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4-5

 お姫様が個人的に雇用した流れの魔術師。


 表向き、私はそういうことになっているらしい。


 王族がそんな魔術師を雇うべきじゃないとか、王宮に入る資格だとか、細かい所は権力で押し通したらしい。


 私が黒の魔術を使えるということに関しては出来るだけ秘密。それについてはシオンにも言ってある。


 理由は表向き、子供が《黒》となっては、それを妬んで多くの敵が出来てしまう。というもの。実際はもちろん違うけれど、シオンには表向きの理由しか聞かせていない。


 そんな私の仕事といえば……、



「暇だ。イェスよ、なにか妾を面白がらせてみせよ」



 お姫様のお喋りの相手だ。



「暇ならいろいろ根回ししてれば?」

「愚か者め。根を回すにも時期というものがある。塩梅は見極めねばな。そもそも人の心を捕ろうというのであれば、まず――」

「政治の話はお断りだよ」



 小難しいのは性に合わないし。



「なんだ、そっちが先に話題を振ってきたのだろうに」



 ああ。このままじゃ説教に入りそうだな。


 まだお姫様に出会って三日目だけど、その性格はなんとなく把握した。


 この人は、他人をねちねち責めるのが得意なんだ。無自覚に。


 本人はそんなつもりないのかもしれないけれど、まず発言からしてその多くが相手を見下すような口調だし。


 ともかく、説教も嫌だ。


 こう言う時は話題を逸らすに限る。



「そういえば、シオンのことだけど」

「ふむ? あれがどうかしたか?」

「お姫様は本当に彼に見込みがあると思ってるの?」

「ああ」



 即答。



「また何で?」



 能力としては……まあ否定はしないけれど。


 それでも、正直に言えばイマイチでしょ。


 私が言うのもなんだけど、子供だし。



「妾はな、直線にしか歩けない、歩こうとしない馬鹿が大好きなのだよ」

「それ、褒めてるの?」



 シオンが直線馬鹿であることは私ももちろん認めるけどさ。



「もちろんだとも。妾がこうも手放しに人を褒めるなど、珍しいことだぞ」

「まったくそうは見えないけど?」

「まだまだ妾を分かっておらんな。これからとっくり妾のことを理解していくがいい。完全に理解出来るようになるのは百億年も先だろうが」



 基本、余計なひと言が多いよね。お姫様は。


 この人、絶対に無自覚で人の恨みとか買ってるよ。無自覚じゃなくても買ってそうだけどさ。



「それで、いきなりシオンの話など持ち出したのだ。なにかあるのだろう?」

「私には彼がどうしようもないくらいの役立たずにしか見えない、って言いたいんだ」

「ふむ? 妾の人を見る眼はない、と」

「そうは言わないけど、シオンは間違いなくハズレだよ」

「根拠を申してみよ」



 根拠……ここ数日だけでもいくらでも列挙できる。



「まず、彼って私に出会ってから普段の三倍の魔術鍛錬してるらしいよ。仕事と並行してるから、寝る時間削ってるらしいね」

「睡眠を削るのはいかんな。人に絶対必要なものなのだから」



 むしろ睡眠時間を削ると集中力下がるから、逆効果だし。それに、



「そもそも私に感化されて鍛錬してるみたいだけどさ、黒の魔術師を目指すならただの鍛錬なんて意味ないよ」

「同意だ。黒の魔術は、魔術に非ず。これは、爺の言葉だったかな。ともかく、黒の魔術はただの魔術とは一線を画す。ならば、普通の魔術鍛錬で到達できるわけもない」



 ちなみに、おじいちゃんは既に王宮にはいない。


 私をお姫様に渡すと、翌朝にはそのままどこかに消えてしまった。


 元々そういう人だから、そのことに誰も驚かなかったけれど



「それに、私に会うとすぐに顔背けてどこか行っちゃうし。あれ、もう精神的に勝手に私に敗北し続けてるよ?」

「……それは終わってるな。もう色々と」



