間章 天利悠希の恋愛事情・二
踊り場で軽く肩を回して、屋上への金属製の扉を押しあけた。
そして視界に飛び込んできたのは、一人の男子生徒。
あれ……てっきり二・三人で囲んでくるものかと思っていたのに、一人?
……もしかして挑戦状じゃなかったりして。
はは。まさか。
それじゃあなんだっていうのよ。
あんなラブレターを装った挑戦状……。
まさか本気でラブレターなんてオチはないだろうし。
「それで、呼び出した用はなに?」
いつまでたっても向こうが話かけてこないので、仕方なくこちらから切り出す。
少なくとも、今目の前にいる生徒に恨みを買われるようなことは、した覚えがない。
「あ、あのっ……天利悠希さん!」
きっ、と。
なかなか芯のある目で、彼が私を見た。
怒りのせいか、あるいはただ単に夏の暑さのせいか、その顔はかすかに赤らんでいる。
「ぼ、僕は……二年Jクラスの、大和銀河っていいます」
大和に銀河……なかなか壮大な名前だ。
大和が、一歩、私に近づいてきた。
……飛びかかってくるか?
身構えた私に大和がした行動は――頭を下げるということだった。
……へ?
なにこれ?
状況が上手く飲み込めない。なんで彼、頭下げてるの?
ここにきてあれか、力の差を感じ取って降参?
「天利さん!」
「は、はいっ?」
その大きな声に、軽く怯む。
「僕と、付き合って下さい」
「……………………はぁ?」
†
「で、逃げて来た、と」
とりあえず教室からファストフード店に移動した。
天利がポテトを咥えながらした説明を聞いて、とりあえず状況は理解する。
「そうなのよ。私はね、SWだしさ、いきなりで相手のこと何も知らないしさ、そもそも今のところ誰かと付き合おうっていう願望もないしさ、遠慮したいんだけどさ……なんだかしつこいのよね。付き合いたい、の一点張り」
「ふうん……いっそ投げ飛ばせばどうだ?」
「馬鹿。いくら私でも、普通に告白してきただけの相手にそんなことしないわよ」
「でもしつこいんだろう?」
「だからって、ねえ……」
そうやって甘い顔見せるのがよくないんじゃないのか……。
「じゃあ無視しろよ」
「それはそれで……なんだか相手が可哀そうじゃない?」
「……」
溜息をつく。
なんだかんだで天利は人がいい。
「じゃあ付き合っちまえよ」
投げやりにそう言うと、天利が半眼でこっちを睨んできた。
「デリカシーの欠片もない言葉ね」
「俺にデリカシーを求めるなという話だ」
「それもそうね」
あっさりと納得されて、これは信頼があるのかないのか。
どっちでもいいが。
「それで?」
「ん、それで、って?」
……こいつは自分が何の話をしていたかも忘れたのか?
「そいつとはお前としてはどうするつもりなんだ?」
「それが解らないんだってば……とりあえず、一方的に電話番号とメールアドレスだけ渡されたけど」
天利が制服のポケットから紙を取り出す。
「連絡するのか?」
「……どうしよ」
二人して、口が閉じてしまう。
「そんな時ぁオレにお任せ! 皆見君の、誰でも恋愛相談しぶぁっ!?」
いきなり湧き出た奇人の顔面に俺と天利の拳が叩き込まれた。
あ……つい反射的に。
「お、おご……!」
床に転がってびくんびくんと痙攣する馬鹿一名。店内にいる人間の奇異の視線を独り占めしている。
「い、痛ぇじゃねえかよう!」
あ、蘇った。
相変わらず復活速度だけは並みじゃないな、こいつ。
「何か用? 皆見」
というかこいつ、どこから出て来たんだろう。わざわざ気配殺して盗み聞きでもしてたのか?
