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コロルゥム・オクト  作者: 颯待 彗
第1章 青・赤・橙
9/51

009 橙色の楽観04

 それはレイエルと柑が来てもうすぐ1か月になる頃の事だった。


「お祭り……ですか?」

「うんっ昼から夜までずっとお祭りっ出店も出るし、夜はランタンでライトアップっ」

「面白れぇ」

「だろだろっ」


 発明家たちの町で行われる祭り。その前日準備手伝いに3人は向かった。柑は料理の腕を買われてシャルロッテのパン屋に引っ張られ、アスディルとレイエルはアントンと共に他の出店手伝いに回っていった。


「ん~……これはアス呼んだ方が早いな……」

「やっぱりか……」

「っと、居た。アスっこっち見てくれ」

「判ったっ」


 ある程度、装置に関しての知識を叩き込んだレイエルだったが専門としているアスディルには敵わない。自分で出来る範囲を行い、町を見渡す。活気ある町はさらに活気づいていた。


「レイエルさん」

「アントン。お疲れさん」

「お疲れ様です。アスは?」

「あそこ。ちょい専門的な部分が不具合っぽくってな」

「なるほど。でもレイエルさんだって結構な数、直していますよね?」

「専門的なことはアスには敵わないよ」

「まぁ、アスですからね」

「終わったよ~」

「お疲れ」


 少し煤の付いた顔をして帰ってきたアスディルに苦笑いを浮かべながらレイエルはその顔を拭く。我関せずのアスディルは長い付き合いになる親友の手元を見た。


「アントン~コーヒーくれ~」

「俺も欲しい」

「コーヒー好きですねお2人……結構苦いから目覚まし代わりに飲む人が殆どなのに」

「あの苦みが美味しいんじゃん」

「同意する」

「はいはい」


 アントンが淹れていたコーヒーで一息つくレイエルとアスディル。その間に卵と野菜のバゲットサンドが入り込んだ。


「お疲れ様です。2人ともまだ頬に煤が付いていますよ?」

「柑。終わったのか?」

「えぇ。ついでに3人分のお昼貰ってきちゃいました。アントンさん。シャルロッテさんがお昼だからパン屋に来なさいとおっしゃっていましたよ」

「判りました。ありがとうございますケンさん」


 バゲットサンドにかじりつく。レイエルでも食べられるあっさり仕様。それでもボリュームがあるのでアスディルも柑も満足げだった。


「は~……いや良いなこの労働の後の食事とコーヒー」

「レイ……おっさんくさい」

「なんか言ったかアス」

「さってと。次の現場は何処かな~」

「ふふっ」

「柑」

「すみません。でも面白くて」

「……面白がられてる」


 脱力しながらも午後、柑も屋台設置手伝いに回り、3人は町中を駆けまわっていた。夜、複数のランタン点検を終えて帰路に着く。手にはチキンと野菜のバゲットサンド。作っている気力が無いとの判断だった。


