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コロルゥム・オクト  作者: 颯待 彗
第1章 青・赤・橙
8/51

008 橙色の楽観03

 レイエルと柑がアスディルの研究所で世話になり始めて3週間が経過した。アスディルの友人組もすっかり慣れ、またレイエルも人間界の食事に慣れていった。


「だからって揚げ物出すなよお前等」

「ごめんなさい。でもフィッシュフライが気になって……はいお茶です」

「コーヒー」

「胃をもたれさせている時にコーヒーは刺激が強いとアスも言っていました。コーヒーはまた後で」

「……判った」


 昼食のフライにダウンしたレイエルを柑は介抱する。定期的に胃もたれを起こすレイエルに対して柑の介抱はもはや慣れた行為だった。


「はぁ……でもまだ慣れた方だよ俺にしては」

「そりゃそうでしょうよ」

「3食必要なんて不便だと思ったけどこれはこれで時間感覚の調整には有りだしさっぱりめの魚料理とかサラダとか果物は美味い。ただ肉と揚げ物は胃に来る……」

「肉はともかく、揚げ物が胃に来るのはご老人の意見ですよ」

「似たようなもんだろう」

「そう言われてしまいますとそうですねとしか返せないのですが」


 お茶を片付けレイエルの居場所になっている書庫から柑が出ると入れ違いでアスディルが入ってきた。


「レイっこの本なんだけどさぁ」

「どうしたアス」


 ここ最近彼らのお気に入りは書庫でレイエルとアスディルが書物談義すること。たまに柑も混ざって行われる討論会は白熱しすぎて気付けば夕食超えて深夜もよくあることだった。


「この理論はこっちだろ?」

「え、でも効率的にはこれじゃない?」

「待て待て。たしかこの辺りに……あったこの理論」

「それ持ってくる?いや効率的だけど」

「楽しそうですね」

「ケンも混ざろうぜっ」

「はい。今日は……それですか……」


 柑も参加し議論は白熱していく。今日は日が傾くぐらいの頃、議論は終わりを告げた。


「あははっほんっとレイとケンと一緒だと楽しいなっ」

「それは良かった」

「……このままずっと一緒に居られたらいいのになぁ……」


 その願いが叶わないことをアスディルも柑もレイエルも理解していた。アスディルは2人とももうすぐ旅に戻るだろうと考えていて、柑とレイエルは神罰の事を考えていた。それでも、そうだとしても。


「……そうだな。俺も、出来れば一緒に居られたら良いとは思っているよ」

「そうですね」

「……ありがとう、レイ、ケン……さってとっ今日の夕飯はさっぱりめで作ろうか」

「えぇ。とは言え何にしましょう」

「……いやホント申し訳ない」

「レイの胃腸虚弱は今に始まった事じゃないもんな」

「ホントにこればっかりはな」


 笑いあう3人。そこには確かに思惑を超えた友情が築き上げられていた。




 カタンとペンを置く。夕食の後アスディルは昼間議論した内容で装置を作るべく設計図に筆を走らせていた。


「……一緒に居られたら……か……」


 伸びをする。潮騒の音と共にその声は海から聞こえてきていた。


『死神が来るよ。海を越えて、お前の所に』


 歌うような声。その声にアスディルは半年以上悩まされていた。毎日のように夜になると聞こえてくる声。アスディルは振り払うように研究室を出て台所へ入る。


「あれ?アス。どうした?」


 そこでコーヒーを飲んでいたのはレイエル。その声音で纏わりついていた声が薄れるのを感じていた。


「コーヒー飲んで落ち着こうと思って」

「ん。今淹れる」

「淹れられるんだ」

「柑に教わった」

「ケンって吸収早いよな」

「アイツも研究者職だったらしいからな。頭良いんだろ」

「レイも頭は良いよね」

「頭はってなんだ頭はって」

「胃は虚弱」

「ぐうの音も出ねぇ……ほら」

「いただきま~す」


 淹れられたコーヒーは少しだけ苦みが強いが香りはいつもより優しくて、まるで淹れた本人を表しているかのようで余計にアスディルに安心を与えていた。


「へへっレイの淹れるコーヒーも好きかも」

「そいつは良かった」


 今日は眠ろう、この香りとあの声音があれば声は届かない。そう思いながらアスディルはコーヒーを飲み干した。




 その日は何時ものように町へとくりだしていた。レイエルは1人ぼうっと市場を眺めている。何度足を運んでも発明品に囲まれた市場は慣れない。少しだけ天界最下層の頭脳封印倉庫を思い出すからかもしれなかった。


