5-24
結局、朝方まで乱痴気騒ぎをすることになってしまった。
別に力量的には大したことはなかったのだが……連中、どうやらそれなりに大きな暴走族だったらしく、次から次に馬鹿が集まる者で、人数的にも始末するのに時間がかかってしまった。
もちろん、と言うべきか。
俺達は誰一人としてそれらしい怪我はしていない。
その後、朝方にようやく警察が駆けつけ、ヴェスカーさんの権力のもと、俺達が今回の件に関わったと言う記録は存在しないこととなった。
そのまま俺達は宿に戻って、それぞれ短いながらも仮眠をとることになった。
†
「……まあなんだかんだと結論を言えば、お前は不器用ということじゃな」
静かな湯に俺とじじいは並んで肩までつかっていた。
「うるさいぞ」
俺達は仮眠をとらずに直接朝風呂にやってきたのだ。
誘ったのはじじいである。
まあ断る理由もなかったし、別に一日くらい寝なくてもどうにでもなるので付き合っている。
それに、朝風呂は建前ということもなんとなく察しがついていた。
「にしても、ひどい痣じゃのう」
「……うるさい」
じじいが横目に、俺の腕や脇腹などを見てくる。
一応言っておくが、色目ではない。もちろん。もしそうだったら俺は迷わずこの年代物の眼球を潰している。
俺の身体のところどころには、大小の痣が点々と出来ていた。
「気付かれてないつもりじゃろうが、わしはしっかり見ておったぞ。さりげなく女性陣の盾になっていたところをな」
「偶然だ」
俺がどうしてあいつらの盾になんぞならなきゃいけないんだ。
これは単に俺が間抜けなことにヘマうってパイプとかで殴られただけのことだ。ま、怪我のうちにも入らないけどな。
「お前のような奴を世の中ではカッコつけと言う。もしくはツンデレ」
「ふざけんな」
気色悪いこと言ってるとヒゲ全部引っこ抜くぞ。
「ふん……少しは会話を盛り上げようというこのわしの気遣いを無碍にしよって」
「盛り上がる話をするもりじゃないだろう? そろそろ本題を切り出せ」
「……なんじゃ。分かっとったか」
当然だろうが。
一応は弟子だぞ。一応は師匠であるじじいの考えくらい察することぐらい出来る。一応。
「マギの戦争が終わった後、おそらくマギに最も早く歩み寄るのはSWじゃろうな」
「だろうな」
もともと異次元世界に関わってるんだ。普通の人間と比べてマギに興味を持ったり、拒絶反応を持たなくてもなんの不思議もない。
「今日、先程の光景を見てなんとなく思ったんじゃがなあ」
……ふん。なんだ。
「もしマギとアースがあのように力を合わせれば、『アレ』にも勝てるのかもしれんのぉ」
じじいも、俺と同じことを考えてたのか。
魔術師とSWが――マギとアースが力を合わせる。
果たしてそれは、どれほどの力となるのか。
「ま、あんな軽い運動とアレを同列に見るのも馬鹿馬鹿しいけどな」
「そうじゃな」
二人で失笑する。
「とはいえ、希望を抱かぬわけではあるまい?」
「……」
「無言は答えたようなものじゃ」
アレを倒す、か。
「そんな時が訪れないことが、一番だけどな」
「まあ、のう。じゃが、どれほど長くとも、千年か、万年か、それとも億や京か……いずれアレは訪れる。それはもしかすれば、わしらが生きている内ということもありえよう」
嫌な可能性だな。
もっと楽観的に生きられたら……ってのは、まあ実際にアレを見た後だと無理だよな。俺だってそうだ。
正直、怖くて堪らない。
今この瞬間アレがきたらと思うと……。
「その時に、アレが倒せればよいのう」
「倒せなかったらどうしようもないだろうが」
苦笑。
「それに、結局そういう時は矢面に立たされるのは俺やあんただ。多分、死ぬんじゃないか? どちらにせよ」
こうも当然のように自分が死ぬと口に出来るとは思わなかった。
「わしらの命でアレが倒せるなら儲けものじゃな」
――ああ。
「まったくだ」
まあ、世界なんだかんだとスケールの大きいこといっているわけだが。
結局のところ、さ。
俺も、じじいも、怖いだけなんだ。
怖くて、怖くて、だからお互いの傷をなめ合うみたいにこうして言葉を交わしているんだ。
「訪れなければ、いいのう」
「訪れなけりゃ、いいなあ」
†
「アースは強い」
「そうだね、まあマギよりかは、強いんじゃないかな」
窓枠によりかかりながら、空を見上げる。
朝が訪れて、町は起き、人が動き出す。
そうして世界は回る。
ああ、この世界ではあまりにも辺り前で……けれど、きっとこの世界に暮らす人々は気付かない。
その行動の一つ一つが、この世界を強くしているのだと。
この世界の外からやってきた妾だからこそ分かる。
本当に……この世界は強い。
「いつか、マギもこのようになれるだろうか」
「さあ? それは、お姫様の頑張り次第でしょ」
「ふ……言ってくれる」
目標はここにあって、遥か遠いな。
まあ、いいさ。
だからこそ、やり甲斐もあるというものだ。
†
「……」
天上をぼんやりと見上げる。
眠気はなかった。
隣をみると、アイは穏やかな寝息を立てている。
……なんだかんだいいながら、さっきの乱闘じゃ四番目くらいに多く倒してたし、疲れたのね。
アイは、センスがあると思う。
魔術も強いし、武器もそれに合っている。最近では嶋搗と組み手をしてもまともにやりあえるし、普通に異次元世界に出ても危なげがない。
……羨ましい。
私には、センスも才能も足りてない。
百発百中。私を知るSWは、皆私を称する。
でもあれは……何度も何度も練習して、練習して……そうやって鍛え上げた能力だ。
自慢じゃないけれど、人一倍努力しているんじゃないだろうか。
それでも、嶋搗には追い付くのがやっとなのだ。
そんな私と違って、多分アイは、このまま順調に嶋搗の隣に並べる。
……怖いな。
嶋搗に置いて行かれるのは、なんだか怖い。
そうして彼の隣にアイが立ち続けるのかと思うと、ぞっとする。
だから、思う。
もっと、もっと頑張ろう。
千の弾丸を一つたりとも外さぬように。
万の弾丸を僅かたりとも外さぬように。
そうやって、嶋搗についていこう。
あいつは、放っておくと不安だから。
今回みたいに、黙ってどっかにいってしまいそう。
それは……少し、嫌だ。
信用してもらいたい。どうしてだか、そう思ってしまう。
うん。
信頼に足る私でいよう。
今日みたいのは、駄目。
嶋搗は隠してるつもりだったんだろうけど、あいつの動きを誰よりも知っている私だから分かる。
あいつ、何回か皆が攻撃されそうになったらさりげなく身体を盾にしていた。
あれじゃあ、駄目だ。
私は守られたくなんてない。
一緒に戦いたいんだから。
……でも、それでも嶋搗はどんどん先に行っちゃう。
マギなんて、私には手が出せないところにまで行ってしまう。
あーあ。
世の中、思い通りにならないなあ。
瞼を閉じる。
瞼の裏の暗闇に、嶋搗の姿が浮かんだ。
ずっと先に立っているあいつは……こっちを振り返って、そして静かにそのまま止まっていてくれた。
――ふん。
そんな待ってくれなくても、すぐに追いついてやるわよ。
5章終わりっ!
長かった!
他の二倍とか……。
次章もがんばります!
その前に間章か!
間章どうすっかな!