5-10
「元鞘ね」
「元鞘だな」
「元鞘かあ」
「……元鞘?」
リリーを連れて帰ったら、能村姉弟とアイにそんなことを言われた。
天利はよくわからないといった顔で首を傾げている。
「元鞘よね」
「いやいや」
リリーまでそんなことを言いだした。
なによ元鞘って。なんのこと?
「よかったねー、佳耶。うん、悠希も早く仲直りしなよ?」
「は、なんのこと?」
アイが言うと、天利が疑問顔を浮かべる。
「……でも、悠希ってリリシアだけにじゃなく、ルミニアさんやイェスもあれなんだよね……」
「だからなにが?」
問う天利に、アイは溜息をはきだす。
というか……私にもアイが何を言っているのか分からないんだけど。
それと、能村姉弟がアイの言葉にいちいち頷いているのも気になる。
……なんなんだろう。
「ああ、なるほど。そういうこと」
「え。リリーも分かったの?」
「なんとなく、ね」
言ったその直後、リリーが私のことを抱きしめてきた。
って、ちょっ――!
「な、なにを……リリー!」
「いや、見せつけたら、そっちの子も恋しがるかと思って」
「なにをよ!」
意味不明の言い分は無視して、とにかくリリーの身体が引きはがす。
「……なにやってんの、あんた達」
天利がこっちを冷えた目で見ていた。
「う、ううん。なんでもないから!」
「ふうん……あれ、なんだろ。すごくイラつくんだけど」
えー。
いや、なんでそんなイライラしてるの?
私にはまったく心当たりがないんだけど。
「リリシア……逆撫で」
「逆撫でね」
「逆撫でだな」
「逆撫で、だったかしら」
そこの四人だけで意思疎通するのはやめて欲しいんだけどっ!
「まったく……悠希も悠希なら、臣護も臣護だけどね」
再び、アイが溜息をついて、そんなことを呟く。
だから……なんのこと?
「そういえば、佳耶」
「ん?」
リリーが私のことを見て、口元を緩ませた。
「かわいいわよ」
っ――!
いきなり、かわいいって……。
いや、まあ嬉しいけどさ!
……そりゃ女の子ですから。
やば。なんか顔熱い。
「……ありがと」
……って、殺気!?
「あ、天利、どうしたのそんな鋭い目でこっちを見て」
「……え、なんでもないけど?」
それはなんでもないという目じゃないんだけど……。
†
……む。
「リリーは……ん?」
探すと、リリーは天利達と合流していた。
……なにかあったのか?
とは思うものの、まあ平和に遊んでいる分には文句はない。
俺はパラソルの下に入ると、“手荷物”を放り、そのまま寝転がった。
しばらく寝るかな。
「シーマン……」
しかし、天利達はいいが、ルミニア達はどこにいったんだ?
「シーマンよぉ……」
あと、じじいとヴェスカーさんもか。
まああの二人は放置で一向に構わないだろうけど……ルミニア達は心配だな。
あいつら、常識ないから。イェスも含めて。
「シーマンってばぁん」
「気色の悪い声を出すな」
「ぐぁっ!?」
横に転がっている皆見を蹴り飛ばす。
そのまま蹴られた衝撃で皆見は砂浜をごろごろと転がった。
「酷いっ、酷いわシーマン! こんな目隠しの上に身体じゅう縛ってさ! ミノムシ!?」
言いながら、皆見は自分で言うミノムシのように身体をくねらせてパラソルの下に戻ってくる。
改めて言うが、気色悪い。
周囲からはそんな皆見に遠慮ない奇異の視線が向けられている。
「通報しないだけありがたいと思え、この馬鹿」
「分かった、ありがとう、だから解放して!」
「砂に埋められるのと、海に流されるの、どっちがいい?」
「わたくしこのまま眠りますね!」
「そうかい」
それじゃ、俺も少し休むかな。
なんだか疲れた。
……多分、天利のせいだ。
†
「お姫様、本当に凄いね。背泳ぎまで出来るようになっちゃったよ」
「ふむ、まあ妾にとってはこの程度造作もない」
そっか。
「で、その一方で……」
ちらりと視線をシオンの方に向ける。
「……シオンは、頑張ってるよね」
「その優しい目で見るのはやめてくれませんか。余計に惨めになるのだ」
「シオンよ。お前は妾の側近だ……例え泳げなくとも」
「くぅっ……!?」
ねえ、シオン。
お姫様の言葉に触発されるのはいいんだけどさ。
その必死に手足を動かすのって……えっと、犬かき?
