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コロルゥム・オクト  作者: 颯待 彗
第1章 青・赤・橙
1/51

001 青色の怠惰

 始まりは8柱の神だった。


 後の世に伝わる名として『ヴォラス』、『パノ』、『アナトリ』、『ピソ』、『ノトス』、『カト』、『ズィスィ』、『ブロスタ』。この8柱は人界を作り魔界を作り天界を作り10層にも及ぶ世界を作り、人類、魔物、天使を作るも統治は行わず、代行人として全てを統べる神を配置し、2柱を残して天の果てへ消えていった。


 以来8柱に任命された最高神がこの天界を治め、同時に地上の人類を見守り、魔物から彼らを守っている。



 それは天使の幼子が読むための絵本にすら記されている天地創造の神話。ふとした瞬間棚から落ちた神話の本を手に取っていた青年はため息と共に本を閉じると本が元々置かれるべき場所に収納し、掃除の続きへ取り掛かった。


 此処は天界と呼ばれる場所。あまたの天使が何をするわけでもなく暮らす楽園。其の中には人間の娯楽を真似た施設も存在していて、その1つが青年の暮らす図書館だった。


 バサリと羽音が響く。空の髪の少年と夕焼け色の髪の少女。だが少年少女の背中には翼が生えていた。彼らは天使と呼ばれる存在。その中でもただ生きて暮らすだけの中級天使だった。


「レイエル~居る?」

「お仕事かしら?」

「……朝からうるさいなお前たちは」


 着陸し、羽を閉じた少年少女の前に現れたのは先ほどの青年だった。彼はただ暮らすだけの天使に何かしらの娯楽などを職業として提供できる上級天使。とは言え図書館という娯楽に天使たちは寄り付かない。遊びに来たという顔の少年少女も本を読みに来たわけでは無く彼に会いに来ただけだった。


 薄紫の長い髪に薄青の瞳の青年、レイエルは来訪者であるいつもの少年少女の前に立つと何度目かになるか判らない溜息を吐いた。


「スィデエル、アツァエル。本を読む気がないなら来るな、帰れ」

「あら、だってレイエルは此処にしか居ないのだから、ご本を読まなくても来なくては」

「そうそう。レイエルに会いに来たんだから」


 スィデエルという少年とアツァエルという少女はさほど遠くない場所で共同生活を送っている。中級天使はただ暮らしているだけなので時折共同生活を送っていたりもする。そのコミュニティの1つからほとんど毎日のように遊びに来ていた。


「暇じゃないんだこっちは」

「あら。ご本をお読みになる方がいらっしゃったとか?」

「違う掃除だ。定期的に入れ替えないと埃も溜まる」

「上級天使って忙しいんだなぁ靴屋の爺ちゃんも毎日靴作ってさ」

「私たちは中級で良いわ。何もしなくても良いのだから」


 ふわふわとした2人の会話にレイエルの眉間の皺は深くなった。中級天使は下級天使より少しだけ知能を付けた存在。下級天使は天界の町にすら入らずふわふわと浮いているだけ。何らかのきっかけで知能を得て名前を得た下級天使が中級天使となり、何らかの職業を見出したものが上級天使となる。だが記録が確かならばこの千年近く中級から上級になった天使は居ない。中級たちはただ生活するだけの堕落をむさぼっていた。


「……じゃあ何もしないお前さん達はコミュニティに戻れ。これから出かけるんだ俺は」

「あらそうなの?じゃあお邪魔しました」

「また来てやるからなレイエル~」


 羽音と共に二人は空に飛び立つ。抜けるような青空にはいくつも翼が見え、今日も中級天使たちは暢気に空の散歩かと踵を返した。


 掃除が終わった室内を見渡し、レイエルはきちんと施錠し図書館を出た。この平和すぎるぐらいに平和な天界で施錠という行為に意味など殆どないが錠前の仕事をしている青年から譲り受けたドア錠の為、レイエルは愛用している。


