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4-7

 自分でもどう言えばいいのか分からない。


 ただ、本当に言葉のとおりなのだ。


 天使達の身体が、圧倒的な威力で引き千切られる。


 敢えて言うのであれば……そう。


 斬る、ではないのだ。


 まるで刃の存在しない鉄の棒で無理矢理に肉を圧し切った。そんな感じ。


 それが、一斉に天使達の身体を襲い、その命をことごとく刈り取った。


 腐臭のする透明な血の雨の不快感など忘れて、私はその攻撃を放った人物に視線を向けた。


 ……誰、これ。


 姫様から、少しだけ話は聞いていた。


 代役がくる、と。


 それ以上は見てからのお楽しみだ、とお姫様は教えてくれなかったけれど……私はこんな出鱈目な人は知らない。


 見当もつかない。


 ただ分かることは……圧倒的な存在感。


 それに、私や……そしてシオンも押しつぶされそうになっているということ。


 地面に天使の死肉が落ちる中、その人が一歩、こちらに踏み出した。


 思わず肩が跳ねた。


 シオンと違い、私はこの人が敵でないことを知っている。


 だが……それでも。それでも、私の身体は反応していた。演技でも何でもなく、本気で。


 生物として最も深くにあるところで、目の前の人間は危険だ、と告げていた。



『天使の血をこれだけ浴びれば、一時間は天使も寄ってこないだろう。お前らじゃこの世界で生きられない。さっさと帰れ。期待外れだ』





 その言葉は、耳の後ろから聞こえていた。





「っ……!?」

「いつの、間に!?」



 私とシオンは飛び退きながら、後ろに身体を向けた。


 そこに、いつの間に移動したのか、黒いローブが立っている。



「貴様……何者だ! その格好、王宮に侵入した者の仲間か?」



 シオンが気丈に吠えた。



『何者か、か。そうだな……フェライン、とでも名乗っておくか』



 フェライン……貴方は一体、誰?


 内心で問いかけても、答えなど返ってくるわけもない。



「フェライン……もう一度聞く。王宮に侵入したのは、貴様の仲間か?」

『そうだ』

「ならばその人物と共に、貴様にもついてきてもらう」

『断る。ついてきてもらいたいなら、力づくでこい』



 次の瞬間……シオンの鳩尾にフェラインの拳が叩き込まれた。



「が……ふ、っ!」



 シオンの身体が吹き飛んで、樹の幹に背中をぶつけた。


 そのまま、ゆっくりと崩れ落ちる。


 気絶したのだろう。



「……」



 それを気にかける余裕もなく、私はフェラインを見つめた。



「貴方は……誰?」



 今度こそ口に出して尋ねた。



『なんだ、聞いていないのか?』



 幾分、先程よりも気軽になった声でフェラインが私に向き直る。



「お姫様に、教えてもらえなかったから」

『だったら俺からも言えないな。余計なことを言って、後でルミニアに文句を言われても面倒だ』



 ルミニア……お姫様の愛称を口にするってことは、彼女に親しい人物?



『まったく。いきなり呼び出されたかと思えば、まさかこんな子供のお守をさせられるとはな……ルミニアめ、俺にこんなことをやらせて、なんのつもりだ』



 その言葉に、少し不愉快になった。



「子供のお守……それって、まさか私も入ってるのかな?」

『当然だろうが。ちょっと俺が力をひけらかしただけで威圧されるようで、一人前のつもりか?』

「……なら、本当に子供かどうか試してみる?」

『やってみろ』



 売り言葉に買い言葉。


 私は即座に魔術を行使した。


 手加減なしに、魔力をフェラインの周囲に十個、収束させる。




 私は――子供扱いされるのが大嫌いなんだ。




 子供、子供、子供。


 ああ、そうだ。私は子供だ。見止めるよ。


 だけど、その言葉を見下されるように使われると、思い出す。


 子供(やくたたず)だからと道端に捨てられ、苦しんだ、あの日々を。



『――で?』



 魔力の爆弾が、吹き飛ばされた。


 フェラインを中心に放たれた魔力の波によって、魔力が拡散してしまったのだ。


 と同時、フェラインが懐から何かを取り出し、私の足元に投げつけてきた。


 ……っ!


