5-17
「……」
「……」
俺って人間は、まあ自分で言うのもなんだけれど、人間関係を築くという能力が欠けた人間だと思う。
SWになったから、とか。自由に生きたいと願ったから、とか。そういうのは関係ない。
小さい頃からそうだった。
人は、数が集まれば大なり小なりの集団を作る。
けれど俺は、そういう集団に入るのが嫌だった。
人間が嫌いとか、そういうわけじゃない。
ただ、どうやって接すればいいのかが解らないのだ。
どんな言葉で相手が喜んで、悲しんで、舞い上がって、落ちこむのか。
そういうのが、正直よくわからないし、考えるのが面倒だ。
鈍い、というのかもしれない。
だから、わざわざ手間をとってまで他人と関わることない。
俺は、これまでそう思って来た。
それは……まあ今回も同じなのだろうか。
目の前で冷たい気配を撒き散らしている天利が、うまく理解できない。
なんで俺がこんな状況に置かれなくちゃならないんだろう。
まあ、簡潔に言えば俺の今の気持ちは一つ。
――逃げたい。
けれどそうしたら、後々どうなるか分かったもんじゃない。
なので仕方なく、俺は天利の正面に腰を下ろしているわけだ。
「……それで、なんの用だ?」
まず、俺から切り出した。
「別に? ちょっと様子でも見て行こうかと思って」
「なんでお前が俺の様子を確認しなきゃならないんだ」
「文句でもあるの?」
「……どうだかな」
少なくとも、今の天利に「ある」と言う勇気は俺にはない。
「……」
「……」
また、心臓に悪い沈黙が場を満たす。
……ったく。
金属生命体よりも性質の悪いやつだな、天利ってやつは。
なんで俺、こんなやつと今までやってこれたんだろう。
不思議だ。
「……嶋搗ってさ」
「ん……?」
不意に口を開いた天利に、身構える。
「知り合い、女の子ばっかなのよね」
「……は?」
なんだ、そりゃ。
でも、言われてみれば、確かに。
知り合いはもしかしたら女の方が多い……か?
「で、それが?」
「あんたって、意外と女たらし?」
「はあ?」
今度こそ意味が解らない。
「なんでそうなる?」
「だって、みんな可愛かったり綺麗だったり……普通に女の私から見ても見惚れそうな人ばっかじゃない」
「……そうなのか?」
「そうなのよ」
へえ。
よく分からん。
俺としては、知り合いの女連中は……そうだな、戦友とか、そういうカテゴリーに入ってるから、あまり容姿とかを気にしたことはない。
「で、それが?」
「それが、って……男として思うところはないわけ?」
「なにを思えっていうんだ。そんなのどうでもいい」
問題なのは、隣で一緒に戦うのに相応しいかそうじゃないか、だけだろ。
容姿がいいから強いわけじゃない。
容姿がいいから生き残れるわけじゃない。
「――……あー」
数瞬の間、天利は目を丸めて……そして、力なく卓に伏せった。
その様子に、思わず首を傾げる。
なにをしているんだ、こいつは。
「……そうだった。あんたってやつは、そういう奴だったわよね」
「どういうことだ?」
まったく意味が分からない。
と、天利は呆れたように俺を見て、
「もういいわよ」
なんだか溜息を吐きだした。
「……なにやってんだろ、私。馬鹿みたい」
俺も天利がなにやってるのか甚だ疑問だ。
「なんか力抜けちゃったわ」
「……どういうことだ?」
「あんたには分からないわよ」
なんなんだ?
本当に、天利が分からない。
やっぱり俺は、そういうのは苦手だ。
なんだかこれ以上天利に首を傾げるのも詮無いことのような気がして、俺は卓に用意されていた急須と茶葉の缶を取って、お茶の用意をする。
「お前も飲むか?」
「あー、うん」
気の抜けた返事。
俺は茶葉の入った急須に、ポットからお湯を注ぐ。
近くの棚に入っていた湯飲みを二つとりだし、それにお茶を淹れると、片方を天利の前に置いた。
「……あち」
それを口にした天利が小さく呟く。
まあ、そりゃ熱いだろうさ。
「というかさ、夏に熱いお茶って……」
今更それを言うか。
「まあ、冷房も効いてるし、いいんじゃないか?」
「それもそうね」
もし冷房がなかったら、こんな熱いもの飲んでられないだろう。
少し強めに冷房を入れてあるこの部屋だからこそ飲めるのだ。
しばらく、二人で静かにお茶を飲む。
いつの間にか、天利の怒気は失せていて……うん。やっぱりこういう雰囲気の方がいいな。
一緒にいても何も言わないでいい。天利と一緒にいるときはそんな感じで、まあ嫌いではない。
けれど、それも長くは続かなかった。
静寂を破ったのは、天利。
「ていうかさ」
お茶を、今度は自分で注ぎながら天利は口を開く。
「バスの中でも言おうと思ったんだけど、嶋搗って皆から下の名前で呼ばれるわよね。あと、お兄ちゃんとか、意味わからない風に」
「まあ、結構そう呼ぶやつはいるな。で、それが?」
「私的にさ、私があんたと一緒にいた時間って、結構長いんじゃないかな、と思うわけよ」
一緒にいた時間、ねえ。
考えてみる。
「まあ、そうだな。多分、この面子の中じゃ一緒にいた時間でいえば、お前が一番長い」
言うと、なんだかちょっとだけ天利の口元が緩んだ気がした。
……なんだ?
