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幕間 お嬢様方の花園・下

「さて、と」



 ゴーストで聴力を限界まで強化する。


 探すのは……泣き声。



「――見つけた」



 校舎の中、二階、隅っこの部屋。


 私は廊下を駆け抜けた。すれ違う生徒達が驚いたような顔をしていた。


 階段を一段飛ばしでのぼって、校舎の端へ向かう。


 ……ここか。


 第三用具庫、というプレートがかかげられたドアを開ける。



「――っ!」



 部屋の中から引き攣るような声。



「だ、誰ですの!?」



 涙を誤魔化すように、気丈に金髪ロールさんがこちらを睨む。


 そしてドアを開けたのが私だと確認するやいなや、大きくたじろいだ。


 金髪ロールさんに厳しい事を言ったのはリリーであって私ではないのに、なぜそんな反応を……。



「あ、麻述、佳耶……っ」

「そんな警戒しなくていいのに……」



 別にとって食おうとしてるわけでもあるまいし。



「私は少し話をしにきたんだよ」

「わたくしは、貴方と話すようなことなど!」

「なら聞いてればいい。私が一人で呟くだけだから」



 まず私が言うべきこと。それは――、



「ごめん」



 謝って、頭を下げた。



「え……?」



 金髪ロールさんは何をされているのか分からない、という顔だ。


 構わずに言葉を続ける。



「私がここにこなければ、貴方がリリーにあんなことを言われることもなかった。だから、ごめん」



 金髪ロールさんがあんな行動に出たのは私がリリーの側にいたからだ。


 リリーの側にいることが悪かった、とは思わない。


 けれど、それが金髪ロールさんから見て嫉妬心が煽られるもので、不快であったというのなら、それは私達が悪いのだろう。


 少しは周りに気をつけて、きちんとした距離感を持つべきだったのだ。


 私なんて、リリーと私が一緒にいて周囲がどんな風に感じるかまで気付いていたっていうのに。


 そうしなかった点において、私は謝っている。



「それともう一つ……リリーのこと、悪く思わないでね」

「え……」

「リリーは、少し理想主義者なんだよね。彼女はSWが、異次元世界がアースって世界の未来に繋がる可能性をたくさん持ってるって思ってる。そして、そういう考えのもとで生きて、行動している。貴方の言葉は、それを全部否定するようなものだった。だから、リリーもつい、カッっとなっちゃったのよ」

「わ、わたくしはそんなつもりでは……っ」

「それでも、よ。貴方がどういうつもりで発言したにしろ、リリーにとっては、否定に感じられたの」



 まあ、やっぱり私のことを言われたのも怒りの一因なんだろうけど、それは割愛しておこう。



「だからさ、リリーに謝ってあげて。それで、リリーの話を少しでいいから聞いてみて。そしたら、きっとリリーは貴方を許してくれるから……ね?」

「……わかり、ました」



 小さく、ほんの僅かにではあるが、金髪ロールさんの頭が下がった。



「うん、ならよかった」

「……?」



 不思議そうに、金髪ロールさんが私をみた。


 どうかしたのでろうか?



「それだけ、ですの?」

「それだけって、なにが?」



 これ以外に何か話すようなことなんてあったろうか?



「その、わたくし……いろいろ、言ったでしょう?」

「……ああ」



 あれか。


 人間じゃないとか化物とか。



「で……それが?」

「それが……って……」

「別に、当然の反応でしょ?」



 さも平然と私が言うと、金髪ロールさんが目を見開いた。



「私はリリーほど理想に偏った性格してないから、一般の人が私みたいな人間にどんな印象を持つかくらいきちんと理解してるし、一応の納得もしているわよ?」



 人間じゃないとか怪物だとかも、まあちょっとムカつくものの、わざわざ訂正させようと思うほどのことでもない。



「実際、私の身体能力は人間の枠外に出ちゃってる部分もあるしね。化物とか言われても、仕方ないと思う」



 ゴーストで身体を全力で強化したら、少なくともこの地球上で純粋な身体能力だけで私に敵う生物はいないだろうし。


 ゾウだって殴り飛ばせれば、チーターより速く走れるし、小口径の銃弾くらいなら素手で防げる。


 あと極論だが、私は例え大きな怪我をしても――ここでは表現を明らかにするために首から下が吹き飛んだとしよう――ゴーストに酸素を脳に運ばせれば生きることだけは出来るのだ。もちろん、実際にそんなことになったら痛みによるショックかなんかで死ぬけど。