「クロールです!」
「……そっか」
「だから、そんな優しい目でこちらを見ないで下さいと――」
「シオンよ、もう諦めていいのだぞ?」
「……いえ。もう少し、練習します」
お姫様の言葉に、シオンはそう言って犬かき――もとい、クロールもどきを続ける。
「そうか……ではイェスよ。我々は向こうに行くとしよう」
「って、姫!? まさか僕を置いて……!?」
「ではな、シオン」
お姫様がけっこう綺麗なフォームで泳ぎ出す。
「ま、まってくださっ……姫、姫っ!」
お姫様を覆うとして、けれどシオンのクロールもどき――もとい、犬かきでは追いつけるわけがない。
「シオン……まあ頑張りなよ」
「くっ、イェス、姫から目を離さないようにしてくださいよ……っ!」
「分かってる分かってる」
私も、お姫様の後を追って泳ぎ出した。
そしてシオンは――その気配が背後で水中に消えた。
……ここそんな深くもないし、まあ、大丈夫でしょ。
†
パラソルの方を見ると、そこには嶋搗と……ミノムシが転がっていた。
……皆見。
なにが、嶋搗と二人きりにする、よ。
現状あんたが最大の邪魔者じゃない。
消えなさいよ。海の藻屑になってもいいから。
そんなことを考えていると、ボールが飛んできた。
「っ……」
それをキャッチすると、即座に背後に立っていた佳耶の肩目がけてボールを投げた。
今やっているのは……ドッジボールの派生みたいな遊び。
攻撃の有効範囲が両手足以外で、チームではなく全員が敵という感じ。で、倒されたら、あとは退場するのみ。
「っ、と……!」
麻述がボールを腕で弾く。
――計算通り。
弾かれたボールは、そのまま麻述の隣にいたリリシアの胴に叩き込まれた。
「って、あー!?」
「……佳耶に倒されるのならば、悔いはないわ」
そう言って、リリシアは寂しげに微笑んだ。
「ご、ごめんリリー!」
「いえ……まあこれはそういうゲームだものね。それにこれは佳耶の責任ではなく……ボールを佳耶が弾くことを見越して、そのボールの弾かれる先まで計算して投げた天利の手腕よ」
よく分かってるわね。
リリシアにそう言われ、麻述が驚いたように私を見た。
「……本当?」
「さあ?」
それよりも、麻述……。
「後ろ」
「え……っ!?」
麻述の背中に、ボールが当てられる。
見れば、そちらにはアイが少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんね、佳耶」
「……気配消すの上手過ぎでしょ」
麻述の言葉に、この場にいる全員が大きく頷いた。
アイの不意打ちは、本当に不意すぎて困る。
一種の才能よね。
私、さっきからアイに背中を向けられないもの。
「にしても、最初から佳耶とリリシアが落とされるなんて……」
「大荒れね」
能村弟と能村がそう言う。
「そんなこと言ってる暇があるのかしら?」
私は足元に流れて来たボールを手にして、小さく笑う。
能村弟は論外。
アイは気配にだけ気を付けていればなんとかなる。
能村は……彼女が、一番未知数ね。
だったら……。
「不安なのから消すのが一番!」
能村目がけてボールを投げる。とはいえ、ただ投げるだけではない。カーブをかけて、彼女の脇腹を狙った。
「っ、と」
それを……能村は軽々と膝で弾いた。
ボールは空高く打ちあがり、そのまま能村弟の手の中に収まった。
「お、チャーンス」
能村弟が、しめた、と言うような顔をした。
「待ちなさい、隼斗」
「あん、命乞いは聞かねえぞ?」
「馬鹿。誰があんたに仕留められるのよ。皆あんたより全然強いわ」
「はっきり言うなぁ!?」
でも事実……能村弟は全然怖くない。
ボールを目で追う速度はすごいのだけれど……それに身体の動きがついていっていない。
「そこで、よ。隼斗……そしてアイ。共闘しましょう」
「共闘?」
能村弟とアイが能村をまじまじと見る。
何を考えているのかを探るような目だ。
「ええ」
能村は、視線を私に。
「天利を倒すのは、私達共通のメリットだとは思わない?」
「……なるほど」
アイが納得したように頷き、
「のった」
承諾した。
「んじゃ、俺も」
流れに合わせるように能村弟も頷く。
……三対一、か。
ふうん。いいじゃない。
面白そう。
三人が私を囲うように陣形を広げた。
「というわけで、天利。覚悟しやがれ!」
能村弟がボールを私に投げてくる。
狙いは、かなり甘い。
受け止めるならともかく、避けるのには苦労しない。
――でも、狙いは読めている。
おおかた、私が避けたところで、そのボールを背後にいるアイがキャッチ、私に投げつけてくる。そんなところか。
なので、私はボールを受け止め……そして、
「っ……!」
掴んだボールを、下から蹴り上げられた。
いつのまにか目の前に迫ってきた能村の仕業だ。
ボールはそのまま、アイの手の中に。
「っ、と……!」
アイの投げたボールを、寸のところで受け止め、今度は能村に弾かれないようにしながら、彼女の胸元に叩き込む。
――はずだったのだが、ボールはあっさりと能村の腕に弾かれて能村弟の方に。
防御が、速い……!
「私の守りは堅いわよ」
能村が笑う。
「……いいじゃない」
面白いわ。
「ならこっちも言わせてもらうけれど」
一歩、後ろに跳んで能村との距離をとる。
そこに跳んできた能村弟によるボールを受け止めて、それを構えた。
「嶋搗にさんざん付き合って来た私の実力、舐めたら痛い目見るわよ?」
†
「白熱してるね」
言う佳耶は、少し羨ましそうに三人を見ていた。
佳耶もあそこに混じりたかったんでしょうね。
残念ながら、私達は既に退場してしまったわけだけれど。
それを考えると、天利は凄い。
上手く佳耶を利用して私を倒し、それに動揺している佳耶を他に倒させる。
恐らくは、私を仕留めたボールがアイに渡り、隙だらけの佳耶にとどめを刺すのまで計算されていたのだろう。
……臣護さんに付き合って来た、と豪語するだけのことはある。
と、まあそれはともかく。
「ねえ、佳耶」
「ん……?」
佳耶に身体を寄せる。
「まだしばらくこれは続きそうだし、少し一緒に泳がない?」
すると、佳耶は少し考えて。
「……そだね。どうせだし、時間を無駄にするのももったいないからそうしようか」
「ええ。二人きりね」
「いやいや。ここ、海水浴場だから。人一杯だし、二人きりってわけじゃないでしょ」
いいのよ。
「私には、佳耶しか見えないもの」
「……あ、そう」
旅館が遠い……。
スク水も遠……くもないか?