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5-16

 風呂に入る直前になって、間抜けなことに着替えがないことに気付いた。


 ……そうだ。浴衣は貸し出してないのかしら。


 そう思って、近くを通りがかった仲居さんに話かけた。


 するとどうやら、浴衣は無料で貸し出ししているらしい。ついでに、「下着も与っております」という言葉を聞いた。


 どうやらヴェスカー氏が何かしらの手まわしをしておいてくれたらしい。


 ありがたく私は用意されていた数種類の下着の中から一つ選んで、それと浴衣を手に脱衣所に入った。


 どうやらここは、内風呂から露店風呂に出られるらしい。


 とりあえず、内風呂に用意されていたシャワーと据え置きのボディーソープで身体中に染み付いた潮の匂いを洗い流し、これまた据え置きのシャンプーで髪を丁寧に洗った。柑橘系のシャンプーの匂いを残したまま、私はそのまま、直で露店風呂に向かった。


 基本、私は楽しみは先取りする人種なのだ。


 内風呂にあった横開きの曇りガラスのドアを開けて、出る。夏の生ぬるい空気と、温泉の湯気が身体を包みこむ。


 露店風呂は、なかなかのものだった。


 海を前面一杯に望むロケーションに、ささやかな飾りていどに桜の樹が覗いている。惜しむべきは今が春ではなく夏で、桜の大輪が見れないことだろう。


 露店風呂自体もなかなか大きく、岩で縁を囲んだその湯船は、なかなか風情がある。湯船は半月型で、竹で出来た高い仕切りの向こうは恐らく男性側の露店風呂なのだろう。


 と、露天風呂に、先客の姿を見つけた。



「……ん? ああ、能村雀芽だったな。貴様も風呂か」



 マギの王女様っていう……えっと、確か名前は……ル……ル……。


 言葉に詰まっていると、どうやら私が口を開かない理由にすぐに思い至ったらしい。


 苦笑し、彼女が言う。



「アースの人間にはこの長ったらしい名前は覚えにくかろう。ルミニアと気軽に呼び捨てでいい。こっちはイェスだ」

「よろしく」



 ……それなら、なんとか覚えられるか。


 先客は、ルミニアと、そしてその側近だというイェスの二人だった。


 ルミニアは海景を背に、堂々とした容姿で温泉に使っていた。その隣ではイェスが頭の上に畳んだタオルを乗せて目を気持ちよさそうに細めている。


 イェスはともかく、ルミニアを見て何気なく思う。


 これが、マギの人間か。


 リリシアもそうだから分かってはいたけれど、やっぱりアースとマギ、世界は違っても同じ人間ね。身体構造に僅かな差異はあるにせよ、だ。


 世の中にはマギの人間は人間とは呼べない、などと主張する輩もいるけれど、そういう人達はこんな人間らしいルミニアを見て同じことを主張できるのだろうか。


 少なくとも、私は世界が違うからと差別する気にはなれなかった。


 まあ王族というから多少の気は使うにせよ、基本は変わらない。



「それじゃ、お邪魔するわね」

「この湯は妾のものではない、いちいち断ることもあるまい」

「お姫様、これが日本人のあれだよ、慎み深さ? そんな感じの心だよ。大和撫子ってやつだよ」

「ほう……」

「そんな大それたものではないと思うけれど……」



 思わず笑ってしまう。


 なんというか、日本人ってよくそんな風に慎みとか詫び寂びとか、そういうちょっと礼儀正しい人種みたいに思われるけど、こちらからしてみると実感がわかない。


 あと、日本人なら誰でもお茶の作法とか分かってて当然、みたいな勘違いとか……日本人としてなんだか外国人に申し訳なる。


 そんな大和撫子してません、ってね。



「いや、相手の機嫌を伺うと言うのは、時に卑屈になりがちだが、日本人のように自然体で出来るというのは素晴らしいと思うぞ。マギの馬鹿共にも見習わせたいくらいだよ」

「平和への第一歩だよね」



 うんうん、とルミニアとイェスが頷き合う。


 王族が自分の世界の人間をはっきりと馬鹿って言い切るのはどうなんだろう。



「日本はいいところだな」

「ほんと、アースの中でもトップだよ。私が言うんだから間違いない。ほら、私、紛争多発国出身だし、説得力あるでしょ?」



 ……いや、笑顔でそんなこと言われても。


 というか、紛争多発国出身って……。


 いろいろあるんだなあ。人の縁がどこで繋がっているか、改めてそれを不思議に思う。


 普通に生きていたら、そんな人と出会うことなんて滅多にないと思うから。



「実際、マギもイェスの国と今のままでは大差ないがな。違いがあるとすれば、それは紛争か腐敗か、だろう」



 その発言がほんの少し引っかかった。


 マギ、というのは極めて情報がアース側に伝わりにくい世界だ。


 一般人はもとより、SWでさえマギについて詳しい者など限られてくる。


 私は、マギについてはまったくの無知だ。



「マギって、マズい状況なの?」



 尋ねてから、しまったと後悔する。


 こんなこと、普通マギの王族に尋ねることか。普通に失礼だ。


 しかしルミニアは小さく肩をすくめ、溜息を吐くだけで不愉快そうな表情は一つも見せなかった。



「そうだな。特に地方は酷い。魔術の使えない一般人は家畜同然の扱いを受けているからな……どうにかしたいが、どうにもならんのが現状だ。いくら王女とは言え、実権など一つたりとも持ってはいないからな」



