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4-3

「……っ、ぁ」



 ぼんやりとしながら、瞼を開ける。


 そして身体を起こすと……身体中に鈍い痛み。



「く……なん、だ?」



 周りを見回す。


 僕の部屋だった。


 今寝ているベッドに、机。衣類などをしまう箪笥と魔術の書物が収められた本棚。それだけの、最低限のものしか置いていない、自分ですら寂しいと思えてしまうような部屋。


 あれ……僕は、どうしてここに?


 確か、僕は……、



「っ――!」



 そうだ!


 侵入者があって、僕は第八席と第三席とともにそれを迎え撃って……返り討ちにされた。


 現状は、どうなっているんだ?


 僕が自室で寝かされているということは……あの後、どうにかなったのだろうか?


 僕はベッドから下りると、痛む身体に鞭打ちながら、部屋の扉を開けた。



「うん?」

「……あ」



 そこで、見慣れた方が目の前に立っているのを見つける。


 どうやら外から扉を開けようとしていたところらしい。伸ばされた白磁の指先が二度三度宙を掻いてから、戻される。



「なんだ、起きたのかシオン。妾が見舞いにきてやったというに、それを素直にベッドの上で迎え入れると言う可愛げぐらい見せぬか。貴様というやつは」



 僕と見かけ同じくらいの年齢でありながら、凜然とした、どこか威厳すら感じさせる声でそう言うこの人こそ……僕が仕える御方。


 ルミネスウェニア=マギ=マゼシュト=フラメバトム=アルオブリガトード。


 名、王名、魔名、家名、尊名の五つの名を持つこの御方こそ、他ならぬ王家の高潔なる血を継ぐ、この世界の第二王女その人である。



「申し訳ありません姫……ですが、おとなしく寝ているわけには、」

「ああ。侵入者の件だな? あれならば無事に解決した。侵入者は捕獲こそ出来なかったものの、逃げおおせた。安心するがよい」

「解決した、のですか?」



 逃げられたとはいえ、それは驚きだった。


 思わず訝しげな表情をしてしまう。



「なんだその顔は。妾の言うことが信用できぬか?」



 にやり、と端正な顔立ちの口元が三日月のように弧を描く。



「いえ……そういうわけではないのですが、」



 しかしあの侵入者は僕を含め、円卓賢人が三人がかりで敗北したような者。


 それ相手に一体どうやって……。



「くく、不思議そうな顔をしておるな。自分を倒した者を誰が撃退したのか知りたい、という顔だな?」

「それは……はい」

「素直に頷いた褒美に妾自ら説明してやろう。なに、簡単なことよ。円卓賢人三人で倒せなかった者を撃退するのなら、それは円卓賢人三人より強い者に他ならぬ」

「僕ら三人より……それは、まさか……」

「気付いたようだな。そういうことだ……爺が帰って来たらしい」



 爺。そんな風に姫が呼ぶのはただ一人だけだ。


 円卓賢人第一席。


 ウィオベルガ=オネ=アルアカーシャ。



「第一席が……?」



 彼の大魔術師ならば、僕ら三人を倒した敵すら撃退するのにも頷ける。


 円卓賢人の中でも第一席と、そして王の側近である第二席の実力は他の八人とは桁が違う。



「うむ。丁度よく帰ってきおったよ、あの老いぼれめ。お前が倒れた直後に現れおったわ」



 くくっ、と笑い、姫が愉快そうに目を細めた。



「残念だったな、憧れの魔術師の戦いが見れなくて」



 姫の言う通り、あそこで僕がやられていなければ、僕は第一席の戦いを見ることが出来たのだろう。



「……それは、僕の実力不足のせいですから自業自得です」



 正直、喉から手が出るほどに第一席の戦いは見てみたかったが、気絶させられたのは僕の未熟のせい。文句は言うまい。



「実力不足、か。妾としては貴様に足りていないのは実力ではなく……まあ、それは今はいいか」



 姫がぽつりと呟くが、よく聞き取れなかった。



「それよりもシオン。爺がなにやら面白い土産を寄こしてくれるらしい。お前も一緒にその土産を拝ませてやろう。ついてこい」



 言うや否や、姫は身を翻し、その漆黒の髪をなびかせ、歩き出した。



「……」