 そんな風に思考を張り巡らせているとガシャンと大きな音が響き渡った。続いたのは怒声。何ごとかと騒ぎの中心に向かえば老夫婦が営んでいる店の前でいかにもガラの悪そうな男たちが暴れていて、その老夫婦と悪漢の間に立っているのがアスディルだった。


「……何やってんだよアイツ」


 傍に立てかけてあったモップを手に取り騒ぎの中心へ足を踏み入れる。どうやらアスディルと老夫婦は知り合いのようで彼は必死に夫婦を庇っていた。


「大体お前らがそんなんだから発明品だって壊れるに決まってんじゃんかぁっ」

「んだとガキぃっ」

「ガキって言うんじゃねぇっ」

「はい、一旦そこまで」


 モップの先端を間に割り入れレイエルはアスディルの前に立つ。その姿を男たちは睨みつけていた。


「んだテメェ」

「このお子様の保護者だよ」

「レイまでお子様言ったっ」

「どんな事情があれ、流石にあの年の御老体は労わった方がいい。俺は平和主義者だからな。争いごとも避けたいんだが」


 ナイフが空を切る。レイエルの居た場所を狙ったナイフはレイエルが避けたことによりただ空を切った。


「こいつごとやっちまえぇっ」

「……だから争いごとは避けたいって言ったからな?」


 言うが早いか先頭に居た男がモップの柄に絡めとられ一瞬で地に伏せられる。続いた男たちも次々とモップを使い地に伏せさせていく。


「な、なんなんだお前っ」

「なに。ただの通りすがりの平和主義者だな」


 最後の1人も呆気なく地に伏せさせる。上がったのは歓声。魔法のように男たちを鎮めていくレイエルの手際に見守っていた群衆は歓喜していた。


「……レイって……もしかしてものすごく強い?」

「どうだろうか。特段誰かと比べたことは無いから判らないんだが……この野郎どもどうするんだ?」

「自警団に引き取ってもらうしかないけど……あ、来た」


 バタバタと自警団の青年たちが現れる。気絶した男たちを順次彼らは運んでいった。レイエルに自警団からの勧誘が来たのは言うまでもない。


「平和主義者という意味を調べなおす必要が有りそうですね」

「柑。居たのか」

「えぇ、お昼を知らせようと思って。さすがに素手は得意じゃないのでどうしようかなと思っていたのですが」

「ちょうどいいところにモップがあったからな。っと、返してこないと」

「ケンも強いのか?」

「僕もレイ以外と比べたことが無いのでよくわかりませんね」


 飄々と嘯く柑。彼は自分の実力をある程度正しく理解していた。人類未踏の領域に至った仙人界、その仙人界の住人をすべて殺し尽くした自分の実力は怒りに任せていたとしても十二分に強い部類に入る。そしてその自分と同程度の実力を持つレイエル。彼は人類の中でも相当強い部類に割り当てられるだろう。


「とりあえずご老人を」

「っとそうだった。じーちゃん大丈夫か?!」


 モップを元の場所に戻す間、アスディルと柑は老夫婦の介助に向かう。見守っていた群衆の中からも彼等の店を直す手伝いを買って出る者たちが現れる。徐々に元通りになっていく市場。


 だがレイエルは気付いていた。自分たちを見る視線に。


 老夫婦の救助を終え、昼休憩にシャルロッテのパン屋でいつものように食事を摂る。今日のお昼は野菜たっぷりサーモンチーズサンドだった。


「アス、でもああいう無鉄砲は止めとけよ」

「分かってるんだけど、どうしても飛び出しちゃうと言うか」

「なにアス。また誰か庇って厄介ごとに巻き込まれたわけ?」

「……なるほど。シャルロッテさんがおっしゃるぐらいには日常茶飯事だと」

「うぐ……何も言えねぇ」

「ほんとお人よしというか……レイエルさんの言うとおりほどほどにしておきなさいな」

「分かってるよ……」


 昼休憩後、アスディルは再び発明品市へ足を運び、いくつかの発明品に助言を伝えていく。その様子を見ていたレイエルの横にアントンが立った。


「レイエルさん、先程はアスがありがとうございました」

「別にあの程度構わないよ」

「……アスはね、ああやって全部の発明家たちの癖を知って助言していくんです。中には自分を曲げない発明家も居ますから無意味になる事も多々。でもアスは助言を止めない……お人好しなんですよね」

