5-22
温泉を満喫した後、ちゃんと覗き魔に本格的な制裁を加えて、適当に雑談などで時間を消費して……そして、私達は就寝した。
けれど私の目は冴えていた。
温泉でルミニアに言われたこと。
――我らは集まる。
我ら、って……誰?
ルミニアに……それにあの話の流れからして多分、嶋搗も入っているんじゃないかな、と私は考えている。
部屋に備え付けられた時計の針が進む音と、アイの寝息が、今この部屋にある全てだった。
そこに……きしっ、という音が混じる。
廊下からだ。
床板が、人の重みに軋む音。
……一人二人じゃないわね。
間違いない。ルミニアが言っていたのは、これだ。
私はゆっくりと布団から抜けると、部屋の扉に耳を当てた。
音はない。どうやら、既にこの部屋の前は通り過ぎたようだ。
そっと扉を開けて、廊下に出る。
足音は、旅館の玄関に向かっていたわよね……外か。
廊下の角から玄関を少しだけ覗くと、何人かの人影が外に出て行くのが解った。
バレないように、少し間をとってから私も旅館を出る。
温い夜風と、静かな月明かり。
一団の後を追っているうちに、大きな公園らしい場所に入った。
昼に見れば豊かな緑に癒されるのかもしれないが、こんな夜にはどこか不気味だ。
追う内に、一団の顔が誰のものか見えきた。
まずは、ルミニア。そして、ヴェスカーさん、ウィオベルガさん、シオン、イェス、リリシア――そしてやはり、嶋搗。
彼らは公園の奥にある広場で足を止めた。
「……いい風だな」
ここにいて初めて、ルミニアが口を開く。
†
「……いい風だな」
唐突に、ルミニアがそんなことを口にした。
まったく、呑気なもんだ。
「それで、お前は何でわざわざ俺達をこんなところに連れ出したんだ?」
俺の問いかけに、ルミニアはつぅと流し目をこちらに向けて、笑んだ。
「いや、なに。戦いの前にきちんと言葉を交わしておこうかと思ってな」
「そりゃ、ご丁寧なことだな」
「ここにいる貴様らは、最も信頼している妾の手駒だ。礼は尽くさねばなるまい?」
「いつから俺はお前の駒になったんだよ。勘違いするな。俺は戦争に手を貸すだけで、別にお前に仕えるわけじゃない」
「フェライン。姫に対して、失礼ですよ」
「構わん」
俺を一睨みしたシオンを、ルミニアが片手で制する。
「臣護はそれでいいさ。下手に上っ面ばかりの忠誠を誓われるよりも、よほどマシというものだ」
くっ、と。どこか愉快そうにルミニアは笑い、言葉を続けた。
そしてその瞳が、一瞬で真剣なものになる。
自然と空気が引きしまった。
「貴殿らには、感謝している。妾の一歩間違えれば愚昧な夢想になり下がる理想に付き合ってくれることに」
柄にもなく、とは言えまい。
あまりにも似合いすぎる優雅な仕草で、ルミニアは俺達に頭を下げた。
「戦争は、激しいものになるだろう。いくら貴殿らと言えど、相手は古き魔術師全員。その数の差は、簡単に覆せるものではない」
だが――とルミニアは俺達一人一人の顔を見た。
「それでもやらねばならん。やらねば、マギは滅びる」
マギが滅びる。その発言に、全員が少なからずの反応を見せた。
ここで俺達が負ければ世界一つ滅びる。それは、なんとも現実味のない話だ。
「貴殿らに今一度問おう。覚悟は出来ているのか、と」
全員が、同時に頷いた。
俺も例外じゃない。
覚悟なら、とうの昔、この話をじじいにされた時に決めてある。
俺は、マギなんてどうでもいいんだ。
世界が滅びるとか、そういうスケールの大きな話は興味がない。
俺は、魔術を教えてもらった恩を返す為に手を貸すだけのことだ。
「であれば、一つだけ、頼みがある」
頼み、ね。
楽なことならいいんだが……。
「――妾の友人になって欲しい」
…………は?
その言葉の意味を、この場にいる誰が一番早く理解できたのだろう。
少なくとも俺はたっぷり十秒は思考が凍結していた。
こいつ……何を言い出すんだ?