 あの侵入者の事を考える。


 アースの武器を使っていた……あれは、何者だったのだろう。


 ……それを考えるのは、下の仕事か。


 余計な思考を頭から振り払う。


 とりあえず王宮は守られた。なら、それでいい。


 僕の使命はこの王宮と、何より姫をお守りすることなのだから。


 そのためにも、もっと強くならなくてはいけない。


 今日のような悔いを味わわない為にも。


 決意しながら、僕は姫の背中を追った。



 ここが、第一席の私室……。


 その扉の前で緊張する僕とは対照的に、姫はさも当然と言うように、ノックもなしに扉に手をかけた。


 そして、押しあける。



「爺、土産を受け取りにきたぞ」



 部屋の中は、僕の部屋異常にがらんとしていた。


 あるのはベッド。それだけだ。


 本当に部屋の真ん中に適当にベッドが置かれ、そこに一人の老人が腰をおろしている。


 その手にある銀色の杖が特徴的だった。



「おお、ルミニア。よう来たな」

「妾を呼び捨てにするなといつも言っておるだろうが。爺、耄碌しておるのか」

「ワシはまだまだ現役じゃよ」



 そんな軽口を交わしている第一席の姿に、僕は……硬直していた。


 緊張のせいだ。


 見かけは、普通の老人そのもの。


 しかしその正体は、魔術師の頂点に立つ、最強の《黒》。


 まして、僕の憧れそのものといっていい人だ。


 そんな人を目の前に平然とできるほど、僕は人間が出来てはいない。



「む、そっちの小僧は……」



 第一席の目が僕をとらえた。


 身体がさらに硬直する。



「は、初めまして! つい先日第十席になりました、シオン=ティエン=シュレヴィルムと申します!」

「ほう……なるほど。小僧が例の最年少円卓賢人か」



 興味深げに第一席は僕をまじまじと見てから、すっと視線を姫に戻す。



「それで、どうしてこの小僧を連れて来たのじゃ?」

「見込みアリ、と妾が判断したからだ」

「……ふむ。残念ながらワシにはそう見えんが、まあ姫が言うならば構うまい」



 何の話をしているのかはよく分からなかったが、どうやら第一席に僕が不評らしいということだけは伝わった。


 ちょっと落ちこむ。



「それで爺。土産はどこにあるのだ?」

「せっかちじゃのう。ま、せいぜい驚くがいいわ」



 第一席が部屋のバルコニーの方に顔を向けた。


 バルコニーへ続く硝子戸は開かれ、白いカーテンが風に揺れている。



「いつまで外に出てるつもりじゃ。早く入ってこんか」



 そして、声をかける。


 ……声を?


 バルコニーに誰かいるのだろうか。


 話は土産のことだというのに、何故その誰かに声をかけるのだろう。その人が土産を持っている、ということだろうか。


 大きく、カーテンがはためいた。


 刹那。


 そのカーテンの陰から、一つの姿が現れる。


 小さい、小さすぎる人影だった。


 女の子だ。


 身長は僕の肩ほどまでしかなく、歳の頃は多分十から十三といったところだろう。


 しかし、そのことよりも僕の心を揺さぶる者があった。


 癖の強い金の髪を首の後ろで赤いリボンを使って一括りにし、大胆に肩を覗かせた水色のワンピースの上から、長い銀色の装飾布を身体に纏わせている少女。その肌は、ほんの少しだけ浅黒い。


 彼女は……ひどく幻想的な存在だった。


 姫は何者にも劣らない美貌をお持ちになっているが……それは言わば芸術的美しさ。触れる者に畏敬を与えるもの。


 この少女のそれは、まるで今にも崩れそうな、儚げな、それでいてどこか荒れ狂う海のような、一定しない幻想のような美しさなのだ。


 目を奪われた、というのはこういう時にこそ使うべき言葉なのだろう。


 不意に、その少女の紫色の瞳が僕を射抜いた。


 それはすぐに外され、姫へと向き直された。



「初めまして。お姫様……だよね?」



 無礼な言葉使い。


 僕はそれを咎めようとして……無言で姫が片手をあげて僕を制した。



「人に尋ねる前に自らが名乗るがよい」

「それもそうか……私はイェス。イェスベリアル=アルアカーシャ。よろしく」



 ……アルアカーシャ、だって?