「の、ようだな……」


 視界の端ではアスディルが助言をして無視されたのか少しだけ落ち込んだ姿が映る。それでも彼は次の発明家の元に向かうのだった。


「……アントン。ちょっと頼みたいことがある」

「僕に出来ることなら」


 日は傾き、アスディル達は家路に付く。そして、夜更け過ぎの事だった。


 男たちが小さな灯りを頼りに海沿いにあるアスディルの家へ向かって居る。20人での移動だったが目的地は明かりが灯された家。見失うことは無かった。


 彼等は昼間市場で暴れた男たちの仲間であり、なおかつアスディルを気に食わないと思っている発明家に雇われた荒くれ者だった。


 漸くたどり着いたアスディルの家の前、そこには紫の髪をたなびかせた青年が立っていた。


「よぉ?待ちくたびれたぜ?」


 此方は20人、相手は1人。昼間5人の仲間がやられたがこの人数出掛かれば問題ないだろう。そう認識した彼らは武器を取り一斉に襲い掛かった。


 剣が、ただの鉄の棒で防がれる。続いた一閃で1人目の男が潰れた声を出し気絶させられた。


「んだよ……久しぶりに暴れられると思ったのに……この程度か?」


 相手は碌な武器を持たない青年が1人。なおもひるまず男たちはバラバラに動いた。どんなに夜目が利いても暗い中ろくに回避も出来ないだろうという判断。


 だが男たちは知らなかった。相手にしている青年が文字通り人外の強さを誇っていて、そしてこの町では普及が遅れている魔術を日常的に使う種族であることを。


 暗視の術を掛けたレイエルの瞳には男たちの姿が昼間のように見えている。気に入りの得物と同じ長さの鉄棒を振り回せば1人、また1人と男たちは倒れていく。次第に男たちも後退りをし始めた。自分たちが喧嘩を売ろうとした少年の元に居る青年はいったい何なのだろう。そんな疑問の間も男たちは数を減らしていく。


 そして、ほとんど時間をかけず、レイエルの足元には気絶した男たちが積み重なり、後残すは頭目の男だけとなった。その男は尻もちをついて、逃げることも出来ず震えていた。


「くっ来るなぁっ」

「ったく。この程度で俺の仲間に手を出そうと思ってんじゃねぇよ」

「レイエルさんっ」


 灯りが漏れ、自警団を率いたアントンが到着する。昼間、この事態を予想していたレイエルがアントンに依頼していたことだった。


「おう。頭目はこれ。後はのびてるだけだ」

「う~ん……レイエルさんの強さが異常なのかこいつらの弱さが異常なのか……良いでしょう。お願いします」

「はいっ」


 自警団の手によって男たちは連行されていく。暗視の術を解いたレイエルはアントンの横に立った。


「悪かったな。手間取らせた」

「いえ。そろそろ起きる手合いだと思っていましたから……アスは?」

「家の相棒が眠らせて見張ってる。知らせない方が良いんだろう?」

「えぇ……アスには何も知らず、あのままで居て欲しいので」

「そうかい。じゃあ此処は頼んだ」

「えぇ。そちらもお願いします」


 アントンと別れ、アスディルの家へ入る。階段を上がり、部屋に入ればよく眠たアスディルの横に柑が座っていた。


「柑」

「終わりましたか?」

「肩慣らしにもならねぇ」

「でしょうね」

「アスは?」

「よく眠っています。薬の効きが少し遅かったのが気になるところですがね」

「そっか」


 さらりとアスディルの髪を梳く。眠った顔はさらに幼さを増していた。


「っし。俺等も今日は寝るか」

「えぇ。そうですね」


 そっと2人はアスディルの部屋から出る。穏やかな寝息だけがその部屋には響き渡っていた。



 声が聞こえた気がした。アスディルが目覚めると未だ深夜。星の位置を見ても明け方まで程遠い。


『死神が来るよ。海を越えて、お前の所に』


 その声はいつもアスディルに聞こえる声。ベッドの上で膝を抱え、アスディルはその声を聞き流すしかなかった。こんな時間に台所に行けばさすがの柑とレイエルでも気付くかもしれない。なら此処でこの声を聞かないふりをして。


『死神が来るヨ。海を越えて、お前ノ所に』


 徐々に近づいてくる声。だが誰も居ない。誰が居るわけでもない。


「何なんだよ……何が来るって言うんだよっ」


 アスディルが否定したいのは声だけではない。声が聞こえる度にレイエルと柑の姿が頭をよぎる。まるで声の主が2人こそ死神であると示しているかのように。


「……っ……」


 彼等は確かに海を越えてやってきたと言えなくもない。だが、アスディルにとって彼らは友達であり、仲間であった。いずれはどこかに旅立つ2人であってもそれは変わらない。


「……レイ……ケン……俺……俺っ……」


 声は響き続ける。アスディルは今日も眠れぬ夜を過ごすことになった。





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