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コロルゥム・オクト  作者: 颯待 彗
第1章 青・赤・橙
4/51

004 赤色の悲哀03

※香る程度のBL表現ありです

 それは彼にとって忘れられない記憶。血の海に沈む大切な誰か。無力な自分。そして殺戮。


 彼らはどこか似通っている。偶然か運命かは判らない。だが、それでも彼らは出会った。それこそ本物の神の気まぐれで。




 レイエルは3日ぶりに神殿へと向かっていた。今日は同居人も一緒。そしていつものようにフォルエルに出迎えられた。


「あぁ。目覚めてからは初めましてか。フォルエル・レランパゴ。レイエルの友人だよ」

「柑・玲鵬です。レイにはお世話になっています」

「お世話する羽目になってない?」

「……否定はできませんね」

「おい柑」

「ふふっ確かに優しそうな御友人ですね」

「ったく……ほら行くぞ」

「はい。ではフォルエルさん。また」

「えぇ。また」


 柑を連れたレイエルが立ち去る。置いて行かれたフォルエルの心情は穏やかではなかった。何せレイエルの一番の友人を自負しているフォルエルである。愛称のようにレイエルの名前を短縮して呼び、世話する側に回りつつあることを公言するぽっと出の人間。穏やかに居られる訳が無かった。


「大体なんですかレイってっ僕だってそんなふうに呼んだこと無いですよっ」

「フォルエル様。書類が溜まっていますよ」

「……アレクエル」

「レイエル様に新しい御友人が出来て悔しいのは判りますが仕事はしてください」

「判っているよ……」


 有能な補佐官に諭されフォルエルが仕事に戻る頃、レイエルは柑と共にスパスィエルの武器庫から続く階段を下りていた。


「この先に?」

「あぁ。殆ど人間界に近い辺りになる」


 重厚な扉は鍵すらかかっておらず押せば開いた。そこに広がっているのは数多の神罰の後に人間界へ回収されたいわゆるオーパーツの集積場。興味深げにそれらを見つめる柑とは対照的に何も見ずにレイエルは目的の区画を探していた。


「F39……此処だ。おい柑」

「す、すみません。興味深くて」

「気持ちはわかなくもない。だからなるべく見ないようにしてここまで来てんだ」

「あ、興味はあるんですね」

「そりゃなぁ?神罰対象になる発明品やら何やらと聞けばな」

「で、ここが……え?」


 示された場所に柑は固まる。気持ちはわかるとレイエルは肩を叩いた。


「この見える範囲。全部お前が作った物だそうだ」


 倉庫の奥、その半分以上を使って物は埋め尽くされていた。唖然とする柑を尻目にレイエルは品目を確認する。


「っと、武器が198本、薬剤が345種、装置は348種……その他1って逆になんだ?」

「どれも……僕が?」

「適当に見て回ろうか」

「は、はいっ」


 2人は手分けしてその発明品の山へと向かっていった。柑は所狭しと並べられた発明品を圧倒されながら、でもどこか懐かし気に見ていった。


 その発明品は山の一番奥に鎮座していた。


「っと……何だこりゃ……女?でも……」

「……その他1って……これの事じゃ」

「確かに装置でも薬剤でも武器でもなさそうだからな」


 水槽に似た装置の中、柑にそっくりな女が浮いていた。瞳はきつく閉じられて目を覚まさない。その面差しに強烈な違和感を覚え柑の身体は揺れ動いた。


「っ……」

「おい柑」

「……だい、じょうぶです……めまいがしただけで」


 なんとか誤魔化し、発明品の山へ戻る柑。


 めまいは嘘。彼女を見て彼は思い出していた。自分が何者なのかを。そして、彼女こそ、神の怒りを買った最大の発明品であることを。




 玲鵬れいほうけんは仙道である。仙人界のトップである天枢天尊てんすうてんそんの弟子として仙人になり、だが弟子は取らず暮らしていた。弟子を育成する暇のあるのなら発明したい兵器や薬がこの世にはあふれかえっていた。故に師に無理やり許可を取り、弟子を取らず日々発明に没頭していた。


 そんな彼には友人以上の感情を持って気になる人物が存在していた。


枸橘くきつ

「柑」


 柑とほとんど同期の仙道、枸橘くきつ。彼は柑の天敵だった水晶老君すいしょうろうくんの弟子の道士。だが仙人と道士の間柄でも彼らは仲が良かった。


 それは本当に出来心だった。もし自分が女ならば、彼は友情を貫くか、それとも恋に落ちるか。


「……出来ちゃいましたね」


 出来心は形を成し、完成したのが自分と鏡写しの少女の姿。本来は魂を転移させる術式も開発して自分の魂を彼女に移そうと考えていた。


「……どんな反応をするかな……楽しみですね……」


 だがそれは未遂に終わった。


「わ、儂に逆らうからじゃ枸橘っ」

「うむ。よくやった水晶老君」


 血の海に沈む枸橘、笑う水晶老君、そしてそれをすべて指示した天枢天尊。彼を殺された柑は何もかもを忘れて、全てを手に掛けた。自分たちが暮らした仙人界の住人全てを、そして好機と乗り込んできた敵の妖怪仙人達の、そのすべてを、彼はたった1人で敵に回し、討ち滅ぼした。


