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4-10



 その雷は一瞬で天使を焼き殺した。


 十の亡骸はそのまま下空へと落ちていく。



「……」



 僕は呆然と、自分の手を見ていた。


 正確に言うのであれば、手に付けた手套を。


 インドラ、と呼ばれるアースの武器。




 ……なんだ、これは。




 魔力もなく、予備動作もなく、ただ指と指を触れさせただけ。


 それだけなのに……この威力。


 数体倒すのにも死力を尽くさなくてはならないと思っていた天使が、瞬く間もなく倒せてしまった。


 手ごたえなんてない。


 あれだけの雷を放ったというのに、指先に僅かに痺れるような感覚すらない。


 それが、逆に恐ろしくなった。


 手ごたえもなく、何の危険もなく、あんな強大な敵を屠る。


 それはなんて……圧倒的な暴力。


 それの前ではまるで魔術が児戯のようで――っ、いけない!


 僕は、何を考えているんだっ!?


 こんなものに惑わされて魔術を低くみるなんて……馬鹿な!


 でも……一つだけ、分かったことがあった。


 分かってしまうことが。


 ――ああ。そういうことなんだ。


 マギがアースを嫌う理由が、ようやく理解できた。


 今まで不思議だったのだ。


 マギはアースをこうも嫌っているのに、どうして粛正も、制圧も、何も手を出さないのか、と。間違えた世界をマギが導いてやらないのか、と。


 僕は魔術の力さえあればアースなど簡単に支配できると思っていた。


 けれど、違うのだ。


 アースはきっと、そんな世界じゃない。


 アースは穢らわしく、汚らしく、矮小な世界。


 そう教えられてきた。


 だけどそれは……マギがアースを恐れているからだ。恐れているから、そう教えていただけ。


 きっとアースという世界は、本当はマギよりもずっと強く、大きくな世界なのではないだろうか。


 でなければ、こんな強力な武器を生み出せるものか。


 ……だからこそ。


 優れているからこそマギはアースを嫌った。その力が恐ろしくて、自分たちでは敵わないから。


 それは多分、嫉妬と呼ばれるものだ。


 なんて、こと。


 視界がひっくり返ったかのような気分。


 魔術が素晴らしいものだと、僕は信じて疑わない。


 けれど魔術は……至高なのだろうか?


 魔術によって、マギは統一されている。その前提は、魔術が至高であればこそだ。


 もしそうじゃなかったら?


 イェスの言葉が蘇ってくる。


 マギの魔術を使えない人々の惨状。


 そんなものは誇張で偏見だ、と僕は思っていた。


 けれどそれは……もしかして全部真実なのではないか。


 魔術が至高でなく……そしてまたそれを扱う魔術師が決して尊いものでなかったとすれば……僕が教えられてきたことはどうなる。魔術師によるマギの統治とはなんだ?


 ……それではまるで、贋物を真作と嘯いて無知の人々に高値で売り付ける詐欺師のような――。


 っ……!


 それ以上考えてはいけない、と。僕の中のなにかが叫んだ。


 その声に従って、僕はインドラを手からはずして、地面に放り投げた。


 何を、僕は一体どうしてしまったんだ。


 これではまるで、さっきのイェスの言葉のようではないか。


 マギを疑い、それを乏しめるような……円卓賢人である僕がそんなことをしていいわけがないのに。マギの最高能力者の一人として、マギに尽くさなくてはならないのに……。




「とりあえず……早く助けて欲しいんだけど、駄目かな?」




 その声に、はっとした。


 慌ててそちらに視線を向けた。


 そこに、ひどい量の血を流したイェスの姿。


 僕は馬鹿か……!


 こんなイェスを放って、なにを悠長に考え事なんて……っ。


 イェスの傍らに膝をついて、その傷口を確認する。


 天使の光線に貫かれたらしい。イェスの脇腹には、決して小さくはない風穴が空いていた。


 血管はかなり傷ついているようだが……不幸中の幸いか、臓器などの致命的な部分に損傷はない。


 だからといって、このまま放っておけば失血死するのは目に見えていた。



「っ……!」



 イェスの傷口に、手を当てる。


 その手から光が漏れ出した。


 治癒魔術。


 身体の細胞を活性化させる魔術だ。


 強化魔術と同じように細心の魔力の制御が必要だが、一応僕にも簡単なものならば使える。



「そんなものも使えたんだね」



 イェスが喋る度に血が溢れだす。


 治癒魔術のおかげで出血は大分押さえられてきたけれど……駄目だ、これでも間に合わない。


 唇を噛んだ。



「何故……?」

「……何故って、何が?」

「いったい何故……」



 握り締めた拳から、血がにじむ。


 悔しかった。


 自分の情けなさが。


 自分の力不足が。


 魔術を解さない者と見下していたイェスに助けられた自分が。


 そして……、



「僕を庇って、そんな怪我をするのですが……!」



 イェスの言葉を一つとして信じず、軽蔑するような視線をむけた僕なんかを庇って彼女がこんな怪我をしてしまったことが、ひどく申し訳なかった。



「そうだな……シオンを死なせたらお姫様に怒られそうだからね」



 軽く言って、イェスが自分の懐に手を入れた。



「……なにをしているのですか?」

「これ、秘密にしてね」



 言ってイェスが取り出したのは……何かの容器らしい細長い缶。


 その表面にはなにかが変な記号のようなものが描かれていた。



「それは……?」

「アースの薬品」

「な……っ!?」



 アースの!?



「なぜそのようなものを……!」

「今はまだ秘密だよ」



 言いながら、その缶の上部についていた突起をイェスが押しこむ。


 すると、その缶から煙が噴き出した。



「っ……!」



 驚いて、魔術を中断してイェスから飛び退いてしまう。



「あ、驚いた? 大丈夫だよ。ただの止血剤だから」



 ……止血剤?


 そんな煙が?


 そんな冗談……、



「アースの医療技術は本当に凄いよ」



 缶から煙が出なくなって、そのままイェスは身体を起した。


 って……、



「なに起きてるんですか!」

「大丈夫だよ。もう血、止まったし、痛みも抑えたから」

「え……?」



 見れば、確かに。


 彼女の傷口から、ほとんど血は流れだしていない。


 ……まさか、あんなものが本当に止血剤なのか……?



「どちらにしろ、血があんなに出てしまったんです! 安静にしなくては!」

「大丈夫大丈夫」



 言いながら缶を懐に戻し、イェスはまた何かの容器を取り出した。


 今度は、なにかのケースのようだ。


 その蓋を外し、中から小さな赤い粒を取り出す。


 それを三つほど口に含み飲みこんだ。


 そして容器を懐に戻す。



「……今度は、何なんですか?」

「増血剤。これで出血分は取り戻せたと思う」



 ……滅茶苦茶だ。


 あんな変な缶と粒だけで、あれだけの傷が問題なくなる?


 ……アースの医療技術は凄い、とイェスが口にしたのは間違いではないようだ。


 マギの医療といえば、魔術ばかりなのに。


 アースは……どれほどまで――、



「さあ、シオン」



 イェスの声にはっとする。


 また思考に沈むところだった。



「先に進もうか……インドラは、きちんと回収してね」

「…………」



 地面に投げたインドラを見る。


 ……嫌な感じがした。



「どうしたの、シオン?」

「……いえ、なんでもありません」



 ゆっくりと、その手套を拾い上げた。



うーあー。

マズいです。

シオンの改心はかなり強引なものになっちゃうかも。

というか、やっぱりこういう思想とかが絡むと書きにくいんですね……。


どうにかマシな着地地点を見つけなくては……。

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