 翼に頼らず、レイエルは徒歩で天界の市街地を抜けていく。そしてその先、天界の中心部に向かう塀、その扉の前に立った。


「レイエル・ラージレットだ。最高神の招集により登殿する」


 声紋と魔力波形により扉は開く。すぐに閉まったその門の先、塀の中。其処にもまた町があった。だが中級天使が怠惰をむさぼる町ではない。其処に立ち入れるのは一部の上級天使とさらにその上、特級天使だけ。


 必然的に活気に満ち溢れる街中を抜け、その中央に位置する神殿へ足を運ぶ。途中、武装した天使に止められる前に顔パスで通過、そのまま神殿へと入った。


「あれ、レイエルじゃないか」


 神殿に一歩入って声をかけてきたのはこの神殿で働く特級天使の1人でありまたレイエルの親友とも呼べる橙色の髪を持つ青年。毎回来るたびに忙しいながらもレイエルが来る日はこの場所で声をかけてくれる青年にようやくレイエルの眉間の皺が緩んだ。


「フォルエル。相変わらずここは忙しそうだな」

「本当だよ。レイエルもあんなところに居ないでこっちに来ればいいのに」

「俺はしがない図書司書天使だからな」

「そんなこと言っていると、また最高神様に無茶ぶり食らうよ?」

「……あり得そうだから言ってくれるな」

「あはは。ごめんごめん。じゃあお仕事頑張ってね」

「お前もな」


 親友との会話の後、レイエルはさらに神殿の奥に立ち入る。そして天界の中央に位置する部屋へとたどり着いた。重厚な扉が開き、玉座の間がレイエルを迎え入れる。


「レイエル・ラージレット。お呼びにより参上いたしました。最高神、アルト・エーラ様」

「あぁレイエルか。」


 その玉座に収まっているのは漆黒の髪に漆黒の瞳を持つ最高神、アルト・エーラ。本来上級天使ではまみえることすらできない存在とレイエルは対峙していた。


 それもそのはず。レイエルは中級市街地では上級天使だと偽っているが本来はその上、名字を得て、魔物に対して攻撃と殺戮を許された特級天使だった。何故偽るか、友人の特級天使たちに聞かれて大体レイエルは答える。面倒だからと。


「暇だろう」

「えぇ。最高神様のおかげ様をもちまして中級市街地は今日も怠惰な天使たちで溢れております。図書を借りようなどという勤勉な天使は1人もおりません」

「……怠惰は是正の必要が有りそうだがそちらはどうでもいい」


 レイエルの嫌味も介さず最高神アルトは玉座の上からレイエルを見下ろす。彼の無気力ぶりは今に始まった事ではなく、レイエルは内心、中級天使の怠惰は最高神の無気力から来ているのではと疑っていた。


「東のマナの森に魔物が出た。駆除してこい」

「ご用命承りました」


 話は以上だと態度で示されるため、レイエルもいつも通り、指示を受けたならば速やかに戦準備に取り掛かる。最高神の神殿には魔物討伐に出る特級天使の為の装備場があり、そこを管理する少年天使もまた顔なじみだった。


「あ。レイエルさん。今日も出陣ですか?」

「今日も、な。東の森って言われたけど誰か出たか?」

「東の森……あ、ティミエルさんが出てボロボロで帰ってきていますね」


 ぴたりといつものように武具を付けている手が止まる。ティミエルは最高神の右腕のような存在。天使としての力はそれほどでもないのだがプライドが誰よりも高い。そんなティミエルが失敗した東の森に行く。考えただけでもレイエルは憂鬱の二文字を背負うこととなった。


「……よりによってティミエルかよ……他は?」

「ティミエルさんが2日前で、それ以前も以降も居ませんね」

「……いやな情報ありがとうよスパスィエル」

「僕の仕事ですから」


 緑の髪を揺らしながらスパスィエルはレイエルのいつもの得物、槍を手渡す。受け取ったレイエルは最後の武具、髪留めで長い薄紫の髪を纏め、翼を出しそのまま一気に東の森へ進路を取った。


 天界各地の森に多く植生しているマナの木は天使たちの主な栄養源であるマナを空気中に発散させ、天使たちはそれを呼吸と共に摂取することで生命活動を維持している。特級天使はマナの原液を固形にしたものを主に荒事の後などに直接摂取し自己回復力を早めもする。天使たちの生命源であるそのマナを放出する木は誰も原理を知らないのだがなぜか湧き出る魔物たちに荒らされやすかった。


