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5-13


 ……暑い。


 海際で水着一つ、パラソルの下にいるとはいえ……やはり夏は暑い。


 そういえば俺、まだ一度も水に入ってないな……いや、まあ別にいいんだけど。


 荷物番、誰もしないから俺が残るしかないんだよな……。


 ……まあミノムシもいるけど、これにはもう何も期待していない。


 厚いな……。


 ……コーラ飲むか。


 クーラーボックスの中からコーラを取り出す。



「……はぁ」



 誰か、荷物番代わってくんねえかな。


 いっそ荷物なんて盗まれるの覚悟で俺も海に入るか……?


 ――やっぱりいいや。


 別に、荷物が盗まれるとかはどうでもいいんだ。


 ただ……海に入ってもすることないしな。無駄に体力消費するのも、なんというか、あれだし。


 それに、まあ一応、あいつらも海から出てきて荷物が盗まれてた、なんてことになったら気分悪くなるだろうしな。暇潰し程度に荷物を見張ってやるのも、いいだろ。恩一つ売ったとでも思えばいいし。


 ぼんやりと、遠くで遊んでる天利達を見る。


 人の気も知らないでまあ楽しそうなことだ。


 ……仕方ない。


 もう少し、荷物番か……。



「人混みが出来ているな」



 泳ぐのにも飽きて、浅瀬にあがる。


 そこでは、なにか騒ぎが起きているようだった。


 ……興味が沸く。



「なにがあったんだろうね?」

「見に行けば話は早いだろう」



 イェスと共に、人混みの輪に加わる。



「……見えないな」

「だね」



 妾とイェスは、それほど背が高い方ではない。


 こうも人が並んでいると、その向こうで何が起きているのかが解らない。


 なにやらたまに歓声らしきものがあがるが、何が起きているのだ?


 首を伸ばしてどうにか向こう側を見ようとしていた、そんな時。


 いきなり、正面の人混みが割れた。


 なんだ、と思うより早く、目の前に何かが迫ってきた。



「っ……と」



 それを、イェスが片手で受け止めた。



「……ボール?」



 それは、人の頭ほどの大きさのボールだった。ビニール製のようだ。


 ……なんでこんなものが。


 その疑問は、割れた人混みの向こうから駆け寄ってきた人物によっておおよそ把握できた。



「ああ、ごめん。怪我とかしなかった?」



 言いながら駆けよって来たのは……確か、麻述佳耶といったか。背丈のわりに臣護と同い年というSWだ。


 彼女の背後には、他の面子もほとんど揃っていた。


 どうやら、皆でボールを使ってなにかをしていたようだ。それが人目を引いたということだろう。


 にしても……何故だか麻述とリリシア意外が随分と焦燥した様子なのだが、何故だろうか?



「問題なし、大丈夫だよ……っていうか、それ……」



 イェスが、彼女の身体を見るなり、言葉を若干濁した。


 そういえば、なにか着ている水着が最初に見た時と違っているな。


 紺色の、胴を全て覆うような水着になっている。


 ……これが、どうかしたのだろうか?



「なに?」



 麻述が、なにやら意味深な笑顔をイェスに向けた。


 少し、ぞっとする。



「……ううん、なんでもないよ」



 イェスは、そう言ってそれ以上決してその話題に触れようとはしなかった。


 ……なにか、おかしいことでもあるのだろうか?


 分からん。



「その水着はなにか特別なのか?」

「――……」

「……お姫様空気読もうね」



 麻述のこめかみが微かにふるえたのと、イェスがぽつりと零したのは、ほぼ同時だった。



「よーし、それじゃあそこのプリンセスも参戦しようねー。私はお偉いさんだからって手加減しない人だよ」



 麻述が私の手をがしりと掴む。


 なんだか嫌に強い力で握られている。



「……ふむ、どういうことだ?」



 とりあえず、なにかに巻き込まれた、ということだけは分かるのだが……。



「大丈夫。ルールは簡単だからさ」



 笑顔で麻述が手早く遊びの内容を教えてくれた。


 ふむ。なかなかに楽しそうだ。


 ……それで、なぜ麻述の後ろの連中は――例によってリリシア以外――懸命に腕を交差させてこちらにバツ印を向けているのだろう。なんの儀式だ?



「お姫様、がんばれ」



 なにやらイェスが傍観者っぽくしているが……馬鹿かこやつは。



「何を言っている。妾がやるのだから、貴様も参加するに決まっているだろう」

「……え」



 イェスの表情が固まった。



「……本気で、言ってるの? お姫様……」

「無論だ」

「それじゃ私はお兄ちゃんのところに――」



 逃げだそうとするイェスの左肩を掴む。


 と、右肩を誰かが掴んでいた。見ると、いつのまにか近づいていた天利の手だった。



「……あれ、なんでそっちの人まで」

「よし、やるか」

「嶋搗のところに行くくらいなら道連れになりなさい」



 イェスの言葉は無視して、ずるずると引っ張っていく。


 ……なるほど。天利の行動はあれか、嫉妬だな。


 ふふん。臣護め……なかなかやるものだ。もっとも本人はあの性格、無自覚だろうがな。



「よし、それじゃあ再開しようか……――的が増えたことだし」



 うん?