 別に私はシオンのことなんてどうも思ってないのに。良くも悪くも。


 苦手意識とか、敗北意識とか、そういうの持たれても……。



「あと――」

「ああ、もうよい。シオンの駄目さは十二分に理解したわ」



 私の言葉をお姫様が呆れながら遮った。



「よもやあの馬鹿、ここまで馬鹿とは思わなんだ」

「失敗を成功に変えられない典型だよね。失敗が失敗になって、次の失敗に続く、って感じ」



 真っ直ぐすぎるのも問題、ということだね。


 だって、今シオンが真っ直ぐにすすんでいる道は、失敗っていう名の道なわけだし。


 行き先は真っ暗。断崖絶壁ってところかな。



「お姫様がシオンに入れ込むなら、今のうちにどうにかしたほうがいいよ」

「そうだな……ああ、まったくその通りだ」



 どこか演技じみた大袈裟な態度で肩をすくめ、お姫様は溜息をついた。



「かといって、妾が何か言っても無駄だろうな。地位も、能力も、思想も、なにもかもが違う。そんな妾の言葉ではシオンを変えるには不十分だ」

「……それで?」



 なにか嫌な予感がする。



「少し貴様にも手伝ってもらおうかと思ってな」



 やっぱり、そうなるんだ。


 なんとなく予想はしてた。



「いいよ」

「……む?」



 なんかお姫様が肩すかしをくらったような顔をする。


 普段から傲慢不遜のお姫様にしては貴重な表情だった。



「よいのか? 貴様は弱者には容赦のない性格だと思っていたのだが」

「うん。弱い人間なんて、勝手に死んでいけばいいよ」



 少なくとも私の生まれた場所はそういうところで、私にとっての常識はそれだ。


 弱者は敗北して死ぬ。


 なんてことのない、世の中のどこにでもある真実だ。


 私はわざわざそれに反してまで人を助けようとか、そんな高尚な気持ちは持ってない。



「ならば、何故シオンを?」

「簡単だよ」



 理由なんて決まってる。



「お姫様の命令なら、私は大抵のことなら従うよ。だって私の雇い主だもん」

「……は」



 私の本心を見透かしたかのような、軽い笑みをお姫様が浮かべる。



「言うものだ。まったく」



 姫に呼び出されて、僕は姫の自室にお邪魔していた。



「あの侵入者の居場所が分かった……ですか?」

「ああ」



 片手間に紙飛行機を作りながら告げられた言葉に思わず目を見開く。


 侵入者。僕が敗北した、あの黒ずくめの人物。



「奴は王宮から逃げだした後、とある異次元世界に行っていた」

「異次元世界……」



 驚く。


 異次元世界とは、このマギという世界とは異なる次元に存在する世界のことだ。


 異次元世界に行くには転位魔術が行使できなければならない。


 転位魔術というのは、厖大な魔力によって次元に干渉、世界と世界の間にある壁に穴を開ける魔術だ。


 それを使えると言うことは、つまり《赤》の魔術師相当ということだ。


 ……でも、よくよく考えれば納得できる。


 あれほどの魔術師だ。


 転位魔術が使えても、なんら不思議ではない。



「まさか、アース、ですか?」



 アースもまた、異次元世界の一つ。


 あの侵入者はアースの武器を使っていた。


 ならば逃げるのはアースだろう。


 そう思っていたのだが、



「いいや」



 姫は首を横に振った。



「奴はどうやらマギでもアースでもない異次元世界に根城を持っているらしいな」



 姫が僕に紙飛行機を投げつけてきた。


 それを受け取って広げ、そこに綴られた文章に目を通す。


 思わず目を疑った。



「……こんな世界に?」



 そこに書かれた内容は、酷いものだった。


 その世界はマギが三百年ほど前に調査した異次元世界で――マギは一年に五度、新しい異次元世界に魔術師を派遣して調査する――当時調査に向かった魔術師は十人。そのうち帰還したのはたったの一人で、その一人も満身創痍で、帰還後すぐに絶命したという。


