うるさい訪問者
放課後の図書室は好きだ。皆が部活動と言う非生産的でくだらないことに時間を費やしている中、こんなところに来る者は誰もいない。閑散とした空間で思う存分読書や勉強に勤しむことができる。
ハードカバーの背表紙を閉じ、私は大きく伸びをする。少し前に映画化されたと話題になった青春小説だった。どんなものかと期待していたのだが、展開が陳腐で途中であくびが出るほどだった。これだったら、古来の名著でも読んでいた方がよほど有意義ね。
宿題も終わらせてしまったし、明日の授業の予習でもしよう。そう思い立ち教科書を広げる。
「なーに、してんの」
目線を落としているのに、強制的にアイコンタクトしてくる輩が現れた。髪をサイドポニーに括り、くりくりと子犬めいた人懐っこそうな瞳。小学生でも通用しそうな童顔に低身長も合わさり、余計にパピヨンやらチワワを想起させる。私と同じ制服を着ているのはもちろんだが、学証から同じ学年の生徒のようだ。と、いうよりも、同じクラスだったような。
「見れば分かるでしょ。勉強よ」
「へー、エロいね」
「どこが」
「わざと偉いねを間違えたんじゃん。ツッコんでよ」
勝手に頬を膨らませている。正直、さっさと帰ってほしい。ただ、それは無駄というのは半ば察していた。この女、風見友美は誰に対して大体こんな感じなのだ。
「それで、私に何の用よ」
「いやさ。唯ちゃんと遊びたいと思って」
「そう。帰って」
「返事早くない!?」
そりゃそうだ。遊びたくないから。第一、どうして私がこいつと遊ばないといけないのかしら。時間の無駄だというのは、数学の公式並みに明白だ。
「ねえ、いいじゃん、小鳥遊さん」
「苗字で呼んだところで返事は変わらないわよ。とっとと帰りなさい。と、いうか、図書室で騒ぐのはマナー違反よ」
「むう、委員長みたいなことを言うな。いいじゃん、本当に少しだけだからさ」
静かにしろと注意した矢先、ガンガンと机を叩く。私たち以外に誰もいないからいいものの、迷惑行為に他ならない。
私はため息を吐くと、教科書を閉じて頬杖をつく。
「第一、どうして私と遊びたいのよ。あなたなら、他に友達いるでしょ」
この女、風見友美はクラスでもひときわ目立つ存在だった。休み時間のたびに、誰彼構わずバカ騒ぎをしている。学校に勉強ではなく、祭りでもしに来ているのではないかと、本気で勘繰りたくなるくらいである。
友美は「クックッ」と悪役っぽい笑みを浮かべる。ああ、ろくでもないこと考えてるな。私は白目でその様を眺める。
「よくぞ聞いてくれました。あたしは、この学校のみんなと友達になる女、だからよ」
屈伸の後、両腕を大きく天に伸ばす動作をする。
「誰の受け売りよ、それ」
「福士蒼汰君が主演やってたライダー。知らない?」
「知るわけないでしょ」
「幼稚園入るより前にやってたやつだからね。知らなくても無理ないか」
上から目線で語られるのがムカつくんですけど。第一、なんで、そんな作品を知ってるのよ、こいつは。
「まあ、ライダーはさておき。この学校のみんなと友達になるってのは本気だよ。だから唯ちゃん。あなたとも前から友達になりたいって思ってたんだ」
ずいっと顔を迫られる。美人というよりか、愛嬌のある顔立ちであり、そこらの男子には人気がありそうというのは同性でも分かる。不覚にも、私も生唾を呑んでしまったぐらいだ。
とはいえ、こいつと友達になるかどうかは別問題だ。そもそも、友達なんて非効率的なものを、どうしてわざわざ作らないといけないのか。現に、こいつのせいで、貴重な勉強時間が無意味に消費させられていく。こんな問答をしているぐらいなら、英単語の暗記でもやっていた方がよほど有意義よ。
「ねえねえ、勉強ばっかやってて疲れない? たまには息抜きも必要だよ」
「あんたは、年がら年中息抜きしてそうね」
「失礼な。ちゃんと勉強もしてるんだぞ」
嘘くさい。今朝だって、宿題を忘れたと叱られていたような。
「そんな唯ちゃんにピッタリのものを持ってきたんだ。唯ちゃん、頭いいでしょ。多分、こういうゲーム得意なんじゃないかと思って」
そう言って、鞄からクリアケースを取り出した。中にはぎっしりと紙のカードが詰まっている。蓋を開けると、数十枚のカードの束を突きつける。
「じゃーん! 大人気カードゲーム、デュエル・ザ・バース。通称デュエバだよ」
「思い切り不要物じゃない」
テンションの差にナイアガラの滝ぐらいの高低差がついていることは明らかだった。
デュエル・ザ・バース。現在、大人気のトレーディングカードゲームだ。新型ウイルスの影響で巣ごもり需要が高まった結果、家で遊べるこの手のゲームが注目。転売ヤーがカードを買い占めたとかで、一時期ニュースになっていた覚えがある。
私のクラスでも流行しており、主に男子が「あのカードが強い」だの休み時間に話題にしている。私には無縁の話だと、ずっとスルーしていた。それが、こんな形で関わることになろうとは。
市立知島中学の校則において、学業に関係ないものの持ち込みは禁止されている。一昔前は携帯電話もその対象になっていたそうだが、今では休み時間にゲームなどのアプリを使用することを禁止するに留められている。だが、トレーディングカードゲームなど、今も変わらず先生に見つかったら没収の対象だろう。
別に、堂々と校則を破るのが怖いというわけではない。単純に、そんなくだらない遊びをするつもりにならないだけだ。
「みんなで遊ぶのなら、やっぱカードゲームだよね。ほんのちょっとでもいいから、やってみようよ。絶対にハマるからさ」
宗教の勧誘のごとく、「誉れの王者 ジューオ」と言う名の、頭部がライオンで上半身裸の肉付きのいい男のカードを提示してくる。やけに装丁が豪華だ。いわゆる、レアカードというやつだろう。
「だから、やらないっての。いい加減、しつこいわよ」
「へえ、負けるのが怖いんだ」
無邪気に言い寄って来たのが一転。冷めたような口調になる。それが私の琴線に触れた。
「誰が、負けるのが怖いですって」
「そうじゃない? やる前に逃げてるんでしょ。唯ちゃん、頭いいのに、あたしに勝つ自信ないでしょ」
露骨で稚拙な煽りというのは理解していた。しかし、どうにも我慢ならなかった。たかが小中学生向けのゲームだ。それですんなり負けるなんて、まずあり得ないだろう。
「そこまで言うのなら、相手してあげるわ。勘違いしないでほしいけど、私が敵前逃亡するようなタマじゃないって証明するだけだからね」
「やった! 押してダメなら引いてみな作戦成功だよ」
ブイサインするけど、この場合は引いてダメなら押してみな作戦じゃないかしら。なんにせよ、こいつの手中で一瞬でも踊らされたというのがむかつくわね。
友美の言葉通りになるのは癪だけど、勉強の合間の息抜きも大切だ。軽く相手してやろうじゃない。彼女からデッキを受け取ると、相手に倣ってカードをシャッフルするのだった。
と、いうわけで、作者の趣味が丸出しなラブコメの開幕です。
そして、次回からこの枠で作中に登場したカードの紹介が始まります。