 それは第一席の……ということは、まさか、



「お孫さん、ですか?」



 思わず尋ねてしまう。



「いいや。娘じゃ」

「え……?」



 第一席の御歳でこんな小さな娘……?


 いや。ありえないことではない、のか。



「おじいちゃん。それ、絶対に変な顔とかされるから。素直に養子って言いなよ」



 ああ、なるほど。


 今度はすっきりとした。


 養子ならば、第一席の御歳は関係ない。



「それで、どうかのう。ルミニア。この子は」

「容姿は問題ない。実力も例の件で確認した。文句は一つもないな。貰おう」



 ……貰う?


 よく意味が理解できなかった。それではまるで……、



「姫……?」

「シオン。改めて、妾から紹介してやろう」



 いつもの強気で不敵な笑みを浮かべて、姫がイェスベリアルという少女の肩に手を置いて言う。



「今日から妾の新しい側近の一人となったイェスだ。貴様も気軽にイェスと呼んでやれ」



 ――は?




 結論から言えば。


 イェスベリアル=アルアカーシャ。


 彼女こそが、第一席から姫への土産だった。



「納得しかねます!」



 お姫様の紹介に、おじいちゃんと同じ黒いマントを羽織った男の子が叫んだ。


 確か……お姫様がシオンって呼んでたっけ。私も呼び捨てでいいよね。



「なにが納得出来ないと言うのだ。妾の決定だぞ」

「お言葉ですが姫。第一席には失礼なことを言いますが、このようなどこの馬の骨とも知れない者を側近になど……!」

「構わぬ。爺が連れてきたのならば信用に値しよう。なにより、妾にはイェスが必要なのだ」

「……必要、ですか?」



 シオンが首を傾げて、私を怪しむように見た。



「彼女のなにが必要だと?」

「実力」



 そのお姫様の返答に、さらにシオンが表情を歪めた。


 私の実力を測りかねている顔だ。


 まあ、見かけただの子供だからね。私は。


 信じられなくても仕方ないといえば仕方ない。別にそこに不満とか、不快感とかはない。



「僭越ならが、実力と言うならば僕の方が上かと。それで足りないのであれば、円卓賢人からさらに側近を募ればよろしいのでは」

「残念だが、イェスの代わりが務まるのは爺か二席くらいだ。そして爺は実質妾の側近のようなものだし、二席は父上の側近。となれば、新たに側近を用意するのならばイェスが適しているだろう」