「部下だからという理由で妾の為に命を捨てる覚悟はいらん。ただ、妾と対等な者として、共にこの戦争を戦い、そして生き抜け。そういうものを、多分友人と言うのだろう? であれば、貴殿らとは一人の友人としてゆきたい」
「……は」
思わず、笑みがこぼれた。
「なにか、おかしいか?」
「いや、ルミニア。お前何言ってるんだ?」
そりゃ、おかしいさ。
「他は知らないけど、俺とお前に限って言えば、もうとっくに友人だろうが」
「……」
今度はルミニアが目を丸める番だった。
「……そうなのか?」
「じゃなきゃなんなんだよ」
「協力者、だろうか?」
「馬鹿かお前」
少し呆れた。
「俺は、友人だからお前の協力者になったんだ」
でもなけりゃ、例え義理でも手なんて貸すか。
「……」
「なんだよその顔は」
まるで狐につままれたみたいな顔してるぞ。
「いや……いや、なるほど。そうか……もうとうに私はこんな素晴らしい友人を持っていたとは……知らなかった」
いや、素晴らしいとか、知らなかったとか……ところどころおかしなこと言ってるぞお前。
ルミニアの人間関係の感覚はどうなってんだ。
「フェラインだけではありません」
シオンが、一歩前に出た。
「姫。畏れ多いことです。僕のような者が姫の友人などと……けれど、僕は貴方の友人になりたい。よろしいでしょうか?」
「それならば、私も臣護さんと同じく既に友人だったのではないかと」
「右に同じくだね」
「随分と歳の離れた友人ですが、それでもよければ是非とも」
「馬鹿者、ヴェスカー。そんなこと言ったらわしの方が歳が離れておるぞ」
シオンに続いて、リリー、イェス、ヴェスカーさん、じじいと次々にそんなことを口にしていく。
それが、答えということだ。
それに対してルミニアは少し驚きながら……それでいて見たこともないような嬉しそうな表情ではにかんだ。
「よろしく頼む。我が友人達。妾に、力を貸してくれ」
――ここで終われば、多少は感動的な場面だったのかもしれない。
しかしそんな雰囲気をぶち壊す声があった。
「ちょ、あんたら……見つかるから!」
「大きな声出さないでよ、本当に見つかっちゃうよ!?」
「いやもう出ちゃわね?」
「……というかバレてるような」
「押さないでよ! って、誰かお尻触った!?」
「お、俺じゃないぞ!?」
「ちょ、本当に押してるの誰!?」
「痛い痛い痛い!」
「う、うわぁっ!?」
そして。
がさっ、と。
垣根から旅館で寝ている筈の馬鹿共の顔が飛び出してきた。
…………。
場に短い沈黙が落ちて。
「……こ、こんなところで会うなんて奇遇ね、嶋搗」
「お前その言い分が本気で通用すると思ってるのか?」
正直に言おう。
内心、かなり焦っている。
……まさか、聞かれたのか?
†
垣根の陰から、そっと様子を窺っていた。
日頃の経験から、気配を消すのには自信がある。この暗がりだし、バレないだろう。
そうして、私は聞き耳を立てた。
聞こえてくる言葉に……まず最初に私は、これがドッキリではないかを疑った。
戦争? マギが滅びる?
……なにそれ。
ありえないでしょ。
そう思って、けれど嶋搗の表情を見れ私は、その考えを即座に改めた。
彼の表情は、真剣そのものだった。
あいつがおふざけや冗談であんな顔をするわけがない。
だとしたら……この話、全部本当なの?
――は?
いや、なにそのスケール大きい話。
これじゃまるで、映画みたいじゃない。
「映画みてーだなー」
「映画みたいだね」
「映画みたい」
「映画かよ」
「映画のようだわ」
……――は?
後ろを向く。
幻覚かと思った。
目をこすって、もう一度見る。
うん。
幻覚じゃないっぽい。
「……あんたら、なんでここに……!?」
「おーう。なんとなく目が覚めて、そしたらなんかシーマン達を尾行してたアマリンを見つけたので、尾行してきました」
皆見が言って、他の皆も同意するように頷く。
……え、全員が全員「なんとなく目が覚めた」の?
なにその偶然。
出来過ぎのような気がするんだけど……。
「ま、それはいいから盗み聞きしよーぜ」
「話してたら見つかっちゃうよ」
皆見やアイに言われ、それ以上の反論も出来ずに、私も視線を嶋搗達に戻した。
と、背中を押される。
「押さないでよ」
「俺じゃねーぜ」
「じゃ、誰よ」
今度は横から押された。
「っ、もう、なによ……!」
「え、何?」
くっ。
垣根に隠れているから、これだけの人数が集まると狭くてたまらない。
「もう少しそっちに広がりなさいよ」
「いえ、こっちに言ったら角度的に見つかりそうじゃない?」
「それよりそっちこそ、もっと向こうに言ってよ」
その内、押しあいが始まってしまう。
っ、ああ、もう!
なにやってんのよ!
「ちょ、あんたら……見つかるから!」
「大きな声出さないでよ、本当に見つかっちゃうよ!?」
「いやもう出ちゃわね?」
「……というかバレてるような」
「押さないでよ! って、誰かお尻触った!?」
「お、俺じゃないぞ!?」
「ちょ、本当に押してるの誰!?」
「痛い痛い痛い!」
「う、うわぁっ!?」
で。
そのうちにバランスが崩れて……垣根から飛び出してしまう。
…………。
ばっちり、嶋搗達と視線が合った。
「……こ、こんなところで会うなんて奇遇ね、嶋搗」
「お前その言い分が本気で通用すると思ってるのか?」
やばい嶋搗怒ってる!?