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間章 天利悠希の恋愛事情・六



「……」

「……」



 言葉はなかった。


 嶋搗が傘だけ残して姿を消して……それからしばらく、私達はいまだに樹の下に立っていた。


 雨の勢いは変わらない。


 ……はぁ。


 いつまでもここにいたってどうしようもない。



「行きましょ」

「あ、はい……」



 言うと、慌てて大和が傘を私に渡してきた。



「なに、私に持たせる気?」

「え……天利さん、使わないんですか?」



 ……?


 なんか話がかみ合わないわね。


 …………ああ。



「あんたも同じ傘に入るのよ?」

「ええっ!?」



 そこまで驚くようなことだろうか。


 嶋搗だって、私達で使えって言ってたじゃない。



「だから、男のあんたが持つのが当然。分かった?」

「え、でも……いいんですか?」

「なにがよ」



 変な所で遠慮するわね、こいつ。


 雨が降ってて、二人いて、傘が一本。一緒に使うのは当たり前でしょうが。



「ほら、さっさとしなさい」

「わ、分かりました……」



 大和が傘を開き、私に差し出してくる。



「それじゃあ……どうぞ」

「ありがと」



 一言お礼を行ってから、同じ傘の下に入る。



「それじゃ、私の家まで送ってもらうわ」

「は、はいっ!」



 なに肩肘張ってるのよ。


 ……分っかんないなあ。


 まあ、とりあえず。


 私達は、ゆっくりと雨の中を歩きだした。



 すぐ近くに天利さんがいて、心臓が痛くなるほど緊張していた。


 ど、どうしよう……な、なにか話したほうがいいんだろうか……?


 迷っているうちに、雨音ばかりが流れて……ふと。



「あのさ」



 天利さんが、口を開いた。



「気になったんだけど、なんで私に告白したの?」

「そ、それは……」



 それは、もちろん……っ。



「す、好き、だからです……」



 それだけ言うのに、すごい勇気を振り絞った。


 多分、今の僕の顔はみっともないくらいに赤いはずだ。



「それよ。なんで私が好きなの? 自分で言うのもあれだけど、SWなんてロクなものじゃないし、普通は嫌悪感が先にくるものだと思うんだけど?」

「そんなこと、ないです」



 確かに、僕の知る限り、天利さんは……嫌われている。


 というよりも、皆怖がってる。


 SWがどういう人達かは、誰もがテレビメディアなどで知っているのだ。


 自分で望んで、死ぬかもしれない未知の世界に飛び込む人達。


 精神的に危ない人間が多くて、犯罪者予備軍とも呼ばれることすらある。


 現代社会が生んだ、現実から目を背けている人でなし。


 そんな情報が、天利さんや、他のSWの人達を、一般の人から遠ざけている。


 でも……僕は、その情報は、違うと思う。


 今日一日見ていて、はっきりと確信した。


 天利さんも、それに嶋搗君だって……普通に、普通の高校生だった。普通となにも変わらない、普通の恋人の姿だった。



「SWだろうと、そうじゃなかろうと、天利さんは、天利さんだと思います。SWだからって僕は、天利さんがおかしな人だとは思えません」

「……ふうん、そっか」



 くすり、と。天利さんが笑う。


 ……僕、笑わせるような変なこと、言っちゃたかな?



「まあ、それは分かったけどさ。じゃあ、好きになった理由って? なにかあるでしょ?」

「あ……それは……」



 ――思い出すのは、去年の、入学して一月程度しか経ってなかった頃のこと。



 結局、まだクラスメイトの誰とも話せてない。


 ……駄目だな、僕。


 話しかけよう、話しかけようって思っても……出来ない。


 昔からそうだった。


 人付き合いは、苦手だ。


 でも決して嫌いなわけじゃない。


 むしろ、友達をたくさん作って、楽しい学校生活を送りたいと思ってる。


 ……どうしたらいいのかなあ。


 そんなことを思いながら、下校する為に階段を下りていた。


 そして下駄箱について……靴を履き代えようとした時、舌打ちの音が聞こえた。


 音の出所に視線を向けると、隣のクラスの下駄箱の前に立っている、一人の女子がその舌打ちをこぼしたらしかった。


 ……綺麗な人だった。テレビとか、雑誌とかに出てきても不思議じゃないくらいに。


 この学校の下駄箱はロッカーのような扉付きで、その人は自分の下駄箱の扉を開けたところらしかった。


 どうしたんだろう……?


 疑問に思う僕の目の前で、その人は下駄箱から自分の靴を取り出すと、そのまま靴をひっくり返した。


 すると、




 じゃらじゃらじゃらじゃら……。




 大量の画鋲が地面に落ちた。



「う、うわ……」



 思わず声が出てしまう。


 これ、もしかして……いじめ?