 今何か、麻述が最後になにか、小さくつけくわえなかったか?


 ……気のせいか?


 首を傾げていると、



「ほーら、隙だらけ」



 麻述が、神速でボールを私に撃ち出した。


 反射でどうにか首を逸らす。


 頬を高速回転するボールが掠めた。


 チッ、という擦過音。


 ――まてまて。今のは人間の放てる球か?


 遅れて、冷や汗が流れ出した。こんなに暑い日の下だというのにだ。


 ……イェスが嫌がっていた理由を、今更理解した。


 しかし、時すでに遅し。



「どんどん行こうか」



 笑顔で手を叩く麻述を前に、私は苦い笑みを浮かべた。




 後悔なんてものは、久しぶりだ。



「……っぷは!」



 水中から顔をあげる。


 と、



 ふにょん。



 柔らかな感触が、頭の上に。



「え……?」

「あの、ちょっと近づき過ぎ、かな?」



 目の前に、肌色。というよりも、肌。


 ……あれ?


 …………これは、ええと……。


 状況を整理する。


 僕は、とある女性のご厚意で水泳の練習を見てもらえることになった。


 そして今は、足の動きを正しくする為に、その人に手を引かれて足で水を蹴る練習中だったのだが……。


 どうやら、水面から顔をあげる拍子に、女性の……その、胸に……あ。



「す、すみませんっ!」



 慌てて一歩下がり、頭をさげる。


 頭を下げたら顔が水面にぶつかって、鼻に水が入ってしまった。


 咳き込む僕に、女性は小さく笑んだ。



「大丈夫だよ。さすがに子供にこんなことで怒ったりしないって」

「そう、ですか? ですが、それでも、申し訳ありませんでした」

「今時にしては丁寧な子だね。うん、許してあげるよ」



 その笑顔に、視線が奪われる。


 ……アース、ちょっといいかもしれない。


 はっ……!


 い、今僕は何を……!?



「それじゃ、続きしよっか?」

「あ、はい!」



 ……でも、うん。


 アースの人は、優しくていい人達ばかりなんだな。


 マギも、こんな風になれるのだろうか?


 こんな優しい人が住める世界に……。



 遠くから、天利の悲鳴が聞こえた気がした。


 ……気のせいだろう。


 まさか海であの女が悲鳴をあげるような事態が起こるわけがない。


 ……というか、そろそろ昼飯時か。



「おっと、臣護君。留守番かい?」

「どうした臣護、辛気臭い顔しおって」



 と、いつぞやから姿を消していたヴェスカーさんとじじいが戻ってきた。


 二人は荒い息を整えながら、達成感に満ち溢れた顔をしている。


 ……どこまで泳いできたんだろう。


 まあ、そんなのはどうでもいいんだけど。



「昼飯はどうするんですか?」



 ヴェスカーさんに尋ねる。



「ああ、お弁当は用意してあるよ。異次元世界フルコースでね」



 なんですかそのゲテモノ臭のするのは。



「……まあなんでもいいですけど、だったらそろそろ昼食にします? それなら、天利達とか回収してきますけど」

「ふむ、そうだね。頃合いだし、私の方で準備はしておくから、皆に声をかけてきてくれ」

「分かりました」



 頷いて、立ち上がる。


 しばらくぶりに身体を動かしたせいか、身体の節々が小気味いいおとでぽきぽきとなった。



「特に臣護よ」

「なんだ?」



 じじいが、それを指さして首を傾げた。



「このイモムシの真似ごとをしている小僧は……なんじゃ?」

「好きに遊んでていいぞ?」

「……ふむ」



 そう言うと、じじいはミノムシの身体に砂をかけ始めた。



「ぶぁ、じ、じいさん!? 顔に砂をかけちゃ駄目! ああ、やめて!」

「おお、こやつ、動くぞ!」

「そりゃ死体じゃないんだから動――うわっ、ぺっぺっ、口に砂が!?」

「まったくこんな砂浜でミノムシになって転がるとは大層な趣味の持ち主じゃのう」

「いやこれはシーマンが……だから口に砂を、やめっ! ちょっ……師弟そろって人の口に砂詰めぶはぁっ!?」



 ……さて、と。


 天利達はいいんだが……シオンはどこだ?



「あっ、なんかクソガキがまたおいしい思いしてる気が……ああっ、歯に砂がくっついてジャリジャリする!」



 ……さて、と。


 天利達はいいんだが……シオンはどこだ?


 とりあえず俺は、手始めに天利達に声をかけに歩き出した。


 天利の不機嫌が直ってればいいんだがな……。





……シオーン!

なんだ、なんでそんな美味しい思いを……!?

ちなみに件の女性は物語上全くなんの役割も持ちません!


次回には旅館に行くかなー。

シーマンとアマリンの仲直りは旅館でだねー。

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