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コロルゥム・オクト  作者: 颯待 彗
第1章 青・赤・橙
5/51

005 赤色の悲哀04

 魔物の血が舞う。剣戟が、そして槍が魔物の命を終わらせていく。派手に返り血が舞うが彼等には関係がない。


「此処まで楽勝になるとは思わなかったよっ」

「それは重畳っ」


 レイエルと柑、彼らは文字通り背中を預け合い戦っていた。




 話は数時間前まで遡る。




 普段、最高神の呼び出しは長くて7日、短くて3日開けて行われる。だが珍しく前回の討伐から15日開けて、最高神からの呼び出しが行われ、レイエルは予告通り柑を連れ、先に柑をスパスィエルの武器庫に向かわせて自分は最高神の前に向かった。


「お呼びでしょうか。最高神、アルト・エーラ様」

「此度は北の森に魔物が現れた。例の虜囚を使っても構わぬ。排除せよ」

「御意に。最高神様」


 いつもながらに簡潔な命令に簡潔に答える。最高神の前を辞したレイエルを途中でフォルエルが引き留めた。


「レイエル。今回は本当に危ないよっ」

「どうしたフォルエル。途中で引き留めるなんて珍しいじゃねぇの」

「……北の森の魔物は50を超えると報告が上がっているんだ」

「ってことは5倍見積もりで250か……何とかなるだろ。柑も居るし」

「でもっ」

「安心しろ。柑の奴お前以上に怪我に厳しいからな」

「……怪我して帰ってきたらレイエルの出陣認めないように今度こそ最高神様に意見注進するからね」

「大げさな」

「大げさなもんかっ」


 フォルエルが声を荒げる。珍しい友人の姿にあっけにとられたレイエルだったがその肩が震えているのを見てそっと肩に手を乗せた。


「心配するな。ある意味今日は守らなくても良い相手が一緒だ。俺はそっちの方が気楽で良い」

「でも……」

「ま、お前らがまだねちねち言う腹に穴レベルの怪我をしてきたっていうなら意見注進しといてくれや」

「……判った……だからってわざと怪我してきたら怒るからね」

「それこそ判ってるよ」


 何とか親友をなだめすかしたレイエルは武器庫へ向かう。この前の手合わせの時に使った少し刃の長い槍を手に取り、同じくこの前の手合わせの時に使っていた剣を携えた柑を抱え北の森へ飛び立った。


 そして案の定200を超える敵に遭遇し、殲滅戦に当たっている。至る現在。




 フォルエルに『守らなくて良い相手』と言ったのは二重の意味だった。まず彼はそもそも最高神に無理やり天界へ連れてこられた人間の虜囚でありその命は実質天罰を下された時点で人間界としては終わりを告げていた。もちろん魂が冥界に落ちない限りはその人物は生きていると言えるのだが死んだようなものとレイエルは認識していた。そしてもう1つの意味。この前の手合わせで自分と同等の実力を持つ柑を守る必要が無いという意味。


 それをレイエルは何匹目か判らない敵を屠りながら痛感していた。柑は守らなくて良いどころか時折こちらのカバーにも入ってくる。かといって常にそばにいるわけでもなく、ひたすらに敵を排除する。正直に言ってそんな戦闘は初めてで、楽とすら感じられてしまっていた。もちろんリスエル達も弱くはない訳で、戦闘は出来るのだがどうしても天使本来が持つ甘さがにじみ出てしまう。故に時折躊躇してしまいその隙を埋める必要がレイエルには出てくるだけ。


 一切の迷いも躊躇も無く敵を屠れるなど自分だけだと思っていた。だが種族差を置いておいても柑は敵に怯むことなく躊躇すらなく一切の容赦もなく敵を屠り続けている。フォルエルが言っていた人間界での大量殺人、それに先日最高神がこぼしていた殺戮者という言葉。納得がいったし腑に落ちた。だがレイエルに嫌悪感は浮かばなかった。あるのは背中を誰かに預けて戦える高揚感。


「いくつ倒した?」

「125体ですかね。レイは?」

「同数っ」

「あと目算」

「20」

「さっさと片付けますよ」

「おうよ」


 その高揚感は柑も感じていた。枸橘以外慣れ合うことをしなかった彼は常に独りだった。修行の鍛錬も独り、実験に明け暮れる日々も独り、そして、仙道達を殺し尽くした時も独りだった。全てを思い出した柑にとってレイエルは本当に大切な友にまで上り詰めていた。親友の座が埋まっているのならば相棒の座を狙うと宣言するほどに柑はレイエルの事を気に入っている。もちろんそれは枸橘に感じていた感情とは別物だった。そして今、自分の背中を任せ、共に戦って、楽しいとすら感じていた。魔物は人間界に居た頃妖怪仙人側が放つのを駆逐する作業で慣れている。剣で屠り、時折レイエルの援護に回り、また屠る。こんなにも充実した戦闘は柑にとって初めての事だった。