 そういうのは、化物って言われて仕方ないんじゃないかと思う。



「ま……でもそういう世間の認識を改めさせたいけれどね。いろんな活躍をすれば、それもいつかは出来るって信じてる。そこだけは、ちょっと理想を見てるかな」

「貴方は、なんなんですの?」



 おかしな質問だ。


 それになんと答えればいいのだろう?



「麻述佳耶。貴方に対しては、それだけしか言えないよ」

「……なら、貴方は何故、SWなどに……」

「その『など』って見下す言い方、リリーには使っちゃ駄目だよ?」



 ちょっと忠告。



「それで、私が何でSWに、か」



 素直に教えてあげることにする。別に隠すような理由でもないしね。



「私は昔、自分の力だけじゃ指一本動かすのも難しいような身体をしてて……それで、ある日、R・M社から有機液体金属の被検体に抜擢されて――お陰で、自分の意思で自分の身体を動かせるようになった。ここまでは、さっきのおとなしそうな子が報告したっけ?」



 こくり、と驚きながらも金髪ロールさんが頷く。


 ……驚いているのは、私の障害がそこまで深刻なものとは思っていなかったからだろう。



「それでね、私は思ったのよ。私は、異次元世界の技術でこうも救われた。だから……私も、自分の手で異次元世界に出て、そこからいろんな物資を持ち帰って……それで一人でも多くの人の役に立つ技術が生まれればいいな、って。いわば、恩返しみたいなものね」



 初めて自分で立って見上げた青空を、思い出す。


 あの気持ちを、沢山に人と共有したいって、ずっと思ってる。



「だから私はSWになった」

「そ、そんなことだけで……?」



 そんなこと……うん。他人からしてみれば、私のこの理由は「そんなこと」なのかもしれない。少なくとも、命をかけてまで異次元世界に出るような理由ではないのかもしれない。


 でも――、



「私にとっては、大きなことだったのよ。想像してみて? 十年以上縛りつけられたベッドの上から解放される、その気持ちを。それは……凄く幸せなんだから」

「……」

「そして、多分私以外の多くのSWも、貴方や多くの人から言わせる、そんなこと、でSWになったのよ? リリーだって、可能性を一つでも多く求めるからSWになったみたいだし。それだって、他人から言わせちゃえば、そんなこと、だよね。だって可能性なんて、目に見ることすら出来ないものなんだよ?」

「それ、は……」



 金髪ロールさんが言葉に詰まる。



「それでも私達は、そんなことに命を賭ける。それは自分の想いを信じているからだし……なにより、それを貫き通したいから」



 言わば、SWなんてものは全員が頑固者の馬鹿なのだ。


 頭のいい人間は、自分の考えを周囲に合わせることができる。


 でもSWはそれが出来ない、社会不適格者。常識からはぐれた労働者なのだ。


 そして私達はどうしようもないことに……そんな生き方が、大好きなのだ。



「どう? 私がSWする理由、分かってもらえた」

「……ええ」

「ならよかった」



 さてと……リリーでも呼んでこようかな。


 そう思って振り返ると、小さな声が聞こえた。



「……めん、なさい」

「え……?」

「ごめんなさい」



 ……はい?


 金髪ロールさんが肩を震わせていた。


 あの、なんでまた泣いてるの……?


 わ、私、特別厳しい事とか言ってないわよね……!?