「よくぞ聞いてくれました!」
皆見が胸を張った。
ちなみに今日の皆見の服装は、胸元に大きく馬と鹿のイラストがプリントされたシャツで、胸を張ると皆見の馬鹿っぷりがいっそう強調される。
こいつは自分が馬鹿と主張して何がしたいのだろう。
「アマリン! ついに君にも青春イベントが発生しちまったご様子じゃねえの!」
「……なにこのテンション」
「俺に聞くな」
もうなんだか皆見の側にいるだけで馬鹿が移りそうで嫌だ。
「そんなアマリンにしつこい野郎を追い払う方法をご提供だ!」
「……とりあえず言ってみなさい。聞くだけ聞くから」
いつもなら軽くあしらうところを、今日の天利は皆見の馬鹿にすら縋るようだ。
「つまりは、噂の彼はアマリンの恋人になりてーわけだから、その席を用意できない、ってことをアピールすればいいんだ」
「まあ、そうね……だから?」
「だからっ! そう! つまり……明日シーマンとデートしなさい!」
とりあず皆見は死んだと言っておく。
†
夜になって、ベッドに寝転がって携帯電話をいじる。
私と嶋搗が恋人の振りをして、大和に諦めさせる。
皆見が提案したのは、つまりそういうことだった。
……最初から素直にそう言えばあんな泣くまで痛めつけたりしなかったのに。
ちなみにその話を聞いて、嶋搗は当然のように猛反対した。
なんで俺が、とか。そんな面倒なこと、とか言っていたのを覚えている。
でも皆見が「同じクラスで、しかも同じSWのシーマンなら恋人っていうのも怪しまれる可能性が低い!」とどうにか嶋搗を説得していた。
まあ、それはいい。
うん……結構なことだ。
私もまあ、ほら、他の誰かより嶋搗の方が気心も知れてるしね。
そんなこんなで、明日、嶋搗とデートすることになってしまった。
いや、デートっても振りだけどね。むしろ友達を普通に出掛けるようなニュアンスよね。うん。
で、その前準備として、今私はメールを打っている。
相手は大和。
内容は、皆見が考えたものだ。
『もう私には彼氏がいるので、やっぱり貴方とは付き合えない。メールの返信はいらない。明日も十時から彼氏と○○公園で待ち合わせしてるからもう寝るし。それじゃあ』
……普通、デートの待ち合わせ場所とかメールに打つだろうか?
なお、○○公園というのは、学校の近くにある自然公園だ。
若干不安の残る部分もあるが……送信、と。
これで、皆見が言うには明日、大和が私達のことを一目確認しようとこっそりやって来る、というのだが……。
まあ、これで向こうが諦めてくれるならいいか。
っと。
明日どの服を着て行こう。
デート……の振りなんだから、それなりに気合い入れたほうがいいのよね。
……む。
どうしよう。
嶋搗、どんな服が好みかな……。
アイに相談……ああ、駄目だ。今日はアイは皆見と一緒にどっか遊び行ってるんだっけ。
うーん。
……どれがいいかしら。
†
「いやいや、アイアイ。ここはやっぱりホラー映画だって。俺ぁアマリンは意外とホラーに弱いと見たね」
「そうかなあ……それよりも普通に遊園地とかでいいと思うんだけど」
アイアイと顔を突き合わせて相談する。
内容は、明日のシーマンとアマリンのデートプラン。
「あの二人が遊園地なんてあからさまなところで進展するわきゃねえって。もっとさりげなく近づくタイプだろ」
「うーん。言われてみれば……じゃあ、雰囲気のいいカフェとかいいんじゃないかな?」
「おー、それはいただき」
手元にある紙にアイアイの意見をメモる。
「とりあえず映画がメインの線でいいか?」
「うん。まあ、どんなものを見るかは本人達の好きにさせればいいよね」
「おう」
映画、と。
「んー。十時からだから時間は結構あるな……ここは無難にウィンドウショッピングか」
「そこで大胆に、腕を組ませようよ。恋人に見えるから、って理由で」
「ナイスアイディアだ、アイアイ」
さらさらっ、と書き加える。
まあ実際に腕を組むかどうかは分からんが、やってくれれば万々歳ってとこか。
「あともう一つくらい、何か予定を入れたいな……なんかあるか?」
「んー。ゲームセンター? クレーンキャッチャーでぬいぐるみとか取ってもらうって、ちょっといいかも」
「ゲーセンか……でもアマリンはぬいぐるみとか、欲しがるか?」
「……どうだろ。悠希の部屋にはぬいぐるみ、一つも置いてないけど……でも臣護がくれるなら嬉しいんじゃないかな?」
「ふむ……じゃあこれは、街を散策してる途中でクレーンキャッチャーをやらせる、って形で」
「うん。それでいいと思う」
よし。
じゃ、あとは適当に時間の調整とかして……。
……。
「これでいいか?」
「んー……うん。特に問題はないかな。いざって時は、あの二人ならアドリブいけるよ」
「だな」
よし。
これで、行ける!
名づけて……。
恋人の振りのつもりがついつい本気になっちゃう大作戦!
「これであのどーしようもない二人をくっつけるぜ!」
「うん! ここは二人の親友である私達の出番だよ!」
本日二本目。
なんとなくいつもより描いてみた。