「……疲れた」

「その分明日は遊ぶんでしょうが」

「レイってほんと虚弱だよな……よく旅が出来るな」

「旅は良いんだよ。疲れたら寝て、適当に生きる」

「レイの適職でした」

「知識欲を満たす手段が限られるのが難点ですかね」

「確かに」


 その日はバケットサンドを食べて眠った。次の日、お祭り本番。いろいろな出店が出る中を3人は仲良く歩いていっていた。


「ドーナツっっ」

「はいはい。お昼ご飯に響かない程度ですよ」

「……柑。お前は母親か」

「レイはもっと食べてください?」

「茶の屋台が興味深い」

「……それは確かに」


 にぎわう町中を行く3人。まずはとドーナツからスープまで並ぶ屋台料理を食べ歩いた。


「んっ美味しいなドーナツ」

「えぇ……レイは……駄目ですね」

「揚げ物はパス。このトマトのスープは普通に美味い」

「あ、俺もそれ好き。帝国北の方の風土料理なんだって」

「へぇ……ちょっと興味深いな」

「そうですね。コーヒーも産地は彼方だと」

「正確にはさらに北にある大陸原産。輸入してるのが北の方だから名物なんだよ」

「なるほど……食文化も学ぶべき対象だと思うんですがね胃腸虚弱さん」

「うるせぇ」


 一通り屋台を堪能した3人は腹ごなしとゲームの屋台に顔を出す。そこで店番をしていたのはアントンだった。


「アス、レイさんにケンさんも」

「アントンの屋台は弓入れ?だっけ」

「はい。これに関してはケンさんの方が詳しいですかね」

「あぁ。えぇそうですね」

「ルールは?」

「離れた位置からあの壺に矢を投げ入れられれば得点となります。結構慣れないと難しいですよ」

「俺やるっ」

「友人サービスで1人2回まで無料にしておきますよ」

「よっし。行くぜぇっ」


 ひゅんっとアスの手から矢が離れる。だが小さい壺の口には入ることは無かった。


「……無理じゃね?コレ」

「出来ないことは無いんですけどね」

「じゃあケンやってみせて」

「はい……とは言え久しぶりなのでねっ」


 すとんと、柑が放った矢は吸い込まれるかのように壺の口に納まりカランと音を立てて中へ入った。唖然と見るアスディルとアントン。そしてレイエルは柑の動きから何かを見て素振りをしていた。


「……やってみる」

「頑張ってください」


 レイエルは矢を投げ入れる。一瞬壺の淵に弾かれたが何とか持ち直し2本目の矢として壺へ納まった。


「っし」

「流石の動体視力と言いますか……」

「なんで入るんだよアレにっ」

「アス。俺らの分の1回使っていいから頑張れ」

「頑張ってください。あぁ矢は入っていな方が入れやすいので僕らの分は抜いておいてくださいな」

「あ、え、はいっ」

「み~て~ろ~よ~っ」


 2回目は失敗、3回目も失敗したが壺の淵に弾かれた。そして4回目。ようやく、カランとした音が響き渡った。


「っしゃぁっ」

「お~ギリギリ出来たな」

「凄いですねぇ。これ結構難しい遊戯なんですけどねぇ」

「なんでそんなの屋台にしてんだよアントンっ」

「ゲームの屋台は難易度高めにしないとこの町じゃすぐ解析解読されちゃうだろ?」

「なにも言えない」

「景品どうしますか?」

「遠慮しとくわ」

「同じく」

「俺も入っただけ満足っ」

「そうですか。では皆さんごゆっくり」


 その後、ゲオルグのゲーム屋台にも顔を出し、大繁盛だったシャルロッテの屋台を少し手伝い、他の屋台も見て回り。その日は夕方まで遊んですごした。




 日が暮れて夜、ランタンが付き、街中がライトアップされる。どこかの屋台で不具合が起きたらしく、アスディルが駆り出され、待っていると言った木の下で柑とレイエルはぼうっと町を眺めていた。


「なぁ」

「何ですか?」

「記憶、もう戻ったんだろ」


 そうだろうと柑は思っていた。あれだけアスディルと議論を交わし、華国の事も事細かに言える自分は記憶喪失ではないことぐらいレイエルにも判ると。それでも、言えなかったのは天界に残しているあの少女の映し身があったから。でも、直接問われたのならば答えると柑は決めていた。


「……えぇ。結構前にね……さすがに、気付きますよね」

「あぁ。さすがにな」

「上に戻ったらあの方に発明品のご説明ですか……」

「いや、多分そこには執着してないだろうよ」

「そうですか?ほら、お付きの方。あの方は説明責任だ~とか言いそうですけど」

「アイツはな。だがあの方はもう興味をアスに向けている」

「……移り気の方ですね」

「興味を失いやすいんだよあの方はな」

「そうですか……まぁ興味が回ってきたならばご説明しましょう。レイには必要ですよね?」

「俺も特には。気にしているの、あの水槽の少女だろう?話したくなった時で良いよ」

「……そうですか……では、お待ちください」

「おう」


 優しい。そう柑は思っていた。本当ならば根掘り葉掘り聞きたいであろう内容も、柑が言いたくないだろうという理由だけで聞かないでいてくれる。おそらく、あの発明品の元に行った時に記憶が戻ったこともレイエルにはお見通しなのだろう。それでも、今まで言わないでいてくれた。最高神の前で援護もしてくれた。やはりレイエルは優しいと、柑は思う。その優しさが仇にならなければ良いと願いながら。


「お、アス~っ」

「お待たせっ」

「大丈夫でしたか?」

「スチームの不具合だったからちょいちょいっと直してきた」

「よっし。なんか食って帰るか」

「うんっ」

「適当にしないとまた胃に来ますよ?」

「そしたら茶屋のおじちゃんにお茶貰わないと」

「お前らなぁ」


 3人は笑い合う。その雰囲気は長年の友人のようだった。




 声が聞こえた。1人でいる時にしか聞こえないはずの声、研究室に居る時にしか聞こえない声が、お祭りの帰り道、柑とレイエルと一緒に居るアスディルの耳に届いた。


『死神が来たよ、海を越えて、お前の元に』


 その異変に気付いたのはレイエルだった。何かにおびえるように海を見ているアスディルにレイエルは声を掛けた。だがアスディルはレイエルの事を見ていなかった。


「アス?どうした?」

「ぁ……嫌だ……」

「アス?」

「来るなぁぁっ」


 走り出したアスディルに異変を感じ取ったレイエルと柑は慌ててその背を追った。だがその足は岬へ入るとぴたりと止められた。そんなことをする手段も理由も存在する彼に、レイエルは思わず空に向って叫んだ。