 そして東の森。降り立つとレイエルは翼を収納した。殆どの天使が翼を出したまま空中戦を選ぶ中、レイエルは魔物の特性を熟知しているからこそあえて地上戦を選んでいる。


 がさりと藪が音を立てた。現れた魔物は地上に生息するワニに酷似していて、だが背びれやしっぽは黒い靄に包まれている、4足匍匐型の魔獣だった。殆どの天使はこの魔物を対処する際真上からの刺突を選ぶ。だが彼らはそれを知っているから黒い靄を吹き出し応戦する。殆どの匍匐系魔物がその形態に進化してしまったが故、レイエルは体制を低くし、広く開いた口から切り裂く。


「そういや規模とか聞いてなかったが」


 5体倒したところで最高神アルトも誰も魔物の襲撃としか言ってこなかったことに気付いた。ティミエルの敗北は3体でも起こることなので気にしていなかったが嫌な予感に苛まれた。


 そしてその予感は当たることとなる。


 ひたりひたりと足音が複数。振り返れば、4足匍匐型魔物は木の上に登ってすらいて、目算30の大軍でレイエルの後ろに迫っていた。


「……あんの無茶ぶり最高神サマがぁぁっ」


レイエルの叫びはマナの森にこだまして消えていった。




 天頂に合った太陽が地平線へ着地する。最高神の神殿、その武器置き場には担当のスパスィエルの他に彼の同僚の天使が3人集まっていた。


「いくらなんでも遅くね?」

「うん……レイエルさん、いつも無茶な仕事ばかり押し付けられているから」

「レイエルちゃん、しかも無理とか嫌だとか言わないんだもの。せめて影でも良いから言ってるの見たいわぁ」

「最高神様への小声の罵倒ならたまに聞きますがね」


 リスエル、ビアへエル、アナラエルの3天使はそれぞれ神の軍勢の統括、地上の人類の観察、神殿近くの町の統括を仕事にしている。神の軍勢の武器を管理するスパスィエルとは仲が良かった。


「レイエル帰ってきたかな?」

「フォルエル」

「ま~だ」


 そこへ最高神の書類回りの秘書官であるフォルエルとその補佐官のアレクエルがやってくる。皆レイエルとは馴染みで、毎回無茶な仕事を任せられるレイエルを心配していた。


 羽音が響く。顔を上げて一同言葉を失った。魔物の黒い返り血をたっぷり浴びたボロボロのレイエルが此方に降りてきていたからだ。防具もいくつか破損し、髪飾りも壊れたのか長い髪が返り血でぼさぼさになっている。その髪の毛の隙間から見える瞳が待ち受けて居た親友達をとらえた。


「れ、レイエルっ!?」

「だ、だ、だいじょうぶなんですか!?」

「……あ?……なんだお前ら全員そろって……平気だ。返り血が酷いだけ」

「だけって言わないっほら清めの泉行くよっアレクエル、討伐完了書類の生成お願い」

「判りました」

「あ、スパスィエル悪いな、防具壊れちまった……髪飾りも」

「そんなの別に良いんですっレイエルさんがご無事なら」

「……悪いな」


 レイエルが防具を外す前に、近くに設置された神の軍勢がその穢れを禊ぐ為に作られた清めの泉にフォルエルの手で連行される。そして有無を言わさず泉に突き落とされた。


「おいコラ……フォルエルっ」

「また怪我隠されちゃいけないからさっさとその血落とさないと」

「怪我はない。それは本当だ」

「本当だね?清めたらお腹に大穴開いていたとかないね?」

「無い。今回はな……お前らいつまでその件引っ張るんだ」

「レイエルが怪我しても黙っているからじゃないか」


 返り血が泉に吸い込まれていく。ボロボロの防具や衣服はあれど血は流れていなかった。件の清めたらお腹に大穴事件は実際に合ったことで、その当時フォルエルの補佐に就いたばかりだったアレクエルは気絶しアナラエルは男性型天使にあるまじき甲高い悲鳴を上げた。神殿の上へ下への大騒動となったが本人はマナの塊を適当に齧って止血し、さっさと市街地の自宅へ帰ってしまうあっさりぶり。最高神もまぁレイエルだからなと一言で終了。フォルエルや他のレイエルをよく知る天使たちの間で苦い記憶となって未だくすぶり続けている。


