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間章 翁の弟子

 その人達は、唐突にやってきた。


 私がまだ、山奥にあった本邸に住んでいた頃のことだ。


 父に呼ばれて、応接間へと向かった。


 そこに、あの二人がいた。



「ああ、来たか。リリシア」



 父が、私を自分の隣に座る様に促した。その通りに腰を下ろす。


 向かい側に座るのは、私と同じ年くらいの少年。不機嫌そうな目で私を一瞥すると、興味なさそうに目を閉じた。


 ……なに、この人。


 もう一人の来客の姿には見覚えがあった。



「お久しぶりです、翁」



 その人は、マギの円卓賢人第一席。最強といわれる《黒》の魔術師、深淵の翁だ。



「うむ。お嬢ちゃんも随分と大きくなったな。ヴェスカーの娘とは思えんくらいに可愛らしいしのう」

「ありがとうございます」



 社交辞令的な挨拶を終えて、私はまた、視線をちろりと翁の隣の少年に向けた。


 ……誰なのだろう。



「これ、挨拶くらいはせんか」

「……嶋搗。嶋搗臣護だ」



 ぶっきらぼうな声。


 容姿や名前の響きからして、日本人。


 日本人が、どうして翁と……?



「リリシア=メデイア=アルケインです」



 とりあえずの礼儀として、返しておく。



「まったく、貴様はもう少し愛想というものを振りまけんのか」

「訳もなくこんなところまで連れて来られて不機嫌になっちゃ悪いか?」



 不躾にも、嶋搗臣護が翁を睨みつける。


 ……なんなのだ、この人は。翁がどれほど偉大な人か分かっていないのだろうか?



「ふん、まあいい……さて、それではヴェスカー。この間話したことなのじゃが……」

「ええ、分かっています。リリシアも、なかなか鍛えるには相手が不足していまして」



 どういうことだろうか?



「何を言ってるんだ? いい加減、この状況を説明してくれ」



 嶋搗臣護が眉をひそめて尋ねる。



「いやなに、そろそろ貴様もわしにしごかれるばかりじゃ飽いてきたろう?」

「リリシアも最近は、まともに戦える相手が少なくなってしまってね」



 父と翁が私達を見た。



「とりあえず、適当な世界で戦ってこい」

「たまには、そういうのもいいだろう?」



 父が個人的に所有している《門》から平野が広がるばかりの異次元世界に放りだされた。


 ……放り出されたと言っても、もちろんきちんとした装備には着替えているけれど。


 私はいつもの強化服に、腰の両側には拳銃だ。


 そして一緒に放り出された嶋搗臣護は黒いコートに、魔導水銀剣を腰に一本だけさげている。


 簡単に聞いた話によれば、彼はなんと翁の弟子なのだという。


 なんで日本人が……と思ったが、翁がその才能を見込んだからなのだとか。


 ……彼も、いずれ来る戦争で戦うらしい。


 なんだか気に食わなかった。


 それはまるで、そう。家族の喧嘩に遠慮なく割り込んでくる第三者を鬱陶しく思うようなものか。


 例えが少し下手だが、とにかく、そういう感情であることは間違いない。


 まして、何故私がそんな人と戦わなくてはならいないのだろう。


 確かに私も、最近では父でもなければ訓練の相手に満足できなくなってきたし、新しい訓練相手を用意するというのは分かる。


 けれど……なぜよりにもよってこんな……、



「ったく……」



 彼が、こちらを見た。



「なにが訓練だ。じじいめ……」

「――貴方は、少しは翁を敬ったらどうですか?」



 仮にも、あの人の弟子だというのに。


 私の言葉に、しかし彼は肩を竦めただけだった。



「あのじじいのどこに敬うところがあるんだ」

「……随分と、無知なのね」



 丁寧な言葉を使うのも嫌になった。


 何故、こんな人があの人の弟子に……分からない。



「なんでそんな敵意向けるんだよ……」



 呆れたように、彼が溜息をつく。



「……戦いましょう。訓練なのだから」

「やる気なのかよ……じじい達が見てるわけでもないし、真面目にやる理由があるのか?」

「ええ」



 それだけの大口が叩けるのだ。


 よほどの自信があるのだろう。


 だったら、その自信を叩き折って、少しくらい矯正させる。


 日本人が翁の弟子になるだとか、マギに介入するだとか……彼は、あまりに調子に乗り過ぎだと思う。


 私達は、こんな無作法な人の手など借りなくても平気だ。



「……まあ、いいけどな」



 面倒臭そうに呟くと――次の瞬間彼は私の懐に潜る込んでいた。


 速……い!?