 最後の1体が地に伏せる。動かなくなったことを確認してレイエルはその場に座りこんだ。


「っし……終わったぁっ」

「お疲れさまでしたぁ」


 荒い息が零れる。索敵しても敵は見当たらず、敵の残骸も徐々に風化し消えていく。ただ返り血だけは消えず残っている。返り血も消えてくれれば良いのにと柑は思うがレイエルの様子からしていつもの事なのだろう。長い髪を再び結わこうとしてあまりの血の固まりぶりに嫌な顔をした彼を見下ろし、くすりと笑みがこぼれた。


「楽しそうだなオイ」

「こんなに暴れたのきっと初めてってぐらいに暴れましたからね」

「そ~かい」

「返り血どうします?」

「神殿に清めの泉ってのがある。そこで落せる」

「残骸消えるなら返り血も消えてくれればいいものを」

「俺も長年そう思っている」


 息が吐かれる。レイエルはいったん休憩とマナの森で息を吸った。染み渡るマナの原液に近い成分が疲れすら癒してくれる。


「そういえばあの打ち身ってどんな戦い方したらつくのですか?」

「お前さんが担当していた分の敵が一挙に俺にやってくる。構ってない奴らは俺の頭突きかましてきて打ち身やらなんやら」

「なるほど……じゃあ怪我が無いように僕を連れてこなきゃダメですね」

「そうだな。その必要はありそうだ」

「やけに素直ですね」

「フォルエルの奴が最近特にうるさいんだよ。前に腹に穴開けて帰ってきたのをまだ根に持ってる」


 腹に穴、思わず脳内で反芻してしまった言葉にさすがの柑も溜息を付く。それはあの過保護ぶりも納得と言える。どうせその時も応急処置だけをしてさっさと帰って余計に彼等を心配させたのだろうと柑は辺りを付けていた。


「……それはフォルエルさんに加勢しますね。と言うか何やっているのですか」

「あの時は特攻かけられたのを避け切れなかったんだよ」

「そりゃフォルエルさんも過保護になりますよ」

「お前が居れば大丈夫だろうよ。頼りにしてるぜ?相棒」

「……本当にあなたと言う人は……えぇ。此方こそ、頼りにしていますよ、相棒」


 拳が付き合わさる。そして休憩が終わったレイエルは柑を抱え神殿へと飛び立った。


「ところでこの運搬方法めんどくさく無いですか?」

「奇遇だな。空飛ぶ方法無いか調べるぞ」

「判りました」


 笑い声が抜けるような青空の下響き渡っていた。




 その頃。時間のかかる、そしてイレギュラーな人員での出陣にスパスィエルの武器庫にはいつものレイエル友人組が揃っていた。この場所が仕事場のスパスィエル以外仕事中のはずだがレイエルの出陣時はなぜか全員集合していた。特にフォルエルは補佐のアレクエルにこの場所まで仕事を持ってきてもらってまでレイエルの帰りを待ち続けている。


 ばさりと翼の音が響く。相変わらず返り血は酷いがいつもより元気に帰ってきたレイエルと柑に安堵の息を誰ともなく零した。


「怪我はない?」

「あぁ。こいつほんとにスゲェの」

「嗜む程度ですよ。レイだって」

「同じく嗜む程度だよ」

「それは俺への嫌味ですかレイエルさん」


 レイエルの実力を良く知っていて、なおかつ天界軍を率いるリスエルが半眼で問い質す。さすがに失言だったと撤回しようとするが時すでに遅し。


「リスエル。いやそういう訳じゃないんだが」

「清めの泉行きますよ。また腹に怪我隠されていたら困りますからねっ」

「ちょっ悪かったってリスエルっだから引っ張るなっ」

「ケンさんも清めの泉に」

「ありがとうございます」


 いつも通り泉に放り込まれるレイエルと返り血は落ちるのに衣服が濡れない不思議な泉に興味津々の柑。両者に怪我がないことを確認すると今度こそフォルエルは安堵した。だが本当に気を抜けないのは此処からだった。


「今日は連れが居るのだなレイエル」


 来た、と誰もが思った。いつもの場所から最高神は泉を見下ろす。そういえば実質的に初めてになる柑と最高神の会話。皆の委縮した対応で件の最高神と推察を付けた柑は居ずまいを正した。


