間章 SWの夏祭り!・八
その衝撃を、どういい表わせばいいものか……俺には、分からない。
ただ一つ言えることは……そう。
これが夢なら、醒めないでいいかもしれない。
『テメェら……』
――……。
皆見の声は震え、そして観客は全員、魂でも抜かれたかのように呆然と舞台の上を見ていた。
そのどの瞳からも、正気の光は感じられない。
目の前の光景に、頭がどうかしてしまったのだろう。
俺だって、もう既に正気なんて失っている。
「嶋搗よぉ」
能村が、悟りでも開いたかのような顔で――それでもやっぱり目は虚ろで――俺の名前を呼んだ。
「俺ぁ……幸せだったよ」
「……そうか」
がくん、と。
能村の身体が、糸が切れた操り人形のように崩れ落ちる。
それに続くように、観客の六割ほどが地面に伏した。昇天したのだろう。
倒れた連中の鼻からは、おびただしい量の出血。
『……は?』
舞台の上では、天利がそんな観客の様子に呆気にとられている。それでも、その頬は、今の自分の格好が恥ずかしがっているのか、ほのかな朱色に染まっていた。
『いや……どういうこと、これ?』
比較的冷静に、天利は皆見に尋ねた。
しかし皆見はそれには答えず、生き残った観客一人一人の顔を見渡した。
ふと、俺と皆見の視線が合う。
……皆見が小さく頷くと、俺も頷き返した。
大丈夫だ、皆見。俺はまだ……。
『ここに生き残っている猛者達に、まず称賛を送ろうと思う』
この場には不釣り合いな、しかしそれ以上に相応しいとも思える、荘厳な皆見の声。
『テメェらには、権利がある。そう、生きて、ここに立ち、そして……見る権利だ。歴史を……真実を……世界の真理を……』
『なに言ってんの?』
天利の問いかけはもっともだ。
何を言っているのか。
きっと、傍から見ればこの様子は意味不明だ。
……だが。
だが、しかし、だ。
俺達にとって、皆見の今の言葉は、間違いなく正しく尊きものなのだ。
なるほど。世界の真理か。
……これがそれだというのであれば、俺は何も言うまい。
認めよう。
これは、それほどに素晴らしいものだ。
『さあ、その目に、脳髄に、魂にまで刻み込め……』
身体の奥から、何かが沸きだすような感覚。
『これが……』
それは、まるで悪魔の囁きのような甘美なもの。
『これこそ……』
逆らい難い衝動に、俺は震えた、
ああ、もう耐えられない。
叫ぼう。
この気持ちの全てを吐露しよう。
どうせ正気などない。隠そうとすることこそ何と愚かなことか。
そんな無駄なことをするよりも。
より強く、叫ぼう。
『これこそが……スク水ネコミミだぁあああああああああああああああああああああ!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
咽喉が張り裂けるのではないか、というくらいの声を吐きだす。
大気が震えた。
生き残った観客全員の雄叫びが重なり、それはまるで巨大な獣の咆哮であるかのように、天を大きく揺さぶった。
『っ……な、なんなの、よ……!?』
天利が頬を引き攣らせながら、呟いた。
そして、観客の異様な目に対して、自分の身体を隠すように胸を両腕で隠し、太股をぎゅっと締める。
そんな天利の姿は、正直、見るだけでやばい。
まず、その身体に纏うのは、紺色のスクール水着。
露出度は水着の中でも低い部類に入るだろう。
だが……だがしかし、それが逆に、腕や脚、胸元の肌の白さを強調している。特に胸元は違う意味でやばい。
スクール水着ならば、この間の海で麻述がつけていたのを見た。だが、その時は俺はさして興味がなかった。ぶっちゃけ体付き小学生と大差なかったからだ。俺はそういう趣味は残念ながら持ち合わせていない。
しかし、天利の体型は……出るところは出て、引き締まるところはきっちり引き締まっている。
そんな天利が、スクール水着を着たらどうなるか。
肢体の隅々までが強調されている。それはもう、眩しいくらいに。
さらに……さらに、それで終わりではないのだ。
ネコミミ……そして、おまけの尻尾。
天利の頭の上に、ひょっこりと見える三角形。さっきの能村姉のキツネ耳ほど尖ってはいないが、しかしそれとは違った造形美がそこにはあった。
また、尻尾も絶妙な長さだった。短すぎず、長すぎず、目立ちすぎず、きちんと主張はしている……さっきから天利が身体を微かに動かす度に左右に揺れるそれは、人の心を巧みにくすぐる。
そしてそれらの色は、黒。それがまた、天利によく似合っている。なにか、蠱惑的な、しかしそれでいて無邪気な印象を見る者に与える。
そんなスクール水着とネコミミの相乗効果は、途轍もない。
それこそ、現にこうして多くの人間が鼻血を流して気絶しているところからもよく分かる。
膝から、力が抜けそうになった。
慌てて身体を支え直す。
……危なかった。もう少しで意識をもっていかれるところだった。
『……もうオレが多くを語る必要はないと思う。だから、アピールをしてもらおう!』
『……なんか戦争終了直後みたいになってるんだけど、会場』
確かに。
観客の殆どが血を流し死屍累々としているその様は、天利の言う通りに見えるかもしれない。
いや事実、戦っているのだ。
終了直後とは言うまい。
今もまだ、理性への攻撃は激化の一途をたどっているのだから……!
『それにアピールって言われても……えっと……』
天利が、思案するように小さく唸る。
『アピールっても、なんでもいいんだぞ。極論、個人に向けてのメッセージとかでも』
『個人へのメッセージって、そんな……』
皆見の助言に、天利は顔をしかめる。
『なんなら愛の告白とかでも』
『誰にするのよ、そんなの。まったく』
観客が全員、一斉に安堵した。
愛の告白をする相手が天利にいないということに対して胸をなでおろしたのだろう。
……あれ、何で俺も安心してるんだろ。
…………まあいいか。正気を失っている今、自分の思考について考えても無駄なことだ。
自分で自分が正気を失っていると理解する、なんて経験は滅多にできることじゃないよな、そういえば。
『んー……まあ、でもいいや。アピールすることもないし……』
天利が会場を見回す。
そして、俺と視線がぶつかった。
なんだ……?
『とりあえず、あんたは私に票入れなさいよ?』
こちらを指さして、天利がいった。
そんな少し傲慢ともとれる発言とは裏腹に、天利の顔は羞恥から赤らんでいて……そのギャップや、そしてその表情が俺だけに向けられているのだと思うと……、
――ふ。
気付けば俺は、地面に倒れていた。
あれ……俺、どうしたんだ?
『ちょっ!? えぇ!? あいつ倒れたわよ!?』
天利の驚愕する声が、遠くに聞こえる。
ああ……。
なんだか……。
意識、が……はっきり、しな……い……。
シーマン没。