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5-7

 それからしばらくバスに揺られて、俺たちは目的地に到着した。


 ついたのは、どうやら穴場的な所らしく、少し小さいが、それなりに人の少ない海水浴場。


 俺達男性陣は、ヴェスカーさんが一人で準備してくれたパラソルの下で腰を下ろしている。


 女性陣はまだ更衣室から出てこない。



「たかが水着に着替えるだけでどれだけ時間をかけてるんだ……」

「まあそういうでない、臣護。女の着替えを待つのは男の義務じゃ」



 いつからそんなことが義務になったんだよ。


 俺は横に置いてあったクーラーボックスからコーラの缶を取り出した。


 ――というか、さっきから一つだけ気になっていることがある。



「なんでちゃっかり混ざってやがるんだ、じじい」



 俺の隣に座っている一人の老人。


 俺はその顔をよく知っている。


 マギの円卓賢人第一席で、俺に魔術を叩きこんだ張本人。


 ウィオベルガ=オネ=アルアカーシャが、なんでか知らないが当然のような顔でいた。


 いつの間にきやがった……。



「別にいいじゃろ。若い女子の水着姿を見逃せるわけがあるか?」

「じじい、自分の歳を考えろ」



 歳甲斐という単語を辞書で引いてみろ。今のあんたに最も必要な言葉だから。



「嶋搗、この人誰だ?」

「気にするな。ただのじじいだ」



 能村が尋ねてくるので、簡単に答える。



「じじいとは失礼ですよ、フェライン! この方は現存する魔術師の中でも最高位の大魔術師なのですから!」



 と、シオンが勢いよく立ちあがってそう俺に指摘する。


 大魔術師、ねえ。


 まあ確かに凄い魔術師ってのは認めるけど……こう見るとただのエロジジイだな。



「よいよい、シオンよ、落ち着け。こやつの言葉にいちいち反応するだけ疲れるだけだぞ」

「しかし、第一席……」

「いいのじゃよ」

「……はい」



 じじいに言われ、渋々とシオンが引きさがる。



「つまり、あのじいさんは凄い偉い人ってことか?」



 能村が小声で耳打ちしてくる。



「気にしないで、普通の老人と思っていればいい」



 じじい本人だって、持ちあげられるのは好きじゃないだろうしな。


 と、向こうから新しいクーラーボックスを肩にかけたヴェスカーさんが歩いてきた。



「おや。翁もやってきていたのですか?」



 じじいに気付いて、ヴェスカーさんが声をかける。



「うむ。スイミングスクールの成果を見せる時だと思っての」



 スイミングスクール……じじいそんなのに通ってたのか。


 マギはどうしたマギは。スイミングスクールより先に解決すべきことは山ほどあるだろうが。



「ほう。泳ぎには私も少しばかり自信があるのですが……どうですか、力比べでも」

「ほほう……」



 じじいとヴェスカーさんの間で火花が散った――ような気がした。



「いいじゃろう。ヴェスカーよ。貴様の泳ぎ、ワシについて来れるかのう?」

「いくら翁とはいえ、加減はしませんぞ」



 言うや否や、じじいは立ち上がり、ヴェスカーさんがクーラーボックスをパラソルの下に置く。



「それじゃあ臣護君。あとは任せたよ」



 いや、任されても困るんですけど……。


 俺がそう言い返す暇もない。



「ふはははははははは!」

「うぉおおおおおおお!」



 じじいとヴェスカーさんが砂を蹴り上げ、海へと走り出した。


 じじいの歯が白く輝き、ヴェスカーさんの瞳に妖しい炎が灯る。


 そして二人は海の中へと消えて行った。


 ……。


 何も見なかったことにしよう。



「嶋搗ー」



 と、どうやら女性陣が着替え終わったらしい。


 飛んできた天利の声に俺はそちらに視線を向け、そして思わず生唾を飲み込んだ。


 流石、というべきか。


 全員容姿が整っているだけあって、その光景はなかなかに圧倒的だった。


 アイのちょっと恥ずかしそうな姿。イェスの未成熟ながらも引きしまった四肢。ルミニアの大胆に開いた水着。能村姉の他よりも大きく揺れる胸。麻述の小さくもどこか大人びた雰囲気。