 これ、手榴弾!?


 防御のしようもなかった。


 目の前で手榴弾が爆発――しない。



「……え?」

『これで一回死んだぞ、お前』



 魔導水銀剣を鞘に収めながら、フェラインが近づいてきた。


 そして私の前に立つと、爪先で手榴弾を軽く蹴りあげ掴み、懐に戻す。


 手榴弾のピンが抜かれていなかったのだ、と今更に気付いた。


 手を抜かれたのだ。


 それがひどく、悔しかった。


 高い位置にある黒い仮面を睨みつける。



「私が本気を出せば……」



 と、額を指先で突かれた。


 地味に痛い。



『そういう言い訳をするからガキなんだよ。負けは負けだろうが。それに本気云々だって、俺だって本気じゃなかったんだ。あいこだろうが』



 あれで、本気じゃなかった?


 ならこの人の本気は一体どれほどなのだろう。



「……貴方、本当に何者?」

『教える義理はない』



 フェラインが身を翻した。



『もう帰れ。お前らじゃこれ以上は無理だ』

「……私はお姫様にシオンの手伝いをしろって命令されてる。帰るかどうかは、シオンが決めるよ」

『…………そうかい。だったら、そいつに伝えておけ。俺はあの大樹の根元で待ってるから、やるならさっさと来い、ってな』



 私に背中を向けたまま、フェラインが私達も目指していた大樹を指さした。



『それとこれはルミニアから、そのシオンってガキへの餞別だ』



 気絶したシオンの身体の上に放られたのは、グローブ。


 あれは……!



『それを使えば、天使くらいどうってことないだろう。あいつらの障壁は魔力にしか反応しないから、それの攻撃なら通る』



 仮面の向こうでフェラインが鼻をならした。



『まあ、誇り高い魔術師様がアースの武器なぞ使うとは思えないがね。その辺りは……お前の仕事だろう?』



 言ってくれる。


 シオンは典型的な魔術至上主義者だ。彼にアースの武器を使うよう説得しろとでも?


 それがどれほど難しいことか分かってるのだろうか。



『まったく。円卓賢人だかなんだか知らないが、こんなガキ引き込んで得することがあるのかね』



 呆れたように言って――フェラインの姿が消えた。



「……」



 身体から力が抜ける。


 フェラインの前に立っているのは、それだけでひどい緊張を強いられた。


 ……お姫様の意図が、ようやく分かってきた。


 元々私は、シオンが私の実力を見て心が折れていたのをどうにかするために、今回こうしてシオンについてきた。


 その、つもりだった。


 けれど本当は違ったんだ。


 お姫様はそのついでにシオンの魔術至上主義までも私にどうにかさせるつもりなのだ。


 なんて……無茶苦茶。


 こき使ってくれるにも程がある。


 しかも、それだけじゃない。


 これは多分――テスト。




 私は本当にお姫様を満足させられる人間か、否か。




 これは、シオンと共に、私も試されているのだ。


 なんて意地の悪い……。



「……いいよ」



 そっちがそのつもりなら、私だってやってやる。


 きちんとお姫様のご要望通り、完璧にこなしてみせる。



「別にあれに勝て、などと妾は言わぬよ。それは酷というものだろう?」

「そうじゃな。イェスでも……万が一にも勝ちはあるまい。相性、力量ももちろんそうじゃが、何より経験が違いすぎる」



 爺がチョコレートを口に放り込みながら頷いた。


 妾も一つつまむ。


 うむ。


 チョコレートはやはりいいものだな。何故マギにもないのだろうか。


 アースから取り寄せようにも、お偉方がやかましいしな。


 爺に持ってきてもらうのが一番簡単で安全な手段だ。



「ならば、何を持ってイェスや小僧を認めるつもりじゃ?」

「なに、簡単なことだよ」



 にやりと笑う。



「あれが認めれば、私も認めるさ」

「……」



 すると爺が目を丸めた。



「お主は自分がどれほど難しいことを言っているか分かっているのか?」

「分かっている」



 そう。


 恐らくやつの性格や性根に関してならば、妾は爺よりもよく分かっている。



「まあ安心しろ、爺。あれは妾と同じで馬鹿が嫌いではないのだよ。むしろ馬鹿を見ると手助けがしたくなる男だ」

「……そうかのう」

「妾が言うのだ、間違いはないさ」



「ほら、起きなよ、シオン」



 頬を軽く叩かれる感覚に、僕は目を覚ました。



「っ……イェ、ス?」



 その顔を、見間違える筈もない。


 見間違えるには、あまりにも端正すぎる作りの顔だ。


 ……あれ。でも、なんでイェスが僕を起こしてるんだろう?



