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1-5

 私達三人が六、残りの八人が四。


 敵殲滅の割合だ。


 自分で言うのもなんだけれど、私達三人はとんでもなく強かった。


 まず私のレールガン。速射性はないが、一度撃てば十体程度の敵を損傷させ、倒すことが出来た。


 その私に近づいてきた敵は、私の周りをカバーする嶋搗と皆見によって次々に切り捨てられていく。


 嶋搗の剣は、その切断力を頼りに力ずくで敵を切り裂くものだ。もし刃こぼれしても、魔導水銀の刀身は少しの損失ならば薄さを微妙調節することで、その余分を刃の構成にまわすことが出来る。私にとって、よく見なれた戦い方。


 一方の皆見の刀は、彼の派手な外見からは想像も出来ない繊細なものだった。二つの刃が、絶え間なく軌道を描く。そこには、決して力が込められているわけではない。だが刀特有の鋭さは力など必要もなく、敵の表面を浅くではあるが傷つける。金属生命体相手にならそれだけで十分だし、普通の生き物相手でも高圧電流を流されて痙攣などを起こし、行動に支障をきたすだろう。


 この二人の剣に守られているのだと思うと、強い安堵感を得られる。


 どうやらむこうも私達が一番の脅威と判断したらしい。群れの大部分がこちらに集中し始めていた。


 これは、私達の殲滅の割合が九になるのも遠くないわね。


 苦笑しながら、トリガーを引く。あ、今の十五体くらい倒した。調子いいな。


 弾切れの心配はしていない。このレールガンの弾丸は鉛筆の芯三センチくらいの大きさのもので、常に二千発装填してある。電力もほぼ無尽蔵にあるので、それも問題なし。


 あと数分なら、余裕だ。



「どのくらい倒した?」



 狙いを定めて、発射。


 そうしながら、私は嶋搗に尋ねる。



「……俺は二百くらいか」

「オレはシーマンより少し多めで二百五十ってとこかね」



 聞いてもいないのに皆見まで答えてくれた。



「それで私が三百くらいだから……七百五十か。三騎当千までなら届くわね」

「おいおい、俺ら帰ったら英雄だよ? テレビ取材だよ? ユニット名はなんにする?」

「馬鹿なこと言ってると手元が狂うぞ」



 すでに状況は、撃てば当たる振れば当たる、という感じだった。



「これで外すわけがない」

「そうかい。でもな、お前と違って俺達はお前を連中から守る手間があるんだよ。わかるか?」

「あ、そっか」



 手元が狂って私を守り損ねたら、酷いんだからね。



「そういうわけだからあんまり話しかけるな」

「りょーかい。頑張ってちょうだい」



 真上から降って来た敵を吹き飛ばして、即座に電力をチャージする。


 五秒ほどで次弾発射の準備は整い、すかさず私はトリガーを引いた。黒い生体金属が宙に散る。


 ……敵の数、減らないわね。


 視界の先で、金属生命体の一体が大きな瓦礫に覆いかぶさった。すると、瓦礫がどろりと溶け、黒く染まったかと思うと、すぐに一つの形を作り出す。


 ――新たな金属生命体だ。


 ああも堂々と増殖されたんじゃ、そりゃ数は減らないでしょうよ。


 金属生命体ってのと戦うのは初めてだけれど、どうして一撃で倒せるのに皆が忌避するのか、その理由がよく分かったわ。


 倒した敵の残骸でさえ、増殖の材料にされちゃうし。


 倒せるけど倒せない敵(無限の軍勢)。これほど肉体的にも精神的にも厄介な敵は、そうはいない。



「あともう少しだ!」



 待ちわびた声が設置組から届いた。



「よし、この態勢を維持しながら後退するぞ!」



 展開していたSWの防衛網が縮んでいく。それを好機とみたか、敵の攻撃がいっきに密度を増す。


 その時だった。


 ――ゴォ……ォン。


 地面が揺れる。


 な、に……地震?


 しかし、この振動が地震でないということはすぐに分かった。


 振動が、徐々に大きくなってきている。


 これは……近づいてきている?


 気付いたのと同時――私達から離れた場所に建っていたビルから、黒く巨大な柱が斜めに突き出した。



「な……」



 衝撃で、そのビルが倒壊する。立ち上る土煙の壁が私達を包み込んだ。



「うわぁあああああああああああ!」

「ぎゃああああああああああああ!」



 視界を遮られた瞬間に、誰とも知れない悲鳴が二つ上がる。


 ……やられたの?