 それに、こっちに小さく手を振ってくるリリーの、少しだけシルバーの装飾がされた白いビキニ。決して露出が高いわけではないが、その白い肌との組み合わせのせいか、なんとなく目を引くものがある。なによりも普段は後ろでくくっている髪を下ろしているのが新鮮だった。


 最後に――天利。


 天利が身につけているのは薄い水色のビキニ。アクセント程度にフリルのついた、さっぱりとした印象を与える、天利によく似合う水着だった。さらに、リリーとは逆にこちらは髪を首の後ろ辺りで纏めていて、なんとなくその些細な変化に目が行く。


 同じ海水浴場にいる男の誰もが、その一段を呆けたような顔で見ていた。


 それほどまでに、惹くものがあるのだ。


 そして、俺が何よりも視線を奪われたのは――天利の手元。



「嶋搗、一つ訊きたいの」



 笑顔で。そう、あんなにもバスの中では不機嫌だった天利が笑顔で俺に声をかけてくる。


 思わず、鼓動が加速した。


 そう。誰だって今の天利に声をかけられれば、心臓の一つや二つ、動きを乱して辺り前だ。


 だって、天利の手元には――、



「これ、どうしたらいいかしら?」



 もはや肉塊にしか見えない皆見の死骸が掴まれているのだから。


 天利達が歩いてきた後には、皆見の引き摺られた跡が真っ直ぐ残っている。


 心臓が激しく脈打っていた。


 お、俺もこうなったりはしないよな……?


 背中に嫌な汗が浮かぶ。そう考えれば考えるほどに、鼓動は嫌に加速していった。



「み、皆見……お前、まさか……」



 死骸だったんだ。


 そう。血まみれの肉塊だった。


 警察に見つかれば猟奇殺人として判断されても何ら一つとしておかしくはない有り様だったんだ。


 だというのに……俺の言葉に、皆見が親指を立てた。


 まさか、こいつ――!?



「の、覗きを……したのか?」

「ええ。女子更衣室をね」



 にっこり、と天利が笑む。


 なんて馬鹿なことを……!


 さっきから姿が見えないからトイレかと思ったら、また覗きをしてたのかこいつ。


 学習能力ゼロなのか!?



「それで嶋搗。これ、どうしたらいいかしらね?」

「っ――!」



 咽喉が引き攣った。


 なんで、こんなにも天利の笑顔が邪悪に感じるんだろう。



「う……」

「う?」

「海に、流せばいいんじゃないか……?」



 後ろで能村が「え、マジで!?」とか言っている気もするが、今の俺にその言葉に意識を向けるほどの余裕はない。



「それは名案ね。流石は嶋搗だわ」



 弾んだ声で俺の意見を受け入れて、天利がそのまま皆見を海の方へと引き摺って行った。


 モーゼの十戒のように、余りの行く先にいた人々が道を開ける。


 ……その背中を見送って、そして俺は――今見たものを忘れることにした。それが精神衛生上一番いい。


 とりあえず最後に海の方に手を合わせておく。隣で能村も同じようにして、さらにシオンも倣うように手を合わせる。


 水平線に、皆見のあの笑顔が浮かび上がったような錯覚。


 ……皆見、生きろ。


 俺は、ただそれだけを願っていた。



 とりあえず、自由行動ということになった。


 なので私は佳耶と一緒に遊ぼうと思って、声をかけようとしたのだが――、



「雀芽、行こ!」

「あ……ええ。いいけれど……」



 佳耶は雀芽の手を掴むと、そのまま海の方に早足で歩きだしてしまった。


 引っ張られながら、雀芽がこちらを見て「ごめんなさい」という顔をする。


 私はそれに軽く手をあげて「大丈夫」と応えてから、首を傾げた。


 ……佳耶の機嫌が悪い。




 …………何故?




