5-23
「さて、きりきり吐いてもらおうか? どうしてお前ら、こんなところにいるんだ?」
「うぐ……」
目の前には、地面に正座した馬鹿どもの姿。
「地面に正座なんてしたら汚れる」とか誰かが文句を言ったので、とりあえず皆見と能村の膝を思いきり蹴って強制的に座らせたら、全員素直に自主的に座った。
「お前らは、どうして、こんなところにいるんだ?」
「いや、それは……」
天利が視線を泳がせた。
「……ついてきたのか?」
ぎくり、と馬鹿共が見事な反応を見せた。
……ついてきたのか。
くそ。なんで気付けなかったんだ……。
「ちなみに、臣護よ」
近くのベンチに腰かけながら、ルミニアが口を開いた。
「悠希に妾達がここに集まることを教えたのは妾だ。他は知らんがな」
「は……?」
なんだって?
「お前、ふざけてるのか?」
「ふざけてなどいない。妾は、妾がそうすべきだと思ったからそうしたのだ」
「……っ」
そうすべき、だと?
本当に、ふざけすぎだぞ……!
「お前はこいつらまで巻き込もうってのか!?」
堪らず、大きな声が出た。
その怒声に、ここにいる多くの人間が目を丸めた。
「こいつらは関係ないだろうが……魔術師でもなんでもないんだぞ!」
「勘違いするな。誰が巻き込むなどと言った」
「だったらどういうつもりだ!」
「ただ、知っておいてもらいたかった。友人に隠し事など、後味が悪いだろう?」
「――!」
そんな、理由で……!
後味が悪いとか、そんなテメェの都合で……!
「知って、それで何になる!」
ルミニアに詰め寄って、彼女を睨みつける。
「知らないなら、知らないままでいた方がいいにきまってるだろうが、こんなこと!」
「そうだな……そうかもしれん」
平然と、ルミニアは俺の視線を受け止める。
「しかし、どうせ全てが終わればことは露呈する。後に知らされるのも、先に知るのも、変わりはあるまい?」
「そんな単純なことか! そんなの、無駄に心配させるだけじゃねえか!」
全部終わって、「なんで黙ってたんだ」と文句を言われるのならいい。別に問題ないさ。
けどな、わざわざ知る必要もないことを知って、それで勝手な心配されたらこっちのが煩わしいんだよ。
あいつらはそんな心配するより、いつもみたいに普通に過ごしてればいいんだ……!
「ふん……臣護。貴様は相も変わらず身内に甘いな」
「なんだと?」
どういう意味だ?
「心配をかけたくない。巻き込みたくない。結局、お前が妾を怒っているのはそこだけだ。なんともまあ、優しいことだ」
……っ。
俺は別に……そんなつもりで言ったわけじゃない。
なに勝手な解釈してるんだよ、こいつ……。
「だがな、臣護。それではただの保護者だぞ? 貴様は彼女らの何だ? 友人だろう。だったら、少しくらいは心配の一つさせてやれ。でもなければ、可哀そうだ」
「……随分勝手なことを言うんだな、お前」
「そうでもない。ほうら、見てみろ」
ルミニアが口元を歪めて、俺の背後を指さした。
「……っ」
振りむいて、目の前に天利が立っていた。
†
……話は、うん。
まあ半分くらい理解でいないけど、でも大事な部分はきっちり分かったと思う。
つまり、嶋搗が私達のことを考えて今回のことを隠していた、ってことよね
……はぁ。
「嶋搗……あんたねえ」
深い溜息を吐きだして――嶋搗を殴りつけた。
と思ったら、私の拳は咄嗟に出された嶋搗の手に受け止められていた。
「な……」
「あんた、舐めすぎよ」
とりあえず、嶋搗は何か勘違いしている。
「ルミニアの言う通り。あんた、私達の保護者でもなんでもないでしょうが。なのに随分と偉そうなこと言ってくれるわね……」
そんなんじゃ、ない。
そんなんじゃないでしょうが。
「私達は、そんな甘っちょろい仲だったの?」
「……だが、」
「言い訳はもういい」
受け止められた拳に、さらに力を込めて押しこむ。
「違うでしょう。私達は、言い訳とか、そんなの必要ない。ただ気軽につるんで、適当に楽しんで、そういう……そんな関係じゃなかったの?」
「……」
「少なくとも、私はそういうのが友人ってものなんだと思ってる。対等に向かい合えるものだと思ってる」
そう思ってたのは、私だけ?
