5-15
「悠希さあ、もっと素直にならないと。バスの中でも臣護のことずっと睨んでたし」
部屋にきて、まずアイがそんなことを私に言って来た。
「なによとつぜん」
「突然でも何でもいいから、今は悠希がとにかく素直じゃないってことを言ってるの」
「……私のどこが素直じゃないって言うのよ」
というかなんでそんな話題?
まったく分からないんだけれど。
「……うん。まあそれをいちいち説くと一昼夜かかってしまいそうなので割愛するけれど」
「なにそれ」
アイの目から見て私はいったいどんな人間に映っているんだろう。
ここにきて若干それが気になった。
「ともかく、悠希はもうさっさと臣護と仲直りしなよ! というか一方的に臣護を睨んでいるだけだけど!」
「睨んでなんか、ないわよ?」
「だったらなんで私から目を逸らすのかなあ」
「そういえばここって露店風呂が――」
「話も逸らさないでね」
「……私、嶋搗のことなんて睨んでないし」
「ついにはそんな根本的な嘘を言っちゃうんだ……」
いっそ感心した、とでも言いたげにアイが私を見た。
――だから。
「素直じゃないとか、嶋搗と仲直りだとか、一体なんなのよ?」
「それは自分の胸に聞いて見て」
「自分の……?」
残念ながら、思い当たる節はない。
するとアイは天を仰ぎ、
「重症だ」
などとのたまった。
重症って、私はなにかの病気か。
「よし、こうなったらあれだよ、はっきり言うよ」
意を決したように、アイが私を見据える。
その瞳の真っ直ぐさに、思わず息を飲む。
何を言われるのか……ちょっと緊張した。
一瞬の静寂。
その後――。
「今から臣護達の部屋に行って、臣護を人気のないところに呼び出そう!」
……?
あれ、ちょっと耳がおかしくなったかしら。
今、変な発言があったような……。
嶋搗の部屋に行って?
嶋搗を人気のないところに呼び出す?
「……は?」
「いいから行くっ!」
なんだか分からないまま、私はアイに背中を押されて部屋を追い出された。
「ちゃんと臣護と話してくるまで帰って来ちゃ駄目だからね!」
……いやいや。
なにこれ。
†
ということで追い出された私は、旅館の廊下を歩いていた。
……嶋搗の部屋に行くつもりはなかった。
どうしてアイに言われたからって私が嶋搗に会いに行かなくちゃいけないのよ。意味不明だし。
夕食までは基本的に各自自由行動というから、それまで適当に時間でも潰せばいいか。
麻述にでも会いに行こうかしら。
そう思って、麻述の部屋の前に立って――、
「あ、ちょ、リリー!? いきなりなに!?」
「雀芽が温泉に向かって折角の二人きりなのだから、いいでしょう?」
「いいわけ……ちょ、服を脱がすなー!」
「なら、キスは?」
「キスも駄目ー!」
……部屋の中から聞こえたその声に、来た道を引き返した。
どうやらこの先は私が進んではいけない道だったらしい。
忘れよう。私は何も聞かなかった。それで万事問題はない。
でも、能村……温泉に行ったんだ。
あれ?
……着替えはどうしたんだろう?
着替えなんてもの持ってきていないはずだけれど……。
さっき旅館の入り口のところで浴衣の貸出やってます、みたいなことが書かれた紙が張り出されているのは見えたから、特に問題は下着類よね。
ヴェスカーさんにでも聞いてみようか。
ヴェスカーさんの部屋は確か……嶋搗達の部屋の隣だっけ。
なんだかアイの意のままに進むようでちょっと嫌だっけれど、まあでも私は別に嶋搗に会いに行くわけじゃない。ヴェスカーさんに会いに行くのだ。何の問題もありはしない。
そうよ、誰が嶋搗になんて会いにいくもんですか。
すぐにヴェスカーさんの部屋の前につく。
さて、と。
部屋の扉を開けようとしたところで、
「おー、アマリンじゃん」
隣の部屋から皆見と能村弟が出て来た。
やば……嶋搗――はいないか。
「二人でどこか行くの?」
「おう。折角の旅館だぜ? 温泉に決まってるだろ」
ふうん。
まあ私は何度も温泉に入る趣味はないし、夜に一度入るだけで済ませるつもりだけれど。
「そ。行ってらっしゃい」
「おーう」
歩き出そうとして、しかし皆見は寸前で足を止めた。
「おっと、そうだ。アマリン、きちんとシーマンと話せよ。今ならほら、約束通りだぜ」
「え……?」
……ああ。私と嶋搗が二人きりになれる機会を作るっていう、あれか。
って、え……。
このタイミング?
「じゃーなー」
「ちょ、皆見――!」
そうしてあっという間に、皆見達は廊下の角を曲がって姿を消してしまった。
……マジで?
いや……でも……。
そうよ。
別に私は嶋搗と二人きりになりたかったわけじゃない。
ちょっとヴェスカーさんに用事があって、そのついでに嶋搗達の様子を見てこうと思ったら部屋には嶋搗しかいかなった。
……そういうことね。
これなら問題ない。うん、なんにも問題ない。
「……それで、何か用かな?」
「――!?」
不意をついて横から発せられた言葉に、思わず飛び退く。
「……あ、ヴェスカーさん」
そこにいたのは、苦笑したヴェスカーさん。
「部屋の前に誰かいるのは分かっていたんだが、ずっと入ってこないものでね。気になってしまった」
「あ、すみません」
「いや、構わないよ。それよりもなにか?」
そうだった。まずは用件を行ってしまおう。
私はヴェスカーさんに気になったことを尋ねた。
「ああ、それならば考えてある。君が言った通り、寝巻きなどは浴衣を使用してもらうとして、下着類はこちらで用意してあるから、カウンターで言えば用意してもらえるだろう。ちなみに、用意からここに運んでくるまで全て女性に任せたから、男性がそれらに触れたということもないから安心してくれたまえ」
……へんな気遣いね。
でも、そういう小さな気遣いは嫌いじゃない。
確かに、誰とも知らない男の触れた下着なんて身につけたくないしね。
「それで、脱いだ服もカウンターに預けてくれれば明日までに綺麗になって帰ってくる筈だ」
「分かりました。わざわざこんなことで尋ねてすみません」
「いや、こちらの説明不足だった。他の人達には私から話しておこう。ではね」
そして、ヴェスカーさんは一旦部屋の中に戻っていった。
……よし。
次だ、次。
隣の部屋の扉を、睨みつける。
……行くぞ、私。
†
今、ちょっと寒気がした。
おかしい。冷房が強すぎただろうか?
エアコンのリモコンを手にとって、設定温度を調整する。
よし。
これでいいな……っと。
誰かが部屋の扉をノックした。
誰だ?
扉を開ける。
で……顔が引き攣った。
「ひどい顔してるわね、嶋搗……」
笑顔の天利がそこに立っていた。
いやいや。
お前も若干、笑顔が引き攣ってるぞ。
アマリン、かきやす。
作者はアマリンにもはやメロメロです。
次回はどうしよっかなー。