間章 学力不足・上
横から弾丸の如く飛んできた、嘴が鋼のように硬い小鳥を避けて、すれ違いざまに翼を片方切り落とす。
小鳥はそのまま地面に落ちて、ぐったりとした。落下の衝撃で首でも折ったのだろう。
横では天利が空に向かってレールガンを構えている。
「ねえ、嶋搗」
「なんだ?」
俺に、天利に突撃してくる小鳥を次々に叩き落とす。足元には既に二十羽近い小鳥の死体が転がっていた。
「そろそろ期末テストね」
「……ああ。そういや、そうだな」
俺達の通う高校の学力は高いというわけではないが、絶望的に低いというわけでもない。中の下といったところか。
「学期末の最終成績で赤点あったら夏休みは補習よ?」
「分かってるさ」
つまり三十点以下の評価はとるな、ってことだ。
夏休みに補習だなんて冗談じゃない。
夏は稼ぎ時だぞ。一週間も学校に行かなくちゃいけないなんて、盛大な時間の無駄だ。
「勉強してる?」
「いいや」
勉強なんて縁遠い話だな。
学校では基本居眠りしているし、家に帰るのはSWの活動を終えて、風呂と睡眠の為にだ。
俺の生活習慣に筆を持つというものはない。
「そう……ねえ、期末テストがいつだか分かってる?」
「ああ」
左右から同時に二羽飛んできたので、一歩後ろに引いて、二羽の身体が重なった刹那に剣を振り下ろす。
「期末テストなら、明日だろう」
「…………そうなのよね」
天利のレールガンから、雷光が弾けた。
一条の雷が、天空を刺し貫く。
その射線上にいた物体が撃ち抜かれ、地面に落下してきた。俺達のすぐそばに。
全長十メートルはあろうかという巨大な鳥だ。
小鳥達の親である。
飛びまわっていた小鳥たちは既に俺が全部始末した。
戦闘態勢を解く。
「嶋搗、数学と歴史、苦手だったわよね?」
「そう言うお前は英語と古文、苦手だったな」
それなりに付き合いは長い。お互いの苦手なことなんて、とっくに知っている。
「勉強しないと、赤点とっちゃわないかしら?」
「…………というか俺はもう中間で一度赤点を出した。数学と歴史で」
「私は英語と古文で出したわ」
既に中間で赤点をとった以上、期末ではそれをカバーするだけの点数をとらなくてはいけない。
「なあ、天利。どうしていきなり期末の話題なんて出したんだ?」
「決まってるでしょ?」
天利が苦笑する。
そして……ゆっくりと顔をあげて、俺を睨みつけた。
「勉強会、するわよ!」
…………断りたい。
けど、ここで断ったら、夏休みに補習が入るのはほぼ確実と言ってもいいだろう。
……なんで俺、高校なんて通ってるんだろうなあ。
いや、まあそれは後見人への義理なんだけど。一応、叔父には高校は最低卒業しろって言われたしな。
そういえば、天利はどうして高校に通っているんだ?
こいつは別に義理を果たす相手もいないだろうに。
――まあ、いいか。
「勉強会って、どこで?」
「私の家。アイに夜食とかのサポートしてもらうわ!」
アイはお前の召使か。
ちなみにアイはつい先日、正式なSWライセンスを取得した。今日は俺達とは別のSWのグループと出たということで、あいつの交友関係も広がっているんだなと感心したものだ。
「まあ、いいけどな……」
「よしっ」
そんなガッツポーズとるほどのことか?