「はい、禊完了。他ついてないか?」

「……ん。大丈夫。怪我も無いね」

「しっかし派手に壊されたな防具……」

「今日も大変だったんだ」

「50超えたあたりで数えるの止めた」

「ごじゅ」

「ほう、件の東の森にそんなにも魔物が集まっていたか」


 2段高い場所を見る。清めの泉を見下ろしていたのは最高神アルトと右腕のティミエル。唯一、レイエルがボロボロに帰ってきた時だけ彼らはそこで清めの泉を見下ろしている。


「最高神様におかれましては右腕であるティミエル殿が先行していらっしゃったのなら規模位教えてくださればよかったのですがね」

「仕方のないことだ。ティミエルは3体以上いるとしか教えてくれなかったからな」

「っ……その通りでございます」

「しかし50か……多いな……結界の見直し案をまとめておく。フォルエル、見回りを強化させるようにリスエルに伝えておいてくれ」

「御意」

「では、其の身、大事にな」


 黒い姿が消える。防具を外したレイエルは何ごとも無かったかのようにスパスィエルの武器置き場に向かい、それをフォルエルは追いかけた。


「ちょっレイエルっ良いのあれでっ最高神様はどう考えても」

「俺を使い勝手のいい駒にしか思ってないだろうな。安心しろ慣れている。あの最高神は昔からそうだ」

「それで、レイエルは良いの?」

「……良いも何もあるわけないだろ」


 過るのは遠い過去においてきた記憶。あの日も彼は自分を見下ろしていた。思い出しても腑の奥が煮えくり返る記憶、それにそっと蓋をして、レイエルは親友へ振り返った。


「その分市街地で穏やかに暮らせると思えば安いもんだ」

「レイエルはそうかもしれないけど……」

「スパスィエルっ悪い。思ったより損傷激しいのあったわ」

「だからレイエルさんの命が最優先ですっ大丈夫、防具職人のおじさんがまた作ってくれます。おじさんも仕事が無かったら困るし」

「それもそうか。今回借りた分全部修理に出した方が良い。仕事の事もあるだろうが素人目で判断は禁物だからな」

「武器武具を最良の状態で渡すのが僕の仕事ですからね。判っています」

「ありがとうな。じゃあまたな。フォルエルも」

「ぁ……」

「仕事、明日から増えるんだろ?頑張れよ」

「……うん」


 ボロボロの上着を肩に担ぎ、彼は神殿から帰っていった。その背を寂しそうにフォルエルが見送っていた。その背に伸ばす手は空を切り、かける言葉もなく、フォルエルは立ち尽くしていた。


 市街地、図書館に帰り着いたレイエルは迷わず住居スペースにある寝台へなだれ込んだ。その表情は苦悶。


「……防御して正解ってか?はっ……笑えねぇ」


 外傷は今回無かった。それはスパスィエルが武具に加護を付けてくれた分だろう。だが打ち身が酷かった。特に以前大穴を開けた腹には魔物渾身の一撃が当たっていて、今もズキズキと痛みを訴えていた。


「……寝れば治る……こんなもん」


 許されるならば、レイエルは自分をこき使う最高神の顔面を全力でぶん殴りたいと常々思ってはいた。だが相手は最高神。原初の神が作った、自分たちを統べる者。それは紛れもない叛旗で、それをすれば友人たち皆を敵に回さねばならなくなる。腕っぷしが取り柄のレイエルにとって、戦う事よりも友人を敵に回すほうが怖かった。


 すぅと深く息を吸えば体中にマナがめぐる。森でも原液に近いマナを吸っては来たが慣れたこの薄さがレイエルの身体に染み渡る。


 今は眠ろう。そうしてレイエルは瞳を閉じた。穏やかな寝息だけが窓を開けた図書館居住スペースに響いていた。






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