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間章 天利悠希の恋愛事情・四

「けっこう美味しかったわね」

「それなりの値段だったんだ。これでまずかったら話にならない」



 私の言葉に、嶋搗がそんな風に答える。


 ……なんていうか、ムードの欠片もないわね、こいつ。


 私達がいるのは、それなりに小洒落たカフェ。


 店の一面がまるまるガラス張りになっていて、解放感がある。テーブルや椅子もちょっとアンティークっぽいし。


 だというのに、やっぱり嶋搗は嶋搗だ。



「にしても、あんたサンドイッチだけで物足りるの?」

「ああ。腹はあんまり減ってないからな」

「ふうん」



 ちなみに私が食べたのはカルボナーラ。黒胡椒がいい感じだった。


 そこで、店員がデザートを運んできた。


 きたきた……。


 メニューに載ってる写真を見て期待してたのよね。


 私が頼んだのはチョコレートケーキ。嶋搗はチーズケーキだ。



「……小さくないか?」



 嶋搗がぽつりと零す。



「そういうもんなのよ」



 言って、早速フォークでケーキを切って、口に運ぶ。


 んー。


 ちょっとビターで、でもきっちり甘くて……美味しい。



「嶋搗、そっちのもちょっと頂戴?」

「なにを今更……お前が無理矢理俺に注文させたんだろうが」



 実はチョコレートケーキとチーズケーキで注文する時に迷って、デザートはいらないという嶋搗にチーズケーキを注文させたのだ。



「いっそ全部食うか?」

「それは遠慮しとく。なんだか食い意地が張ってるように見られそうじゃない」

「実際食い意地はってるだろうが……」



 うっさい。


 嶋搗は私を皮肉って満足したのか、フォークでチーズケーキを切り分けると、それをこっちに差し出してきた。


 あら気がきくじゃない。



「ほら」

「ん……」



 口に入れた途端、チーズの風味が一気に広がった。


 甘みはちょっと控えめ、かな。


 でも美味しい。



「満足したか?」

「ええ。嶋搗も食べる?」



 私からもチョコレートケーキを差し出す。



「別にいいんだがな……」



 ぼやきつつも、嶋搗がそれを口にする。



「どう?」

「……悪くはない」



 素直じゃないなあ。



「なん……だと?」



 「はい、あーん」「ぱくっ」。


 ――という嬉し恥ずかしイベントを……あんな当然のように……!?


 驚愕など生温い。


 まるで雷撃に貫かれたかのような衝撃が、オレを襲っていた。



「なんだあのカップル。結婚しちゃえ」



 隣でポテトを咥えたアイアイが呟いた。


 まったくその通りでる。


 ……オレ達がいるのは、シーマン達が無自覚イチャイチャしてるカフェの道路挟んで向かい側にあるファストフード店。


 オレは双眼鏡を両手でしっかりと掴んで、カフェの様子を窺っていた。


 ちなみに距離的に双眼鏡を使うほどのことはないんだが、なんていうか、気分?



「というか、隊長はポテト食べないの? 冷めると美味しくないよ?」

「今オレはそれどころじゃねえ!」



 あいつら……あいつら、ちくしょう羨ましいなぁ!



「まったく。食べ物を粗末にしちゃ駄目だよ。ほら」

「むぐ」



 アイアイがオレの口にポテトを放り込んできた。



「や、やめ……補佐官、貴様反逆罪でぶほっ」



 次々にアイアイがポテトを詰め込んでくる。



「反逆罪とかどうでもいいから。もうあの二人もカフェ出るだろうし、早く食べてね。残すのは駄目だよ。世の中には食べたくても食べれない人がいるんだから」

「……っ、っ!」



 ポテトに、ポテトに溺れる……!


 だがこの双眼鏡は離さんぞ!


 決して、離さん!



 映画館に来て、とりあえず何が上映しているのかを調べる。


 ……恋愛に、ホラーに、ファンタジー、SF、アクションか。



「どれにする?」

「聞かれてもな。正直どれでもいい」



 よほどの駄作でもなければ文句はない。



「ふーん。じゃ、無難にホラーにしとく?」

「どこが無難なんだ?」

「ホラーではずれって、そうそうないでしょ」

「……そうか?」



 まあ、そうかもしれない。


 ホラー映画なんてとにかく見る人間に恐怖感を与えれば成功みたいなもんだ。


 ある程度ストーリーがはずれてても、とりあえずそこさえ出来ていれば通用する。



「じゃ、それにするか」

「ええ」



 というわけで、チケットを購入して、そこで丁度上映時間になったので、さっさと劇場内に移動する。


 上映が始まって数分して、早速最初のホラーシーン。



「……怖いか?」

「微妙な怖さ。でも、まあ悪くはないんじゃない?」

「そうだな」



 ……と、天利が寄りかかってきた。



「なんだよ?」

「……隣の席の人が眠って倒れかかって来たのよ。しょうがないでしょ?」



 いや、開始数分でもう寝てるやついるのかよ。


 そいつ何で映画館に来たんだ?


