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間章 SWの夏祭り!・七

 その姿が舞台の上に現れた途端、観客の声が一気に途切れた。


 誰もが、呆然としている。


 俺も少し……いや、それなりに……その姿に身体を動かすという行為を忘れていた。



『あ、あれ……え、なにこれ?』



 観客の異常に気付いたのか、舞台の上の少女――麻述が、辺りを見回しながら怯む。



『お、おかしいかな? え、嘘。そこまで変じゃ……え、ええ?』



 おかしくなどない。


 そう、おかしくなどないのだ。


 ただ……なんて言うか……あれだ……。



『テメェら……生きててよかったなあ』



 涙声で皆見が言う。


 それにつられるように、観客の中から、啜り泣きの音が聞こえて来た。



『ええっ!? な、なんで泣くの!? ねえ、なんで!?』



 麻述がさらに混乱する。



『な、泣かないでよ! なんか私が悪いことしたみたいだし……なんで皆泣いてるの? ねえ、ねえったら!? 司会号泣してないでよ!』



 ……ああ。


 皆見の言うことも分かる。


 生きててよかったなあ……。



「生ぎてで、よがっだ……!」



 なにか能村が重症だ。それは放っておこう。


 ただまあ、今生きていることに感動しているというのは分かる。泣くのはいくらなんでもいきすぎな気がするが、それでも今生きていて、あの姿を見られるというのは、きっと素晴らしいことなのだろう。


 ……ああ、認めよう。


 コスプレって、いいものだな……。



『ど、どうすれば、どうすればいいのこれ!?』



 動揺する麻述に、ふとリリーが近づいて、何かを囁いた。



『え……!? ちょ、そんなこと……うう、分かったよ』



 なんなのだろう。


 何か小さく言葉を交わしたかと思うと、リリーはそのまま元の位置に戻っていった。



『テメェら……テメェらよぅ……これが、これが……』



 皆見が、嗚咽しながらどうにか言葉を絞り出す。


 それと同時に、麻述も口を開いた。




『泣きやんでください、ご主人様』




『これがメイドだぁああああああああああああああああああああああ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




 顔を赤くした、どこかぶっきらぼうな麻述の発言と、皆見の咆哮と共に。観客が一気に爆発した。



『ひゃ!?』



 その迫力に麻述がたじろぐ。



『シンプルゥウウウウウウ! イズ・ザ! ベェストォオオオオオオオオオオ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『これが、これが圧倒的なニーズと、そして究極的な可愛らしさでコスプレの頂点に君臨する、メイドさんだぁあああああああああああああああああああああああああ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『ここまで何人か、同じようにメイド服でチャレンジした参加者もいる。だが、これはそれとは言っちゃあ悪いが次元が違う!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『しかも見ろ! ミニスカなんて媚びたもんじゃねえ! この、ロングスカートというメイドに最も相応しい王道! ひらりと揺れるその布地は男女問わず心惹かれる!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『全体的に黒を配置し、白でそれを強調する作りがまた憎い! そして極めつけは、各所にアクセントにつけられたリボン!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『これぞ主に仕える女中だ! 女中の清楚な美しさだ! さっきの言葉を聞いたかテメェら! 今この瞬間このメイドが使えるご主人様はテメェら一人一人なんだ! 分かってるな!? 分かれよ!? つまりテメェらは、オレらは、最高に幸せだぁああああああああああああああああああ!』




 ――幸せだぁああああああああああああああああああああ!




『しかも見てみろ! 彼女の姿を……あの幼さの残る身体付きを! あんな小さな子が、メイドなんだぞ!? ちっちゃい子がメイドなんて、もはやそれはファンタジーの域と言える! それが美少女ならなおさらにっ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『さらに、さらに、だっ! 分かるか!? 見えるか!? 彼女のそれが!』




 ――……?




『つまり……エルフ耳なんだよぉおおおおおおおおおお!』




 ――!? うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?




『見ろ! あの髪の毛から覗く、横に広くピンと尖った耳を! 特殊メイクによって完全再現された、それこそファンタジーの世界の住人の証を!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『エルフが、エルフがメイド!? なんだそれは! なんだそれは! なんだそれは! なんだそれはぁああああああああああああああああ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『テメェら、今、生きてるかぁああああああああああああああああああああああああああ!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『オレ達は、幸せだぁああああああああああああああああああああああああ!』




 ――幸せだぁあああああああああああああああああああああああ!




