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5-12


「……」



 母さん、父さん、佳耶は大変なことになっています。


 海に来て、波に水着を攫われてしまいました。


 今も目の前で岩にぶつかって飛沫をあげている波が、とても憎いです。


 ……まあでも、リリーが代わりの水着を持ってきてくれたので――、



「って、なんじゃこりゃああああああああああ!」



 思わず大きな声が出た。


 私の手の中には、リリーが持ってきてくれた、代えの水着。



「リリー、これ、なんの冗談?」

「大丈夫。佳耶ならきっと似合うわ」

「馬鹿にしてる、それは馬鹿にしてるよね!?」



 ほらそこ、リリー! なんでそんな達成感に満ちた顔してるのよ!


 また海に親指立ててるし!



「というか、こんなのどっから調達してきた!」

「それは秘密よ。それよりも、早く着ないと、誰か来てしまうわよ?」

「う……」



 リリーのその指摘に、私は思わずたじろぐ。


 確かにそうだ。


 いくら人気のない岩場とはいえ、ここは海水浴場の一角。


 いつ誰が訪れるか分からない……。


 で、でも。


 これを……着るの?


 だってこれ、あれだよ?


 この紺色の水着、あれだよ?


 あれなんだよ?


 学校の水泳の授業で身につける感じの、あれなんですよ?


 あれだよ!



 スクール水着だよ!?



 こんなの普通、海水浴場で着る!?


 いやいや公衆の場でこれを着て許されるのは小学生までだって!


 私高校生! 高校二年!



「や、やっぱりリリー、他の水着は……!」

「今からまたとりにいったら、今度こそ誰かが来てしまうかもしれないわね」



 明後日の方向を見ながらリリーがそう言う。


 くっ、なんかすごいムカつくんですけど!


 スクール水着を握る手に力が籠もる。



「わ、私の歳でこんなの来たら、変態だよ!?」

「大丈夫。言ってはなんだけれど、佳耶ならそれを着ていても誰も不思議に感じないわ」



 うん、絶対リリーは私のことを馬鹿にしてるね?


 っていうかそれ、間違いなく私の身長を見て言ってるよね!?


 いやまあ確かに自分でも、ギリ行けるかな、とは思うよ!?


 ギリだからね、ギリ! ギリギリ!


 それに、ほら、私って入院長くて学校生活短いからスクール水着なんてこれまでに着たことないし……まあほんの少し興味がなくもなかったりもしちゃったりしなかったりするかもしれなかったりもするんだけれど……でもね!


 やっぱり恥ずかしいよ!



「佳耶」



 リリーが、私の肩をそっと掴んだ。



「私を信じて。大丈夫、すぐに慣れるわよ」



 リリー、そこまで私を――、



「…………とりあえずその口元の笑みをどうにかしてくれない?」



 ――私を、辱めたいか!


 というかそのニヤつき!


 オヤジ、オヤジのオーラがリリーの背中に見える!


 あれだね、もうこれ確定だね。


 リリー、単に私のスクール水着姿が見たいだけでしょ!?


 前にもブルマとか着せたしさぁ! ブルマとか着せたしさぁ!



「佳耶……もうこんな状況で、選り好みはしてられないのよ?」



 そうだけどね?


 うん、そうだけどね。


 ……でも、その正論がリリーの口から出るとすごい胡散臭いんだ。どうしてかな。



「さあ、佳耶。着替えましょう?」



 言って、リリーが私の水着の下に手を伸ばしてくる。


 慌てて飛び退く。



「な、なにしてんの!?」

「脱がそうかと……」

「変態か!」



 さらに一歩、リリーから距離を取った。



「だって、佳耶がいつまでも着替えようとしないから……」

「その原因はこの水着を持ってきたリリーにあるんだけどねっ?」



 ――ああ、もう!


 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた!


 いいわよいいわよ、やってやろうじゃないの!


 スクール水着?


 はん。


 スクール水着がどうしたっ!


 そんなの別に恥ずかしくないし!


 というか、考えようによっては肌の露出面積が少ないから逆にむしろ恥ずかしくないし?



「分かったわよ、着るわよ!」



 自棄になって叫ぶ。



「こっちこないでよ!」



 リリーにそう告げて、近くの岩の陰に隠れる。


 そして、生唾を飲み込んだ。


 スクール水着。


 ――やってやる!