「異常者とか、化物とか、そんなふうに言ってしまって……私、何も知らなくて……SWがどんなものかも詳しく知らないのに、酷いことを言って……ごめんなさい」



 ああ――そういうことか。


 ……この人、根は凄いいい人なんだな。


 今回は少し暴走してしまったけれど……。


 思わず笑む。



「別に気にしてないよ」

「それ、でも……ごめん、なさい……っ」



 しゃくりあげながら、金髪ロールさんが謝る。


 ……人に謝られるのは、ちょっと苦手だ。


 どうやって慰めていいのか、分からないから。



「もう謝らないで」



 だから……彼女の頭を撫でた。


 言葉じゃ無理だから、行動で示す。



「……貴方の名前、希沙羅、っていうんだっけ?」



 こくり、と首肯。



「なら希沙羅……友達になりましょうか。友達なら、いろんなことが許せてしまうから。ね?」

「……とも、だち?」

「ええ。私のことは佳耶って呼んで」

「いいん、ですの?」

「もちろん。自慢じゃないけれど私は友達が少ないから、むしろ大歓迎よ」



 SW以外で言うと、私は佑子と春花くらいしか友達なんていない。



「……なら……佳耶」

「なに?」

「ごめんなさい」

「ん、許す……希沙羅は謝ってばかりね」



 それじゃ、と。私は希沙羅から距離を取った。



「希沙羅。次はリリーとお話、出来るわよね?」



 部屋の入り口を見る。


 そこに……リリーが立っていた。



 佳耶は部屋を出て行ってしまった。


 ……どうやら、完璧に私の彼女に二人きりで話をさせるつもりらしい。


 厳しいのか甘いのか、よく分からないわね……。


 苦笑する。


 先に口を開いたのは私。



「佳耶は、とても優しい子よ」

「それは……痛いくらいに、分かりました」



 みたいね。


 どうやら佳耶との件は片がついてしまったようだから、次の話に移りましょうか。



「……私はね、佳耶を愛しているの」

「――っ!」

「もちろん、それは友人としてもだけれど……なにより、恋愛として」



 だからどれだけ慕われても、私は佳耶以外のことをそういう目で見ることはできない。



「例え佳耶が私を嫌っても、邪魔だと言っても、きっと私は佳耶を愛し続ける。姿も見たくないと佳耶が言うなら、私は佳耶の視界の外から佳耶を想い続ける。佳耶に私以外に好きな人が出来ても、私は佳耶が幸せならそれでいいと思うし、その上でやはり愛し続ける。そのくらいに……私は佳耶を愛しているの」

「……それは、絶対に揺らがないことなのでしょうか?」

「ええ」



 彼女の一縷の希望を切り捨てる。


 私は、絶対に貴方には振り向かない。言外にそう告げた。


 その時の彼女の表情は……ひどく傷ついたものだったけれど、それでも私はこの答えを変えるつもりはない。



「ごめんなさい」

「謝らないで、ください」

「……そうね」



 ここで謝るのは、彼女に失礼よね。



「――けれど、お願いがあります。せめて私の言葉で、私の想いをリリシア様に届けても、よろしいですか?」



 なんて勇気だろう。


 私は、彼女に対する印象を改めた。


 てっきり、自分の感情を相手に押し付ける類の、富裕層にありがちな自己中心的な考えの顕著な子かと思っていた。


 けれど……既に断られていると分かっていても、その上で告白しようとするなんて……それは、どれほどの勇気が必要なのか。


 気付けば私は頷いていた。断れるわけがない。



「リリシア様……お慕いしています」



 シンプルな言葉。


 答えは、一つ。



「受け入れられないわ」

「……はい」



 そうして彼女は――微笑んだ。


 今度こそ私は完膚なきまでに驚嘆した。


 私だったら、無理だ。もしも私が佳耶に告白してそれを断られたら……きっと死ぬほど辛い。いくらでも泣き通すだろう。強さなんて微塵もなく。


 けれど……彼女は微笑んでみせた。


 自分の想いを断られて、それでもなにかが吹っ切れたような晴れた笑みを浮かべた。


 私に出来ないことを、彼女は見事にやってのけた。


 尊敬の念すら覚える。



「正直、わたくし……納得しているのです」

「納得?」

「はい。リリシア様が、佳耶を愛しているということに」



 ……そう。


 それは、嬉しいわね。



「佳耶は、とても優しい子ですのね……あんな酷いことを言ってしまったわたくしを追いかけてきて、友達にまでなってくれました。愚かですわ、わたくしは。彼女の何たるかもしらないで、彼女のことを馬鹿にしてしまって。リリシア様がお怒りになったのも当然です」