 場が、熱狂する。


 全ての観客が心を一つにして、それを讃えていた。


 エルフメイド。


 なんてことはない。


 メイドの耳が尖っているだけだ。


 だが……だがしかし、だ。


 何故だろう。


 何故俺も、心をこんなに振るわされているのだろう……!


 舞台の上では、観客のもはや麻薬常習者の集まりかと見間違うばかりの盛り上がりを見て怯えている麻述の姿。


 その少し震えている身体を自分で抱きしめるような様子も――くっ。



「嶋搗、嶋搗っ! 俺、もうゴールしてもいいよね!?」



 能村が鼻血を滝のように流しながら尋ねて来た。


 周囲も、能村と同じように鼻血を垂れ流す姿がちらほらと見てとれる。恐らく、純真であればあるほどにあのメイドによる精神ダメージは大きく、そして鼻血による出血も加速するのだろう。


 俺はこれだけ性格がねじ曲がっているからかろうじて鼻血は出ていないが、いつまでもつものか……!



「能村、死ぬなよ……っ」

「……っ、ああ……まだ、まだ死ねん! まだ俺には、やらねばならんことが……まだ、まだあの姿を脳の深奥に刻みつけていない!」



 鼻を手で押さえながら、能村がふらつく身体をどうにか支える。


 ……能村が、これだけ頑張っているのだ。俺がどうこうなるわけにはいかない……!


 俺達は再び、真っ直ぐその姿を視界に収めた。


 くらりとする。



『それじゃあ、メイドさんにアピールしてもらおうか、テメェら!』




 ――メイド! メイド! メイド! メイド!




『怖い、なんだかメイドが冥土に聞こえてくるくらいに怖い! なにこれ!?』



 マイクに麻述が叫ぶ。



『皆目が血走ってるよ!? ねえ、どうしたの!? なにこれ、変な感染病!?』




 ――メイド! メイド! メイド! メイド!




 麻述の言葉は、最早観客には届いていない。



『ひぅ……こ、怖い……こ、こっち見ないでよ。見ないでってば、怖い! 怖いから! 見るな! 見るなぁ! 見ないでよぅ!』



 麻述が観客の狂気じみたメイドコールに心折られそうになっているのか、涙目になる。


 それが……こう……くる。


 いや、くるのではない。


 ……そう……。




 ――きたぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!




『なにが!?』



 もしかしたら、俺も他の観客と一緒に今、叫んだのかもしれない。


 それくらいには、正気を失っていた。



『最高のアピールありがとうございました、麻述佳耶さん!』



 深く頭を下げて、皆見が言う。


 観客も同時に頭を下げていた。



『も、もうやだ! なにこれ! 出るんじゃなかった!』

『それでは、惜しいですが、後ろへ!』

『喜んでいきますとも!』



 言葉通り、麻述が舞台の後ろのほうへ下がる。


 そして、隣に立っているリリーの袖を震える手で掴んだ。


 ……っ!



 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




『くっそ、あんなの見せつけられたらもう大満足ですな! 執事とメイド、お似合いすぎる!』




 ――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!




 リリーがなんだか少し嬉しそうに口元を緩め、麻述が「終わったのにまだ騒がれる!?」と驚いている。


 そして……皆見が深呼吸をして……それに合わせて、観客も多少の落ちつきを取り戻す。


 もちろん、その熱気はとても拭えるようなものではないが。



『……テメェら、次が、最後の参加者だ』



 ざわり、と。


 終わりに対する大きな悲嘆が観客から生まれる。



『分かる、分かるぞ……この楽しいイベントを、終わらせたくはないだろう。だが、始まるものは、いつか終わるんだ……っ!』



 悔しそうに、皆見がマイクを握る手に力を込める。



『けれど、けどれテメェら! 最後……この最後を、華々しく飾ってやろうと、俺は思う』



 皆見が、片腕を上げて、舞台袖を示した。



『最後の一人。彼女のコスプレのプロデュースは俺がした!』



 ざわり、と観客がざわめく。


 あの皆見がプロデュースしたというのだ。それで落ちついていられるわけがない。


 かくいう俺も……正直なところ、期待していた。


 ああ白状しよう。


 もうこのイベントにとっくに心奪われていたのだ、俺は。



『出て来て貰おう……天利、悠希!』



シーマン崩壊のお知らせ。

次話どうなるんだこいつ。


これ書いてるときへんなトランス状態になってた。

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