誉れの王者ジューオ」。勝ち筋となるカードを失ってしまっては、趨勢は決したも同然だった。
そこから先は思い出したくもなかった。なんとか、デッキに眠るジューオを引き込もうと、小型サーバントを並べつつも粘る友ちゃん。だが、PPが潤沢に溜まったコントロールデッキ相手では焼け石に水だった。次第に、勝が繰り出すサーバントに対応できなくなり、一方的に体力を削られていく。
そして、遂に死神の鎌が振り下ろされた。
「これで終わりだ。ギルティー・デーモンで直接攻撃!」
結局、ジューオを引くことはできず、勝の攻撃により体力が削り取られてしまった。
茫然と机に手をつく友ちゃん。ふと、デッキの一番上のカードがはらりと落ち、表向きとなった。そこに描かれていたのは「ジューオ」。あと1ターン持ちこたえていれば。いや、無理だろう。友ちゃんの場にサーバントはおらず、手札も1枚。ジューオ単体で速攻しても、勝の体力を削り切るに至らない。
「懸念。友美、大丈夫か」
「ああ、うん。平気」
気遣うあっちゃんに、友ちゃんは手を挙げて応える。けれども、いつもの勢いは無かった。私は、どう声をかければいいか分からず、ただ立ち尽くしていた。
そんな絶望的な状況に追い打ちをかけるように、勝はカードファイルに手を伸ばしてきた。あっちゃんが、さっとファイルを抱き寄せるも、ニヤニヤと詰め寄られる。
「約束したよな。そいつに勝ったらヘクタリオンを交換するって。まさか、約束を破るわけじゃないよな」
我が子を抱き寄せる母親のように、あっちゃんはファイルを強く抱きしめる。だが、肩を落とすと、ファイルを開き、一枚のカードを取り出した。
「締約。約束だから仕方ない」
「よっしゃ! これで俺のデッキは完成するぜ!」
あっちゃんから乱暴にカードを奪い取ると、小躍りで騒ぎ立てる。取り巻きたちもそれに助長していた。
「心外。交換と言ったはず」
「ああ、バイパーのカードか。こんなん欲しいなら、いくらでもやるよ」
ゴミでも捨てるかのように、デス・バイパーのカードを放り投げる。折れ目がついており、査定したところで、まともな値段がつきそうにない代物だった。
あっちゃんは勝を睨みつけるが、それ以上の行動は起こさなかった。否、起こせなかったというべきかしら。隣で、すすり泣く声が聞こえたから。
友ちゃんがうつむいたまま涙を流していた。その悲痛な姿に、あっちゃんと共に、私は立ち尽くすしかできなかった。
それでも、どうにか我に返り、私は友ちゃんの肩に手を賭けようとする。
「友ちゃん、だいじょ」
大丈夫? そんな声をかける暇もなかった。友ちゃんはデッキをかき集めると、脇目も振らず店を飛び出したのだ。
「友ちゃん!」
私とあっちゃんの声が重なった。追いかけようにも、店の外に出た時には、既に彼女の姿は彼方へ消えていた。
カード紹介
大悪魔アスタロト
クラス:アンデット ランク1 コスト8
攻撃力400 体力400
このカードが場に出た時、このカード以外のすべてのサーバントを破壊する。