 ……ったく。



「そんなの気にしなきゃいいだろうが」

「ならあんたも気にしなきゃいいわよ」

「……」



 はぁ……。



「隊長、これホラー映画だよね?」

「ああ」

「あそこでまるで純愛映画でも見ているようなノリで身体密着させてる二人はどこのどなた様ですか?」

「存じ上げません」



 映画を観終わって、ウィンドウショッピング。天利が夏の服を買いたいというのでそういう店を訪れている。


 ちなみに映画は終盤でそれなりの巻き返しをみせて、そこそこ面白かった。


 最後の方、天利がちょっと咽喉を引き攣らせるシーンがあったのでそれを指摘したら殴られた。



「んー。どう?」



 天利が手に取った服を自分の身体に合わせて、こっちを向く。


 黒地のシャツに、レースで出来た飾りがアクセントとして裾の辺りに縫い付けられたものだ。それにデニムのスカート。


 どう、と聞かれてもな。


 正直、女のファッションなんて分からない。



「お前の好きにしたらいいだろ」

「うわ……ここで少しくらい女の子をコーディネートしようとするのが男の甲斐性ってもんじゃないの?」

「そんな甲斐性は知らん」

「まったく……じゃあいいわよ、とりあえずこれはあんたの好み的にアリかナシかだけ聞くわ」

「なんで俺の好みなんだ……」



 それに好みって言われてもな……。


 別に服装なんて人それぞれだし、気にするようなことか。


 そもそも服装とか気にしてたら皆見とは絶対付き合えないと思うが。



「いいから、デートなんだし。答えなさいよ」

「……まあ、別にいいんじゃないのか?」

「だったら後で試着して問題なかったら買おっと」



 やれやれ……。



「あ、これもいいかな……どう?」

「だから何故聞く……」

「いーから」

「……いいんじゃないのか?」

「うわ、適当……」

「お前なら大抵のものは似合うだろうが。いちいち聞くな」

「んー、まあその褒め言葉は高得点かな。まだまだだけど」

「褒めたつもりはないんだが……」



「あれですか? 『お前が着ればどんな安物だろうがどんなドレスよりも綺麗になるよ』ってか?」

「もうあの二人の仲を応援する必要性が感じられない……」



 ほんとだぜ。


 もうあれだろ? 次の店は結婚指輪を買いに宝石店とかにいくんだろ?



「勝手に式場の予約とかしておく?」

「しちまうか?」



 いや、でも実際さ。


 それもアリじゃね? って思えるんだから、あの二人はすげえって。


 なにがすげえって、あそこまでいってどうして付き合ってないのか、ってことなんだが。



 正直、敵わないな、と思った。


 だって、あの二人は、あんまりにも自然体で、お似合いだったから。


 僕なんかが割って入って、天利さんを奪い取る。そんなこと、とてもじゃないが無理な話だろう。


 ……なんだか、情けないな、僕は。


 こうやって、あの二人の後をつけて……女々しいったらない。一度断られたんだから、潔く諦めるべきだったんじゃないのか。


 ――でも。


 でも、本当に僕は、天利さんのことが……。


 思い出すのは一年前のあの日。


 初めて出会った時の、彼女の姿。


 今でも僕はその時の天利さんを忘れられない。


 一目惚れだった。


 ……でも、どうやら僕のこの恋は、失恋で終わりらしい。


 肩を落とした、そんな時。


 頬にぽつりと冷たいものが落ちて来た。


 え……?


 空を見上げる。


 晴れ渡っていた青空は、いつのまにか灰色の雲に覆われていた。


 って、え……ま、まさか……。


 ぽつ、ぽつ、と。


 今日は一日暑い日になるでしょう、という今朝の天気予報を嘲笑うかのように。


 夏に似つかわしくない雨が降り出した。


なんだこのカップル。結婚しちゃえ。


もうこいつらの無自覚ラヴを描いてるのが面白くて仕方がない!

誰かこいつらの鈍感っぷりをなんとかして!

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