だとしたら、滑稽なんてもんじゃないわね。ただの馬鹿だ。
嶋搗に、視線で問いかける。
違うのか、と。
「……それは、そうかもしれないが……けど今回の話はわけが違う」
「違くない」
そりゃ、大変なことかもしれない。
私達には無関係なことなのかもしれない。
だからって、何も言ってくれないのは……少し、虚しくて、悲しい。
「謝れ」
「は……?」
「謝れ」
二度、言う。
「なにを……」
「黙ってたこと。裏切ったこと。私達を舐めたこと。全部ひっくるめて、謝れ」
「……」
嶋搗は一瞬呆然として……視線をさまよわせた。
「…………」
黙る嶋搗の手に、拳を押しこむ。
いっそ黙り込むくらいなら顎の骨の一つ二つ打ち砕いてやる。
「っ、分かった、分かったよ!」
自棄になったように、嶋搗が頭を掻きながら乱暴に言う。
「……悪かった」
「――ん」
なら、よし。
私は拳を戻して、嶋搗に笑いかけた。
「で? 私に手伝えることは、あるの?」
「……ない」
「そ。なら、頑張って来なさい」
「……ああ。悪かったな」
「もういいって」
†
「うん。まあ天利が大体のこと言っちゃったわけだけど……リリー?」
「……ごめんなさい」
殊勝な心がけだね。
先に謝るだなんて。
……でも、私は天利ほど優しくないんだよね。
私の手が、リリーの頬を張った。
ぱしん、という聞くだけでも痛くなりそうな音が響いた。
「……」
赤くなった頬をおさえて、リリーが私を見る。
「いっつもいっつも人には好き勝手べたべたしてくる癖に、なんで自分だけは私に触れさせようとしないの?」
「……そう、ね。ごめんなさい」
「もういいよ。一回叩いてすっきりしたから」
とはいえ、まだ軽く不機嫌だけど。
「私にもどうせ出来ることとかないだろうし、まあリリーも頑張って。変な怪我とかしてこないでよ?」
「ええ。分かったわ」
†
「あ、あの……ルミニアさん」
「ん……ああ、どうした。アイ」
そっと、私はルミニアさんに近づいた。
聞きたいことがある。
「私も、その戦いに加えてください」
「なに……?」
「私だって、元はマギの人間で、魔術師です。マギを変えるというなら、私もそれに力を貸したいんです」
どうして臣護が私にこのことを黙っていたのか、よく分からない。
私だって、今のマギに不満を持っている人間の一人だ。
この戦いは、私にとっても、とても大切なものになる。
黙って見ているだけは、出来ないよ。
「……貴様は既にアースの人間。マギなどの為に無理をすることはないのだぞ? 臣護だって、そう思ったから黙っていたのだろう」
「いえ……そんなことは、ありません。向こうには、まだ家族を残してきているんです」
家族の為にも、マギを変えられるなら、変えてあげたい。
今のままじゃ、ずっと皆は辛いままだ。
「だから……お願いします」
「……ふむ」
ルミニアさんが、私を細い目で見つめた。
「まあ……好きにするがいいさ」
「あ、ありがとうございます!」
「ただし」
びしっ、と。
鼻先にルミニアさんの指が突き出される。
「死ぬなよ。絶対に」
「……はい!」
†
「……なあ、能村」
「なんだ?」
「オレの気のせいかな。なんか人の気配がめちゃくちゃするんだけど」
「気のせいではないと思います」
シオンが口を挟んできた。
「あっちの方から、人が沢山近づいてきますよ」
言われて、確かに公園の入り口からぞろぞろと現れる人影。
「ふむ。穏やかな雰囲気ではないのう」