「不意打ちは卑怯だとか言うなよ? 戦いなんて勝てばいいんだ」

「っ……!」



 魔力が、私に向かって放たれるのを感じる。


 巨大な魔力の塊だ。


 目の前に障壁を生み出してそれを防――げない。


 一発目は防げた。


 しかし、連続で障壁に魔力がぶつけられる。それこそ、間髪いれずに。


 それによってあっさりと砕かれた障壁の向こうから、私に魔力が襲いかかる。



「く……っ!」



 どうにか、それを横に跳んで避けた。


 と同時に、私の手から放たれた雷が彼に向って奔る。


 彼は避けない。


 当たった――そう確信する。


 けれど、次の瞬間。


 雷は、地面に当たった。


 ……え?


 狙いは完璧だった。それは、間違いない。


 なのに外れたのだ。


 理由は……明らかだった。


 彼の目の前の魔力が、彼を中心に渦を巻くように加速されたのだ。私の雷はその魔力に流されて、地面に逸らされた。


 なに……あの馬鹿みたいな加速は。


 普通、魔力を加速させるといっても、あんな魔術に作用するような流れは生まれない。


 何か、特殊な魔術でも使っているのだろうか……?



「驚いてる暇があるのか?」



 気付けば、再び彼は私に肉薄している。


 っ……。


 咄嗟に、撃てる限りの魔術を放つ。


 それら全てが、彼の纏う魔力流によって逸らされてしまう。


 こんなの……反則……っ。



「反則、って顔してるな。だが、じじいならこのくらい簡単に抜けるぞ?」



 言って、彼が私に魔力の塊をぶつけた。


 痛みよりも、衝撃の方が大きい。


 私はそのまま、吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされながらも、腰から拳銃を引き抜いて、二つの銃口を彼に向けた。


 引き金を引く。


 確かな反動と共に、銃弾が打ち出される。さらにその銃弾を、私の魔術が強化した。


 弾速はもとより、貫通力なども上昇した弾丸は彼の魔力流を……通り抜けた。



「へえ……」



 けれど彼は、驚くどころか感心した様子すら見せた。


 二つの弾丸が、何かに弾かれる。


 それは、彼が引きぬいた魔導水銀剣の刀身だった。



「私の……弾丸を……!?」



 少なからぬ自信のあった攻撃を防がれて、動揺する。



「火力不足だな。拳銃なんて、いくら魔術で補強してもその程度だろう。まさかこれが本命の攻撃なんて言わないだろうな?」



 その通りだった。


 少なくとも……今の攻撃は、父ですら防げないことがある。そのくらいの一撃なのだ。


 だというのに、彼はこうもあっさりと……。


 そんな私の気持ちを、彼は読み取ったのか。心底つまらなそうに首を振った。



「っ……貴方は、何なの……?」

「あん?」

「マギの人間でもない癖に、魔術を使って……翁の弟子になって、マギの戦争に介入しようとして……」

「最後の一つは違うな。それじゃあ俺がマギの戦争に介入したがってるように聞こえる」

「え……?」

「俺は、頼まれてマギの戦争に手を貸してやるんだよ」



 頭を鎚で殴られたかのようだった。


 それはつまり、マギが……彼を必要としている?



