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気分が悪くなったので休む、と言って去ったシオンを除いた私達三人は、またおじいちゃんの私室に戻ってきていた。
「よい土産だったぞ、爺」
「ワシ自身、この子はなかなかの掘り出し物だったと思っておるよ」
おじいちゃんが私の頭を叩く。
「もの扱い……」
「ああ、気を害したのであれば気にするな。妾の物言いを認めぬ貴様の不出来だ」
「……私の国にもこんな傲慢すぎる人、いなかったよ」
いくらなんでも少し呆れた。
流石にそのもの言いは……人としてどうなんだろう。私が言うのもなんだけど。
「イェスの国? それはどんなところだったのだ?」
「人が死んで死んで死ぬ国、殺して殺して殺す国、終わって、腐って、雑草の肥料にもならないような国」
簡潔に応えると、お姫様は鋭く笑んで、肩を小さく震わせた。
「ならば重畳。貴様が今そんな国にいないことを喜ぼう」
「……」
何なんだろうこの人。
考えていることがよく分からない。
錯乱した人間だってここまで分かりにくくはない。
「まあイェスよ。彼女はこれで、お前がここにいることに歓喜しておるのじゃ」
「そうは見えないけど……」
「何を言う。爺の言う通り、今の妾は狂喜乱舞しておるぞ?」
ほれ、と両手を広げでアピールするお姫様に訝しげな視線を向けてしまうのは仕方のない事だろう。
「……うん。よく分かった。お姫様にまともに取り合うだけ無駄なんだね」
「――……あ、妾今ちょっと馬鹿にされたのか?」
「そんなことないよ」
ただ貴方の思考回路が私には理解できないだけだから。
多分、深海の生物と空を飛ぶ生物くらいには思考回路に差があるんじゃないかな。
どちらが優れてどちらが劣っている話ではなく
「……まあ、よい。それよりも、まず話すべきことは別にある」
「そうじゃな」
途端、場の空気が張り詰めた。
「この部屋、他人の耳がある可能性は?」
「ワシがそんな間抜けに見えるか。安心せい、誰もワシらの話など盗み聞けぬ」
「ならばよし。まずイェス。此度の目的、どこまで聞いている」
その冷淡とすら思えるほどに豹変したお姫様の声に、私はむしろ喋りやすくなる。
余計な感情には、まだ慣れないから。
必要最低限なものだけあればいい。そういう、本能にまで刻み込まれた習性はなかなか変えられない。
「おじいちゃんに全部聞いてるよ」
「ふむ。ならば、それを聞いた上でここまで来たということは……そういうことだな?」
「まあ、そうかな」
おじいちゃんに拾われてから一年。
私は……まだ行く先がない。
「その理由は? 私はマギの誇りの為に、爺は魔術師の進化の為に、貴様が兄と呼ぶ者は義理の為に。それぞれこの謀の一部品となる。ならばイェス、貴様の理由はなんだ。まさか惰性や気分などとは言うまい?」
「行く先がないから……なら探すも作るも一緒でしょ? そういうこと。もちろんお兄ちゃんと同じく、義理っていうのもあるけれどね」
というか、今更あっちで私の行く先を探すのは難しすぎる。
私みたいな人種が生きていくには、あっちは平和になりすぎている。そういうところに、私はきっと馴染めないし、なにより向こうから拒絶される。
だったらマギで。そう考えるのが当然でしょ。悪いけれど、比べれば明らかにマギは下位にあるから。そこに存在する技術なんかはともかく、全体の価値として。
だから向こうでは無価値の私も、マギでは許容される。
「なるほど。つまり貴様はマギに永住でもするつもりか。自分に住みやすいように変えて」
「うん。流石に今のマギは馬鹿馬鹿しいから、その馬鹿さ加減をどうにかしてから、ここに生きるよ」
くっ、と愉快そうにお姫様は笑みを漏らし、肩を震わせた。
「よし。ならば信頼に値する」
どうやら私はお姫様に認められたらしい。
「これからもよろしく頼むよ、イェス。妾の駒になることを誉れに思え」
「駒……」
まあ、それは間違いではないんだろうけど……そうどうどうと言わないでしょ、普通は。
「さて。そうなると黒の駒が四つ……戦力としては、そこそこか。一応、最低目標には達したわけだ」
「じゃからといって、すぐにやるわけにもいかんじゃろうな」
「然りだ。いくわ妾でも黒四つで落とせると思うほど楽観的ではない。むしろ未だに妾らは圧倒的不利なのだ。まだまだ根回しが必要だろう」
「反逆領主の件で魔術師の行く末に疑問を抱いた者や、その縁者については大半がワシらに賛同しているが……とはいえ、それもごく僅かだからのう」
「ああ。旗の準備は出来た。次は、その旗の元に戦力を集わせなければならん」
お姫様の笑みが、更に深まる。
「それも半端な戦力では駄目だ……我らが倒そうとしているのは、この世界で最も巨大な柱なのだからな」
正直、そういう話に私はあまり関心がない。
というより、関係がない。
お姫様がさっき言った旗というのは、私達のこと。
この二人はともかくとして……私はその旗の役割さえ務められればいい。
旗である私にとって重要なのは、いつ掲げられるか。
それ以外を考えるのは、お姫様やおじいちゃんの仕事だ。
私は二人の言葉を意識の外に、ふと思った。
……シオンはどうしているだろう。
私の黒の魔術を目の当たりにして顔を真っ青にしてしまった少年。
彼のプライドは私が粉々に打ち砕いてしまったのかもしれない。
別にそれに対する罪悪感はない。
ただ……興味はあった。
お姫様は、彼に一目置いているらしい。
彼は這いあがってくるのだろうか?