「最高神、アルト・エーラ様とお見受けいたします」

「いかにも。目が覚めてからは初めてだったな、ケン・レイホウ」

「はい。記憶という面でご期待に沿えず申し訳ありません」

「構わない。それはそれとして、武術の事は思い出せたようだな」

「最高神様はご存じない様子。武術は身に付いた生きる術。歩くことが出来、喋ることが出来れば武術を嗜んでいる者は記憶が無くても戦えるものでございます」

「ほう。そういうものか?レイエル」

「えぇ。武人として彼の意見を支持します。歩くことすら忘れたのならば仕方ありませんが歩けるのならば、戦えますね」


 最高神はそういうものかと納得する。だが納得していないものがそこにはいた。その名はティミエル。


「嘘を吐くなぁっケン・レイホウ。貴様記憶は戻っているのだろうっそれを最高神様の御前でも戻っていないなどと嘯くとはっ」

「ティミエル。控えよ」

「し、しかし最高神様」

「控えよ」


 威圧感が泉を覆う。曲がり間違っても最高神。その圧力にティミエルは冷や汗と共に下がった。


「……差し出がましいことをいたしまして申し訳ございませんでした」

「良い。記憶はもはやどうでもいい。戦うことが出来、なおかつレイエルと組めるならばそれに越したことは無い」

「最高神様のご温情には感謝いたします。柑は天界軍を出すよりも被害が最小限に抑えられる逸材。出来れば以降の討伐にも同行のご許可をお願いしたい」

「あぁ。もちろんだ。そうだな……近々特別な任務をレイエルにやってもらおうと考えている。その時にケン・レイホウも同行させよ」

「構いませんが……いったい何を?」

「なに。少しの余興のようなものだ。では、以降励め」


 彼らが消える。少しだけ残っていた威圧感も消え、泉付近には静寂が訪れた。


「……アレが最高神様ですか。レイの苦手そうなお方ですね」

「まぁな……ってもご命令には逆らえない。余興とやらにも付き合ってもらうぞ?」

「えぇ。まぁどうにかしましょう」

「この上余興だなんて……最高神様はレイエルを何だと思っているんだっ」

「フォルエル」

「何っ」

「気にするなと言ってもお前は気にしちまうだろうからいうが、俺はこれで良いんだよ」

「でもっ」

「さて……さすがに疲れたし帰るか」

「そうですね」


 レイエルと柑が泉から上がる。その背をフォルエルは捕まえた。


「フォルエル?」

「レイエル。これだけは聞かせて。僕と、最高神様、どちらかの味方にならなきゃいけない時、君はどうする?」

「……まぁ、普通に考えて最高神様だろうな。俺は」

「っ……そう……」

「でも、本当に俺の力が必要になって、お前が望むのならばその時はフォルエルの味方になってやるよ」


 ピクリと震えるフォルエルの手が止まる。見上げればレイエルは何時ものように、いつも自分に向けてくれる穏やかな笑みを浮かべていた。


「…………本当?」

「あぁ。約束する。俺の命は最高神の物だけれども、この手で守ってやるのはフォルエルだよ」

「……ありがとう。レイエル。それだけでどれだけ助かるか判らない」

「良いって。これぐらいしかできないけれどもな」


 縋るフォルエルの手を取っていたレイエルはその手を放し帰路に着いた。残された最高神補佐官と重役の四天使は思い思いに頷き合った。


「例の計画を始動させる。決行は余興とやらが終わったその頃」

「準備は任せておいて」

「大丈夫。レイエルさんはきっとフォルエルさんの味方になってくれます」

「うん……信じよう、僕らの親友を」


 彼らはそれぞれの役割を果たすべくばらばらに動き出す。その計画はこの時点をもって決行と相成った。




 自宅へたどり着いたレイエルは疲れたとベッドへ横になり、柑は書籍の中から仙術について書かれた書物を取り出していた。


「でも要はあのレイエルの羽ばたきに着いていければ良いのですよね?」

「そうなるな。いっそ地上を走るか?」

「いえ。それならばこの術で空中を駆け抜けようかなって」

「どの術だ?」


 起き上がったレイエルと柑は同じ本を覗き込む。そして術に関する討論は始まり、翌朝までぶっ通しで行われるのだが、今の彼らにとっては知らないことだった。






 アレクエルには主であるフォルエルに内緒にしていることがひとつだけあった。


 それは時折最高神が消える時何処に行っているか。最高神が下りた時だけ明かりのつくその場所は天界最下層にあり、宙に浮いた鳥籠の中に階段を使って最高神は入っていく。アレクエルは抜け道を使ってその上、空気孔に潜みその様子をうかがっていた。


「……目を覚ましたか?原初の神、ピソ」


 その鳥籠の中に存在しているのは女性だった。銀の長い髪を散らし、白と赤紫の衣服を身にまとった彼女はうっすらとその深紅の瞳を開いた。


「……やぁ最高神殿。どれくらいぶりかな?」

「3日だ」

「それだけしか経っていないのか。どおりで眠り足りないと思ったよ」


 くすくすと笑う彼女。彼も彼女も天井に近い場所に居るアレクエルには気付かない。


「で?今日はどんな面白い話が聞けるんだい?」


 呼びかけが正しければ世界を創造した原初の神の1柱。南東を守り、過去を司る。8柱の中で唯一其の身のままこの世界にとどまった神、ピソ。


 それが最高神アルト・エーラの執着する唯一の存在だった。





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