「そっか。私、一番なんだ」
なんか天利が呟いたが、聞きとることは出来なかった。
「……で、お前と俺のいた時間が長いからどうしたんだ?」
「ん。だから、皆は下の名前なのに、私だけ『嶋搗』って、上の名前で呼んでるな、って思って」
……いや、だかれそれがどうしたんだ?
「別に、問題ないだろ?」
「あるのよ」
「……あるのか?」
一体どんな問題が――、
「なんで一番長くいる私が一番他人行儀な呼び方なのよ!」
天利が卓を叩いた。湯飲みの中のお茶が揺れる。
「なぜ怒る」
「怒ってないわよ」
怒ってるだろ。
「それによくよく考えると嶋搗のみんなの呼び方もあれよね。アイとかルミニアとかリリーとか、愛称で呼んじゃってさ」
「そりゃあいつらの名前が長いからだ」
あとリリーの場合は本人に迫られて仕方なくそう呼んでるだけだ。
「それでも、なんだか気に入らないのよ」
気に入らないって……。
「なにが?」
「――ああ、もうっ!」
尋ねると、勢いよく天利が立ち上がった。
「とにかく!」
びしっ、と天利の指が俺を差した。
「皆がそうなんだから私も……私もっ……っ、っ、私も……!」
段々と天利の語尾が細くなっていく。
「私も……なんだ?」
「っ――! だか、ら……私も……あれよ。えっと……その……」
なんか天利の顔がどんどん赤くなっているような気がする。
あれ、なんかまた怒り出したのか……?
俺、なんにもしてないよな?
「えっと……っ、つまりね! 私も、皆みたいに――!」
天利が意を決して何かを言い放とうとした、その瞬間。
「フェライン、第一席が一緒に温泉に行かないか、とのことですが……」
シオンが部屋に入ってきた。
「だぁあああああああああああああああああああああ!」
天利が自分の湯飲みを全力でシオンに投擲する。
「へ……げぶっ! っうぁあああああああああああああ!?」
そのまま湯飲みは鈍い音でシオンの額を打ち抜き、さらに中の熱いお茶がシオンの顔にかかる。
シオンが地面に転がってのたうった。
「……天利、シオンがなにをした」
「そ、それは……邪魔するから、つい」
いくら俺でもこの仕打ちはあんまりだと思うぞ。
「フ、フェライン、これは、どういうことなのでしょうか!?」
「俺にも分からん」
混乱するシオンに憐れみの視線を向けておく。
まあ、さすがに火傷するような温度じゃないだろう。湯飲みが命中した額は、骨にヒビぐらい入ってるかもしれないが。
……まあシオンだし、どうでもいいか。
「それで天利、なにか言いかけていなかったか?」
すると天利は再度口を開いて――そして、すぐに閉じてしまった。
……?
「――もう、いいわ」
言うと、天利は肩を落として、俺に背中を向けた。
「邪魔したわね」
そして、そのまま天利はとぼとぼと部屋を出て行ってしまった。
なんだったんだろう?
分からん。
天利には首を傾げてばっかりだ。
……でも、まあ……なんだか天利の不機嫌はとりあえず直ったみたいだし、これはこれでよかった、のか?
「フェ、フェライン、血が! 額から血が出て来たのですがどうしたらいいのでしょうか!?」
「あー、落ちつけ、死にはしない。多分」
「多分!?」
とりあえずシオンの傷でも見てやるか。
シオンざまぁ。
で、なんだか微妙な仲直り。でも、ああ、シーマンとアマリンならこのくらいの微妙具合がいいのかも?
これでこっからは交流イベントを前面押しでいける。