「……心外です」



 ぽつり、と。


 シオンが零す。



「つまり僕を含め、第三席以降の円卓賢人が彼女より劣っていると、姫は言うのですか?」

「ああ」



 断言だなんて、お姫様も容赦ないね。


 聞く限りじゃ、円卓賢人っていうのは魔術師にとって最高の名誉らしいし、それが劣ってると言われたらいくらなんでも思うものがあるだろう。



「っ……なにを根拠に」



 顔を少し赤くして、シオンが反論する。



「それならワシが教えてやろう」



 おじいちゃんが杖を立てて、ベッドから立ち上がった。


 そして私の頭に手を置く。



「この子は、ワシでも下手をすれば勝てん。どうじゃ、これこそ何よりの根拠じゃろう」

「な――!?」



 まあ、十回やれば一回は勝てるよね。


 ちなみに、おじいちゃんの話だと、お兄ちゃんはおじいちゃんと勝率半分らしい。


 加速魔術に純粋特化していて、魔術の行使速度がおじいちゃんより圧倒的に速いのだと言う。おじいちゃんはおじいちゃんで手数がとんでもないので、それで勝率が半々。


 お兄ちゃんには会ったことないけれど……どんな人なんだろう。


 いつか会ってみたい。



「ついでに言うのであれば、黒の魔術も使えるぞ。ワシより発動が遅いがのう」



 それは、おじいちゃんの黒の魔術の発動が速すぎるだけだよ。


 おじいちゃんはいろんな魔術を複合させてやるから、その分手間はかかるけれど時間が短縮されるのだ。


 私は二つの魔術しか使わないで――正確には使えないで――黒の魔術を発動させるから、だいたい全力で使うとして三十秒くらい。小さなものなら五秒くらいでも使える。


 ついでに言えば、お兄ちゃんは全力で一分かかるらしい。



「黒の……魔術……」



 シオンが愕然とした表情を浮かべる。



「こんな子供が……ですか? そんな、馬鹿な」



 信じられないのも無理はない。


 黒の魔術といえば、《黒》にのみ許された、魔術の極地だから。



「なんなら見せてやったらどうだ、イェス。妾も少し興味があるしな」



 ……おじいちゃんを見る。



「面倒」



 言うと、おじいちゃんは苦笑して、



「そう言うな。彼女は今日からお前の主なのじゃから、少しは愛想を振りまけ」

「……まあ、いいけど」





 ――別に、私にとって黒の魔術なんて、それほど重要なものでもないし。





「じゃあ広い場所に連れてって。私のは、辺り一面破壊しつくしちゃうから」



 中宮にある魔術の演習場に来て、イェスが広い演習場の真ん中に立つ。


 姫と第一席、それに僕は隅からそれを見ていた。



「始めるよ」



 通る声で告げて、イェスが右手を空に掲げる。


 途端。


 厖大な魔力の塊が複数、空中に出現した。


 っ……なんて、魔力の密度。



「イェスは二つの魔術が使える。一つは収束」



 第一席が言う。


 ……これは、収束魔術か。


 だが、あまりにも規格外すぎる。


 こんな量の魔力を一度に掌握するなんて……悔しいが、僕には出来ない。



「そしてもう一つが――解放じゃ」



 魔力の塊が、一斉に炸裂した。


 解放魔術……それは、外方向へと魔力を解き放つ魔術だ。


 本来はそれほど威力のある魔術ではない。せいぜいが突風を疑似的に生みだす程度の、牽制くらいにしか使い道のない魔術。


 だが、目の前の光景はどういうことか。


 まるで魔力の塊一つ一つが、火薬の詰められた樽に火を落としたかのような強烈な爆発力を持って、空気を激しく震わせていた。


 しかも、その爆発は終わらない。


 一つの魔力塊が爆発する度に、新たな魔力塊が生み出されているのだ。


 延々と続く爆発に、演習場の地面が削られていく。ここまで離れた僕達にまで、その魔術の余波がとんでもない勢いで襲いかかってきた。



「ちと近かったかのう」



 近い?


 そんなことはない。


 僕らから彼女までの距離は軽く見積もっても二百歩はある。


 それでこれだけの余波を受けているのだ。



「土埃が飛んでくる。どうにかしろ」

「分かっておるよ」



 第一席が障壁を生み出した。魔術の余波がそれに受け止められる。


 すぐに、それがとんでもない強度を持つものだと分かった。


 だが今はその衝撃に感心するよりも、イェスに視線が釘付けになっていた。


 魔力の爆発は、ある規則性を持って発生しているようだった。


 その爆発の力が一ヶ所に集まる様に起きているのだ。


 そしてその一ヶ所には……既に有り得ないくらいに魔力が溜まっていた。


 解放魔術によって爆発の形で解き放たれた魔力が、次から次に起きる爆発によって逃げ場を失い、そのまま一ヶ所に溜められ続けているのだ。


 おそらくあそこに人間が生身で跳び込めば、跡形もなく消え去るだろう。


 それほどに高密度の魔力。


 次第に、空間が歪み出した。



「――まさか、あれが……」



 歪みはゆっくりと強まり……次第に、夜の闇の色が喪われていく。


 夜の闇すら喪われて現れたのは、それよりも深い黒。



「黒の魔術……」

「左様。あれが、イェスの黒の魔術じゃ」



 次の瞬間――。


 黒が、爆発した。


 それを、なんと形容すればいいのか。


 黒は爆発と共に散り散りになり、細かな無数の刃を作って、嵐のように周囲を蹂躙した。


 万物を抉る剣が、演習場の地面に深い溝を無数に刻んだ。


 そして霧が空へと溶けるように……黒が夜から消え去った。




 僕が生まれて初めて見た黒の魔術。


 それは……一人の少女が使ったものだった。



なんだかなあ……。

なんだかなあ……。


最近、本当に自分の文章に違和感を感じまくる。

……なんだかなあ。


とりあえずイェス編、お先真っ暗な感がある。

既に残念風味だしなあ。

というか、『神喰らい』の反骨野郎並みにシオン書きにくい。なんだコイツ。

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