「そもそもこんな時間にこんな場所にあれだけの人間が集まる時点でおかしいですね」
じいさんとヴェスカーさんに全面同意。
というかあの一番前を歩いてるやつが来てる服って……。
「特攻服って、また化石みたいなものを……」
能村姉が呆れたように肩を落とす。
普通、女の子あああいうの見たらビビるもんじゃ――あ、いや。オレが悪かった。ここにいる女性陣に常識を求めたオレが馬鹿でした。
「……あ」
不意に、イェスが声をあげた。
「どうした?」
「あの、特攻服だっけ? 変な格好の人……昼間海でナンパしてきた人だ」
「……一応聞くけど、どうしたんだ?」
「ボコ」
……ですよねー。
ってことは……。
「おいおいおい、見つけたぜー。昼間はよくもやってくれたなテメェら!」
ですよねー。
……はぁ。
また、なんて面倒なタイミングで……。
「昼間の借りはきっちり返してもらうぞ。女も多いみたいだしなあ!」
多分、暴走族なんだろう。連中がこう、いかにも雑魚キャラっぽい笑い声をあげた。
……あーあ。
終わったな、これ。
「……ちっ」
「丁度いいわ……少し身体を動かしたい気分だったのよね」
舌打ちを零しながら拳を鳴らすシーマンと、壮絶な笑みを浮かべるアマリン。
「佳耶のことをそんな下種な視線で穢さないでほしいわね」
「暴走族ならある程度やっても誰も文句いわないよね」
無表情ながら不快感が滲みだしているリンリンと、遠足前夜の小学生のようにうきうきとしているカーヤン。
「復讐というなら返り討ちにしてやろう」
「まさかここにきてゴミ掃除かあ……」
愉快そうに口元に弧を浮かべたルミニアに、呆れたように溜息をつくイェス。
「暴走族……テレビで特集を見る度に成敗してやりたかったんじゃよ」
「警察へはM・A社が責任を持って話をつけましょう」
意外にテレビを視聴しているっぽい偉い魔術師らしいじいさんと、権力の強さを垣間見せるヴェスカーさん。
「……これは、正当防衛、というものなのですか?」
「多分そうなるんじゃないかしら?」
一応相手を敵と認識しているらしいシオンと、呑気な顔して一部の隙もないたたずまいの能村姉。
「ねえ、明彦」
「なんだー、アイアイ」
「……皆やる気まんまんだよ?」
ちょっと困ったように皆を指さすアイアイ。
「だな」
「止めなくていいの?」
「止められるとでも?」
「……」
能村の言葉に、アイアイが黙り込んだ。
……うん。もうこれは止められないよなあ。
仕方ない。
「とりあえず、降りかかる火の粉くらいは払おうぜー」
「皆見、俺を守ってくれ!」
あ、そういえば能村って、運動音痴なんだっけ。肉弾戦とか向いてないのか。
「だが断る!」
「アイさん守って!」
「隼斗には男の人のプライドとかがないの!?」
「ないんじゃね?」
†
「陽一さん、朝食に牛乳とオレンジジュース、どちらにしますか?」
「ん、じゃあ牛乳で」
「はい」
「いやー、シアも日本語上手くなってきたな」
「そうですか? なら、嬉しいですね」
『今朝未明――県――市の公園で地元の暴走族が全員気絶して見つかりました。警察の発表によると、どうやらなにかの抗争が起きたのではないか、ということですが、暴走族と争っていたのがどのような人物達なのかは未だに判明しておらず警察はこれから暴走族の面々に事情聴取をして――』
「暴走族、ですか。この辺りにはそういう人達がいなくて助かりますね」
「そうだな。平和が一番だ」
やっとこさ、そろそろこの章も終わりか。
長かった。
暴走族残念。