「もっとも、魔術を教わった恩がなけりゃ、そんなことする義理は――ん?」



 半ば呆然とする私に、彼が近づいてきた。


 そして、どん、と肩を押される。その衝撃で尻もちをついてしまった。



「なにを――」



 言おうとして、私の目の前、地面の下から、何かが飛び出した。


 巨大な針だ。


 私一人なら簡単に串刺しにできそうな針が地面から生えている。


 な……。



「少しは周囲に気を配ったらどうだ。死ぬぞ、そんなんじゃ」



 言いながら、彼は私の手を引いて立ち上がらせると、そのまま地面に剣を突き立てた。


 私は状況が飲み込めず、抵抗も出来なかった。


 次の瞬間、地面に突き立った剣を通して加速された膨大な魔力が地面の下に打ち出される。


 地面が、砕け散った。


 吹き飛ばされそうになるが、そんな私の身体を抱えて、彼が大きく飛び退いた。



「少しは自分で動けよ」



 心底呆れた、と言わんばかりの顔で彼は私を下ろすと、砕けた地面に視線を向けた。


 と、砕けた地面を押しのけて、姿を現すものがあった。


 サソリだ。


 ただし、サソリというにはあまりに大きく、そして筋肉繊維がそのまま露出したかのような体躯はグロテスクだった。


 サソリが、こちらにその巨大な鋏を掲げた。どうやら、完全に敵視されているようだ。


 しかし、その敵意を彼は――嶋搗臣護はどこ吹く風と、気だるそうな顔をする。



「じじいめ……放りだすなら放りだすにも、もっと安全な世界にしろよな」



 愚痴をこぼす彼に、サソリの鋏が振るわれた。


 不味い――!


 いくらなんでも、あんな質量のもので殴られたりしたら……っ。


 そう思った、次の瞬間。


 鋏が、停止した。


 精確には、それ以上進めなくなったのだ。


 巨大な魔力流が、鋏の動きを阻害しているのだ。


 その流れの烈しさは、先程私の攻撃を逸らしたそれとは、比べ物にならない。


 まさか……手加減、されていたの?


 そんな私の動揺をよそに、彼が剣を構えた。



「そういえば、さっき、俺がなにとか聞いてきたな」



 こんな時にも関わらず、まるで世間話でもするかのように、彼はさっきの会話を掘り返してきた。



「え……ええ」

「そんなの決まってるだろうか、というか、自己紹介したろう。俺は嶋搗臣護だって。他に何があるんだ?」

「……は?」



 さも当然、とでも言うような彼に、思わず間抜けな声が出てしまった。



「まったく、人の自己紹介くらいちゃんと聞いておけ」



 いや……さっき私が聞きたかったのはそういうことではなく――。


 そんなことを言い返す間まもない。


 彼の剣が振るわれた。


 刹那。


 馬鹿げた魔力が、その剣から放たれる。


 それは魔力の刃となって、サソリの頭の上から思いきり叩きつけられた。


 なにかが軋む音と、潰れる音が同時に聞こえた。


 次の瞬間。


 サソリの身体は、真っ二つに切断されていた。いや、切断されたという表現は正しくない。叩き切られたと、そう言うべきか。


 ともかく、あれほど巨大な生き物がたったの剣一振りで倒されたということに違いはない。


 私はと言えば、その光景に息を呑むことしかできなかった。


 強い……。


 素直に、認めてしまった。


 彼は、私なんかよりも、よほど強い。



「――は」



 それを目の当たりにして、なんだか、おかしくなってきた。


 あれ……私、なんで彼の事を不愉快に感じていたんだろう?


