間章 SWの夏祭り!・五
「あ、嶋搗じゃん」
「能村か……」
会場に戻って来ると、ばったり能村と出会った。
「一人でどうしたんだ?」
「そっちもだろう」
「いや、俺は雀芽とか佳耶とかリリシアとか、いつものメンバーと一緒だったんだけどさ、なんかあれに参加するって言って行っちまった」
能村が舞台の方を見る。
なるほど……。
「こっちも同じくだ」
「あ、そうなんだ。それじゃあ佳耶、優勝はけっこうムズいかもなあ」
能村がそう呟く。
まあ、俺から見ても天利やアイはかなりのレベルだと思うが、
「麻述やリリー、それにお前の姉だって見劣りはしないだろう?」
「んー。そうかね。リリシアはともかく、佳耶は子供体型だし、雀芽もそこまでじゃないだろう?」
「普段見慣れてるからそう思うんだろ」
「そーかねえ……」
と、能村とそんなふうに喋っていると、舞台のほうから変に陽気な音楽が流れて来た。
『レディース、アーン、ジェントルメーン!』
おかしい。
このスピーカーから聞こえてくる声に聞き憶えがある。
「な、なあ嶋搗。俺の気のせいならいいんだけどよ……」
「言うな。頭が痛くなる」
『本日はよく来てくれたな!』
舞台袖から、その姿が飛び出した。
ミラーボールが服の形をしたものを着ている、と言えばいいのか。そんな馬鹿みたいな格好の、金髪の馬鹿が、馬鹿馬鹿しくそこで両手を広げて立っていた。
あいつは、なにをしているんだ……。
『オレは本日の司会を務める、皆見明彦だぜ! アッキーって呼んでくれよな!』
――アッキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
「うぉっ!?」
「……」
ここらの観客も馬鹿なのか? 馬鹿ばっかりなのか?
なんでそんな、打ち合わせでもしたかのようにぴったり叫べるんだ……。
『よーしテメェらのそのテンションに免じて、今日は貴様らの眼球に春をお届けしてやるぜ!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
……うるさいな。
というか本当に、どうして皆見が司会なんてやってるんだよ……。
『邪魔な前説はやらん! さっそく始めるぜ! コスプレミスコン開催だっ!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「……帰ったら怒られるかな?」
「……多分な」
†
なんであの馬鹿は司会をしてるんだろう。
……いや、なんか主催者に気に入られたとか言ってたけど……いつのまに主催者なんかに会ってたんだろう。
おりあえず私達は、次々に舞台に参加者が出ていくのを見送りつつ、自分達の番を待っていた。
……ああ、気が重い。
「もうなんでこんなことになってるんだろう」
「ううぅ……」
私の言葉に重ねてくるように呻いたのは、隣にいる麻述。
麻述の格好は――いやなにも言うまい。ここで彼女の姿に触れたら、自分の格好まで意識してしまいそうだし。
麻述の他にも、アイ、リリシア、能村が近くに控えていた。私達はどうやら最後の五人らしく、出る順番はアイ、能村、リリシア、麻述、私だ。どうして私が最後なのだろう。
それもこれも皆見のせいだ。
あいつが司会権限とかいって、私達の順番を勝手に決めやがったのだ。
この格好も皆見に選ばされたものだし……。
なんか今回は皆見に踊らされてばっかりだ。こんど復讐しよう。
そんな決意を固めていると、ついに最後から数えて六人目の参加者が舞台に出て行った。
彼女が舞台の上で自由に自己アピールをして、その後舞台の後ろの方に移動したら、次はアイの出番。
「うぁ、うぁ、うぁ……っ!」
アイはとんでもなく緊張していた。というか泣きそうだった。
「やっぱり参加するんじゃなかったよぅ」
「手遅れよ、それ」
そしてついに、その時がやってきた・
†
『残り五人、ミスコンもついに大詰めだ!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ぼんやりと眺めているうちにほとんどの参加者が登場し終えた。
あと五人……ってことは、残りは知り合い連中だけか。
「最後にあの五人を持ってくるって、なかなか皆見も上手いな」
能村が隣でそんなことを呟く。
まあ、あの五人なら盛り上がることは間違いないだろうけど……。
ここまでの参加者も、言っちゃ悪いがあいつらの前だと霞んで見えるし。他が悪いのではなく、あいつらがずば抜けているだけだ。
「しかし、あとはどんなコスプレが残ってるんだろうな?」
「知るか」
ここまでの参加者のコスプレは、SWらしくなかなか冒険的なものが多かった。
その中で俺が一番意味が解らなかったのは怪獣のきぐるみだな。あれは何なんだ? 怪獣の口から参加者の顔が覗いているだけで、とてもミスコンの参加者の格好とは思えなかった。
それでも観客は雄叫びをあげるのだから、なんだこいつら、と思わざるを得ない。
『それでは、次の子に出てもらおう! アインスリーベ=クレニアレスト=ヴォルシンだぁあああああああああ!』
そして、舞台袖からゆっくりと出てくる人影。
アイだ。
……その格好に、観客が一斉に唾をのんだのが分かった。
「なん……だと……」
能村もいやに深刻な顔を舞台に向けている。
アイはそのまま舞台の真中に出て、用意されていたマイクの前に立った。
『見やがれテメェら、これが可愛いってことだぁあああああああああああああ!』
皆見のでかい声が空高く響き渡った。
『か、可愛っ……って、なに言ってるのっ!?』
その発言に、アイが顔を真っ赤にした。
そんなアイを無視して皆見は進行を続けた。
『このコスプレに対して、オレが言えるのは一つ……ビバ・ブレザー!』
――ビバ・ブレザァアアアアアアアアアアア!