「まあとりあえず、この鳥から採取してから……」
「そんな暇はないわ! 今は一分一秒を競う時なのよ!」
「は……ちょ、お前、人の襟を掴むな引っ張るな苦しいだろうが。そして金が!」
†
高く積み上げられた教科書。
俺達の手元には、それぞれシャープペンと消しゴムとノート。
「……始めましょうか」
「……ああ」
「ふ、二人とも? なんか凄く暗いよ?」
アイの言葉に、俺達は同時に溜息をついた。
そりゃ、暗くもなる。
「金属生命体と戦う方がまだマシだ」
「言えてる」
「言えてないよ!? 二人とも何言ってるの!?」
いや、だって金属生命体は斬れば終わりだろ。
勉強は……面倒じゃないか。覚えて覚えて覚えて……そして覚えられなくて。
「おとなしく勉強しようよ。そうやって愚図ってたら、いつまでも進展しないよ?」
正論だな。
今はその正論が軽くむかつく。
天利も同様だったらしい。軽く眉間に皺をよせて、英語の教科書を開いてアイに突きつけた。
「ならこれ日本語訳してみなさいよ。こんなの出来るわけないじゃない」
「え……あ、うん。いいよ。『私は十年前にリゼという女性に出会った。彼女は金髪の女性で、可愛らしい唇はいつも微笑を――』」
「ストップ!」
「え、あれ? 間違えた?」
「違うわよ」
テーブルにぐったりと伏して、天利が痙攣でもするかのように小さく震えた。
その気持ちは俺も分からなくはない。
「な、何で……何で英語出来るのよ!?」
「何で私怒られてるんだろう……」
わめく天利から身体を若干引かせつつ、アイが英語の教科書をテーブルに置く。
「何でも何も、勉強したからだけど……政務魔術師だった頃に、一応こっちで仕事するからにはこっちの言葉は喋れた方がいいと思って」
そりゃそうか。いくらマギがアース嫌いとはいえ、こっちに来る以上はこっちの言語を覚えておかなくちゃいけない。
アイの場合、それは異次元世界の開拓におけるガイド役だな。
なお、今はどうでもいいことだが、新しい異次元世界の開拓にマギの魔術師がついてくるのは、マギがアースに異次元世界の開拓というお株を奪われるのが嫌だったからこその対策だ。開拓はアースだけでなく、マギも協力している、ということにしたいわけである。
「どのくらい勉強したの?」
「え、一ヶ月頑張ったけど。それで日本語と英語と中国語は覚えたよ?」
…………こいつ、天才か。
俺なんてマギの言葉覚えるのに半年以上かかったぞ。発音を少しでも間違えた瞬間に殺害レベルの魔術が飛んでくるというスパルタ教育で。
「ねえ、アイ。こういう実験は知っている?」
なにやら天利が俯きながら口を開いた。
「用意するのはネズミ二匹とネズミサイズの迷路、あとはチーズ。まず、一匹目のネズミを、ゴールにチーズを置いた迷路に放して攻略させる」
「……それで?」
ごくり、とアイが生唾を飲み込んだ。
なんだ、このプレッシャー。
「当然、一匹目のネズミは迷いながら迷路を攻略したの。何度も行き止まりにぶつかっては戻って、ね。けれど二匹目のネズミは、一直線にゴールに向かうことができたわ。何故だか、分かる?」
「な、なんでかな?」
ゆらりと、まるで幽鬼のように天利が立ち上がる。
そしてアイの頭を両手で掴んで、
「一匹目のネズミの脳をすり潰して注射したそうよ!」
「ひゃああああああああああ!?」
天利の手を振りほどいて、アイが俺も舌を巻くほどの素早さでキッチンに逃げ込んだ。
「――と、まあ冗談はこれくらいにして」
「冗談に聞こえなかったのは私だけっ?」
カウンターキッチンから顔を覗かせながらアイが涙目で叫ぶ。
安心しろ、アイ。俺にも冗談に聞こえなかった。今の天利の目はレールガンで遠距離狙撃をする時のそれだった。
「アイ、英語教えて!」
「コ、コーヒー淹れるから、その後でね」
そして。
アイがコーヒーを淹れるのにかかった時間は、一時間近く。
別にミスをしてコーヒーを淹れられなかったわけじゃない。
キッチンの隅っこで震えていただけだ。
期末テストなんて嫌いだっ!
もう二度とないけど。