あれ……?
どうして私は彼になんて興味を抱いているんだろう。
少し考えて、気付く。
なるほど。
彼は幾分か私よりも年上だけれど……似ているんだ。
あの見るからに真っ直ぐな目。
あの目は、昔見たことがある。
今にも餓死しそうな幼子の為に、自らも飢餓に苦しむその身体に鞭打って大人に飛びかかり、食べ物を奪おうとして……そして死んだ、あの馬鹿な子に。
その愚直さ。
自分の価値観は絶対と信じているシオンの愚直さと、他人の為に自分の命まで投げ出したあの子の愚直さ。
シオンと……そして私の弟は、どこか似ていた。
†
気付けば、僕は自室の床に膝をついていた
逃げだしたのだ。
あの少女の力から。
黒の魔術。
僕が目指した極地に到達していた、僕よりも小さな少女。
ぞっとするものがあった。
本来ならば、黒の魔術なんて魔術師が一生かかっても到達できないものだ。
それに手が届くのは一部の天才。その天才ですら、生半可ではない努力を重ねてやっと届かせる。
それにあの年齢で届いてしまっている少女は何者なのか。
もちろん、いるのだろう。
そういう天才は。
正に天に才を与えられた者。常識とは一線を隔した者。
例えばそれは……絶望的とも呼べるような能力を持った魔術師。
それを目の当たりにして、僕の矜持は砕かれた。
いや、高い鼻を折られた、と表現すべきか。
僕は自分でも思っていなかったほどに、歴代最年少の円卓賢人、という名誉に縋っていたらしい。
だが、それはあの少女によってあっさりと奪われてしまった。
歴代最年少の円卓賢人、どころではない。
彼女は、歴代最年少の黒の魔術師だ。
未だに正式に《黒》は賜っていないようだが……それでも間違いない。
彼女――イェスは僕などよりもよほど凄い。
それを自覚して、初めて僕は僕がどれだけ浅ましいのかに気付く。
僕は今まで、人に称えられる度にこう答えてきた。
自分など若輩。自分など力不足。自分など、自分など、と。
けれど……誰よりも、僕自身がそうでないと思っていたのだ。
今の地位に、傲慢になっていた。
なにもかもが上っ面だけの謙虚さだったのだ。
なんて醜い。
そんな皮をはがされて、僕は逃げだしていた。
彼女という輝きの前で、この醜い身体を焼かれるような気がしたから。
指先が震えていた。
自分の足元が消えて、空中に投げ出されたかのような感覚。
このまま何もしなければ、地に落ちて潰れてしまう。
そんな恐怖感。
落ちたくないのなら翼を広げるしかない。
けれど、そんな翼が自分にあるか、信じられなくて……。
だからって、諦めることも出来なくて……。
震える手が、床に敷かれた絨毯を掴む。
どうすればいいのだろう……この震えを止めるには。
分からなかった。
ただ、僕は……地面に崩れ落ちたまま、ずっと震えていた。
やべえよシオンお前どこの反骨野郎だよ。
……とりあえず、短くてすみません。
なんか文章が上手く続かなくて……やっぱプロットが薄いからかなあ。
まず何よりの問題として文章そのものが薄っぺらいですよ……。
ヤヴェーですね。
がんばって改善していきます。