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カードゲーマー百合  作者: 橋比呂コー
第1章 小鳥遊唯
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いつも通り?

 互いに、しばし口を利けなかった。私は、机一杯に広がるカードを前に茫然としていた。負けた。あと一歩だったのに。一体どこで間違えたというの。常に最善の手を尽くしたはず。なのに。なのに、勝てないなんて。


 ふと、私の前に手が差し出される。破顔した友美が立ち上がり、私に握手を求めてきたのだ。

「いやあ、いいバトルだったね。ほら、握手、握手」

 勝者の余裕というやつかしら。グッと奥歯を噛みしめる。


 すると、頬に水滴が付着しているのに気が付いた。熱中しすぎて汗でもかいたのだろうか。いや、違う。

 それは、私の眼から流れ出ていた。え、え、そんな。困惑しているのをよそに、涙はとめどなくあふれ出して来る。


「ちょ、ちょい、唯ちゃん。なにも、泣くことないじゃん。大丈夫?」

 心配そうに友美が顔を覗き込んでくる。いや、見ないで。あなたに、あなたにだけは、こんな顔、見せたくない!


 スパァン!


 清閑な図書室に乾いた音が響き渡る。自分でも、どうしてこんなことをしてしまったのか分からなかった。友美も唖然と、手の甲をさすっている。さぞ痛かろう。だって、払いのけた私の手に、未だ疼痛が残っているからだ。


「唯、ちゃん」

 その時、彼女がどういう顔をしていたのか分からない。さすがに、自分でも最低なことをしているという自覚はある。でも、さっさとこの場を立ち去りたかった。

 散らばっていたカードを片付けるだけの理性は残っていたのが幸いか。とにかく、未だ燦然としている友美のカードを後に、私は脇目も振らずに図書室から飛び出したのだった。


 あの出来事から一夜明けた教室。人気の少ないうちに登校するや、私はずっと机に臥せっていた。私の登校時間が早いのはいつものことだ。だから、注視する者は皆無。行儀悪く着席していたところで、声をかける者もいない。ほとんどの生徒が友人と一緒に教室のドアをくぐってきており、相方と談笑するのに夢中なのだ。


 あの子はまだ来ていないかしら。クラスメイトがいつ登校するかを把握するぐらいなら、漢字の一つでも覚えた方がいい。なので、私が知る由もないのだが。

 そう思うのなら勉強しろと言われるかもしれないが、ペンを持つ気力も起きずにまどろみに襲われかけている。そんな時だった。

「おっはー!」

 テレビ東京で平日にやっている子供向け番組のテンションよろしく、友美が登校してきた。後3分で始業時間。もしかして、昨日のことが尾を引いているのだろうか。


「おそいぞ、友美。いつものことだけど」

「ええ、そうだっけ」

 友人の女生徒にからかわれ、エヘヘと舌を出す。通常営業だった。自戒的に「アホらし」と呟き、背筋を伸ばす。ちょうど、そんなタイミングで「お前ら、ホームルーム始めるぞ」と担任教師が入室してきた。


 その後も、一日はつつがなく過ぎていった。過ぎてしまったと形容する方がふさわしいか。なんだって、友美はいつも通りなのだ。男女分け隔てなくバカ騒ぎをし、先生や委員長に注意される。昨日のあの出来事は夢幻だったのだろうか。


 そんな想いを抱きつつも、給食の時間に至る。今日の献立はカレーだ。友美は当番であり、手慣れた手つきでルーを配膳していく。

「友美、俺、うんこ大盛りな」

「えっと、ここにうんこは無いから、盛り付けなくていいよね」

「うわ、ひっで」

「おーい、田中のやつ、カレーなのにルー無しで食べるってよ」

「そんなわけないだろ! 前はうんこ大盛りで通じたじゃんよ」

「はいはい、うんこね、うんこ」

「ちょっと、男子! 給食の時に汚い話しないでくれる」

 本当にくだらない話をしつつ、委員長に叱られていた。


 そして、私の番がやってきた。やけにテンションの高かった友美であるが、私の姿を前に動きが止まった。おもちゃ売り場でシンバルを鳴らしながら暴れているサルの人形の電池が切れたとでも言うのだろうか。ポタリ、ポタリと、お玉からルーが鍋の中に滴り落ちていく。