 私は何か悪い事をしてしまったろうか。


 自分のこれまでの行動を振りかえる。


 海に佳耶を誘った。佳耶は最初こそ嫌がっていたものの、結局は渋々承諾してくれたのだ。バスとの合わせ場所での佳耶は、それほど不機嫌というわけでもなく、むしろ折角行くのなら楽しもうという気配すら見せていた。その後バスが来て、乗り込んで、私は臣護さんに挨拶をして……。臣護さんと少し話していたら、父さんが水着を用意したから試着して……そういえば、その時からなんだか佳耶は不機嫌だった。


 ……何故だろう。本当にわからない。


 一人悩んでいると、後ろから肩に手を置かれた。


 何かと思って視線を向けると、そこにルミニア様がどこか悪戯っぽい顔でいた。



「貴様も大変だなあ、リリシア。いや、この場合は嫉妬してくれるだけありがたいか?」

「嫉妬……ですか?」



 正直、ルミニア様が何を言っているのかよく分からなかった。


 嫉妬って、佳耶が?


 嫉妬するようなことがあったろうか……?


 確かに今回一緒に海に来た女の子は皆可愛らしいけれど、私にとっては佳耶が一番なのに……。



「ん、なんだ自覚がないのか……ふ。まあ頑張るがいい、若人」

「若人……お言葉ですがルミニア様と同い年なのですが……」

「気にするな。さて、イェス。泳ぎを教えろ。三十分で。シオンも行くぞ。お前も妾の側近ならば泳ぎの一つ出来ろ」

「姫様……それは結構な無茶だよね」

「泳ぎ、ですか……」



 ルミニア様はそう言い残すと、二人を連れて海の方へと歩いて行った。


 ……嫉妬か。


 ――駄目だ。やっぱり考えても、佳耶が私の何に嫉妬したのか分からない。


 仕方ない。


 それは考えておくとして、折角の海。このまま一人と言うのもあれだし……丁度パラソルの下に臣護さんが一人だけ残っているのだから、臣護さんとお話でもしよう。


 しかし、何故私はこの時気付けなかったのだろう。


 臣護さんに歩み寄る私を、遠くから佳耶が睨んでいることに。



「さて、じゃあね皆見」

「……ま、まて、アマリ、ン」



 私の腰まであるくらいの水の深さのところまで歩いて、私は皆見を海に捨てようとしていた。


 すると、今にも死にそうな声で皆見が私を止める。



「いくらシーマンに嫉妬中で不機嫌だからって、人殺しは犯罪だぜ……」



 とりあえず皆見の顔を水に沈める。


 皆見の手足が暴れ、水が激しく揺れる。


 少しして、皆見の顔を持ち上げた。



「ごぷっ……ちょ、アマリ……冗談になってねえって」

「私が誰に嫉妬中ですって?」

「イイエ、ナンデモナイデス」



 そう。


 じゃあそろそろ海流しにしましょうね。



「と、とりあえじゅアマリン。一つ、提案があるんだ」

「提案……?」



 なんだか怪しいわね。


 ……まあ、いいわ。



「聞いてあげる。話しなさい」

「お、おう。オレがアマリンとシーマンが二人きりになれる状況を作ってみせる……ので、命だけはご勘弁を」

「……なんで私が嶋搗と二人きりにならなくちゃいけないのかしら?」



 それじゃあまるで、私が嶋搗と二人きりになりたがっているみたいじゃない。


 ……別に私はそんなこと欠片も思ってないし。



「え、いや、それは……ほ、ほら! アマリン、シーマンに言いたいことあるんじゃないのか?」



 嶋搗に言いたいこと?


 ……そう、ね。


 確かに、ちょっと言いたいことはなくもない。


 ――だったら、二人きりになるのも悪い事じゃない?


 そう、ね……。


 よし。


 私は皆見から手を離す。



「いいわ。皆見、その提案呑んであげる。ただし、もしその提案が守られなかったら……分かるわね?」

「お、おおう。もちろん」

「ならいいわ」



 と。そうだ、一つだけ言い忘れていた。



「それと皆見」

「は、はいっ。なんでしょうか!」

「私は別に嶋搗に嫉妬なんてしてないし、する理由もない。オーケー?」

「オーケーであります!」



 ……ふん。


 まったく。皆見も、嶋搗も、なんなのよ。



「…………シーマン鈍すぎだぜ。アマリンも素直じゃねえしよ」



 皆見が何か呟いたが、それは波の音に遮られて私の耳まで届くことはなかった。



とりあえずまずはリリー×佳耶が先かなー。

結局集合したのに別行動……後々メンバーをシャッフルしてこう。


皆見に敬礼っ!

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