 翁に知らないうちに弟子ができていたというのが驚きで。


 マギに、見ず知らずの誰かが介入してくるのがなんだか嫌で。


 その乱雑な態度が気に食わなくて。


 なんだか馬鹿みたいだった。


 彼はこれほど強いのに。


 貴方は何なのか、と尋ねた私に大真面目に二度目の自己紹介をするような彼に、私はなにを意地になっていたのだろう。


 思えば、本当に私は馬鹿だ。


 翁の弟子になった彼に、どこかで嫉妬していたのかもしれない。


 マギは自分達で変えるのだと、変なプライドを張っていたのかもしれない。


 単に、彼は乱雑なのではなくぶっきらぼうなだけなのかもしれない。


 なにより。


 私はきっと、どこかで古い魔術師と同じ考えを抱いていたのだ。所詮はアースの人間だろう、と。


 馬鹿馬鹿しい。


 そんなマギを変えようとしている私がそれでどうするのだろう。


 マギもアースもあったものか。協力してくれるというなら、それは誰であろうと仲間に代わりはないのに、その相手に変な敵意を抱いてしまった。


 ……なんだか、気付いたらひどく情けなくなってきた。



「何だお前。いきなり笑ったと思ったら暗い顔して……情緒不安定か?」

「ち、違います……!」



 自分でも気付かないうちに、言葉遣いが丁寧なものに戻っていた。



「ただ、その……いろいろと失礼な真似をしたな、と」

「……?」



 分からない、という顔だった。



「あの、ですから……その……」



 なんと言えばいいのか分からず、口ごもる。



「とにかく、すみませんでした。しまつくっ――……!?」



 かんだ。


 嶋搗さん、と。そう呼ぼうとして。



「しまつくっ――……!?」



 言いなおそうとして、またかんだ、


 い、言いにくい……。



「……臣護でいいぞ」



 見かねたように、彼がそう言った。



「で、ですがいきなりそんな親しげに……」

「たかが名前だろうが、気にするなよ」

「……では、臣護さん、と」

「ああ。よろしく頼む……アルケイン、だったか?」



 頷きそうになって、ふと考える。


 私もいきなり下の名前で呼ぶのだから、彼にだけそんな他人行儀な呼び方をさせるのはどうなのだろう?



「リリーでいいです。臣護さんからしてみれば、私の名前は覚えにくいでしょう?」

「じゃあ、リリシアで」

「リリーです」

「……なんでそこにこだわる。俺は別にリリシアで――」

「リリーでお願いします」

「……なんなんだ、お前。分かったよ。リリー、そう呼べばいいんだろ?」

「はい」



 呼ばれ、なんだか少しだけ気恥ずかしくなった。


 いくらなんでも愛称はいきなりすぎたろうか……。


 まあ、でもここまでの非礼のお詫びと思えば……。



「それじゃあ、リリー。もう帰っていいのか?」

「え?」

「それともまだやるのか?」



 問われ、すぐ近くで死んでいるサソリの死体を見る。


 ……無理だ。



「いえ。結構です。帰りましょう」



 もう十分すぎるくらいに彼の強さは分かった。


 私じゃ、彼の訓練相手になどならないことくらい分かり切っていることだった。


 ――そういえば。


 私自身ですら気付けることを、翁や父が気付いていないわけがない。 


 ……もしかして。


 矯正させられていたのは、私なのだろうか?



「それで、それから何度か臣護さんがうちに来るようになって、その中で私は臣護さんの人となりがだんだん分かっていって、彼が素敵な人だと気付いたのよ。だから彼を真似て魔導水銀の武器を使うようになったり、魔術も模倣するようになったの。少しでもあの強さに近づいてみたくて」

「へえ……」



 私の部屋に遊びに来ていたリリーと、そんな話をしていた。


 あの人とそんな出会いがねえ……。


 ……なんだろ。なんかちょっと面白くない。



「どうしたの、佳耶。少し不満そうな顔をしているけれど……嫉妬?」

「な――ち、違っ……!」

「大丈夫よ。臣護さんはあくまでも憧れだから。私が好きなのは佳耶だけよ」



 抱きつかれた。



「だから違うって言ってんでしょうが!」



 引きはがす。


 なんだろう。この抱きつかれて引きはがすという動作にひどく慣れた自分がいる。



「まったくなんでリリーはいつもそうなのかな!」



 怒る私に、リリーは反省どころか微笑んですらいる。


 くっ……。



「でも、思えばあの時臣護さんに出会ってなかったら、もしかしたら今こうして佳耶と出会えてなかったかもしれないわね。SWになったのも、臣護さんの影響だから」

「そうなの?」

「ええ」



 ふうん……。


 だったら、まあ、うん。



「それは、ちょっと感謝しなきゃだね」

「そうね。本当に」



 うーむ。


 今度なにか、プレゼントでも贈った方がいいのだろうか?


 まあ、それは今度考えればいいや。


 今はリリーの話をもっと聞こう。



「リリー、他には何かないの?」

「私ばかり話をしていては不公平だわ。佳耶もなにか、話をしてくれないの?」

「いやいや私はほら、昔話なんていったら入院生活ばっかになっちゃうし。つまらないよ」

「それでもいいわよ? 私は、佳耶の話だったらなんだって聞きたいの」

「言いながら擦りよって来るなー!」






なんか……すげぇ難産。

なんかリリーの心情が中途半端になった気がする。

んー。修正も視野にいれておこう。

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