 どうしたのかと、私の次に並んでいる男子が覗き込んでいる。このまま停止したままだと迷惑なのは明らかだ。

「風見さん。早く盛り付けてくれない」

「え、ああ、うん。そだね。うっかりしてたよ」

 いつもの朗らかさだ。いや、いつも、だろうか。どことなく、無理をしているように映ったのは私だけだろうか。


 給食は各々が好きにグループを作って食べていいことになっている。小学生みたいに、みんな仲良く一緒に食べましょうと、くだらない縛りを設けられないのはありがたい。しかし、悪魔的システムではある。

 私のように、一人で黙々と食事をする層が少なからず発生するからだ。まあ、別に問題提起したいわけではない。いつものことではあるし、会話しながら食べると言うのが非効率極まりない。そんなことをしている暇があったら、さっさと食べ終えて別のことをした方が有意義だ。


 友美は女子のグループにいるようだ。男子と混じって、デュエバがどうのこうの話していた気もする。いや、友美はどうでもいいのだ。早く食事を済まそう。

「隣、いいかしら」

 スプーンを握ったところ、空席になっていた隣に人影が現れた。眼鏡とカチューシャを装備した真面目そうな女生徒。委員長こと仙道亜子だ。


「構わないけど」

「そう」

 そっけなく返すと、「失礼」と断りを入れ、隣に座って来た。彼女とはちょくちょく会話する。たまに、給食を相席することはあるのだが、どういう用件だろうか。


「いただきます」

 丁寧にあいさつをして、カレーをスプーンですくう。所作の一つ一つに気品があり、つい、倣って姿勢を正してしまう。

 特に会話もなく、黙々と献立を食べ進めていく。元来、会話をするつもりはないのだが、いきなり訪問された以上、気にするなと言う方が無理だ。一体、何をしに来たのよ。


「ねえ、何かあった」

「唐突にどうしたの」

 いきなり訳の分からないことを尋ねてきたものだから、オウム返しになってしまった。こくりと牛乳を一口飲んだ亜子はハンカチで口を拭って言い直す。


「今日は、なんだか上の空みたいだったから、不都合なことでもあったのかと気になって」

「上の空、ね。いつも通りだったと思うけど」

「そう? 3時間目の数学の時間。あの数式を間違えるなんて、あなたらしくもないわよ」

 あれは迂闊だった。途中から数式が進まないと思ったら、つまらない計算ミスをしていたのだ。でも、スーパーコンピューターではあるまいし、私だって計算を間違うこともある。


「それだけで、わざわざ私と給食を食べようなんて、思いついたわけ」

「理由はどうでもいいじゃない。前も言ったけど、あなたはライバルと同時に友達だと思っているんだから」

 ああ、はい、またその話ね。

「覚えているでしょうね。今度の中間テスト。次こそは私が勝たせてもらうわ」

「勝手に言ってなさい。私はいつも通りやるだけだから」

 そうして、私はスープをすする。


 どうやら、私をライバル視しているらしく、事あるごとに勝負をしかけてくる。中学に入って最初の学年テストで、私が一位で亜子が二位だったのがきっかけだったかしら。それから一年半経過するけど、順位が変動したことはない。

「っていうか、私が不調ならば、あなたにとっては好都合なんじゃないの。私に勝ちたいんでしょ」

「それでは意味がないのよ。万全の状態で、本気のあなたに勝ってこそ、真の勝利となるのよ。あなたにも、そういう経験あるでしょ」

「そういうものかしら」

 無縁の話だ。そう切り捨てようとした。


 刹那。私の脳裏にあの一戦がよぎった。どうして、このタイミングで想起するのだろうか。意味が分からない。あれは、あくまで遊び。そもそも、やっていることが子供向けの遊戯じゃないか。


「とにかく、その腑抜けた態度をどうにかしなさい。それが言いたかっただけよ。ごちそうさま」

 最後に牛乳を飲み干す様は、居酒屋の酔っぱらいを彷彿とさせた。言いたいことだけ言い終わると、亜子はさっさと食器を片付けに行ってしまった。

 結局、私が食べ終わったのは給食の時間が終わるギリギリになってだった。食べる速度は並みくらいと自負しているので、次の授業の教科書のおさらいぐらいはできる算段であった。まあ、私はスーパーコンピューターではないのだ。たまの計算違いはあるだろう。


 ちなみに、友美は男子と「うんこを賭けてじゃんけんだ」とバカ極まりないことをやっており、スーパーコンピューター以上にいつも通りだった。

カード紹介

アマゾネス・クイーン

クラス:ビースト ランク1 コスト8

攻撃力400 体力400

このサーバントが場に出た時、デッキの上から3枚を公開する。その中にあるコスト3以下のクラス:ビーストのサーバントを好きなだけ場に出す。その後、残りのカードをすべて墓地に置く。

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