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間章 天利悠希の恋愛事情・一

 鏡の前で制服をチェックする。


 よし。問題ない。



「それじゃ、アイ。行ってくるわね」

「うん。いってらっしゃーい」



 リビングの方からアイの声が帰ってくるのを確認して、私は家を出た。


 エレベーターで一階まで下りて、マンションの玄関を抜ける。


 途端、夏の纏わりつくような熱気が襲ってくる。


 今日も暑くなりそうね……。


 そんな嫌な予感を感じながら、一旦足を止めて、左の方向に視線を向ける。


 と、丁度向こうの道の角から現れる人影。


 嶋搗だ。


 あいつは毎日、学校までの通学にここを通る。それも、決まってこの時間に。


 だから合わせやすいのよね。


 私が軽く手を上げると、こっちに気付いた嶋搗が少し鬱陶しそうな顔をした。


 一年以上こうして一緒に登校しているというのに、あいつの反応はいっつも同じだ。


 それがなんだか、少しおかしい。



「おはよう、嶋搗」

「ああ」



 そうやって帰ってくる声も、やっぱりいつも通りだ。



 今日は終業式ということで、一時間目は式、二時間目は連絡事項やいろいろなプリントを配って終わりになる。


 式はとりあえず立ったまま居眠りするというどうしようもない特技でやりすごし、二時間目はぼんやりと窓から吹き込む生ぬるい風を感じていた。


 この教室は、最悪だと思う。特に、窓際の私の席なんて。


 窓からは、日光が直に差し込む。カーテンはレールが歪んで私の席まで届かないし、エアコンはこれまた故障で使えない。


 つまり……暑いのよ。


 とんでもなく暑い。


 あー。暑い暑い暑い……。


 正直、教師の注意事項とかは聞いてられない。そんなことに気を向ける余裕などなかった。


 今日は、涼しい異次元世界に行こう。


 そう決意して、さっさと教師の話が終わらないかと待ち焦がれる。


 すると、前からプリントが回ってきた。


 前の席に座る女子からプリントを受けとる。渡し方はぞんざいだ。


 ちらりと、嫌悪的な視線も貰う。


 ま、どうでもいい。


 私や嶋搗がSWというのは周知の事実だし、それで疎まれるのは慣れた。


 というか同年代の連中ってなんだか能天気なわりにテンション高くてついていけないし、だから嫌われたりしても特に問題はない。


 まあ能天気って点じゃ、もしかしたら私や嶋搗みたいな人間が一番能天気なのかもしれないけど。


 なにせ命懸けの仕事の片手間で学校に来てるんだから。これを能天気と言わずになんと言うのか。


 そういえば、改めて考えてみると、私ってなんで学校通ってるんだろ。


 嶋搗は、後見人への義理果たしって言ってたのを聞いた覚えがある。


 私は……最初は、普通に将来を考えて高校に入ったのよね。


 でも、それで生活費とかに貧窮して……SWになって……そこで、SW一筋になって。


 あれ……?


 SW一筋に決めた時点で、もう将来もなにもないんだから学校に通う意味、ないような気がする……。


 ……ま、いっか。


 そんな、どうでもいいことを考えながらプリントに目を落とす。


 夏休み中の注意事項……。


 こんなプリントに一体何人の生徒がまともに読むのだろう。


 軽く溜息をついて、プリントを後ろに回す。私は一枚も手に取らずに、だ。


 私の席は、窓際の後ろから二番目。そして一番後ろは――、



「いらないからって俺に渡すな」



 嶋搗が座っている。


 嶋搗は私の分のプリントも含め二枚の紙を適当に丸めると、教室の後ろに置かれたゴミ箱にそれを放り込む。



「ゴミ処理御苦労さま」

「……まったく」



 呆れた様子で私を軽く睨み、嶋搗は机に突っ伏した。


 堂々と居眠りか……。


 嶋搗のところにはギリギリでカーテンが届くので、私のとこよりも快適そうだ。


 ……不公平よね。


 私は椅子の背もたれに体重をかけて、椅子の後ろの脚二本でバランスをとりながら、嶋搗の机に椅子ごと寄りかかった。


 なんとかカーテンの陰に入る。


 と、



「……髪が邪魔だ」



 嶋搗が私の髪を手で払った。



「人の髪に勝手に触らないでよ」

「勝手にくっつけてきたのはお前だ」

「髪は女の命っていうのに」

「無視か」



 そんな風に喋っていると、教師が少しばかり強い視線をこちらに向けて来た。


 他にも喋っている生徒がいるにも関わらずに、私達だけを、だ。


 SWってだけでこの扱いだものね。


 まああからさまに何かしてこないだけマシか。


 前に一度、体育教師がどうでもいいことでつっかかってきて、しかもセクハラをしてきたのでボコボコにしたこともあったりする。


 ちなみにその時は、体育倉庫に呼び出すなんていう滅茶苦茶怪しいシチュエーションだったので、事前に嶋搗にお願いしてスタンバイしてもらい、ばっちり携帯でセクハラの証拠の映像を取ってもらった。


 この映像をマスコミに送ればこの学校終わりですよね、と校長に会いに行ったのは懐かしい思い出だ。あの時の校長の青い顔は見てるこっちが可哀そうになるくらいだった。


 もちろんその教師はとばされたわけだが。


 多分、今年から生徒がSWの免許を取得するのが禁止になったのは私達のせいだと思う。もっとも、去年の時点からSWだった私達は特例で問題ないわけだけれど。


 というか、わざわざ禁止しなくても私達みたいにSWになろうなんて人間が早々現れるとは思わないけどね。


 あー。


 にしても、暑い。



「いい加減どけ」



 背中を嶋搗に押された。


 そのまま日光の下に戻されてしまう。


 ……嶋搗には優しさが欠けていると私は常日頃から思うわけよ。



「はあ……」



 不意に――。


 机の中から何か白い紙が出ているのを見つけた。


 なんだろ、これ。


 取り出すと、ルーズリーフを二枚折にしたものだった。


 こんなもの机に入れた覚えはないけど……誹謗中傷の類かしら。


 紙を広げる。


 そこには、小奇麗な文字でこう書かれていた。




 放課後、屋上へ来てください。




 まさか挑戦状の類だとは……。



 放課後。


 挑戦されてくる、と意味不明なことを言って天利が屋上に向かっていったので、俺はすっかり人のいなくなった教室であいつを待っていた。


 本当はさっさと異界研に行きたいのだが、天利が「先に行ったらどうなっても知らないわよ」などと言うので、後で文句を言われるのも面倒だから素直に待っていた。


 ……にしても、遅い。


 もう十分は経ったぞ。なにやってるんだ、あいつ……。


 様子を見に行くか?


 そう思って、立ち上がろうとした時。


 教室に天利が戻ってきた。



「……遅いぞ」

「…………」



 俺の言葉に、天利は反応しない。


 ……なんだ?


 なんだか天利の様子は、軽く呆然自失というか、そんな感じだった。



「……嶋搗、どうしよう」

「どうか、したのか?」



 天利の様子からして、なにかあったのは間違いない。


 ほんの僅かに、緊張を覚える。


 天利は少し逡巡して……ゆっくりと口を開いた。



「……告白、された」

「……………………はぁ?」


んー。というわけで、アマリンの話。


アマリンは誰にも渡さない!

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