 ……なんだか、王族は王族で、いろいろと悩みがあるようだ。


 そして、



「だいたいだな、魔術が使えるからなんだというのだ。魔術など少し血統が有利だったか才能があったかの話だろう。だというのにそれを鼻にかけて無辜の民を鞭打つなど、どれだけ愚かなのだ魔術師共は。特に貴族連中は最悪だな。どこが貴いものか。連中など臓腑の底まで腐肉の詰まった権力の亡者だろう。それに――」



 それから小一時間ほど、私はルミニアの愚痴に付き合わされることになった。


 不覚にもこんなところでマギの実情について詳しくなるとは、夢にも思っていなかったわ。


 しかもマイナスイメージが大量である。



「……でも、このままじゃないよね。お姫様」



 ――けれど。



「もちろんだ。妾がこのまま黙っているわけがないだろう。妾は世界を統べる賢王の器を自称せねばならん身だ。であれば、それらしい行動の一つ二つせねばならんからな」



 最後に言い放ったそのルミニアの鋭い笑顔は、とても印象的だった。



 仕切りの向こう、女側の露店風呂から話し声が聞こえるが、ほとんど聞き取れない。


 ……ちぃっ、一体どんな話を……してやがるっ!


 歯噛みしながら、しかしオレはふと正気に返った。


 あ、あぶねえ。こんな明るいうちから女風呂の声を拾おうだなんて……オレはなんて浅はかだったんだ。


 まったく。こう言う時はゆっくりと湯に浸かって――。




 どうやったら夜、女風呂の人口密度がピークになった時にベストなタイミング及びアングルから女風呂を覗けるかを思索するに決まってるだろうがっ!




 目先の色香に惑わされるものか!


 今この仕切りの向こうには女三人。


 姫様、褐色ロリ、姉属性がいる……が!


 よく考えろ。


 ここで、覗くのもいいだろう。ああ、男としての本懐をそこに見るのをオレは否定しねえ。


 だが、だ!


 もしここで三人に覗きがバレたら、まずオレはボコられる。それはいい。いやよくないけど。


 そして、向こうは以降覗きに警戒心を露にする筈だ。


 そうなったら、夜、女性陣が一斉に露店風呂に集合した際に覗きを成功させられる確率は、ぐんと急下降!


 そうなりゃ絶望的だ。


 だから、今オレはこの仕切りの向こうの桃源郷に突っ走るわけにはいかん。


 紳士として!


 そう。変態という名の紳士として!



「というわけでとりあえず仕切りの脆そうだったり、もしくは隙間があればベストだが、そういうポイントを探すんだ能村!」



 一緒に温泉に入っている能村を振りかえる。



「……お前、こりねーな」

「なんのことだ」



 こりる?


 なににこりるっていうんだ!



「……もう二回も覗きがバレてボコられたじゃん」

「それとこれとは話が別だ!」

「別じゃねえだろ」



 能村をツッコミはスルーする。



「おい、能村」



 真剣なまなざしで、能村を見つめる。



「な、なんだ……?」

「テメェ、それでも男かよ」

「……え?」



 情けねえ。


 オレの友人として、お前はどれだけ情けねえザマ晒す気なんだよ能村ぁ。



「男ならよ、仕切り一枚挟んだ向こう側にその夢があると分かっていて、それで覗かねえなんて選択肢、ありえるわけがねえんだよっ!」



 がし、と能村の肩を力強く掴んだ。



「能村、オレは、オレはな……お前の男っぷりを信じてるんだ。そんなオレのよォ、信頼を……テメェは裏切んのかっ!」

「――っ!」



 能村が息を呑んだ。



「オレ達、友達じゃねえのかよ。オレの夢はお前の夢でさ、お前の夢はオレの夢じゃねえか。だったら、行こうぜ能村。オレ達は、こんなところで終わっちゃ駄目なんだ……」

「み、皆見……お、俺……」

「みなまで言うな」



 皆見から手を離し、背中を向ける。



「お前がもしもこの先に歩み出すのが恐ろしいってんなら、引き返してもいいんだ。オレは強要しねえよ。その時は、ただ、オレの夢がオレだけのものに戻るってだけのこと。安心しろよ、オレとお前は、それでも友達だ」

「皆見っ!」



 能村の力のこもった声がオレを呼んだ。



「俺……俺……っ! 分かったんだ、友情って、こういうものなんだって。友情って、こんなすげえもんなんだって……! だから皆見、俺も……俺も、お前と一緒に夢を追うよ」

「……能村、てめぇってやつは……!」



 振り返り、オレは能村に手を差し出した。


 それを、能村が掴み返してくる。


 固く握りしめた手に、オレ達は確かな友情を感じた。



「んじゃとりあえず覗きポイント探すか!」

「おうよ!」



 んー。悠希、上手くやってるかなあ。


 部屋でちょっと寝転がりながら心配する。


 悠希だもん……またなにか変な反発とかしちゃったり、してないかなあ。


 してそうだなあ……。


 まあでも、多分大丈夫だよね。


 悠希と臣護、あれで、すごい絆が強いから。


 一緒に戦う者同時としては、もちろん。


 隣に立つ者同時として、すごく、すごく強い。


 正直、羨ましいくらいに。


 ……悠希がいなかったら、私も臣護狙いたかったんだけどなあ。


 うん。でも無理だよ。


 悠希と臣護の間には、きっと誰も割り込めない。


 だから、応援するよ悠希。


 私は、悠希も、臣護も大好きだからさ。


 一人の親友として、悠希を応援するんだよ。




 ……私の恋はどこにあるんだろ。


 というか私、このままお嫁さんに行き遅れたりしないよね……よね?


 ……あう。






実は当初はシーマンをアマリンとアイアイで取り合う予定だった……んだけど、作者の技量的問題から諦めました。普通にシーマン×アマリンです。

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