「……何のつもりだ最高神っっ」

『神罰の時だ……なに。ちょうどいい』

「そんなっ」

「アスっっ!!」


 岬の先端まで走ったアスディルは息切れしながら暗い海を見下ろしていた。月明りも無い海はただただ暗くて、潮騒の音だけが聞こえている。其処へ歌うような声が再び響き渡った。


『ほラ、死神ハ後ろに居ルヨ』


 その声に、思わずアスディルは後ろを振り向いた。当然ながらそこには何かに足を取られて動けないレイエルと柑。だがその姿で、彼は笑った。


「なんだ……やっぱりレイとケンが俺にとっての死神だったなら……そんなに怖がること無かったかもな」


 光が落ちる。それは神罰の、最高神が持つ雷の権能。レイエルと柑の視界が正常に戻った時、雷に打たれたアスディルはぐらりと体のバランスを崩した。


「アスっっ!!」


 神罰が終わったからと解かれた足止め。解かれるが早いかレイエルは其の傾ぐ身体を抱えた。


「レイっアスっっ」


 柑の声をバックに、2人は暗い海の中へ落ちていった。掬い上げる手が来るまで、レイエルはアスディルの身体を決して放そうとはしなかった。




 こうしてアスディルは神罰を受け、天界へ運ばれた。雷に打たれたダメージは天界に来ることで解消され、アスディルには前に柑が付けていた縮小版の枷が嵌められた。


 天界に来ても命に別状は無し。だがアスディルは目覚めなかった。半ば強引にレイエルは其の身柄を引き取り、久しぶりの自宅になる図書館へ運んだ。


「……これで良かったんだろうか」

「判りません……ただアスはあの瞬間、確かに僕たちを見て笑っていた。それだけが救いでしょう」

「……そっか」


 随分と行なっていなかった大気中のマナによる栄養補給。だが物足りず、柑も、そしてレイエルもマナの実を一切れ齧っていた。


「……この絶妙さは本当にどうにかしてほしいですね」

「だな……あ、コーヒー無いんだった……」

「レイ的にだいぶ死活問題じゃないですか」

「コーヒーだけで良いから導入してくれ……茶でも良い……」

「切実な問題ですね」


 眠るアスディルにベッドを明け渡したレイエルは適当なソファに寝床を作ると眠りについた。柑もまた自分に作られたソファの寝床に身体を潜り込ませた。




 数時間前、最高神の間での話にさかのぼる。


「もっと違う形があったんじゃないかっ」

「レイエルっ不敬であるぞっ」

「良い……レイエル。お前も気付いていたのだろう。アスディルは動物、否、精霊すら言葉を聞き届けてしまう耳の持ち主だ」

「……だから何だって言うんだ」


 気付かないわけがなかった。何故ならレイエルは天使、あの家の周囲に多数の精霊が居ることは最初から視えていた事だった。だが何もしないならと存在を無視していた。精霊の声は精霊以外には届かない。故にレイエルは精霊の声を聞くことができなかった。


「精霊はアスディルの発明が私の神罰対象になった事を知り、たびたび彼に忠告を届けていた。神罰発動前に彼が飛び出したのはそれが原因だ。精霊たちは彼をお前たちから離せばいいと思ったのだろうが、事実は逆だったがな」

「……だからって……」

「……レイ」

「……判っている……アスディル・ファーレットの身柄はどうするつもりだ」

「さて……目覚めない内には何とも」


 ずっと抱えたままだったアスディルの身体をレイエルは抱え直す。幼い寝顔を見るとまっすぐに最高神へ瞳を向けた。


「ならば其の身柄、俺が預かる。柑が居るんだ。もう1人増えても問題は無い」

「ならばそのように」

「最高神様っ」

「良い……レイエルにも湧く情があったとはな」

「……情も湧くだろ……」


 アスディルの身柄を預かり、レイエルは引き留めようとする友人たちを置いて神殿を辞した。アスディルにもっと何かできなかったかと悔いながら。せめて、もっとあの友人たちとの語らいを長くとってやれればと、すべては後悔の内に沈んでいく。


 何時だって後悔しかしていない。レイエルは自分をそう評していた。





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