どうやって誘おうかしら?
その翌日。私は、眠い目をこすりながら登校する。こういう日の朝食にコーヒーは必須だ。母親からも「本当にコーヒーが好きね」と呆れられる始末だ。
納得のいく仕上がりではないものの、前回戦った時よりも強いデッキになっているはずだ。私の気を知ってか知らずか、友美はクラスの女子とドラマの話で盛り上がっている。さて、目にもの見せてあげましょうか。
しかし、ここで一つ、大きな問題が生じた。
「どうやって、勝負をしかけようかしら」
教科書を盾にして、敵情視察する。私のカバンの中にはデッキが忍ばせてあり、準備に抜かりはない。いや、不要物を堂々と持ち込んで抜かりはないというのもどうかしてはいるけど。むしろ、委員長の亜子辺りに見つかったら、厄介なことこの上ない。
それはそれとて、友美だ。真正面から「バトルしようぜ!」と、某有名アニメの主人公みたく話しかけるか。だが、そんなことをしたら不自然極まりないというのは自明。それとなく、別の話題で友美だけを誘い出し、そこでリベンジする。最も自然なのは、それだろう。
すると、いかな話題で誘導するかという別問題が出てくる。あの子の誘い水となりうる話題は何かしら。男子とはよくアニメで話していたような。あるいは、現在進行形で話しているドラマとか。でも、私は両者に造詣が深くない。
だからといって、三島由紀夫がどうとか、村上春樹がどうとかで乗ってくるかしら。友美がその手の本を読んでいるイメージは無い。
そうなると、真っ向から図書室に誘う。それしか手段は無くなる。別に、難しいことをしようとしているのではない。自分に言い聞かせると、背筋を伸ばして、つかつかと友美へと歩み寄っていく。
「かじゃみ、さん」
開口一番噛んだ。不覚だ。
「どしたん、唯ちゃん」
きょとんと、小首を傾げる友美。一緒にしゃべっていた女子も、不思議そうに私を見つめている。私の心臓の高鳴りもフ〇ギダネからフ〇ギソウに進化しそうだった。
深呼吸して、一気に吐き出す。
「放課後、図書室に来てくれないかしら!」
思ったよりも大声が出てしまい、大谷翔平がどうのこうのと話していた男子まで注目してしまう。私の額に汗がにじむ。
怪訝そうな顔をしたのは、友美の友人だった。
「友美に用でもあるの、小鳥遊さん」
「べ、別に、用という用というか」
確実に用はあるのだが、歯切れが悪くなってしまう。ああ、もう、面倒くさいわね。昨日、敦美が使っていた「ハルマゲドン」のカードが現実に使えたら、どんなに楽か。
孤立無援、四面楚歌と四字熟語ばかりが頭によぎり、二の句が告げなくなる。蛇の大群の中に放り込まれたカエルとは私のことだろう。ネズミなら窮鼠猫を噛むとなるだろうが、そんな度胸もない。
いたたまれなくなった私は、
「や、約束したからね!」
と、大声を張り上げると、あくまで堂々と自分の席に戻っていった。とりあえず、目的だけは伝わったはずだ。
「どうしたのかしら」
「友美、あまり本気にしちゃダメよ」
と、クラスメイト女子のはれ物に触るかのような声が聞こえる。こういう時は本に限る。教科書をバリアーにし、私は文庫本に目を落とす。その一瞬、友美のキョトンとした顔が視界に映るのだった。
さて、放課後。図ったかのように誰もいない図書室で、私は読書に勤しんでいた。授業が終わってもうすぎ三十分が経とうとしているのに、友美はまだ来る気配はない。巌流島の決闘を再現しようとしているのかしら。そのうち、気もそぞろになって、本の内容が頭に入ってこなくなる。
別の本でも読もうかと、椅子から腰を浮かす。そのタイミングでガラリと扉が開かれた。そこで大の字になって仁王立ちしている存在に、私は顔が緩む。
「俺、参上!」
「遅いわよ」
「こっちにも色々あるんだって。いやあ、まさか唯ちゃんの方から誘ってくるとは思わなかったよ。大変だったんだからね。アキとか、『やめときなよ』って止めてくるからさ。念のために確認するけど、カツアゲとかじゃないよね」
「誰がそんなことしますか」
むしろ、カツアゲと分かって、ノコノコやってきたのなら、不用心すぎるだろう。この子の防犯意識はどうなっているのかしら。
「それで、用件は?」
「言わなくても分かるでしょ」
「言わないと分かんないよ。っていうか、素直にデュエバやりたいって言えばいいのに」
「そんなこと言えるわけないじゃない。男子じゃあるまいし」
ふてくされてそっぽを向く。すると、友美はずかずかと対面の椅子に座った。至近距離で眺めているせいだろうか。普段、お茶らけた印象のある彼女が妙に凛々しく映る。チワワもまた肉食動物の一種だと認識させられたようだ。
「まあ、四の五の言っても仕方ないか。唯ちゃんとまたバトルしたいって思ってたのは本当だし。さっそく始めようよ」
「ええ、そうね。今度は前みたいにはいかないわよ。前は、あなたばかり強いデッキを使って、インチキで勝ったようなものじゃない」
「へえ、アグロビーストが環境デッキだって、知ってるんだね。別に、インチキではないんだけどな。ネタデッキでも、勝てるときは勝てるし。でも、まあ、唯ちゃんがどんなデッキを作って来たか、楽しみだよ」
「その余裕、すぐに打ち破って見せるわ」
双方に気合十分。私は読んでいた本を片付けると、さっそくカードをセットした。友美もデッキを用意し、いよいよリベンジマッチの幕が上がる。
カード紹介
機械仕掛けの守衛
クラス:ディーラー ランク1 コスト3
攻撃力0 体力500
デコイ
このサーバントは攻撃することができない。