「はっ……!」



 ミノムシが突然声をあげた。



「……今、どこかでスクール水着幼女の恥じらいの心を感じた……!」

「……何言ってるんだ、お前」



 とりあえず口の中に砂を詰め込んでやった。



 私の投げたボールは、そのまま能村の胸のど真ん中に叩き込まれた。



「っ……負け、ね」



 能村が、やれやれといった風に敗北を認めた。


 負けとは、能村だけのことではない。


 手を組んだ能村達……つまりアイと、そして能村弟の敗北も意味している。



「ええ。私の勝ちよ」



 私は、三人を一人で倒して見せたのだ。


 ちょっと鼻が高くなる。



「悠希、強いよ……」

「ちょっとは手加減してくれ」



 アイと能村弟が言うが、正にこれが負け犬の遠吠えというやつである。


 ――まず、私は能村弟を仕留めた。


 というか、当然の流れだろう。三対一だなんて不利な勝負、そのまま続けるわけがない。だったら、弱いのをまず落として二対一にするのが定石だ。


 能村弟の顔面にボールを叩きつけて、私は次にアイを狙った。


 アイの気配遮断は驚異的だが、実際そんなのは真っ向勝負になれば問題ではない。能村弟よりかはしぶとかったが、それなりにあっさりと倒せた。


 問題は、能村だ。


 能村のどこまでもしつこいこと……。


 とにかく胴体に当たらない。


 手足でひたすらに私の投げるボールを弾いては、こぼれ球を拾って私に投げ返してくるのだ。その投擲も、ちょっと鋭かった。


 まあでも、長い戦いの末に私が勝ったわけだけれど。



「良い勝負だったわ」

「ええ。いつか、一緒に異次元世界に出てみたいものね」



 能村と握手。


 そして、



「ああ、丁度終わったみたいね」



 その声が聞こえて、少しだけイラッとした。


 ……何故かはわからない。なんとなくだ。


 声の主は、リリシア。


 リタイアして、すぐにどこかに姿を消したのだが、戻って来たらしい。


 ということは、麻述も一緒に帰って――……え?


 その姿を見つけて、私は思わず硬直した。


 隣では能村も固まり、さらにアイや能村弟も身動きを止めていた。


 ……いや、だって……あれ?


 ……おかしいわね。目の錯覚……というわけではないみたいだ。



「麻述……それ」



 麻述は、リリシアの横に満面の笑みで立っていた。


 まるでありとあらゆる雑念を振り払ったかのような、そんな笑顔。


 ただ、どうしてだかその笑顔は……阿修羅を思わせる。



「佳耶……お前、なんでスク――」

「黙れ」



 笑顔のまま、麻述が冷たい声で能村弟に言う。



「は、はいっ!」



 能村弟は麻述に敬礼すると、そのまま石化した。


 誰も、口を開けなかった。


 口を開いた瞬間、能村弟の二の舞になるのは分かり切っていたから。


 緊張の静寂。


 それを破ったのは、麻述自身だった。



「ねえ、皆」



 びくっ、と。


 その場にいる全員の肩が跳ね上がる。


 例外として、リリシアだけは何だか嬉しそうに麻述のことを見ていた。



「さっきのゲーム、もう一回しましょうか?」



 その瞬間。


 アイコンタクトによって私と能村、アイ、能村弟は手を組むことを決めた。



 ……こ、これでいいのだろうか?


 クロールの練習も、大分進んできた。


 とりあえず、十メートルは普通に泳げるようになったが……自分でも泳ぎ方が少し不器用なのが分かってしまう。


 くっ……泳ぎ一つできないとは、なんという無様……。


 そう歯噛みしている時だった。



「ねえ、君」



 見知らぬ女性が、声をかけて来た。


 姫よりも少し年上らしき女性だ。



「は……なんでしょうか?」

「泳ぎの練習?」



 問われ、頷く。



「どうにも上手くいかないものですね、泳ぎというのは」

「そっか。ねえ、良かったら教えてあげようか?」

「え……よろしいの、ですか?」

「うん。さっきから君が頑張ってるのが見えててさ、どうしても気になっちゃって」



 そう言われ、思わず恥ずかしくなった。


 下手な姿を見られていたとは……。



「まあでも、誰でも最初は泳げないんだから、大丈夫。すぐに泳げるようになるよ」

「そ、そうでしょうか?」



 だといいのだが……。



「それじゃ、早速練習始めようか。まずは――」



 こうして、僕は異界の海で、人の情に助けられた。



「はっ!」



 またミノムシが声をあげた。その口の周りには砂が大量に付着している。



「……今、どこかでクソガキがお姉さんに個人レッスンされている気配を感じた!」

「だからお前は何を言っているんだ」



 近くに落ちていた貝殻をその口の中に入れておいた。

シオンてめぇええええ!


そして皆見はエスパーか!


……佳耶については、あえて触れない。

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