……そう。
アイの格好は、ブレザーだった。
学校の制服によく使われるあれだ。
『見よ、この完璧な造形美! そしてこの際どい丈のスカートに、黒いニーソ! アクセントに胸元についた三日月の形のピン!』
際どい、と指摘されて、慌ててアイがスカートを手で押さえる。
……そのアイの姿はむしろ……ちょっといいかな、と俺も思ってしまった。
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
もう観客のボルテージは最高潮と言っても過言ではないだろう。
しかもその熱気は引くことを知らないかのように押し寄せ続けた。
『さらには……そう、さらに、だ! テメェら分かってんな!? これこそがあの伝説の……ウサミミだぁああああああああああああああああああああ!』
――ウッサミミィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
ウサミミ。つまりはウサギの耳の造り物だ。
そんなものがなんだっていうだ……俺は、そう思っていた。
思って”いた”のだ。
アイの頭に、ウサミミがぴょこんと生えていた。ピンと立つのと、ふにゃりとくたびれるのとの中間のような曖昧な形をしている。
「嶋搗……」
「なんだ」
「ウサミミは、いいものだな……」
「……」
ノーコメントだ。
『さあさあ、それじゃあアピールしてもらおうかお嬢さん!』
『あう、あう……』
皆見に促され、しかしアイはおどおどと右往左往するばかりだった。
今にも泣き出してしまいそうなくらいに潤んだ金色の瞳に、落ちつかない様子で身体をもじつかせる度に微かに揺れる赤い髪。そしてその上で揺れるウサミミ。ブレザーの胸のところで手が握り締められ、短いスカートが風に微かになびく。
その様子の一つ一つが、観客の心の琴線を震わせる。
「嶋搗、どうしよう、鼻血出そう!」
能村が鼻をおさえていた。しかし俺はそれに反応しない。
……俺もちょっと理性に働きかけるので余裕がないのだ。
アイ、普段からあの格好でいてく――はっ!?
ば、馬鹿な。俺はなにを考えてるんだ……!? ち、違う。俺は……そう。この熱気にあてられて頭が少しおかしくなっているんだ。それだけだ。
それだけなんだ……!
『はっはっはっ! なるほど! これはどうやらウサギの臆病さを表現しているようだな! 言葉を必要としないアピールとは、感動したぜっ!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
いやあれは普通に恥ずかしがっているだけだろう。
『そんじゃ、ちょーっと後ろの方に下がってくれるか? 次に行くからな』
すると、アイは待ってましたと言わんばかりに身を翻して、舞台の後ろの方へと駆けて行ってしまった。一刻も早く目立つ場所からいなくなりたかったのだろう。
……ただ、身を翻した時に、スカートが……いや、見えなかったんだけどな。ただ、見えなくても、ちょっと……。
『おっと去り際にもアピールはかかさない! なかなかやるな!』
皆見の言葉に、舞台の後ろに立ったアイが「え? え?」と疑問顔になる。自覚はないのか。
『そんじゃ、次行くぞテメェら!』
――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
……はっ!?
マズい次に期待してる自分がいる!
俺は……俺は……っ。
シーマン陥落はじまった。
……仕方ないよね、男だもん!