「落ち付け! 音や煙の流れで敵の行動はだいたい分かる!」



 さすが、嶋搗はこんな時でも冷静だ。


 悲鳴はさっきの二つ以降は聞こえることはなかった。強化剤で常人以上の動体視力や反応速度を持つSWだからこそ、嶋搗の指摘に従って助かることが出来たのだろう。


 煙が晴れる。


 最初に見えたのは、肉を溶かされていく人間だったもの。溶けきった個所が、黒い粘液になっていく。


 ……くそ。


 毒づいて、二人の死体ごと金属生命体を撃ち抜いた。


 これが、私に出来る精一杯の弔いだった。せめて最後まで人間として、それがこの場で戦い抜いたことの、最高の報酬だと思ったから。


 さらに、一際深く視界の遮られていた倒壊したビル周辺の煙も晴れていく。 


 愕然とした。



「なによ、あれ」



 地面が揺れる。


 それが一歩を踏み出す度に、どこかで硝子が砕け、瓦礫の落ちる音が聞こえる。


 巨大、だった。


 一面に群がる金属生命体をそのまま何十、何百倍にもしたような大きさの化け物が、ありもしない瞳でこちらを見つめた。


 背筋が凍る。


 死が私の目の前に立ったような気分。脚から力が抜けそうになるのを、どうにか堪えた。



「――マザーだ」



 苦々しげに嶋搗が呟き、設置組を振り返った。



「まだ使えないのか!」

「ま、待ってくれ。今……よし、いいぞ!」



 甲高い機械の駆動音。


 装置の前の空間が歪む。《門》だ。



「さっさと飛び込め!」



 号令とともに、皆が先を競って《門》の中に飛び込んでいく。私達は、それを守るためにも今は動けない。



「ぁあああああああああああああ!」



 その中の一人が、運悪く金属生命体に脚を貫かれてしまう。


 次々に彼の身体を幾本もの肢が貫く。



「っ、ごめん!」



 助からない。


 そう判断した瞬間に、私はトリガーにかけた指に力を込めていた。


 苦しみを感じないように……。


 私の無慈悲な一撃は、正確に彼の肩から上を跡形もなく吹き飛ばした。


 視界が真っ赤に染まるような錯覚。



「よくやった」



 それを立ち直らせてくれたのは、嶋搗の一言だった。



 私は、よくやったなんて言ってもらえることをしたのだろうか。その疑問を無理やりに拭い去る。私達が生きてるのは、こういう場所だ。私達自身が、それを選んだんだ。



「俺達も退くぞ!」



 三人で視線を交わし、アイコンタクトでタイミングを測る。


 ――今!


 同時に攻撃の手を緩めながらも、私達は振り向かずに後退を始めた。


 黒い攻撃の嵐。その向こうから、マザーが近づいてくる。


 本能的な恐怖とは、こういうものなのだろう。


 私はその恐怖に駆られて、銃身をマザーへと向け、雷光が弾けた。


 余計な感情のせいで手元が狂ったのか、狙いをつけていた胴体の真ん中から弾丸は大きくそれて、命中したのは右肢の一本だった。それも、表面が抉れただけで、貫通には至っていない。


 それでも傷をつけた。これなら倒せた筈……え?


 弾が命中した肢が、根元から落ちた。


 一体なにが……。それを考えるより早く、落ちた肢の代わりに新しい脚が親の胴体から生えていく。



「な……」



 どうして……!?


 あの傷口から電気が乱されて、死ぬはずでしょ!?



「全身に電気の乱れが広がる前に、損傷した肢を切り落としたんだ。巨大なマザーならではの仕業だな。やるなら、もっと強く広い攻撃じゃなきゃあれは倒せない」



 そんな……。



「いい。あれが俺達に寄ってくるより俺達が帰るほうが早い」



 《門》までは、あと六メートルほど。もうすぐだ。


 不意に、その《門》の脇に立つ姿が一つ、視界の端に映り込んだ。


 ……な、嘘。


 私達以外はもうみんな帰ったんじゃないの?


 あれは――アイ?



「三人とも、早く! 早くしないと閉じちゃう!」



 今にも泣き出しそうな顔で、アイは私達を呼んでいた。


 ……あの、馬鹿!



 死にたいのか、あいつ!


 アイの姿を、俺は信じられないものを見る気分で見止めた。



「なにしてる! さっさと帰れ!」

「私はガイドなんだから、全員逃げるまで帰れないよ!」

「お前馬鹿か!」



 こんな時にそんな規定とか規則とか、役目にこだわってる場合か!