 全てが終わり、彼の傍に寄り添った柑。震える手で事切れて長くなってしまった彼の頬を撫でる。


「枸橘……ごめんなさい……ごめんなさいっ……」


 拒絶を恐れなければよかった。自分が彼の傍に居たいと願ったのならば自分自身がそうあるべきだった。あんな発明をしている暇があるならばもっと彼の傍にいて、そうすればすべては変わっていたかもしれないのに。


 ポタリと涙が零れた。いつの間にか柑は彼の元を離れ1人山の端で泣いていた。その頃にはもうなんで泣いているか、自分が何かすら判らなくなっていた。


 雷が落ちる。狙いすましたかのように、柑へ向かって。それは神罰。神の怒りの雷。こうして柑は天界へと運ばれることになった。




 発明品、柑にとってはガラクタに等しいそれらの山を抜ける。彼女だけ持ってくるのは憚られたのか、それとも本当にこれらの品も神の怒りを買う品だったのか。柑自身にはわからなかった。


「で。どうだ?なんか思い出したか?」


 レイエルが覗き込むように柑を見る。彼が自分のしたことを知ったのなら、どんな顔をするだろう。大切な人を殺されて、仙道を妖怪も含めて10万を超える数、殺して回ったと。そして身勝手な心の為に1つの生命体すら作り上げてしまった事を。知られたくない。この目の前にいる清廉な彼には知られたくない。その一心で柑は口を開いた。


「……相当暇だったのですね自分は……それが感想です」

「ふむ……確かにそうだな」


 勘のいい彼の事だ。気が付くかもしれない。知らず息を飲んでいた柑だったがレイエルは何ごとも無かったように言い切った。


「ま、思い出せなかったら仕方ないもんな。その内思い出すって」

「……そうですね……そうだったら良いですね」

「よっし。このまま手合わせするか。その辺は思い出せそうか?」

「あいまいですが、少しなら。お手柔らかにお願いしますね?」

「おう」


 そうして柑は重いドアの奥に彼女と、数多の発明品たちを封印した。それはまた過去との決別でもあった。




 リスエルは神の軍勢を率いている総大将だった。その日も訓練を終え、解散させた後スパスィエルの武器庫でもっと手に合う武器を探そうと向かっていた。だがその武器庫にスパスィエルは居なかった。


「あれ?スパスィエル?」

「あ、リスエルこっち来て来てっ」


 呼ばれてリスエルは武器庫を抜け、門に近い広場へ顔を出す。そこではレイエルが件の人間と手合わせを行っていた。驚愕すべきは其の練度。天界でおそらく最強の位置に居るレイエルと件の人間はほぼ互角に戦っていた。


「すごいよねっかれこれ1時間は戦っているんだよっ」

「い、え、はぁ!?」

「ケンさんも凄いけどレイエルさん、槍は槍でも刃の長い槍に変えてからすんごく強くなってねっそれにケンさんもあんな短い剣だけで付いていっていてっ途中から完全に観戦しちゃったよっ」

「……確かにすごいが……」


 レイエルと互角に戦う人間の姿を見る。リスエルが率いる軍勢は決して弱くはない。ただ単に実戦不足なだけ。その実戦をほとんど奪う形になっているレイエルと互角の人間。果たしてこの人間が特別なのか、それとも地上の人間は天界の軍よりも強くなってしまったのか。悩むリスエルを他所にレイエルと柑は手合わせを続けていた。


「何がお手柔らかにだっ」

「あははっこれでも必死に付いていっているのですよ?」

「まだ余裕だろテメェ」

「おやバレた。でもレイも余裕ですよね」

「ったりまえだ」


 剣の切っ先が、槍の刃が、相手を確実に狙う。だがそれは寸でのところで交わされ続けている。面白いとレイエルは思っていた。彼は自分の勘を超え、背中を預けるに足る実力を有している。それが面白くて、いつしか口元が吊り上がっていた。