 僕の声に気付いて、その女子がこちらを見た。


 黙っているのもなんだか駄目な気がして、思い切って話しかける。



「あの……大丈夫、ですか?」

「ええ。気にしてないわ」



 あっさりと言うと、その人は靴を履き替える。



「せ、先生に言わなくていいんですか?」

「教師なんてものはね、善人ぶってる癖に、こういうのに対応出来ない人が殆どなのよ。私、無駄なことはしない主義なの」

「じゃ、じゃあどうするんですか……?」

「さあ? しばらく続くようなら報復でもして黙らせるんじゃない?」

「報復……」



 なんだか剣呑な単語に、思わず身を引いてしまった。



「流石に暴力を振るったりはしないけれどね。それじゃあね」



 ひらひらと手を振って、その人は……天利さんは、行ってしまった。


 残ったのは、地面に散乱した画鋲。


 ……凄いな、と思った。


 もしも僕がこんなことをされたら、学校に来たくなくなるんじゃないだろうか。 


 少なくとも、絶対にあんな颯爽とはしていられない。


 玄関口を出ていった、天利さんの背中を僕は見つめていた。


 その日、僕は天利さんに憧れを抱いて……そして、同時に一目惚れをした。


 後日、天利さんがSWなのだと聞いても、その気持ちは何も変わらなかった。


 SWだから怖いとは感じない。


 むしろ、靴に画鋲を詰めたり、そんな陰湿ないじめをする人の方が、僕は怖かった。


 気付けば、廊下ですれ違う時や、学校行事や集会の時に……天利さんの姿を探している自分がいた。


 告白する勇気は、なかったけれど。


 でも、そのままは嫌だった。


 だから、頑張ったんだ。僕なりに。


 クラスメイトに話しかけたり……そうやって友達を作って、一緒に遊びに行ったり……。


 他の人から見れば、本当に些細なことなんだと思う。でも、僕にとっては、それはいちいち勇気が必要なことで……。


 そうして、やっと。


 いろいろな勇気を出して……やっと、天利さんに告白する勇気が、覚悟が、出来た。



 あー、そういえばそんなこともあったなあ。


 私がSW仮免だったころの話だったかな。


 あの時は、いつまでも幼稚ないじめが続いたものだから、いい加減だるくなって、私にちょっかい出してた連中が私の机を彫刻刀で刻んだり、私の教科書破ったりしているところの写真を学校の掲示板とかに貼り付けて晒し者にしたんだっけ。


 どうやら、やるのはよくてもやられるのは駄目な典型だったらしく、そいつらの何人かは転校したり不登校になったりしていた。


 当然学校ではそのことは問題になったし、私も追及されたんだけれど、私が写真を貼り付けたという証拠もなかったので何かしらの処分を受けることはなかった。


 以降、私にちょっかいを出そうという馬鹿は現れなくなったわけだけど……。


 懐かしいと言えば懐かしく、どうでもいいと言えばどうでもいい記憶である。


 でも、そっか。


 そんなことあったんだ……正直、まったく覚えてない。


 しかも、まさかそんなことで一目惚れされていたとは……。


 人生、何があるか分からないものね。



「でも悪いわね。この間も言った通り、私は貴方と付き合う気は全くないの」



 酷いようだけれど、はっきりと言っておく。


 変な期待をさせるのも、されるのも、嫌だしね。



「それは、もう分かってます。天利さんにはああして素敵な人もいることですし、当然ですよね」



 ……素敵な人?


 あ、嶋搗のことかしら、もしかして。嶋搗の印象と素敵という単語がすぐに繋がらなかった。



「あー、そういえば、それね」



 もうここまで来てなんだけど、これ以上騙すのも悪いかな。



「嘘なのよ」



 ちょっと気まずくて、視線を逸らしながら言う。



「え……?」

「あいつ、私の彼氏とかじゃないし。あえて言うなら、相棒? 少なくとも恋愛感情はないかなー」

「……冗談ですよね?」

「マジ。今日のあれこれは、あんたを諦めさせようって魂胆だったり」



 大和が言葉を失った。



「悪いわね。いや、本当に。今思い返すと、私もなんでこんなことしたのか……悪い友人にたぶらかされたというか、まあそんな感じで……」



 うん。これは後でアイと皆見に何か行ってやらなくちゃ駄目ね。


 なんだかんだで勢いに乗せられて騙されてた。私は馬鹿か。



「あ、あんなにお似合いだったのに……?」

「お似合い? 私と嶋搗が?」



 大和が頷く。


 ……そうなの?


 へー。


 …………。


 へー。



「天利さんだって、嶋搗君のこと好きなんですよね? 嶋搗君だって、天利さんのことを好きなんじゃないですか?」

「いやー、そんなことないでしょ」

「そんなっ! あんないちゃいちゃしてたのに!」

「い、いちゃいちゃ……?」



 え、いつそんなことしたっけ?


 普通にしてただけじゃなかった?


 ……今日一日を思い返しても、おかしな点はなにもない。


 うん。いつも嶋搗と遊ぶ時はこんな感じだ。ゲーセンとかに行ったのは初めてだったけど。



「お二人は本当にお似合いですし、もし付き合ってないなら、是非とも付き合った方がいいと思います!」

「え、え……あの、何言ってんの?」



 あれ、なんで私、大和に交際を推奨されてるの?


 大和、私のこと好きなんじゃなかったっけ?


 なのに……んん?




 とりあえず。


 この後、家に着くまで大和に延々と嶋搗と私がお似合いだったかについて語られた。若干ウザかった。


 別れ際、大和は私に「二学期は友達としてお話しましょう」と言って、なんだかいやにすがすがしい顔して去っていった。


 ……なんだあいつ。



 なんだか、逆にすっきりしてしまった。


 付き合ってない、だなんて。


 だとしたらあの二人は、付き合ったら今以上に親密になるのだろうか。それを考えると……うん、僕にはチャンスなんて欠片もなかったんだな、と思えてしまう。


 よし!


 もう見事に失恋しちゃったし!


 帰って泣こう!


 それで明日からはまた前を向いて行こう!




あれ……これ大和銀河が女だったら惚れてるかもしれない……。

はっ、一体いま作者はなにを……!?

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