「馬鹿とは何さ!」

「馬鹿を馬鹿と言ってなにが悪い、この馬鹿め!」

「う、うー!」



 くそ。ガキみたいに頬を膨らませやがって。


 なに精神年齢を退行させてるんだ。十九にもなって。



「俺達はいいからお前は先に行け! 足手まといなんだよ!」

「そんなことない! 設置に手間を取られてたから手伝えなかったけど、今なら私の魔術でこんな奴ら……あれ?」



 なにかに困惑しているアイをカバーするように三人で囲む。


 ああ、くそ。なんだってこんなことに……。剣を振りながら頭を掻き毟りたい衝動に襲われた。



「早くして! もう《門》が消えかかってる!」



 天利が焦燥に叫ぶ。


 空間の歪みが徐々に薄くなっていく。


 あと……十秒。それが限界か。



「そーだぜアイアイ。言っちゃ悪いが、あんたちょい足手まといだ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで魔術が……魔力が……え、嘘?」

「なにしてるんだ!」



 突き出された金属生命体の肢を紙一重で避けて、それを下から斬り上げる。



「お前、俺達全員殺す気か」



 叱咤するが、アイは困惑状態のまま俺の声など届いていない様子だった。



「仕方ねえ、シーマン。もうアイアイは見捨てるっきゃねえぜ!」

「っ、仕方ないか……天利!」

「な、目の前にいるのに置いて行くの!?」

「じゃなきゃ俺らが危ない!」



 足手まといは見捨てる。この世界に来る前にアイ自身が口にしたことだ。


 それは当然、言った本人にだって適応される。



「いくぞ!」

「っ、アイ! 早くしなさい!」

「天利!」

「いくぞ、シーマン、アマリン!」



 金属生命体を斬り捨て、皆見が《門》に飛び込む。


 俺は天利の手を掴み、そのまま皆見の後に続こうとして、



「ほら!」

「ぁ……え?」



 天利から差し出されたもう片方の手を、咄嗟にアイが掴んだ。



「ば――っ!」



 そんなことしたら……!


 がくん、と。引っ張ろうとした天利の手が重くなる。当然だ。天利だけじゃなく、そこにアイの重さまで加わったんだから。


 いくら俺でも、人間の身体二つを引っ張るのは辛い。


 マズ……このままじゃ……間に合わ――。


 巨大な影が、真上から迫って来た。



「避けろっ!」



 俺は天利の身体を突き放した。そのままアイを巻きこんで、二人は間近にあったビルの中に転がりこんでいく。


 俺もそれを追うように飛び出す。


 空から、マザーの巨大な肢が振り下ろされた。


 装置が……トラックが粉砕される。


 地面が今までにないほど大きく上下した。


 ヤバいぞ、これは……!


 トラックが潰されたせいで、周囲を照らし出していたライトの明かりが消滅する。後には、ぼんやりと薄明るい夜の闇。


 この世界の夜が正真正銘の暗黒でないのがせめてもの救いか……!


 薬で強化された視界は、おぼろげながら暗闇の中に蠢く金属生命体を捉えることが出来た。


 周囲を確認。


 場所はビルのエントランスホールらしい場所。入って来た出入り口とは反対にも、同じような出入り口がある。


 ビルの外でマザーが肢を振り上げるのが見えた。


 くそ――このままじゃ……!



「逃げるぞ!」



 剣を鞘の中に液化収納し、俺は反対側の出入り口に駆け出した。天利のものらしい足音がついてくる。


 ……アイの足音は?


 振り返ると、アイは地面にへたりこんで、立ち上がるそぶりすら見せない。


 ――もう見捨てるか。


 そう考えた刹那、腑に落ちないものが沸いた。


 ……ここまで助けてやったんだ。そのまま死んではいさよなら、で済むか?


 そんなわけがない。


 帰って盛大に金を巻き上げるまで、死なれたら困るんだよ!


 アイの元に戻って、その手を引っ張る。



「行くぞ!」



 そう言ったのと同時、ビルが、アザーの肢によってなぎ倒された。衝撃で、建物内の崩壊が始まった。


 次々に天井が崩れ、瓦礫が降り注いでくる。



「なんとかなれよ……!」



 久しぶりに神様ってやつに祈りながら、俺とアイはその瓦礫の雨の中を走った。


 頬を、腕を、脚を、小さな破片が掠めていくが、運のいいことにそれほど大きい瓦礫が俺達の上に落ちてくることはない。


 あと三歩!


 そこで――


 がらり、と、


 天井が落ちてきた。



「ち……っ」



 視界がスローモーションになる。


 このままじゃ、ぺしゃんこだ。


 どうする。


 どうすればいい。


 どうやれば助かる。


 一瞬で何百何千もの未来を頭の中にエミュレートする。


 だが、どう頑張ったって俺ではこの状況は切り抜けられそうにない。


 ……駄目か……!


 諦観と共に、死が眼前で嗤う。


 そして――閃光が落ちてくる天井を撃ち砕いた。



「大丈夫!?」



 天利だった。


 ……は。



「よくやった!」



 心の底から称賛して、俺はアイを引っ張ってビルから脱出した。


 神様よりよっぽど頼りになるやつだな、まったく!



「よし、行くぞ!」



 もう装置が壊れたからにはこちらからはアースに帰る術はない。


 向こうからの救援が訪れるまで、どうにか生き伸びてやる……!



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