 その絶命した魔術師の報告が正しければ、この世界の生物は一種。呼称は『天使』と呼ばれる生物で、仔細は不明だが、少なくとも一体に魔術師十人が敗北したのだという。


 世界環境もマギとは大きく異なるらしい。


 それ以上のことは調べられていない。調査に一度失敗した世界には二度と魔術師を派遣しないからだ。



「そんな世界だから、こちらも下手に手が出せん」

「それでは、まさかこのまま静観するおつもりですか?」



 馬鹿な。


 あんな強大な敵を放っておくなんて、僕には考えられない。



「そうは言わん。ただ、この世界に向かわせられる魔術師は否応にも限られてくる。そして、そんな魔術師が都合よく転がっているわけもない」

「……ならば、僕が」



 他にいないのならば、



「僕が行きます」



 もとはと言えば、あれを逃がしたのは僕がだらしなかったせいだ。



「そう言うと思ったよ」



 姫が笑った。



「だがどうする? 貴様は一度、三人がかりにも関わらず侵入者に敗北しているだろう? しかも今回は、第八席も第三席も別件で不在だぞ?」

「それは……ですが……っ」



 だからといって見過ごすわけにはいかない。


 僕は、こんなところで立ち止まりたくはないんだ。


 だから、もっと、もっと強くなるために……目の前の壁を越えなくちゃならない。


 ここで逃げ出すわけにはいかないんだ。


 僕は、もう逃げだせない。


 そうしたら、今まで辿ってきた全てが崩れるような気がするから。



「お願いします、姫! 今度こそ勝ってみせます!」

「やれやれ、そもそも貴様は妾の側近だろう。なのに、妾から離れていくのか?」

「――っ、」

「などと、意地の悪いことは言わんよ。安心しろ」



 一瞬だけ言葉に詰まった僕に、姫が愉快げに椅子から立ちあがって歩み寄ってきた。



「構わんよ。行って来い」

「あ、ありがとうございます!」

「ただし、条件が二つ」



 姫が僕の目の前に指を二本立てた。



「一つ、死ぬな」

「勿論です」



 姫にここまでしていただいたのだ。これで死ぬなどという不忠、有り得ない。


 生きて敵を倒し、姫にご報告しよう。



「もう一つは……イェスを連れていけ」

「……は?」



 思考が凍結した。



「聞こえなかったか? イェスを連れていけ、と行ったのだ。三度は言わぬぞ」

「…………失礼ですが、姫は何故イェスを連れていけ、と?」

「貴様自身はどう考えているのだ? 何故妾がイェスを連れていけ、と言っていると思っている?」

「それは……僕の力が、不足だからでしょうか?」

「そうだな。貴様が腑抜けだからだ」



 その容赦のない一言に、情けなくなった。


 仕える主からもこんなことを思われるなんて……僕はどこまでも、どうしようもない。



「落ちこむ暇があるならばさっさと事を済ませろ」



 まるで羽虫でも払うかのように姫の手が振るわれる。



「――分かり、ました」

「……ただ、一つ言っておく」



 部屋を出ようとした僕の背中に声がかけられた。



「腑抜けならば、臓腑を入れ直せ。誰が貴様を側近にしてやったと思っている。他でもないこの妾の顔に、泥を塗ってくれるなよ」



 身体が硬直した。


 その言葉が、胸の奥に届く。


 ああ、そうです。その通りです。


 いつまでも腑抜けでいるつもりはない。


 姫……貴方のご期待に、僕はきっと添ってみせます。



「……は!」



「やれやれ、お主もなかなか、意地の悪いことじゃ」

「ふむ……爺、まだいたのか。てっきり既にどこかに行ったものかと思っていたが」



 いきなり部屋の中に現れたのは、爺。


 転位魔術か。


 また、無駄に登場を脚色する。



「ワシの行く先など、誰に知れるものでもない。ワシの自由じゃ」



 ……やれやれ。


 この爺め、隠居とは最も遠い存在だな。


 自由気ままに。それでは子供と同じではないか。


 らしい、といえばらしいがな。



「にしても、あの小僧、まるで犬じゃな。主人の言うことに一喜一憂するにも程があるじゃろう」

「それならそれで可愛いものじゃないか。まあ、妾も飼うのは犬ではつまらんがな。帰ってくるころには是非とも狼くらいには化けてもらいたいものだ」



 なあ、シオン。


 妾の期待を裏切ってくれるなよ?



「じゃが、なぜ小僧とイェスをあの世界に? 天使は決して甘くはないぞ?」

「天使を目で見て知っているような口ぶりだな?」

「昔、力試しに潰したことがある」



 やれやれ。やはりか。



「あの世界に行くのは本来禁じられていると言うのに……」

「バレなきゃいいのじゃよ、バレなきゃ」

「なるほど」



 全く持ってその通りだな。



「まあ、天使くらいならばイェスがいればどうにでもなるだろう」

「それもそうじゃがな」



 それに天使など、別にどうでもいい。


 あの世界に行かせたのは、ただ単に邪魔者がいないからだ。



「そもそも侵入者と言っても……どうするつもりじゃ? そんなもの、居るわけないじゃろうに」

「ちゃんと代役は用意したさ」

「ほう。誰じゃ?」

「それはな、――だ」



 妾が声には出さずに口だけ動かして告げる。


 爺は口の動きだけでその名前を読み取り、苦笑。



「困ったのう」

「ふむ? なにがだ?」



 思わず口元が緩む。


 見れば、爺の口元にも笑みが浮かんでいる。



「あれは……強いぞ?」

「分かっているさ。分かっているからこそ、だ」



 さあて、シオン。


 頃合いだ。


 そろそろ、その魔術至上主義、どうにかしておけ。


 でなければ、到底私の期待にこたえることは出来んぞ?


 ――魔術とは道具。


 魔術とは手札の一つにしか過ぎぬ。


 その手札のたった一枚に頼り切ることがどれほど愚かで、そして弱いか。


 それを思い知るのもよいだろう。




作者、不遜なお姫様が大好きです。

「神喰らい」の方にもいるよね。


似てるキャラですみません。

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