エ〇ゾディア
攻撃を宣誓し終え、私は背もたれにもたれかかった。空調は効いているはずなのに、額には汗がにじんでいた。数時間ぶっ通しで勉強した時でも、数キロマラソンを走った後でも、これほどの疲労感は味わったことはない。
ふと、私の頬に冷たい金属片が押し付けられた。眼前には緑色の鮮やかなパッケージが映る。芽衣が朗らかに「飲むかい」と勧めてきていた。
火照った体にメロンソーダが染みわたる。芽衣もまた豪快に飲み干していく。法律上お酒が飲めるのか微妙な年齢ではあるが、いかにも飲みなれていそうだった。
「いやあ、熱戦の後のメロンソーダはいいね」
「異議。芽衣さんは戦っていない」
「細かいことはいいんだよ。あっちゃんは炭酸苦手だったよね。バヤリースでいい?」
「所望」
芽衣からオレンジジュースを受けとると、敦美はコクコクと口をつける。どことなく、水分補給している小型げっ歯類みたいだ。
「それにしても、いいもの見せてもらったわ。キングディーラーはともかく、使命死刑まで飛び出すなんてね」
「そのキングというカードは強いわけ?」
「驚愕。まさか、ジェネラル・トランプルーラー・キングを知らない!?」
そんな、日本国の首都を知らないのかという調子で言われても、知らないものは知らない。
釈然としないでいると、芽衣が解説を入れてきた。
「トランプクルセイダー・スペード、ダイヤ、ハート、クラブが場に揃っている時に召喚すると、その時点で特殊勝利できるカードよ。あっちゃんのデッキは、ドローソースを駆使して、その特殊勝利を目指そうってやつね」
「別名、デュエバのエ〇ゾディア」
「余計に分からないわ」
「無知。インセ〇ター羽蛾にカードを捨てられた名シーンを知らないのか」
「手札抹殺による対策を皮肉ってたわよね、アレ」
漫画のワンシーンのことだろうと推測はできたが、全くついていけない。難関校の英語の入試問題の方がまだ理解できるわ。
私がメロンソーダの炭酸にむせていると、芽衣がじっと横目で見つめてきた。炭酸飲料なんて、普段あまり飲まないから仕方ないでしょ。だが、芽衣が気になっていたのは別のことだった。
「ひょっとしてだけど。唯ちゃんって、デュエバあまりやったことない?」
「やったことないというか、バトルしたのもこれで二度目よ」
「驚愕。それで、あれだけ戦えるのか」
バヤリースをこぼしようになっている敦美はさておき、私は芽衣に尋ねる。
「どうして、初心者だって分かったの?」
「使うカードが、どうにもストラクチャーデッキっぽいというか、多少改造されてるけど、構築済みのウォーリアのデッキ、ほぼそのままよね」
「指摘。デュエバのプレイヤーでキングを知らないのはにわか」
にわかというのはよく分からなかったが、バカにされているというのは分かる。
「合点。ならば、先ほどのプレミも納得がいく」
「私がミスしたとでも言うの?」
「あっちゃんがスペードを出したターンの話ね。エマージェンシーのクイックボマーを持っているなら、キングをプレイしようとしていたターンにそれを発動させていれば、キングの召喚条件を阻止できたってわけ」
「同意。ただ、わたしはエマージェンシーの発動を無効化するエマージェンシーを伏せていた。だから、使命決闘を使われなければ勝っていた」
負け惜しみのようにも聞こえるが、振り返ってみれば、あのカードは温存しておくべきだったわね。なんて、感心してどうするのよ。
このままコケにされっぱなしというのは納得がいかない。しかし、私がゲーム初心者であることも事実だ。なので、
「そうよ、初心者よ。悪い」
思い切り開き直った。
「あーごめん、バカにしたわけじゃないんだ。むしろ、ネタデッキ相手とはいえ、善戦してると褒めてるのよ」
「異論。ディーラーキングはネタじゃない」
「そう言いつつ、この前、ハンデスアンデットにボコられてたじゃん。っと、話が逸れたわね。ヴァルキリアスが欲しいのは、始めたばかりだから強いカードが欲しいとか、そういう理由かしら」
あのカードを欲する理由ね。話す義理もないけど、話したところで損するということもないだろう。なので、素直に応じることにした。
「どうしても、勝ちたい相手がいるの。そのために、強いカードは必須なわけ」
「確認。ヴァルキリアスは、あくまでプレイ用に欲しいのか」
変なことを聞くわね。私が首肯すると、敦美は分厚いファイルをリュックから出す。中にはぎっしりと、明らかにレアと思われるカードが陳列されていた。実際にレアであろうことは、近くの小学生男子が「すげー」と歓声をあげていたことから窺える。
パラパラとページをめくっていき、一枚のカードをファイルから取り出した。それは、私が欲している「戦場の女神ヴァルキリアス」のカードだった。
「提案。このカードを譲るから、ヴァルキリアスの購入権を譲ってほしい」
「意味が分からないわよ。なんで、ヴァルキリアスを持っているのに、ヴァルキリアスが欲しいわけ?」
「解説。このヴァルキリアスはただのヴァルキリアスではない。エクストラブースター『ヒーローズセレクション』に収録されているイラスト違いのカード」
そう言われて見比べてみると、服装の色や持っている武器が違う。
「通常版のヴァルキリアスならダブらせているから問題ない。わたしが欲しいのは、あくまで特別版」
「なんか納得いかないけど、別にいいわよ。でも、あなた正気? この取引だと、あなたはタダでカードを渡して、わざわざお金を払って、このカードを買うことになるのよ。損しかしていないじゃない」
「無問題。カードコレクターとして、欲しいカードを得るのに損得は関係ない」
どや顔でサムズアップをする。まあ、当人が問題ないのなら、心配してあげる義理は無い。
「付加価値。それに、カードで遊べる女友達は、ヴァルキリアスより貴重」
「ちょっと待って。なんで、あなたと友達になっているのよ」
「昨日の敵は今日の友って、古い言葉があるけど~。って、知らない?」
芽衣がいきなり歌い出した。確か、ピカ〇ュウとかが出てくるアニメの曲だ。
強引に推し進められた気がしないでもないが、ともあれ、一銭も払うことなく目的のカードが入手できたのはめっけものだ。敦美もホクホク顔で芽衣にカードの代金を支払っていた。
「時に唯ちゃん。戦いたい相手はどんなカードを使うか分かるかい」
帰宅しようと鞄を持ったところ、芽衣に呼び止められた。藪から棒すぎるわよ。
カード紹介
ジェネラル・トランプルーラー・キング
クラス:ディーラー ランク1 コスト99
攻撃力2000 体力2000
バトルゾーンにトランプクルセイダー・スペード、ダイヤ、ハート、クラブがあるとき、このカードの召喚コストは0になる。
召喚によって場に出た時、トランプクルセイダー・スペード、ダイヤ、ハート、クラブをそれぞれ1枚ずつゲームから除外してもよい。そうした場合、あなたはこのゲームに勝利する。