 ――私は、佳耶が私と同い年だなんてとても思えない。


 それは幼く見えるとか、老成しているとかではなく……もっと違う次元の話。


 佳耶の言葉は、とても胸に響くのだ。


 まるでそれは子供の純真無垢な言葉のようであり、完成された大人の厳格な言葉のようでもある。


 佳耶の生まれは普通ではない。厳しく、そして悲しいものだった。


 だからこその、言葉の重みなのではないだろうか。


 そしてその言葉は、私や、彼女のことを支えてくれる。佳耶は言葉だけで人を救える力を持っている。


 佳耶のそんなところを自分のことのように誇らしく思うと共に、寂しくもあった。


 私には、なにができるのだろうか。そんなことを考えてしまうから。


 佳耶のように誰かを救うことも出来なければ、今日のように人を傷つけてしまう。ただ剣を振るい魔術を振るうだけしか能のない私自身には誇れるようなものはあるだろうか?


 そう思うと、なんだか佳耶が遠くにいる気がして、少しだけ寂しい。


 ……いつか、ちゃんと追いつきたいわね。



「佳耶のことを認めてくれて、ありがとう」

「お礼を言われるようなことではありません。佳耶は私の、友人、ですから……友人のことも認められないような人間にはなりたくありませんので」

「そう。ねえ、一ついいかしら?」

「はい?」



 片手を差し出す。



「私とも、友達になってもらえない?」



 残酷なことだ。


 彼女の好意を否定しておいて、その上で友達に、なんて。断られても文句なんて言えない。


 だというのに彼女は……、



「はい!」



 満面の笑みで、私の掌を受け止めてくれた。



「……なんでリリーが私を誘ったのか分かったわ」



 体操着から制服に着替えた私はリリーと一緒に出し物廻りを再開させた。


 そうして数時間後……私達はグラウンドに戻ってきていた。


 太陽は既に沈みかけている。


 もうこんなにも時間が経ったんだ……早かったな。



「あら、そうなの?」

「さっき更衣室で希沙羅に聞いたのよ」



 やれやれだ。


 希沙羅にそのことを聞いた時は、思わず変な溜息が出てしまった。



「なんで秘密にしてたの?」

「そっちの方がロマンチックじゃない」



 ……そうかな?


 よく分からない。


 私はグラウンドをぐるりと見回した。


 沢山の生徒達が集まっている。その表情はどれも「女の子」だ。


 これからグラウンドで行われる行事に心を躍らせているのだろう。


 その行事とは――後夜祭。



「ダンスなんて私、知らないわよ?」



 後夜祭では二人一組でダンスを踊るのが習わしらしい。


 そしてそのダンスを踊った二人は……ずっと深い絆で結ばれる、なんて言い伝えがあるとか。


 それを聞いた時にすぐにピンときた。


 リリーはこれを狙っていたのだと。


 なんというか……乙女よね。



「大丈夫よ。私がリードするわ」

「ならいいけどさ」



 というかさ……薄々気づいてたんだけど、訊いてみていい?



「お嬢様学校って、女の子同士、ってよくあるの?」

「そうね、多い方じゃないかしら」

「……そ」



 やっぱりそうなんだ。


 だってこの言い伝えおかしいもん。


 深い絆……それって友人としての絆ともとれなくはないけれど、普通に考えて恋愛ごとでの絆のことを指してるでしょ?


 なんで女子校で恋愛の絆なのよ……全員女の子なのに。


 ――つまり、そういうことなのだろう。


 リリーや希沙羅を始めとして……お嬢様方の花園、恐るべし。ってところか。



「佳耶、そろそろ音楽が流れるわよ」



 丁度、その時グランドのスピーカーから穏やかな音楽が流れてきた。


 ……始まっちゃったか。


 周囲では、早速数組のペアが踊り始めている。



「佳耶、一緒に踊ってもらえる?」



 リリーが手を差し伸べてきた。


 まったく。



「はいはい」



 この流れで断れるかっての。


 私はゆっくりと、リリーの手に自分の手を絡めた。



幕間 お嬢様方の花園はこれでおしまいです。

次は多分、FCパニック! って短編かな。


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