「いつまで寝てるの。早く起きないとまた天使が来るよ」



 天使……?


 ……あ。


 刹那、醜悪な天使の姿が脳裏に蘇った。連鎖するように。フェラインと名乗った人物のことも思い出す。



「っ、あいつは!?」



 勢いよく身体を起こす。



「もういないから安心しなよ」

「いない……? それは、イェスが?」



 尋ねると、イェスは首を横に振るう。



「私が追い払ったわけじゃないよ。単に、見逃されただけ。もしフェラインが本気だったら、私達なんてとっくに生きてない」



 その言葉にぞっとした。


 イェスの実力は、悔しいけれど、とても高い。僕よりも。


 そのイェスがこうもあっさり自分の敗北を認めるなんて……。



「それで、フェラインからの伝言」

「伝言?」

「そう。もしもまだやる気があるなら、あの大樹の根元にいるってさ。それで、これ、餞別だそうだよ」



 イェスが、それを差し出してきた。


 ……それを視界に収めた瞬間、眩暈がした。


 馬鹿な。



「これは……」



 それは、一つの手套。


 見覚えがあった。


 他でもない。


 あの侵入者が使っていた武器だ。


 名前は確か、インドラ。



「これを、僕に、餞別……?」



 ふつふつとこみあげてくるものがあった。


 怒りだ。



「天使の障壁は魔力にのみ反応するものなんだって。だから、それを使えば攻撃は通るそうだよ……って、聞いてる?」



 フェラインは、僕にこれを渡してどうしろというのだ?


 まさか……まさかとは思うが、僕に、こんなものを使えとでも?



「ふざけるな!」



 気付けば、僕はイェスの手ごとインドラを払いのけていた。



「っ……私にまで当たらないでほしいな」



 顔をしかめて、イェスが僕に言う。


 はっとする。


 感情に任せて彼女の手を叩いてしまって、僕は気まずくて、視線をそらした。



「すみません……ですが、」



 地面に落ちたインドラを睨みつけた。



「そんなもの、何故受け取ったんですか。壊してしまえばいいのに」

「また、過激だね」



 苦笑し、イェスがインドラを拾い上げた。



「別にいいんじゃない。持ってるくらい。いざってときは使い物になるかもしれないし、そうじゃなくても王宮に持って帰れば何かの証拠品とかにはなるんじゃない?」

「……それは、」



 その通りだ。


 けれど……それでも。なんだかそれに触れるのは、ひどく汚らわしいことに思える。



「イェスが持っていて下さい。僕はいいです」

「私だって嫌だよ。シオンが持って行って。というか、まんまと気絶させられてその態度はないよね。これくらい持ってくれていいんじゃない?」

「……」



 それを言われると、逆らえない。


 僕が無様に気絶させられたのは紛れもない事実だ。


 ……フェラインがいるであろう大樹の方向を睨みつける。



「分かりました。なら、僕が持っています」



 インドラを受け取って、すぐに懐にしまう。



「それじゃあ、どうする? このままそれをお土産に帰る?」

「冗談を言わないでください」



 そんなこと、絶対に有り得ない。


 ここまできて、むざむざ逃げ帰る?


 僕自身そんな結果は許せない。みっともなくて、二度と姫の前に出ることさえできなくなる。


 逃げるわけにはいかない。


 僕は絶対にあの侵入者を、そしてフェラインを、捕まえてみせる。


 それこそが、僕が姫へ示せる忠義の証なのだ。

シオンって全体的に微妙なキャラですよね。

性格もそうだし、能力や立場も。

これから、その辺りしっかりとしていってもらいたいものです。

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