「はいそこまでぇぇっ」


 声に2人は止まる。見ればレイエルの友人天使5人全員が揃っていて、その後ろからアレクエルが覗き見ている形になっていた。


「レイエルっ一昨日あんなに怪我したのに何2時間も手合わせとは思えない戦闘こなしてるのさっ」

「は、いつの間にそんなに経った?」

「気付きませんでした」

「と言うか、スパスィエル以外何時から居た?」

「俺は開始1時間程度頃」

「私30分ぐらい前」

「同じく」

「僕はついさっき。心配で来たらこれだもの。まったくレイエルは」


 怒り心頭のフォルエルにレイエルはやってしまったと後悔しながら近寄る。お説教モードを何とか解除できないかと言葉を尽くそうとしても無駄と諦め事実だけを告げる。


「悪い。つい夢中になっちまった」

「本当に悪いと思ってる?」

「すみません。何処かで止めておくべきところでしたね」

「ケンさんも。レイエルの怪我知らないわけじゃないですよね?」

「えぇ。それはもちろん。なので軽くと思ったのですがつい興が乗ってしまって」

「同じく。いや最初の方で柑に槍の刃先長いの使ってみろって言われて使ったら手に馴染む馴染む」

「……レイエル」

「ハイ、ゴメンナサイ」


 フォルエルに完全に頭の上がらないレイエルを見て柑はほのかに笑った。自分もそうだったから。枸橘は研究に集中しすぎる自分をいつも怒ってくれていた。もっともな説教に頭が上がらなくて、そんな彼の存在が大切で。


「レイ。お説教を言ってくれる人が居るだけマシですよ」

「そういうもんかね」

「えぇ。そういうものです」

「ま、そういう事にしておくわ」

「是非」

「……ケンさん?レイエルの親友の座は譲りませんからね」

「じゃあ、相棒の座でも狙いますかね」

「……はぁ?!」

「……そういう事は俺を挟んでやるな」


 くすくすと笑う柑にフォルエルは行き場のない怒りを覚えた。所詮彼は虜囚。最高神の一存でどうにでもなる存在。それでも、それは自分たちの親友にも適用されることで、相棒と言う言葉は彼らにぴったりと当てはまる気すらしてしまっていた。


「レイエルっ僕とこの人、どっちが大事ですかっ」

「お前はめんどくさい彼女か何かか」

「君の親友ですよぉっ」

「はいはい。親友殿。仕事終わってるんだろうな。アレクエルっ」

「……フォルエル様~まだ仕事が」

「仕事よりレイエルの方が大事ぃっ」

「お前なぁ」


 半泣きのフォルエルを引きはがし、アレクエルに引き渡す。嫌がるフォルエルをアナラエルとビアへエルも手伝ってアレクエルと共に仕事場へと引きずり戻していった。残されたリスエルとスパスィエルは槍と剣を返却するレイエルと柑に声を掛けた。


「でも見事でしたよお2人の手合わせ。フォルエルが来るまで1時間経ったなんて気付かなかったぐらいです」

「うんうんっ見入っちゃった」

「そいつは光栄だな。あぁ柑。天界軍の総司令のリスエルだ」

「目覚めた時は初めまして」

「結構目覚めてない時にお会いしている方多いのですね」

「そりゃ最高神様の周辺に侍っている奴等ばかりだからな」

「……そんな方々と御友人なレイってただ者じゃないですよね?」

「ただの暇人特級天使だ。さって。用も済んだし、手合わせも終わったし。帰るか」

「はい」

「またいつでも来てくださいね」

「ありがとうございます」

「またなスパスィエル、リスエル」


 こうして彼らは帰路に着く。その背を見つめる者が居ることに気付きながら。


「……良いのですか?ご挨拶しなくても」

「んなもんしなくても気にしないよ。アイツはな」


 神殿の高い場所、そこから市街地を通って帰る2人の姿を最高神アルト・エーラは眺めていた。控えるティミエルは堪らずといった具合に声を上げた。


「最高神様。ケン・レイホウは間違いなく記憶を取り戻しております。先ほどの剣技がその証。直ちに招へいしてあの発明品、特に創り出された魄の事を」

「よい。レイエルが報告するまで待て」

「しかしっ」

「なに。レイエルが見逃しているならばそれもまた良し。それにな、私に判らないことは無い。そうだろう?ティミエル」


 ティミエルの背筋が凍り付く。最高神は表情を崩さない。だが時折、その鉄面皮の下で嗤っているように思う瞬間がある。今がまさにそうだった。


「レイエル。我が手駒にして忠実なる刃……あの日拾い上げた時からその命、このアルト・エーラの手の内」


 雑踏に消えそうになるレイエルの背に最高神は手を伸ばす。その姿は表情こそ変わらないもののどこか愉しそうだった。




 自宅へたどり着いたレイエル。それと同時に良い笑顔で柑はマナの実を切り分けて差し出した。


「言わなかった分、食べてください」

「……ぜってぇそっちは言うと思った」

「4つに分けた1つですから。薬だと思って」

「へいへい。その代わり今度の討伐付き合え」

「計らずも御友人方に披露できましたからね。良いですよ。それで貴方の怪我が減るならば」

「……言ったな?背中は任せるぜ」

「えぇ。僕の背中もお任せしますよレイ」


 ぱくりとマナの実を口に含むレイエル。その絶妙な味わいが広がると苦々しい顔を柑に向けた。柑はどこ吹く風と読みかけだった書物に目を落としていた。


 そして彼らの間柄は虜囚と見張り役から相棒へと変わったのだった。





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